第82話 お祝い
6時近くになり、うちに帰ることにした。夕飯の準備は午前中に少しだけ、下ごしらえをして出てきた。
家に帰ると、ひまわりはもう、部活から戻ってきていて、聖君を元気に出迎えた。その後ろから母もやってきて、
「聖君、合格おめでとう~~!さあ、あがってあがって!」
と、ハイテンションで出迎えた。二人ともどうやら、聖君が来るのを相当楽しみにしていたらしい。
私が夕飯の用意を母としている間は、ひまわりが聖君を独占していた。とにかくひまわりは、聖君と話せたら大満足らしい。時々、すごい笑い声がリビングに響いていた。
そこに、父が外出先から帰って来た。父はご機嫌でリビングに入ってきて、
「やあ。聖君、合格おめでとう!」
と、聖君をねぎらい、そのままリビングに居座ってしまった。
ひまわりは、とぼとぼとキッチンに、ふくれっつらをしてやってきた。
「あれ?どうしたの?」
母がひまわりに聞くと、
「お父さんが聖君に釣りの道具をあげたり、釣りの話をして盛り上がっちゃって、つまんないんだもん。こっちの手伝いをしにきたよ」
と言い、しぶしぶ手伝いを始めた。
ど、道具をあげた???釣りの?!
「ああ、お父さん、合格祝いにあげるって言って、今日買いに行ってたのよ」
と、私が驚いてるのに気がつき、母が教えてくれた。
「釣りの道具が、合格祝い?!」
「私はちゃんと、ボールペンのいいのを買ったよ」
「え?ひまわりも聖君にお祝い買ったの?」
「当たり前じゃん」
ひまわりは得意げだった。
「お母さんはね、聖君の肌綺麗だし、それをそのままキープできるように、男の人のための化粧品を用意したのよね」
「え?!!」
け、化粧品が合格祝い?ま、まあ、仕事柄、そういうものでもしょうがないかとも思うけど。
あれ?待って。みんな、お祝いを用意してるの?
そ、そうか…、そうだよね…。合格祝いくらい、用意するものだよね…。ど、ど、どうしよう。私は何も用意していない…。
夕飯の準備が整い、ダイニングに父と聖君を呼んだ。聖君はめちゃくちゃ、嬉しそうに父と話ながらやってきた。
「すげえ、ご馳走!」
ダイニングテーブルを見て、聖君は喜んだ。
「さあ、座って、座って!」
母は相変わらずの、ハイテンションのまま、聖君を席に着かせた。
父と母はビールを、他の3人はジュースで乾杯をした。
「合格おめでとう。聖君が20歳になったら、酒も飲み交わせるんだけどな~~。それとも、ちょこっと飲むかい?」
父がそんなことを言ったが、母が怒って止めさせた。
「あんなにすごいもの、いただいちゃっていいんですか?」
聖君は、父にそう聞いた。
「いいんだよ、いいんだよ。今度川に釣りに行こう。いや~~、楽しみだな」
「お父さん、忙しいのにそんな時間取れるの?」
ひまわりがそう聞くと、
「ああ、無理やりでも取るよ」
と父は言うと、はっはっはと思い切り笑っていた。すごい、超ご機嫌だ。
夕飯を食べている間も、母も父も、ひまわりもご機嫌で、聖君もみんなと始終笑顔で、嬉しそうに話をしていた。
夕飯が終わると、また、父は聖君をリビングに連れて行き、釣りの話をしていた。聖君も、父に付き合わされて、さぞ迷惑だろうと、フルーツを持っていきながら、聖君の顔を見てみたが、聖君は父の話に夢中になり、目をきらきらと輝かせていた。
わ。聖君、釣り、気に入ったって言ってたけど、まじなんだ。この目の輝きは海を語る時と一緒だ。
私はキッチンに戻り、母と片づけを始めた。すると、聖君の大きな声が時々聞こえてきた。
「へえ。すげえ!面白そう!」
とか、
「わ、そんなことあったんですか!」
とか、聖君の声は、かなりのテンションが高い時の声で、父と本当に盛り上がってしまい、その後1時間も二人で話しこんでしまっていた。
「つまんない~~」
ひまわりはダイニングで、ずっとゲームをしながら、ふくれていた。
