第8話 強がり
ホワイトデーは、れいんどろっぷすで、ケーキを聖君のお母さんと作った。聖君のお母さんはその時、聖君の赤ちゃんの頃からのエピソードを聞かせてくれた。
その話がもう、私にはプレゼントだった。
ケーキが焼けると、聖君も、聖君のお父さんもお店にきて、みんなでケーキを食べた。ただ、杏樹ちゃんは、部活でいなかった。
聖君の足元にはクロがいて、しっぽをずっと振って甘えていた。時々、聖君は、クロの頭をなでてあげていた。それを見ながら、ああ、私の頭もたまになでてくれるけど、あんな感じに見えてるのかなって思ってしまった。
ケーキを食べ終わると、聖君は、
「今日、けっこうあったかいし、海見に行かない?」
と、聞いてきた。
「うん」
私は嬉しくて、すぐにうなづいた。でも、もう一人、いや、一匹、
「ワン!」
って喜んで、しっぽを振った。クロだ…。もしかして、自分に言ってくれたと思ってる?
「クロも行くの?散歩、今朝行ったじゃん」
「ワン!」
クロは、行く気満々だった。
「しょうがないな」
聖君は、リールを持ってきて、クロの首輪につなぐと、さらにクロは喜びまくっていた。
二人と一匹で海に行った。でも、聖君が、
「あ、俺今、桃子ちゃんを2匹、連れて歩いてるみたいで、変な気分」
と言って、笑った。え?2匹って、私も犬…?
少し聖君は、クロと海岸を走って、それから石段に座った。私はその様子をずっと、石段に座って見ていた。
「…なんか、これ、前にじいちゃんから聞いた、ばあちゃんとじいちゃんのデートみたい」
「え?」
「ばあちゃんもそこで、犬と走ってるじいちゃんを優しく見守ってたんだってさ」
「…ここで?」
「うん」
「ばあちゃんって、泳げないし、車も運転できないし、音痴なんだってさ」
「え?それって私みたい」
「あはは。そうだね。でも、料理は上手だし、好きだったから、カフェを始めたらしいよ」
「そうなんだ」
……。まるで、私だ…。
「だから、いつもじいちゃんが泳いだり、走ったり、歌ったり、そういうの見てたんだってさ」
「見てた?」
「じいちゃんは、そうやって優しく見てくれたばあちゃんがいてくれて、幸せだったなって言ってた。って今もか~~。ヨット乗ったり、潜ったり、じいちゃん好き放題してるけど、浜辺に戻るとばあちゃんが待ってて、あれこれ話を聞いてくれて、一緒に喜んでくれるんだって」
「…いいな、それ」
私も、聖君が見てきた海の話を聞きたいな。
「だからね、ついていけないとか、そんなこと考えなくてもいいから」
「え?」
「この前の、葉一の話だよ。ほんと、気にしなくていいからさ」
「うん」
聖君は、私の横に座って、しばらく海を見ていた。それから空を見て、そしてクロの頭をなでた。
「まだ、寒いね。でも、気持ちいいや」
「うん」
クロは走って満足したのか、聖君の足元に寝転がった。クロの頭を私もなでてみた。ちらっとクロは私を見て、しっぽを振った。
「可愛い」
と言うと、
「うん。桃子ちゃんも可愛い」
と、聖君に言われ、頭をなでられた。
「だ、だから、私は犬じゃない」
「あはは!そっくりなのに!」
「もう~~」
口を尖らせて怒っていると、いきなり聖君はキスをしてきた。
「!!!!!」
また突然で、私は目を丸くして驚くと、
「あはは!」
と、聖君はまた、大笑いをした。もう~~。いっつもこうやって、笑われてる、私。
その日はそのまま、駅まで送ってくれた。そして、改札口で、いきなり聖君は、ポケットから、
「はい!」
と、小さな袋を出して渡してくれた。
「何?」
「バレンタインのお返し」
「え?」
私はすぐその場で、袋を開けてみた。中には、ピンクのイルカのストラップが入っていた。
「お揃いだよ。俺のはブルーのイルカ」
そう言うと、聖君は、自分の携帯を私に見せてくれた。そこには、ブルーのイルカがぶら下がっていた。
「ありがとう。すんごく嬉しい!」
私が喜ぶと、聖君は、目を細めて、照れくさそうに笑った。
聖君と別れて、電車に乗ってから、私の携帯にそのストラップをつけた。
「嬉しいな…」
思わず、私はにやけて、そうつぶやいていた。
聖君がくれたことも、聖君とお揃いなのも、全部が嬉しい。なんだか、イルカまで喜んで、ピンク色に染まっているような気がした。
