第81話 デート
土曜日は聖君と、映画を観にいった。聖君の好きなSFものだ。
聖君は映画が始まったとたん、私の手を握ってきて、ずっと手をつないで映画を観ていた。
ちょっと怖いシーンでは、私は聖君の手をしっかりと握り締め、聖君もしっかりと握っていてくれた。
かなり濃厚なベッドシーンもあり、そこでは、手をつないでいることすら恥ずかしくなり、私は目をふせ、握る手もゆるめていた。聖君はそんな私の方をちらりと見て、指を絡ませてきた。
うわ~~~~。なんだか、もっと恥ずかしくなった。
時々、聖君は手をつなぐだけでなく、こうやって指を絡ませてくる。そっちの方が、ずっと聖君を身近に感じるけど、聖君もそう感じるのかな。
映画が終わっても場内が明るくなるまで、聖君は手をつないでいた。ぱっと電気がつくと、聖君は、
「出ようか」
と言って、手を離し、立ち上がった。
それから、お茶を飲みにカフェに入った。
「けっこう面白かったね」
聖君が言った。
「SF好きだよね、聖君」
「うん。あ、ごめん、桃子ちゃんはSFってあまり好きじゃなかった?」
「ううん。面白かったよ」
「いつもはどんなの観る?」
「アニメとか」
「アニメ?」
「ディズニーや、そういうファンタジーぽいの」
「ああ、そうなんだ。うん、なんか桃子ちゃんらしいね」
聖君はにっこりと笑いながらそう言うと、コーヒーを飲んだ。
聖君と出会った時よりも、聖君は大人っぽくなった。足を組み、コーヒーを飲む姿が、やたらと似合っている。
聖君はいつも、服がシンプルだ。色もけっこう、シックな色を着る。夏になると、少しだけ派手なTシャツも着るけど、基本、グレーや黒、紺、白、時々ベージュや、モスグリーン、カーキー、ダークブラウンを着ている。それがすごく似合ってしまう。
本当にごくごくたまに、薄いピンクのシャツや、Tシャツを着る。その色もすごく似合う。ピンクは自分で選ぶのではなく、どうやら、お母さんや杏樹ちゃんが、たまにはこんな色も着てって買ってくるらしい。
今日は、とてもシンプル。グレーの長袖Tシャツに、白のシャツを羽織っている。それにカーキーのパンツに、黒に近いダークグレイのジャケットを着ている。なんだか、一気に大学生になったって感じの格好で、そんな聖君に私は、ドキドキしている。
聖君は笑うと、本当に可愛くなる。でも、普通に黙っていると、かなり大人っぽい。眉毛がとてもいい形をしていて、それに目が二重なのに、とても涼しげ。眉毛の形が変わったことがないから、どうやら、なんの手入れもしなくても、この形のようだ。
ヒゲは濃くない。肌はとても綺麗だ。
鼻筋もすっと通っていて、一見クールな印象がある。だけど、話し出したり、笑ったりすると、すごく可愛い人懐っこい笑顔になるので、相手を思い切り魅了させてしまう。
くすって笑った時の顔も、ゲラゲラと大きな口を開けて笑うところも、どっちも可愛い。あと、何より、照れ笑いをした時の顔、大好きなんだ。
目の前で話をして、時々目を細めて可愛く笑う聖君を、ぼけ~~っと眺めていた。すると、
「また、どっかいってるよ。俺の話、聞いてないでしょ」
と言われてしまった。
「ごめん。見惚れてた」
「俺に?」
「うん」
「……」
聖君は頭を掻いて、照れていた。
「今日、大人っぽいね」
「俺?」
「うん、今日の格好」
「ああ、そっか。冬はいつもジーンズに、スタジャンとか、ダウンとかだったもんね」
「うん」
「もう春だし、薄手のジャケット着てきたんだ。そういう桃子ちゃんも、今日、思い切り春っぽいよ」
「あ、うん」
「ワンピース、すげ、似合ってるけど、足とか寒くないの?」
「ブーツ、はいてるから大丈夫」
「そっか」
似合ってるって、嬉しいな。聖君とのデートにはいつも、気合入れてきてるからな。あ、最近は下着にまで。
「教習所、昨日が初だったんだ」
「あ、そうだよね、どうだった?」
「うん。なんかこえ~教官とかいるのかと思ったら、全然だった。若くて、すごく面白い教官で、意気投合しちゃった」