「しょうがないわよ。今日はお父さんに聖君を貸してあげましょう。お父さんだって、ずっと聖君が来るのを楽しみにしていたんだから」
母がそんなことを言い出した。
貸してあげるって言うのも、変な感じだけど、でも、父と聖君が仲がいいのは、嬉しいことかな。
「うちは女の子だけだし、釣りの話なんてしたくってもできないものね。それにしても聖君は、本当にいい子よね。あんだけ、お父さんの話に合わせてくれて」
ダイニングのテーブルに着き、母はお茶をすすりながら、そう言った。いや、あれは話を合わせているのではなく、完全に聖君は、父の話にくいついちゃってると思うけどな。
絶対に、
「釣りに行く!」
と言い出して、二人で行っちゃうだろうな。そんな勢いだ。
「あははははは!」
聖君が、いつものように笑い転げていた。父もすごく嬉しそうに笑っている。
はあ、すごいな~。父をあんなに笑わせて、喜ばせてしまう聖君。聖君のマジックだよ。魔法としかいいようがない。でも、あれ、聖君の自然体なんだよね。無理をしてるわけじゃないから、ますますすごいと思ってしまう。
私はその笑い声も、笑顔も大好きで、見てるだけでも満足で。
ああ、いいな~~。こうやって、聖君がうちの家族と打ち解けて、そのうちに、子どももできて、みんなで旅行とか行けたりして。
温泉に入って、浴衣でのんびりと夕涼みをして、ああやって父と聖君は大笑いをしたり、父と聖君のところに、子どもがきゃっきゃって甘えにいって、聖君のひざの上に座ったりして、そうすると父が、孫を嬉しそうにあやしてたりして。
はっ!なんつう妄想?
いやいや、妄想なんだから、いいよね。わあ。いきなり、顔がほてりまくった。
「すみません。すっかり長居しちゃって。そろそろ俺、帰ります。今日は本当にご馳走様でした」
「ああ、こっちこそ、引き止めて悪かったね」
聖君は立ち上がって、恐縮そうにそう言うと、父も立ち上がり、聖君の背中をぽんぽんとたたきながら、そう言った。
「それから、この釣りの道具は、持って帰るの大変だろうから、うちにおいておくか?いつか一緒に行く時は、うちから車で行けばいいし、その時まで、預かっておくから」
「え?いいんですか?」
「はは。いつになるかは、わからないけれどな。でも、必ず実現させような、聖君」
「はい、ぜひ!」
父の言葉に、聖君は本当に嬉しそうに微笑んだ。
玄関までみんなで見送りに行った。
「お邪魔しました」
聖君はぺこっと頭を下げた。
「これ、私からのお祝い。これなら持って帰れるわね」
母は、例の化粧品を、紙袋に入れ、聖君に渡した。
「すみません、ありがとうございます」
「ぜひ、使ってね。聖君の肌綺麗だし、そのまま綺麗でいて欲しいもの」
母がそう言うと、聖君は頭を掻き、少し戸惑っていた。
「これは私から」
ひまわりは、小さな袋を聖君に渡した。
「え?ひまわりちゃんからも?」
「うん。ボールペン、大学で使って」
「サンキュー!大事に使うよ」
聖君は最高の笑顔を見せた。
「うわ!最高の笑顔だ!」
と、ひまわりはわざとまぶしがってみせた。
「あははは」
聖君は大笑いをしていた。
「ちょっと、そこまで見送りに行くね」
私がそう言って、靴を履くと、聖君は、
「寒いからいいよ、ここで」
と言ってくれた。でも、
「話もあるから」
と、私は聖君と一緒に、玄関を出た。
父も母もひまわりも、玄関から、
「また来てね。気をつけて」
と手を振っていた。
階段を下り、門を開け、ゆっくりと聖君と歩き出した。
「寒くないの?大丈夫?」
「うん」
聖君はそっと、私の肩を抱いた。
「今日は、まじで嬉しかった。サンキュー」
聖君は笑った。
「でも、ごめんね。私、何もなくって」
「え?何が?」
「お祝い」
「ああ!くす。それ、もしかして言うために出てきた?」
「うん」
聖君は、しばらくくすくすと笑うと、
「もう桃子ちゃんからはもらってるから、大丈夫」
とにっこりと微笑みながら、そう言った。
「何を?」
何かあげたっけ?
