第77話 私は私
二人が帰ると、聖君は大きなため息をついた。
「どうした?聖」
桐太が聞くと、
「いや、別に」
と、聖君はそっぽを向いた。
「それにしても、桃香と夏樹って、名前かぶってたよな~~」
桐太は、あっけらかんとした表情でそう言った。
「うん。びっくりした」
私が言うと、
「なんかあの桃香っての、桃子に性格も似てそうだったよな」
と桐太がそう言った。すると、
「はあ」
と、また聖君は重いため息をした。
「なんだよ、さっきから、聖」
桐太が聞くと、
「いや、なんか俺も、ちょっと桃子ちゃんに似てるかなって、思ったんだよね…」
と、ぼそって聖君は頭を掻きながらそう言った。
そうなんだ、聖君までがそう思ってたんだ。
「きっと、頑張って作ったんだよね、チョコ。それに、勇気を持って今日、来たんだよね」
なんだか、私も自分とあの子が重なった。今頃泣いてて、それを夏樹さんが慰めているのだろうか。
「それが?」
桐太が私に聞いてきた。
「え?」
「だから、それで桃子がどうにかしてあげるの?それとも、聖がもっと優しくしてあげたらよかったとか思ってんの?」
桐太の言葉に、聖君は何かを言いそうになったけど、桐太は、
「同情とかしてもしょうがないじゃん。それとも、聖と別れて、あの子とくっついてもらうか」
と、話を続けた。
「そんなの!」
私は、思わず首を横に振った。
「じゃ、そういうふうに同情するのやめたら?」
聖君はさっき、何かを言いそうになっていたけど、黙ってしまった。
「ごめん。そうだよね。桐太の言うとおりだ。こんなこと私が言ってもしょうがないし、かえって、聖君を困らせちゃうね」
私がそう言うと、桐太はにんまりと笑って、
「やっぱり桃子って、いい女」
と、またそんなことを言い出した。
「え?!」
聖君がその言葉に思い切り反応した。
「俺、こんなこと言ってきついかなって思うことでも、桃子、ちゃんと受け止めるからさ。いつもすげえって思うよ。さすが、聖の彼女してるだけあるよな」
「……」
聖君はその言葉に、一瞬目が点になり、そのあと、赤くなりながら、
「な、なんだよ?それ」
と、ぼそって言った。
「やっぱ俺、桃子だから聖の彼女、認めてる。他のやつじゃ認められないね」
「あのさ、だからなんでお前に認められないとならないんだよ」
聖君は呆れ気味にそう言ったけど、
「なんだよ。素直に喜べよ。俺は桃子と聖だったら、いつでも応援するし、味方だから」
桐太はそう言うと、私を見て、
「な?」
と、笑った。
「うん」
私もにっこりと笑ってうなづいた。
「だから、なんで二人してそんなに仲がいいんだよ?」
聖君はちょっと口をとがらせた。
「いいじゃん。聖の彼女と仲良くしても。さて、でも、まじでお邪魔みたいだから、そろそろ帰るか」
桐太はそう言うと、席を立ち、
「コーヒー代、ここ置いていきます。ご馳走様でした」
と、キッチンにいる聖君のお母さんに向かって言った。
「あら、桐太君、いいのに、コーヒー代。聖におごらせるから」
お母さんがそう言いながらキッチンから出てくると、
「おごんないよ。ちゃんともらって、母さん」
と、カウンターのお金を聖君は、お母さんに渡した。
「桃子、チョコケーキ旨かったよ。すげえ特技だな」
と、桐太は私に言うと、聖君に向かって、
「じゃな!俺があげたチョコも一応、食べろよな」
とにかって笑ってそう言った。そして、れいんどろっぷすをあとにした。
「あ~~~~。やっと、帰った」
聖君が、またため息をつくと、その横で杏樹ちゃんは、
「桃子ちゃん、家庭科の宿題手伝って」
と私に言って来た。
「杏樹!そんなの桃子ちゃんに頼むなよ」
聖君が呆れてそう言うと、
「だって、お母さん忙しいし、お父さんやお兄ちゃん、お裁縫できないよね?」
と杏樹ちゃんは言い返した。
「ええ?!だからって、なんで桃子ちゃんに…」
「いいよ。手伝うよ」
聖君が話し終わる前に、私がそう言うと、杏樹ちゃんは喜んで、私の腕をひっぱり、リビングに連れて行った。
「まじかよ。今度は杏樹かよ」
