第80話 合格おめでとう
翌日、学校からさっさと家に帰った。家に帰り、着替えをして、4時になるのを心待ちにしながら、リビングで待っていた。
4時、聖君が来た。
ピンポーン。チャイムが鳴り、玄関に走っていった。玄関のドアを開けると、聖君が息を切らして立っていた。もしかして走ってきた?
「聖君、走ってきた?」
「え?うん。4時に間に合いそうもなかったから…」
そう言って聖君は、
「お邪魔します」
と家に入ってきた。
ああ!嬉しい。なんだか、聖君が目の前にいるだけで嬉しい。
「聖君、合格おめでとう」
むぎゅ~~!って、聖君に思い切り抱きついた。
「え?!」
聖君は驚いて、固まってしまった。
「も、桃子ちゃん、お、お母さんは?」
「今、誰もいないよ」
「な、なんだ~~」
聖君はいきなり力を抜くと、私のことをぎゅうって抱きしめてきた。
「サンキュ」
耳元で聖君がささやいた。
「何か、食べるか飲むかする?」
聖君から離れてそう聞くと、
「水だけ飲ませて」
と聖君は言いながら、靴を脱ぎ、ダイニングに来た。
「はい」
水をコップについで渡すと、聖君はぐぐっと美味しそうに飲み干した。もしかして、思い切り走ってきたんだろうか。
「走ってこなくても良かったのに」
そう言うと、
「だって、早くに桃子ちゃんに会いたくって、気があせっちゃって」
と、聖君は頭を掻きながらそう言った。
嬉しいな。そう言ってもらえるの。
「桃子ちゃんの部屋行ってもいい?」
「うん」
2階に上がり、部屋に入った。
「今、暖房つけるね」
「うん」
聖君はジャケットを脱いだ。ジャケットの下は、長袖のTシャツを2枚重ねにしていた。
あれ?制服じゃないんだ…。
「学校は?」
「もうあと、卒業式に出るくらいだよ」
「そうなんだ。じゃ、聖君のファンの子はずっと会えなくて、悲しがってるね」
「へ?何それ」
「え?」
変なこと言ったかな。
「そんなこと桃子ちゃんが、気にしなくてもいいのに」
「そうだね。そうだけど…」
ちょっと、聖君に片思いをしてる子達の気持ちになっちゃった。
「もう高校も卒業か。早かったな」
聖君がぽつりと言った。
聖君は、部屋をゆっくりと歩いていた。それから、私の机の上を見て、
「あ…」
と、ちょっと照れくさそうに頭を掻いた。ああ、聖君の夏の時の写真が、写真たてに入っていたんだっけ。
それから聖君は、ベッドにどかっと座った。私は、ちょこんとその横に座ってみた。
「聖君、本当におめでとう」
「うん。ありがとう」
「もうちゃんと夜、寝れてる?」
「ああ、ばっちし。なんてね。実はもったいなくって、夜更かししちゃってる」
「え?」
「ネット見たり、DVD観たり」
「海の?」
「うん。たいていがダイビングの」
「そっか…」
本当に好きなんだな。
フワ…。私がちょっと下を向いてぼ~~っとしているすきに、聖君がキスをしてきた。
「……」
ちょっと顔をあからめて、聖君を見ると、聖君はまた、キスをしてきた。
「お母さんとひまわりちゃん、もうすぐ帰ってくるの?」
「ひまわりは、部活でいつも6時過ぎるよ。お母さんは今日、出張エステ。4時からの約束だって言ってたから、やっぱり6時くらいかな、帰ってくるの」
「それじゃ、あと2時間くらい…」
聖君は時計を見てそう言うと、いきなりむぎゅって抱きしめてきた。そのうえ、思い切り体重をかけてきたから、押し倒されてしまった。
「わ!待って」
私は慌ててしまった。だって、学校から帰って来て、着替えただけで、お風呂も入ってなければ、下着も特に可愛いのでもなんでもない。
何しろ、そんなこと考えもしなかったし…。
「待てない」
聖君は、そう言うと、またキスをしてきた。
え~~~?!!!!