春休みに入った。聖君は春休みから、ゼミに行き出すと言ってたから、あまり会えないかもしれない。基樹君も、ゼミに行くし、葉君も、昼間からバイトのシフトを入れたらしくて、蘭と、菜摘と私の3人だけで、ちょこちょこと会うことにした。
3人で、交互にお互いの家に遊びに行った。菜摘の家に行くと、リビングには、聖君も交えた家族写真が飾ってあり、ちょっと驚いた。
「聖君ってさ、菜摘のことすっかり妹として扱ってるよね」
その写真を見ながら、蘭がそう言うと、
「うん。すっかりね。でも私もそうだよ。本当に兄貴が出来たみたいで、嬉しいし。あ、本当の兄貴なんだけどさ」
菜摘はそう言って、笑った。
「初めはショックだったけど、今はあんなかっこいい兄貴が出来て、ちょっと自慢なんだ」
「自慢?」
「小学校の時の友達に、自慢したり、従兄弟に自慢してるの」
「へえ…」
「みんな羨ましがってるよ」
「そうだよね。こんなかっこいいんじゃさ」
「ひまわりも、聖君、大好きだもん」
「ひまわりちゃんも?」
菜摘が聞いてきた。
「うん。聖君がうちに来ると、ずっと聖君の横であれこれ話してるよ。なんか、取られちゃったみたいで、少し寂しいんだけどさ」
「桃子も、実はやきもちやき?」
蘭が聞いてきた。
「え?そ、そうじゃないけど。…そうかな、やっぱり」
「あんなにかっこよかったら、私じゃ、気が気じゃないや」
菜摘に言われてしまった。
「だよね」
私も、深くうなづいた。
私たちが集まると、やっぱり彼氏の話で盛り上がる。でもまだ、私は二人でいる時の聖君のことは、内緒にしている。
可愛い絵文字のメールのことも、時々真っ赤になって、照れる聖君も、イルカの抱き枕を抱いてる聖君のことも。
菜摘にも、メールはよくしているみたいだけど、絵文字をいれたことはないらしい。それに、家に菜摘が遊びに来ても、部屋にはまだ入ったことがないと言っていた。
あ…。別に菜摘とのことを、私は、比較しなくてもいいんだけど。いいんだけどね…。つい…。
3人でわいわい話していると、いつもあっという間に時間が過ぎる。その時間はいつも、いつも楽しい。そして春休みは、あっという間に終わった。
4月、2年生になった。なんとクラス替えで、3人とも別々のクラスになってしまった。私が落ち込んでいると、
「帰りは、一緒に帰ろうよ」
と、蘭が言ってくれて、待ち合わせをして、帰る時は一緒に帰ることにした。でも、きっと菜摘も蘭も、すぐに新しい友達が出来るんだろうな。私は、クラスに慣れるまでに時間がかかってしまう。
聖君は、店のバイトもやめて、本格的に受験勉強を始めていた。春休みのゼミで、すっかりやる気になったらしい。
デートはしようねって言ってくれたけど、勉強の邪魔しちゃ悪いから、週1だったのを2週間に1回のペースで会うことにした。
だけど、聖君はよくメールをくれた。
電話は勉強の邪魔になるから、あまりかけなくていいよってメールすると、
>桃子ちゃん、寂しくないの?たまに俺の声、聞きたくなったりしないの?
と、聞いてきた。
>寂しいけど、でも着ボイスでいつも、聞けるから。
そう送ると、
>俺の携帯にも、桃子ちゃんの声、今度入れてね。
と、返信が来た。
なんで、聖君の声が携帯に入ってるかというと、私が、
「聖君からの電話だって、聖君の声でお知らせしてくれたらいいのに」
と、ぼそってつぶやいたことがあるからだ。
「あはは!どうする?俺から電話だよって声でも入れる?」
聖君ははじめ、冗談で言ってたけど、本当に声を録音して、着ボイスに出来る機能があることを知り、録音してもらったんだ。でも、俺から電話だよ…じゃなくって、電話だよ…だったけど…。
>勉強、頑張ってね。
>うん、頑張る!(><)
あ、また可愛いメールが来た。ほんと、もし聖君からきたメールを菜摘や蘭が見たら、びっくりするなんてもんじゃないかもしれないな。
聖君が、頑張って勉強をしている間、私も何かやってみようかな。勉強もいいけど、私は大学に行く気はないし。とりあえず、お料理かな。
そう思って、料理の本を早速買い、家でなるたけお料理をするようにした。母がエステのお客さんが遅くまでいると、夕飯を作るのが大変だから、すごく助かるわって喜んでいた。
聖君に会う日には、何かお菓子でも焼いて持っていこうかな。でもあまりいつも、甘いものをあげていたら、太っちゃうかな?
う~~ん。聖君、意外と筋肉質らしいから、大丈夫かな…?