「桃子ちゃんを」
「へ?」
私?!
「うん。水曜日、桃子ちゃんの部屋で」
「え?!!!」
それ、それって。わ~~、なんか、ものすごく恥ずかしくなって、私は手で顔を隠してうつむいた。
「あはは!照れてるし!」
聖君に笑われた。
「最高のプレゼントだったよ」
聖君は、鼻の下をちょこっとこすりながらそう言うと、照れくさそうに笑った。
「あ、あれも私、そんなつもりで…」
「え?」
「そんなつもり、まったくなくって」
「…俺、もしかして、かなり強引に桃子ちゃんのこと襲っちゃった?」
「ううん。そんなことはないけど…、でも、もしそういうつもりでいたら、私、ちゃんとシャワー浴びたり、下着ももっと可愛いのにしたり、準備したのに」
「え?そのうえ、リボンでもかけて待っててくれてた?」
「え~~~?それはないけどっ!」
「あはははは」
聖君は大笑いをした。もう、またからかってる。
「いいんだ。桃子ちゃんのぬくもりを感じられたら、それが最高のプレゼントになるから」
聖君は、今度は真面目な顔でそう言った。そして、
「だから、いつもサンキュー」
と、すごく優しい目で私を見て、髪にキスをしてささやいた。
「寒いからもういいよ、ここで」
聖君はそう言うと、にこって微笑み、手を振って足取りも軽く、駅に向かって歩いていった。
「気をつけて」
と言うと、振り返り、また手を振る。
「おやすみなさい」
と言うと、にっこりと微笑み、
「おやすみ!桃子ちゃん」
と大きく手を振る。ああ、めちゃくちゃ、可愛くて素敵な笑顔だ。
胸がいっぱいになりながら、家に帰った。リビングに行くと、母と父が嬉しそうに話をしていた。ひまわりはもう、お風呂に入ってしまったようだ。
「聖君、今日嬉しそうだったわね」
と、母が私に向かってそう言った。
「うん。すごく嬉しそうだった」
父は、鼻歌を歌って、釣りの道具を片付けだした。その父に向かい、私はお礼を言った。
「なんだい?なんで桃子がお礼を言うんだい?」
父は不思議そうな顔をした。
「聖君とのことを許してくれてるし、聖君を受け入れてくれてるし」
「ははは。だったら、お父さんもお礼を言わないとな。聖君は本当にいい青年だ。そんな彼と桃子が出会ったのは、お父さんやお母さんにとっても、嬉しくて幸せなことだからな」
「え?」
「さて、ひまわりがお風呂から出たら、お父さんが入ってもいいかな。そのあとまた、ビールでも飲むかな」
そう言うと、父は自分の寝室に向かっていった。
私も自分の部屋に行った。
ぼ~~っとベッドに横になり、私は考えていた。
沖縄行きのことで、お父さんが私をたたいたのは、去年のこと。あの時にはもう、父との間にも亀裂が入り、聖君のことも絶対に許してもらえないんじゃないかとか、私だって父のことをもう、許せないとか、そんなことすら思ったほどだ。
それが、今日はあんなになごやかで、おだやかで、楽しくて、幸せな夜だった。
聖君があの時、お父さんのことが大好きだって、伝えてごらんって言ってくれたからだ。聖君のおかげなんだ。全部が…。
今あるこの幸せも、聖君と出会えたから。
聖君が、私のぬくもりがプレゼントだって言ってくれた。でも、聖君、私には聖君の存在がもう、プレゼントなの。
聖君と出会えたことが、最高の奇跡で、ギフトだったの。
そんなことを思いながら、私はいつの間にか眠ってしまったようだった。