「ま、待って!」
「なんで?待ってたら、時間があっという間に過ぎちゃうでしょ?待てないよ」
嘘!!!!
うそ。うそ。
って、固まってる間に、聖君は私の着ているカーディガンを脱がし、ブラウスのボタンも外していく。ど、どうしよう。
聖君を見ると、聖君は手を止めて、熱い目で私を見つめてきた。
「聖君」
「ん?」
「ずるい」
「え?何が?」
聖君はそれでもまだ、熱い目で見つめている。
「その目」
「え?」
「聖君のその目に、弱いんだもん」
「……」
聖君はじっと私を見ると、ちょっと笑って、
「じゃ、もう抵抗できないね」
と言って、またキスをしてきた。
そうだよ。抵抗できなくなるんだから、ずるいよ~~。
「聖君…、今日、体育あった」
「そうなの?」
「私、汗臭いかも…」
「大丈夫だよ」
う~。でも…。
「それに、今日下着」
「うん」
「可愛くない」
「ブッ」
え?笑われた?
「じゃ、自分で脱ぐ?」
「も~~~~!」
聖君の胸を手でぐいって押して、聖君を押しのけようとすると、聖君はその手をぎゅって掴んで、
「大丈夫。俺、まじで可愛いとか、可愛くないとかわかんないもん」
とにっこりと微笑んだ。
あ、駄目だ、これ。抵抗できそうもない。
「もう、手で押しのけようとしても俺にはきかないから」
「?」
「知ってた?桃子ちゃんも目、色っぽくなるんだよ」
「え?」
「そんな目で見られたら、止められないよ、俺」
「それ、どんな目?まさか」
「うん?」
「物欲しそうな目…とか?」
「あはは。違うよ」
「じゃ、どんな目?」
「だから、色っぽい目。顔つきもいつもと違うよ」
「え?」
え~~~?ど、どんな顔つき?
「絶対に他のやつには、見せて欲しくない」
「え?」
「でもきっと、俺しか知らないよね?」
「どんな顔?」
「いつもと違う。色っぽくって、女っぽくって…。もし、その顔つきで迫られたら、絶対に誘われてるって勘違いするから、他のやつには見せちゃ駄目」
さ、誘われてる?せ、迫る?!!!
どどどど、どんな顔~~~?私、聖君のこと誘ったり、迫ったりしてないよ~~。
だいたい、聖君の方がよっぽど、色っぽい顔つきになるくせに。男の人なのに、こんなに色っぽいんだって、何度も思ったことあるもん。
私が黙っているからか、聖君も黙った。時計の音が聞こえる。それから、エアコンの音。それから、自分の胸の鼓動。
ドキン、ドキン…。触れられるたびにどんどん高なっていくみたいだ。聖君って、どうしてこうも、優しく私に触れるのかな。どうしてこんなに優しく、キスをしてくるのだろう。
聖君がものすごく大事に、想ってくれてるかが伝わってくる。その想いに何度も触れて、嬉しくて胸がいっぱいになる。
「大好き」
思わず、そうささやくと、聖君も、
「俺も、大好きだよ」
と耳元で言ってくれる。その声もものすごく優しい。聖君の想いに包まれる。あったかくって、優しくって、大きくって、涙が出そうになるくらい、幸せだ。
「聖君」
「ん?」
「幸せすぎて、泣きそうになることってあるんだね」
「桃子ちゃん、よく嬉し泣きするもんね」
「…。それ、聖君に出会ってからだよ」
「そうなの?」
「うん。悲しかったり、落ち込んだり、傷ついて泣くことはあっても、嬉しくて泣くなんて、ずっとなかったもん。聖君に会ってからは、嬉しくて泣くことばっかりだ」
そう言うと、聖君はぎゅうって抱きしめてきた。
「いつ、卒業式?」
「来週の火曜」
「じゃ、うちの高校と一緒だ」
「そうなんだ」
「お父さんやお母さんも、見に来るの?」
「多分ね。店、水曜に開けて、火曜休むって母さん言ってたし」