「……」
それは聖君だからじゃないかと思ってみたり。
「あ、女性の教官もいた」
「え?」
「若い男子に人気あるらしいよ」
「綺麗な人?」
「さあ?ちらっと車に乗ってるの見ただけだし、わかんないや」
やだな。聖君に色目とか使ってこないかな。その人。
「ま、俺は今日の教官で、最後まで行こうかなって思ってるけど」
「そんなに意気投合したの?」
「うん。なにせ、その人サーファーでさ。海の話で盛り上がっちゃって」
「……」
さすが、海好きには、海好きな人が寄ってくるんだな。
「聖君、サーフィンはしないの?」
「したことあるよ。櫂おじさんにも習ったことあるし」
「誰?」
「父さんの妹の旦那さん。伊豆でサーフィンのショップやってる」
「ああ、なんか、聞いたことあったような…」
「すんげえ、サーフィンうまいんだ。ハワイにも年に一回は行っちゃうくらい、サーフィンが好きなんだよね」
「へえ~~」
「でも、俺は海の中の方が、ずっと興味あって」
ああ、そっか。それであまり、サーフィンはしないのかな。
「父さん、もうライセンスもってるし、俺が取ったら早速、潜りに行こうねって言ってるんだ」
「楽しみだね」
「うん。いつか桃子ちゃんも行こうね」
「うん」
海の話をする時の聖君の目が好き。きらきら輝くんだよね。ああ、やばいな。今日も何回も、聖君に惚れ直してる気がする。
聖君とカフェを出ると、街をぶらついた。洋服を見にぶらっとお店に入ると、店員さんが、近づいてきて、
「どのような服をお探しですか?」
と、聖君に声をかけた。
その店は、女性、男性もの両方置いてある店だったが、声をかけるのは私でなく、聖君なんだ。
「あ、別にちょっとぶらって見てるだけだから」
と、聖君が店員に言うと、店員は少し顔を赤らめて、
「何か用があったら、呼んでくださいね」
と言って、近くにあった服を綺麗に、たたみながら、聖君のそばをつかず離れずしていた。
う~~~ん。こういうこと、たまにあるんだよね。
聖君は女性の目を引くようだ。顔も整ってるし、背丈も、体格も、どこをとっても申し分ない。遠目から見てもかっこいいけど、近づくともっとかっこよかったって感じで、話しかけられることも多い。
相手が店員だからか、聖君はちゃんと答えるけど、けして、べらべら話したり、話しかけたりすることはない。
聖君は一緒に、私の服を見てくれていた。私が選ぶ服を、特に何も言わず、ニコニコして見ていることが多い。
「似合うかな?」
と聞くと、
「うん」
と、必ずにっこりと微笑んでうなづく。
何を聞いても、似合うと言うので、最近はあまりあてにしていない。女の子の服がわからないのか、それとも適当なのか、一回だけ何気に聞いたことがあるけど、
「桃子ちゃんってけっこう、自分に似合うのちゃんと選んでるんだもん。似合わないのなんて、ないよ、全然」
と言われてしまった。
聖君は一緒にいる時、あまり自分の服は見ない。ごくごくたまに、
「あ!」
と言って、気に入ると即行買ってしまう。試着もしないし、鏡の前で当てることもしない。ところが、絶対に次に着てくると、似合ってるんだよね。
どうも自分に合う服というのが、直感でわかるらしく、服選びで悩んだことはないらしい。
あ、そっか。何を着ても似合っちゃうから、大丈夫なのか。
聖君は、次に雑貨屋さんにいきなり入っていった。私も雑貨屋は好きだから、喜んでついていった。
「この前、店の花瓶割っちゃったんだ。かなりお気に入りだったやつ。あれ、大きさも深さも、ちょうどよかったんだよね」
そう言いながら、花瓶を選んでいるけど、その割っちゃった花瓶も聖君が選んだんだろうか。
「あ。あのランチョンマット、いいじゃん」
「え?」
いきなり聖君は花瓶ではなく、ランチョンマットを見始めた。ベージュで、カントリー調で、可愛いのにシックだ。
「いいと思わない?これ。買っちゃおうかな」
「いつも聖君がお店のもの、選んでるの?」