次のデートには、小さなカップケーキを持っていった。聖君は例のごとく、目を細めて、
「旨い!」
と、喜んで食べた。うちの方まで来てもらうと、それだけ時間をロスしちゃうと思い、私が江ノ島まで行き、水族館を回り、水族館の中の休憩所で、聖君はカップケーキを食べていた。
「勉強、大変?塾どう?」
「う~~ん。そうだな。けっこう張り合いあるかな。同じ受験生どおしが集まってるし、なんかやる気になってくるよ」
「そうなんだ」
「基樹は、蘭ちゃんとけっこう会ってるみたいだね」
「え?そうなの?」
「目指してる大学がお前とは違うから、俺はもう少ししてから、本腰入れるよ、とか言ってた」
「そっか…」
「あれ?あまり、蘭ちゃんとそういう話してないの?」
「クラス変ったから」
「でも、一緒に帰ってたり…」
「蘭、すぐに仲いい子できたから、菜摘と二人で帰ってる。蘭も私たちと帰るって言ってたけど、やっぱり、同じクラスの子と学校帰りに寄り道する機会が増えたみたいで」
「そっか。桃子ちゃんは?仲のいい子できた?」
「まだ…。もう2週間もたってるのに、いまだにお昼も菜摘が来てくれてるし…。こんなじゃ、菜摘もなかなか友達できなくて、申し訳ないな…」
「いいんじゃない?あいつも桃子ちゃんといたいんだよ、きっと」
あいつ…?そっか…そんなふうに呼ぶのか。
それからまた、水族館を回り、海をぶらつくことにした。
「は~~。海っていいよね。勉強してて、頭も体も凝りまくっても、海見に来るとすっきりするよ」
「そうだね」
「沖縄はどんな海なのかな。すんげえ奇麗なのかな」
「……」
私は沖縄の海にまで、嫉妬してる。いまだに、沖縄の話をされると、心がぎゅって萎んでいくのがわかる。だけど、それを聖君にはばれないよう、ちょっと話をいつも、そらして誤魔化している。
「あ、そうだ。ゴールデンウイークは何してるの?」
こんな感じで…。
「ごめん、ずっと塾」
「そうなの?」
「うん」
そうか…。あ、やばい。落ち込みそうになった。明るくしなくっちゃ。
「クロ元気にしてる?」
「してるよ。また大きくなった」
「え~?早いね、成長が。羨ましいな」
「あはは!そのうち、桃子ちゃんのこと、追い越しちゃうかもね」
「え~~?本当に?」
落ち込んだの、ばれなかったかな…。
聖君が叶えたい夢を、壊したくないし、勉強もやっぱり、頑張って欲しい。私が落ち込んだりしたら、きっと聖君は、気にしてしまうだろうし…。だから、会っても明るくしているし、それにメールでも、楽しい内容のことしか書かないようにしている。
「あ、そうだ。着ボイス。入れて、桃子ちゃんの声。メールの着ボイスにするから、そうだな…、メールがきたよって入れてもらおうかな」
「なんか、恥ずかしい」
「駄目!約束したんだから」
「わ、わかった」
聖君の携帯に、録音した。なんだか、すんごい棒読みになってしまった。
「聖君のも入れて。電話だよ…だけだから。今度は、メールだよって」
「いいよ」
聖君は、あっさりと録音してくれた。
「他にリクエストは?」
「え?」
「おはようってのとか、朝のアラームにするってのはどう?」
「わ!入れて入れて!」
聖君の声の「おはよう」も、入れてもらった。それも、
「桃子ちゃん、おはよう」
わ~~~、これから聖君の声で、起こされるんだ。
「はい」
「え?」
聖君は、自分の携帯を私に向けてきた。
「俺のにも、おはよう、聖君、起きて…って入れてね。それも思い切り、優しい声で」
「ええ~~?」
「あはは、うそうそ。普通でいいや」
私も「おはよう、聖君」と録音した。
「やったね!これで桃子ちゃんの声で、起きれるじゃん」
聖君は、喜んでいた。
「あ、なんか俺ら、バカップル?」
と聖君は、少し顔を赤らめてそう言って、笑った。
「付き合って、けっこうたったよね、俺らって」
「え?」
ドキ!そういえば、そうかな…。
「でも、まだこんなバカップルなんだね。俺らって」
そう言って、また聖君は目を細めて笑った。それから、私の手を取り、歩き出した。
「ま、いいよね。こうなったら、ずっとバカップルでいようね」
「うん」
次の日から、早速私は、聖君の、
「おはよう、桃子ちゃん」
で、起こされた。あ~~~~。嬉しすぎる。すぐ横で、起こされてるみたいだ。枕の下に携帯を入れておくと、まるで耳元でささやかれてるようだ。
これ、聖君が沖縄に行っても、続けよう。毎朝、聖君の声で起きよう。なんて思ったら、思わず、じ~~んってしてしまった。遠く離れちゃうんだな。来年の今頃はもう、沖縄なんだ。
あ、いけない。まだ1年もあるのに。今からこんなで、どうするの?私。パンパンと、ほっぺをたたき、気持ちを切り替えた。
今はまだ、江ノ島にいる。会おうと思ったらすぐに会える距離に。だから、寂しくなんかない。今はまだ、寂しくなんかないんだよ…。そう自分自身に言い聞かせた。