「もう、高校生じゃなくなるんだね」
「うん」
聖君は腕枕をしてくれた。私は、聖君の胸に顔をうずめた。
「大学、楽しみ?」
「まあね」
「ダイビングのライセンス、すぐに取るの?」
「うん。車の免許もね」
「じゃ、しばらく忙しい?」
「そんなことないと思うけど。春休みは、夜、店に出るつもりだけど、昼間はあいてるよ。そんな毎日教習所には行かないと思うし」
「そっか」
いきなり、遠い存在にはならないよね。なんて、今、突然思っちゃった。
聖君はそんな私の気持ちを察したのか、髪にキスをしてきた。それから優しく頬をなでてくれる。
聖君の指も、手も、優しいんだよね。それでまた、私は、とろんってとろけそうになっちゃう。
「もし、桃子ちゃんが同じ高校だったら、きっと卒業したら、寂しくなるんだろうね。俺も、桃子ちゃんも」
「うん」
「だけど、多分今までと、あまり変わらないと思うよ。っていうかさ、受験も終わったし、今までよりも会えると思う」
「そうだよね」
「車の免許取れたら、今まで父さんが送って行ってたけど、俺が送っていけるよ」
「え?」
「それに、ドライブにも行けるし」
「うん」
「家まで迎えに来れたり、それから、あ!ディズニーランドとか、行きたくない?」
「行きたい!!!!」
「楽しみだね!いろんなところに行こうね!」
う、嬉しい~~~~!!!そうか。ずっと世界が今までよりも広がるんだ。
「桃子ちゃん、大学生の彼氏ができちゃうんだ」
「え?」
「なんなら、高校まで、車で迎えに行くってのどう?」
「いい!先生に見つかったら、怒られそう」
「あ、そうなの?」
「友達にも、ひやかされそう。ただでさえ、あの文化祭のあと、いっぱい言われたし」
「何を?」
「あんなにかっこいい人、どうやって捕まえたんだとか、彼の友達紹介してとか」
「へえ、知らなかった」
「クラス替えして、そんな話をする友達もいなくなったけど。ヒガちゃんや、花ちゃんは、あまりひやかしたりしないし」
「ああ、花ちゃん、元気?」
「うん。すごく元気。大好きなアイドルの握手会にこの前行ってきて、それから毎日ずっとハイテンションでいるよ」
「あはは。そうなんだ」
「果林さんは、女友達が増えて、カラオケに行ったり、買い物に行ったりして、楽しんでるって」
「へえ。良かったじゃん」
「うん」
「桐太は?まだ桃子ちゃんのところに行く?」
「最近ずっと来ないよ」
「あ、そう。俺が釘さしておいたからかな」
「え?なんて?」
「俺の彼女なんだから、あまりかまうなって」
「それで桐太、なんて?」
「じゃ、聖に会いに来るようにするって言って、何度もうちの店に来るんだよ。まあ、ほんと、来てなんか食って、帰るだけだけどさ。あいつ、暇人なの?でもバイトもしてるよね」
「うん」
まさか、それだけ聖君に会いたいから、とか?
「桃子ちゃん、そろそろ服着たほうがいいかな?もう5時半だ」
「え?うん!」
私も聖君もベッドから出て、服を着た。
「俺、ひまわりちゃんや、お母さんが帰ってくる前に帰るね」
「どうして?」
「なんか、顔あわせづらい」
「そ、そっか」
聖君は、ジャケットも着ると玄関に行き、靴を履いた。そして私に、優しくキスをして、
「じゃ、土曜、桃子ちゃんちのパーティに来るから」
と笑って言った。
「あ、でも、昼間はデートしようね」
「うん!」
聖君は可愛い笑顔を見せると、玄関を開け、颯爽と階段を下りて行った。
後姿を見送りながら、ため息をついた。ああ、後姿もかっこいい。
玄関のドアを閉め、聖君のぬくもりの余韻に浸る。これからも、ずっとずっと隣でいられることに、喜びを感じながら。