第78話 自分の在り方
家に着くまでに、聖君のお父さんはいろいろと話をしてくれた。その間も聖君はよく寝ていて、起きることはなかった。
「聖は、暮れまで悩んでいたけど、正月伊豆にあとからやってきて、きっぱりと沖縄に行くのをやめるって言ったんだよね」
「え?聖君が?」
「うん。くるみはもっとよく考えてって慌ててたいたよ。でも、聖はすごく悩んで出した結論だからって、さっぱりとした顔をしてた」
「……」
そういえば、聖君と二人で話しをした時にも、言ってたっけ。沖縄やめるって、はっきりと。
「伊豆で海を眺めながら、二人で話をしたんだ。聖は本当に落ち着いてて、俺は今、すでにものすごく幸せな中で生きてるんだよねって笑ってた」
「え?」
「聖にとって何が大事で、どう在りたいのかを、考えたらしい」
「在りたいか?」
「そう。何をしていきたいかではなくって、どう在りたいか」
「?」
「それから、何を大事にしていきたいか」
「……。聖君、家族が1番だって言ってました」
「桃子ちゃんに?」
「はい。それに沖縄に行かなかったからって、自分の夢が叶わないわけじゃないしって」
「そう。そんな話してたんだ」
もそ…。聖君が動いた。起きたのかなと思ったら、また、す~~って気持ちよさそうな寝息をたてた。
「聖君、どう在りたいって言ってましたか?」
「幸せで在りたいし、大事な人を大事にしていく自分で在りたいってさ」
「!」
それを聞いて、胸が詰まった。一気に涙が溢れ出そうになった。
「聖には家族や、桃子ちゃんが大事で、その大事な存在を大事にしていくのが、自分のしていくことなんだって、そう思ったみたいだね」
「……」
駄目だ。泣きそうだ。
「家族だったり、桃子ちゃんと共に、夢を叶えていきたいんだって。海に潜るのもね、俺の夢でもあったから、俺も子どもといつか海を潜るのもいいな~~なんて、結婚当初思ってたんだよね」
「……」
私は泣きそうだったから、何も言えなかった。
「その父さんの夢、叶えようよって聖に言われた。桃子ちゃんも一緒だけどいいかって聞かれたよ。あはは!もちろんOK」
「……」
聖君がそんなことを?
「くるみは桃子ちゃんすごいって言ってた。聖と一緒に感動を分かち合いたいからって、泳げなかったのに泳げるようになったり、ダイビングもしようとしてるなんて、本当にすごいって感動してたよ」
「そんな話、聖君がしたんですか?」
「うん。前にね、桃子ちゃんが泳げるようになった時、聖、興奮して熱く語っててさ」
「……」
「聖ね、今日もそうだけど、桃子ちゃんからすごいパワーもらってるみたいだよ」
「え?」
パワー?
「癒されたり、元気になったり…」
「聖君が?」
「ほっとするみたいだね、桃子ちゃんといると。でも、わかる気がするな」
「え?」
「俺も、くるみといると元気になれた。嬉しくって、なるべく一緒にいるようにしてたし、くるみの笑顔を見れるだけで、嬉しかったな」
わ~~。そうなんだ!なんだか、聖君のお父さんとお母さんの、結婚前のこと、いろいろと聞いてみたいな。
「あ、桃子ちゃん、ごめん」
「え?」
「道、間違えたみたいだ。曲がらなきゃいけない道、まっすぐに来ちゃった。ちょっと遠回りになっちゃうけど、時間大丈夫?」
「はい。大丈夫です。それに、遠回りの方が、聖君、たくさん寝れますよね」
「はは…。そうだね。起きる気配まったくないし。いったい、どれだけ今まで、寝れなかったんだか…」
聖君は、まだ、すやすや寝ていた。寝顔はめちゃくちゃ、可愛かった。それに、寝息や、時々頬にかかる髪や、ぬくもりも全部が、愛しかった。
「桃子ちゃん、2月になって、全然聖に会いに来てなかったっけ」
「え?はい」
「そうか~~。聖も、勉強あるしって我慢したかな」
「え?」
「会いたがってたけどね。俺やくるみが、そんなに緊張したり、焦らなくても大丈夫だって何回か言ったんだけど、桃子ちゃんに会うのが一番の、癒しだったんだろうな~」
「受験で聖君、そんなに緊張してたんですか?」
「みたいだね」
そうなんだ。邪魔しちゃ悪いって思って、ずっと来なかったけど、逆効果だったのかな。
「まあ、今日会えたし、これで元気も出るかもな」
そういえば、センター試験のあとに会いにきたら、私に会えたから元気になったってしきりに言ってたっけ。あれ、冗談じゃなくって、本当だったんだ。
「もうすぐ着くよ。聖、起こさないと、桃子ちゃん車から降りれないね」
「着いてから、起こします」
「うん」
聖君はまだ、ぐっすり寝ていて、起こすのに気が引けた。
家の前で車を停めてくれた。
「聖、聖!」
聖君のお父さんが聖君の方を見ながら、声をかけた。
「ほら、桃子ちゃんの家に着いたから、もう起きな」
「ん?」
聖君は目を開けて、目をこすった。それから、もそっと体を起こすと、
「あ、あれ?ここ、どこ?」
と、ものすごい寝ぼけた顔で聞いてきた。その顔も、可愛い…!