後ろから、情けない聖君の声が聞こえた。振り向くと、聖君はすっかり肩を落として、元気がなくなっていた。
悪かったかな。でも、杏樹ちゃんに頼られると嬉しいし、断れないんだよね。
「2階のお母さんの部屋に、ミシンがあるの。きてきて!」
と杏樹ちゃんは先に2階に上がっていった。私も2階に上がっていくと、後ろからリビングにいたクロがついてきた。
「あ、クロは駄目駄目。ミシン危ないから。お兄ちゃん!クロ、連れてって~~~」
杏樹ちゃんは大きな声で、2階から聖君を呼ぶと、聖君はタタタって階段を上がってきた。
「クロ、リビングでテレビ観よう。あぶれたものどおしでさ」
聖君はそう言いながら、クロの頭をなでた。
「ワン」
クロは尻尾を振って、聖君と一階に下りていった。
家庭科の宿題もすみ、一階に下りていくと、聖君はなにやらクロにぶつくさ言いながら、テレビを観ていた。
「なんでみんなして、俺と桃子ちゃんが二人になるの、邪魔するんだと思う?俺に会いに来てるのにさ」
うわ。なんかものすごく可愛いことを聖君、言ってるな~~。そんなことを思いながら、聖君の近くに行くと、私に気がつき、
「あ、終わった?」
と、嬉しそうに聖君が聞いてきた。
「うん」
「杏樹は?」
「他の宿題があるみたい。大変だね」
「それまでは、手伝わされなかった?」
「うん。だって、数学だし。私、苦手だから」
「あ、そう。え?数学?やばい。桃子ちゃん、俺の部屋行こう」
「なんで?」
「今度は俺に教えろって言ってくるかも。もう、俺、邪魔されたくないよ」
「…うん」
なんだか、本当に悲しそうな顔をしているから、笑いそうになった。でも、笑ったら、聖君、怒るかもって思って、こらえながら2階にあがった。
聖君の部屋に入ると、今日もまた、机の上にはノートや参考書が乗っかっていて、床にも散らばっていた。
「あ、ごめん。また散らかってて」
聖君は、床のものだけ、ささっとどかした。
私がベッドに座ると、すぐ横に聖君は座ってきたけど、
「あ。うそ。もうこんな時間なんだ」
と、時計を見て、がっかりしていた。時計を見ると、6時を過ぎていた。
明らかに聖君は、がっくりして、
「もうすぐ、夕飯できると思うから、食べてってね」
と、少し寂しそうに力なく笑ってそう言った。
「大丈夫なの?お父さん、忙しくない?私電車で帰っても」
「大丈夫。もうちょっとしたら、帰ってくると思うよ」
「出かけてるの?」
「うん。なんだっけ?打ち合わせとかなんとかって言ってたっけな。でも、桃子ちゃん来るなら、早くに切り上げて、車出すからねって念を押してから、今日出かけてった」
そうなんだ。
ギュ!いきなり、聖君は抱きついてきた。
「桃子ちゃん」
「うん?」
「は~~~~~」
またため息をついた。
「疲れてるの?」
「う~~ん。今さら焦ってもしょうがないし、どっしりかまえてたら?って母さんにも言われたんだけど、昨日も、不安になっちゃってさ」
「え?」
「けっこう遅くまで勉強してた。何かしてないと落ち着かないんだよね。で、それを知ってか、父さんが、今日は勉強しないで、桃子ちゃんのこと送っていって、帰りドライブしようなってさ」
ああ。それで…。お父さん、聖君のことちゃんと見てるんだな。
「もうさ、じたばたしてもしょうがないんだけどね」
いつも余裕のある聖君でも、不安になったり、落ち着かなくなったりするんだ。
そりゃ、そうか。当たり前か~。
「こうなったら、開き直るか」
と言って、またぎゅうって私を抱きしめてきた。私も聖君の背中に両手を回して、ぎゅうって抱きしめた。
「桃子ちゃんに抱きしめられるの、すげえ嬉しい」
「え?」
「なんか、落ち着く」
そうなの?だったら、いくらでもこうやって抱きしめてるし、いつまでだって、抱きしめてるのに。
「桃子ちゃん」
「うん?」
「チョコケーキ、まじで、旨かった。サンキュー」
「うん」
「それから、俺も」
「え?」
「俺も大好きだから」
そう言うと、聖君は腕をゆるめ、キスをしてきた。ああ。カードのことかな?