「うん、けっこう俺が選んでるもの多いよ」
知らなかった。
「あ、あれもいいじゃん」
「え?」
次にカントリー調で、枝でできてあるフレームを目に付けたようだ。真ん中はベージュと白の布が貼ってある。
「ここにさ、母さんの作ったスコーンとかの写真を貼ったりして、壁にかけておくの、どう?」
「ランチョンマットの色にもあうね」
「でしょ?」
聖君はいきなりにんまりと笑い、それから店内をくまなく見始めた。そしておもむろに携帯を取り出し、電話をかけだした。
「母さん?俺。今雑貨屋にいるんだけど、そろそろ模様替えしたいって言ってたじゃん。いろいろといいもの見つけたから、買っていってもいい?」
聖君のお母さんに電話したのか…。
聖君は電話を切ると、
「ごめん、ちょっと真剣に買い物しちゃってもいい?」
と私に聞いた。
「うん、いいよ」
聖君は私の了解を得ると、本当に真剣なまなざしで、店内を回り出した。こんな買い物に真剣な表情をしたのは、はじめて見る。
時々腕を組んで、う~~んとうなってみたり、手をぽんとたたいて、にんまりとしてみたり、にこにこしながら、品物を手に取ったり、目を細めて眉をしかめ、また考え込んだり。
見ていて、面白かった。こんな聖君ははじめてだ。
そしてそのうちに、次々と品物を手にし始めて、
「決まった」
と言って、さっさとレジに行ってしまった。
慌てて、私もあとをついていった。
「これ、新入荷したものなんですよ。春にいいですよね」
と、若くて綺麗な店員が聖君に話しかけた。
「あ、そうなんだ。すげ、可愛いですよね」
めずらしく聖君は、店員にほがらかに答えていた。
「ご自宅用ですか?それとも…」
「あ、うちの店で使うものだから、包装は簡単でいいです。でも、領収証、出してもらえますか」
「はい」
店員は、袋に品物を詰め、レジをうち、領収証を書き出した。
「宛名はどうしますか?」
「平仮名で、れいんどろっぷすって書いてください」
「平仮名で?可愛いお名前の店ですね。なんのお店ですか?カフェとか?」
店員に聞かれて、聖君は、
「はい」
とうなづいた。
「どこでお店をしてるんですか?」
「江ノ島です」
「え?そんな遠く?」
「ああ、はい。今日はこっちに用があってたまたま。この店いいですね。いろんな雑貨がそろってて、またいろんなものを新調したい時、来ますね」
「ええ、ぜひ。良かったらセールのお葉書、出しましょうか?」
「ああ、はい」
聖君は、住所や名前を書き、
「じゃ、お願いします」
と、店員に渡していた。店員は、にっこりと微笑み、
「一回、行ってみたいです、お店。江ノ島のどの辺ですか?」
と聞いていた。聖君はにこやかに、お店の場所を教えていた。
「その店で働いてる、従業員さんなんですか?」
「俺ですか?いえ、うちの店っていうか、母が経営してる店で」
「え?お母様が?素敵ですね。お手伝いしてるとか?」
「ああ、はい。まあ」
「将来は継ぐんですか?」
「俺がですか?う~~ん、どうかな。多分それはないかな」
「じゃ、違う仕事するんですか?」
「多分。俺、今度大学だし、まだわかんないですよ、先のことは」
「え?じゃ、今、高校生?!」
店員はものすごく驚いていた。
「はい、今、高3です」
「見えない~~。もう20歳は超えてるかと思ってました。落ち着いてるし」
「老けてますか?はは…」
「いえ、大人っぽいってことです」
店員とこんなに話す聖君も、はじめて見た。
その店員は私の方をちらりと見ると、
「バイトの子?一緒に見に来たんですか?」
と聞いてきた。
「え?」
私が驚いて聞き返すと、
「……彼女ですけど?」
と、聖君も、一瞬驚いた顔をして、答えていた。
「あ、ごめんなさい。一緒にお店のものを探しに来られたのかと…」
店員はかなり動揺していた。
「…そうだな。もしかすると、店を継ぐのは俺じゃなくって、彼女が継ぐことになるかも」
聖君はいきなり、そんなことを言った。
「え?」