「桃子ちゃんの家だよ」
「…え?あ!俺、ずっと寝てた?」
「寝てたよ。熟睡してた」
聖君のお父さんがそう言うと、
「なんで?桃子ちゃん、起こしてくれたら良かったのに。もしかして俺、ずっとよっかかってた?重くなかった?」
「大丈夫」
私がにこって笑うと、聖君は、また目をこすって、
「なんだか、まだぼ~~っとする。あ~~。まじ、よく寝てた。俺」
と言って、そして、大きなあくびをした。
「お前はまだ、ここでのんびりしてろ。桃子ちゃんは俺が玄関まで送っていくから」
「え?俺も行くよ!」
「駄目。そんな寝ぼけた顔で、桃子ちゃんのお母さんに会ったら、笑われるぞ」
「ええ?」
聖君は、後部座席から乗り出して、バックミラーに自分の顔を映した。
「わ。ほんとだ」
「だからここで、待ってろよ。なんならもう少し寝ててもいいぞ」
「……。寝ないよ。でも待ってるよ」
聖君はぼそってそう言ってから、
「なんだ。桃子ちゃんと今日全然、話もしてない」
と、寂しそうにつぶやいた。
「いいじゃんか。ずっと桃子ちゃんによっかかって寝れただけでも。それだけ、桃子ちゃんに会えて、ほっとできたってことだろ?」
「え?」
「安心したから、寝たんじゃないのか?お前」
聖君のお父さんは、バックミラー越しに聖君にそう言うと、
「うん、そうかも」
と、聖君はうつむいて、お父さんの方を見ることもなく、つぶやいた。
「じゃ、桃子ちゃん、玄関まで送っていくよ」
そう言って、聖君のお父さんは車のドアを開けた。私もドアを開け、車を降りてから、聖君に、
「おやすみなさい」
とそう言うと、聖君は、
「おやすみ。桃子ちゃん。それと、ほんとよっかかっててごめんね」
と謝ってきた。
「本当に大丈夫だよ。それに聖君の寝顔も寝息も可愛かったから、得した気分だし」
「え?何それ」
聖君は照れながら、頭を掻いた。そんな聖君も可愛くって、私は聖君のお父さんが、もう車から出て、玄関の方に向かってるのを確認してから、聖君の頬にキスをした。
「……。桃子ちゃん」
聖君はすごく声をひそめ、私を呼ぶと、
「口にもして」
と言ってきた。
え、え~~~~!!!でも、お、お父さんが!と、私は慌てて、聖君のお父さんの方を見たが、とっくに玄関の門を開け、階段を上りだしていて、こちらを見る気配もなかった。
私は、すごく恥ずかしかったけど、聖君にキスをした。
「サンキュー。桃子ちゃん。最高のバレンタインだったよ」
聖君はそう言うと、にっこりと笑った。う!すごく可愛い笑顔だ。
「お、おやすみなさい」
私は顔をほてらせながら、車のドアを閉めた。そして、息を一回整えてから、玄関の方へ行った。
聖君のお父さんはドアの前で待っていて、
「チャイム、押してもいいのかな?」
と聞いてきた。
「はい、すみません」
私は階段を一気に上り、お父さんの横に並んだ。チャイムを押すと、母が出てきて、聖君のお父さんに丁寧にお礼を言った。
「よかったらお茶でも」
という母の誘いに、
「あ、いえ。車に聖、残してきてるので、ここで」
と、聖君のお父さんは断った。
「え?聖君もいるの?」
「はい。ずっと寝ちゃってたから、まだ寝ぼけてるんですよ。だから、車においてきました」
聖君のお父さんが笑ってそう言うと、母は不思議そうな顔をした。
「それじゃ、桃子ちゃん。今日はありがとう。おやすみ」
「いえ、こちらこそ、送ってもらってありがとうございます、おやすみなさい」