聖君は、キスが終わるとまた、ぎゅって抱きしめてきて、
「でも、母さんに見られたのは、かなり恥ずかしいかも」
と、照れながらそう言った。ああ、やっぱりカードのこと。
「……。やべ!カード、カウンターに置いたままだ!」
聖君は、かなり慌てて、
「ちょっと待ってて。今、取ってくる」
と部屋を出て行った。
聖君、可愛いな~~。と思いながらイルカのぬいぐるみに抱きつき、聖君を待った。すぐにドアが開いたが、入ってきたのはクロだった。
「ク~~ン」
となきながら、私の足にまとわりついてくる。頭をなでると、尻尾を喜んでぐるぐる振り回した。
「桃子ちゃん、夕飯できた…。あれ?クロ、来てたの?」
「ワン!」
「あ~~あ。なんかすっかり、桃子ちゃんになついてるよね。家族みんなで桃子ちゃんになついてるし、桐太までなついちゃったし…。俺だけの桃子ちゃんじゃなくなってるのが、かなり寂しい」
「え?」
寂しい?
「特に、桐太!あいつ、ちょこちょこ桃子ちゃんと会っちゃって、なんかすげえ頭に来る」
聖君は悔しそうな顔をした。
「桐太君とは、仲のいい友達だよ?」
「…仲のいい?」
「うん。いつも今日みたいに、バシって言ってくれて、そのたびにいろんなことに気づかされる。男の人って、女友達よりも、バシッて言ってくれるよね」
「……。友達?」
聖君はまだ、何か納得していないようだ。
「うん。友達」
「男と女とで、友情ってありえると思う?桃子ちゃん」
「え?どうかな」
「でも今、桐太と友達って…」
「あれ?そうだね」
でも、同じ人が好きで、それで気があってるんだけどな。
「聖!桃子ちゃん!杏樹!夕飯できたよ」
一階から聖君のお父さんが声をかけてきた。
「ああ!今行く」
聖君はそう言うと、一階に下りていき、そのあとをクロが続いた。そして、私も一階に下りていこうとすると、杏樹ちゃんも部屋から出てきた。
「あ~~。わけわかんないよ~~」
杏樹ちゃんはどうやら、宿題が終わらなかったようだ。
一階に下りると、
「お兄ちゃん、数学わからないところあるんだけど」
と、杏樹ちゃんは、聖君に言っていた。
「ああ、明日な。明日教えてあげるから」
聖君は、そう言うと、杏樹ちゃんの頭をなでていた。なんだ。やっぱり杏樹ちゃんの勉強、見てあげるんだ。
それから、聖君のお母さんもリビングに来て、みんなでご飯を食べた。食べ終わると、聖君はさっさとお店にお皿や茶碗を持っていった。
「今日、聖の後輩がお店に来たの」
聖君がいない間に、お母さんはお父さんに話をしだした。
「女の子?」
「そう。チョコを持ってきたみたい」
「聖、また断ってた?」
「みたいよ。でも、めずらしく、あったかいものでも、出してあげてって、俺がおごるからなんて言い出しちゃって」
「へえ!なんだ、知り合いだったのかな」
聖君のお父さんもびっくりしていた。やっぱり、そういうことってないんだな。めずらしいことなんだ。
「女の子の名前、桃香ちゃんっていったわね?びっくりしたわよね?桃子ちゃん」
「はい」
いきなり、私にふられて、びっくりしてはいって答えると、
「それに、その友達は、夏樹って名前で、それもお兄ちゃん、びっくりしてたよね」
と、杏樹ちゃんが言った。
「へえ~。偶然だね」
「ほんとうよね」
と、聖君のお父さんとお母さんが、話しこんでいると、
「何を話してるんだよ。母さん」
といつの間にか、リビングに戻ってきていた聖君が、少し怒った感じで聞いた。
「あ、あら。ちょっとめずらしいことがあったから、爽太に話してただけよ」
「めずらしいこと~~?」
聖君は、お母さんのことを横目で見て、