私も店員も、同時に聞き返した。
「あ、ああ。すみません。なんでもないです」
聖君は頭をボリッて掻いて、そう言った。
私が継ぐ?もしかして、その時には、聖君は私の旦那さんになってて、またこうやって一緒に、雑貨を選びに来たりして?なんて…。やばい。つい妄想してしまった。
お店を出ると、聖君は、
「さっき、妄想をして、変なこと言っちゃった」
と言って、ぺろっと舌を出した。
「私が店を継ぐって妄想?」
「あ、そう、それ」
「なんだ。聖君も…」
「え?」
「私も妄想してた」
「俺と同じ?」
「うん」
「結婚してて、桃子ちゃんが店をやってるって妄想だよ?」
「結婚って誰と?」
「……」
聖君は黙って、目を丸くした。それから、
「それ、わざと俺に意地悪して、そんな質問してるの?」
と聞いてきた。
「え?違うよ。本当に質問しただけ」
「決まってるじゃん。なんで俺以外のやつと結婚してる妄想なんかするんだよ」
聖君は口をとがらせて、そう言った。あ、すねちゃったかもしれない。
「あんな真剣な表情で買い物してるの、はじめて見たよ」
「……」
「それに店員さんとあんなにフレンドリーに話してる聖君も、はじめて見たかも」
「……」
「なんで黙ってるの?」
「俺以外に、誰か選択支、あるのかなと思って」
「え?」
「桃子ちゃんが結婚する相手」
「え?」
「他に浮かぶやつでもいるの?」
「…い、いないよ!いるわけないじゃん」
「だよね」
うわ。言ってから、真っ赤になった。思い切り顔がほてる。
「私ってずうずうしいね」
「何が?」
「だって、聖君と結婚する妄想なんて」
「へ?」
「かなり、ずうずうしい」
「……」
また聖君の目は、丸くなった。
「それ、まじで言ってるの?」
「え?うん」
「……。なんでずうずうしいなのかな?俺なんて、桃子ちゃんと結婚する妄想、ほとんど当たり前のようにしてるけど」
「え?」
「ずうずうしいって、どこから来る発想?」
「え?」
「あ、またあれ?私なんて聖君には釣り合わないとかなんとか」
「う…」
だって、きっと他にもたくさんの人が、聖君のこと好きだろうし。あ、そっか。妄想なんだから、自分勝手にしてもいいってことかな。
「そだよね。妄想だもんね。勝手にしてもいいんだよね」
「は?」
「だから、アラブの石油王と結婚だって、スターと結婚だって、勝手に妄想していいように、聖君との結婚だって、勝手に妄想しても、誰も怒らないし、迷惑かけないし」
「はあ?」
「ずうずうしいことなんて、ないんだよね」
「桃子ちゃん、ずれてる」
「え?何が?」
「視点が、ずれてる」
「え?違った?」
「桃子ちゃんは俺の彼女で、ずっと一緒にいれば、結婚だって考えられることで、もっとそういうことを考えても、全然不思議じゃないし、ずうずうしいことでもなけりゃ、叶わない夢でもなけりゃ、もっともっと、現実的なことなんだよ?わかってる?」
……。それ、前に菜摘にも言われたことがある。兄貴のほうが、ずっと現実的に桃子との将来を考えてるって。私みたいに、こうだったらいいなって、そんなふわふわしたものじゃなくって、きちんと考えてるよって。
だから、桃子のことは、兄貴は離さないって。兄貴から離れていくことはないって。
私はぼ~~っとして、聖君をただ見ていた。
「桃子ちゃん、俺の話聞いてた?また、どっか行ってる?」
「ううん、聞いてた。ごめん」
「ほんと?あれ?もしかして、桃子ちゃんにとっては、俺との結婚なんて、考えられないことだった?」
「ううん。でも、まだまだ先のことだし、実感はわかないし、そんなことあるのかなって、ちょこっと思ってる」
「……。そっか。そうだよな。まだ、高校2年だもんな。それもそうか」
聖君は、ぼそってつぶやいた。そのあとに、腕を組み、
「じゃ、あれか~~。ちゃんとそばにいないと駄目なんじゃん」
と、またぼそって言った。
「え?」
「なんでもないよ。独り言だから、気にしないで」
聖君はそう言うと、頭をボリって掻いた。