聖君のお父さんは、にっこりと微笑んで、階段を下りると、さっさと車に乗り込んだ。
車が発進するのを見送り、私は母と家に入った。
「聖君、車で寝ちゃったの?」
「うん。最近勉強を頑張ってたみたいで、夜もあまり寝れてなかったみたいなんだ。それで、聖君のお父さんが、ドライブに連れ出して、ちゃんと寝かせてあげようとしたみたい」
「そう。あまり寝れてなかったの。ちょっと緊張してるのかな?」
「うん、そうみたい」
「聖君はいつも落ち着いてるように見えるけど、そんな時もあるのね」
「うん」
母の言葉に、私はうなづいた。本当だよね。なんだか、なんでも簡単にさらっとやってのけそうなイメージがあって、緊張で寝れなくなっちゃうなんて、想像もつかなかった。
私、本当に聖君の力になれたかな。癒したり、元気づけられているのかな。私がいつも、元気や、力をもらってるだけみたいな気がしてたけど、そうじゃないんだよね。
それは、ものすごく嬉しいな…。
それから自分の部屋に行き、ベッドに横になった。そして天井を見て、聖君のお父さんの話を思い出した。
「大事な人を大事にしていく自分で在りたい」
その言葉から、聖君の大きな大きな想いが伝わってきた。それで思わず、泣きそうになった。
聖君の想いは、本当に大きいし、あたかかい。それは家族に対してもだし、私に対してもそうなんだって、今は、思い切り感じることができる。
これまで、何度も何度も聖君の想いに触れ、感じてきたからかな。聖君が大事にしてくれてるって、それがものすごくわかるんだ。
聖君、私もだよ。私も聖君を大事にしていく自分で在りたい。これからもずっとずっと…。
聖君がね、今みたいに、不安になっていたり、緊張してる時には、いつでも癒しになりたい。力をあげたい。ぬくもりをあげたい。
聖君が弱ってる時も、聖君が落ち込んでる時も、そして頑張っている時も、私は聖君の隣にいて、聖君のパワーの源でいたいって思う。
大好きだよ。聖君。
勉強の邪魔をするからって、遠慮してた。でも、ちゃんとこの想いは届けないと。
いつでも、そばにいる。いつでも、力になる。だから、いつでも呼んでね。私を。
そう書いて、メールを送った。
聖君から返事が来たのは、それから1時間してからだった。メールには、ただ、
>ありがとう。桃子ちゃん。
と、それだけが書かれていた。
でもまた、しばらくしてメールが来た。
>帰りの車で父さんに聞いたよ。父さん、道間違えて、遠回りしちゃったんだって?でも、桃子ちゃんが、その分聖がたくさん寝れるって、そんなこと言ってたよって。まじ、ありがとう。嬉しかった。それに、ほんとに桃子ちゃんの隣は、安心できるよ。
……。嬉しくて、なかなか返事が返せないでいると、また、聖君がメールをくれた。
>でもさ、ほんとに桃子ちゃん疲れてない?俺、重かったでしょ?
>大丈夫。ずっと嬉しかったし、幸せだったよ。
今度は即行返事をした。すると、聖君からはしばらく返事が来なかった。あれ?
10分位してからようやく、
>桃子ちゃん、俺も超幸せ!(>▽<)
という可愛いメールが来た。
もしかしてまた、嬉しくってじたばたしちゃってたのかな。
大事な人を大事にする…そんな自分で在りたい。
そんな聖君だから、大好き。そして自分の大好きになった人が、そんな人だってことが、なんだかすごいことだなって思えて、私はその夜感動で、なかなか寝れなかった。