「ったく。特になんでもないことだろ?もうとっとと忘れて」
と、頭を掻きながら、どかって座ってそう言った。
「偶然もあるもんだな、聖」
まだ、聖君のお父さんは、その話に食いついていた。聖君は、とっとと終わらせたかったみたいなのに。
「性格もね、桃香ちゃんの方が大人しめで、夏樹ちゃんはどうどうとしていたわね」
お母さんはそんなことを言い出した。
「わからないよ。そんなの。ちょっと見ただけじゃさ~…」
「そうだけど…」
お母さんは、聖君があまりにも冷たくそう言うからか、話しづらそうにしていた。
「桃子ちゃんだって、一見みた感じと、内側まったく違うし」
という、聖君の言葉に、
「そうだね~~。桃子ちゃん、こう見えても、男らしいし、強いからね~~」
と、横で聖君のお父さんは、うなづいていた。
「お、男らしい?」
私がびっくりして聞き返すと、
「あ、今の俺が言ったんじゃなくって、聖が言ってたことだけどね」
聖君のお父さんは笑いながら、私にそう答えた。
「ええ?!」
私がびっくりして聖君を見ると、
「たまにね、桃子ちゃん、俺より強くなるし、男らしくなるから」
と、聖君は頭を掻きながら、笑ってそう言った。
「ま、聖にとっては、桃子ちゃんが1番ってことか」
お父さんが聖君の背中をたたきながら、笑ってそう言うと、
「だ~~~!だから、そういうことを父さん、平気で言わないでくれる?」
と、聖君は思い切り照れていた。
「あはは!でも、本当のことだろ?だから、チョコも断ってんだろ?他の子の…。でも、今日はめずらしいね。なんか、来た後輩の子達に、おごってあげたんだって?」
「え?ああ」
「同じ高校の後輩だから?」
「いや、そういうわけじゃなくって。俺も、あとから何やってるんだって思ったけど」
「うん?」
お父さんも、お母さんも、興味津々って顔だ。私も実は、聞きたいところだった。
「名前聞いて、なんだか他人じゃないような、なんだか、そっけなくするのも、悪い気がしちゃって」
「え?」
お父さんが聞き返した。
「駄目だよね、俺。前にもあった。ちょっと雰囲気が桃子ちゃんに似てる子、泣かれてものすごい罪悪感で…。今日も、桃子ちゃんとだぶっちゃって、つい」
「あははは!そういうこと!」
「そんなに笑うなよ、父さん」
「でも、聖。いくら桃子ちゃんに似てたり、名前が似てても、桃子ちゃんじゃないんだから」
いきなり、聖君のお母さんが、きつい口調になった。
「んなのわかってるよ」
聖君が、すねた口調でそう言うと、お母さんは聖君の顔を覗き込んで、
「本当に?これから先も、桃子ちゃんと同じ名前だったり、似てる子が現れるたび、心が揺れてたら、当の本人も気が気じゃないわよ?」
と、そんなことを言った。
「え?」
お母さんの言う言葉に、聖君は一瞬黙り、それから私を見た。
「あ。うん。うん…。ごめん、桃子ちゃん」
聖君は、申し訳なさそうな顔をして、謝った。
「ううん」
私は思い切り、首を横に振った。
聖君のお母さんは、お店にもどって行き、お父さんは車を出してくるねと言って、玄関から出て行った。
杏樹ちゃんは、テレビを観て、好きなアイドルが出ているらしく、喜んでいた。クロはその横で、丸くなって寝ていた。
聖君は、リビングのテーブルにほおづえをつき、何かを考えていた。
「そっか」
「え?」
「いや、母さんの言うこと、ほんとだよなて思ってさ」
それ、まだ考えてたんだ。
「似ていようが、同じ名前だろうが、桃子ちゃんとはまったくの別人。桃子ちゃんは、桃子ちゃんで、一人しかいないんだもんな」
「……」
私が黙っていると、杏樹ちゃんが、
「桃子ちゃんが、桃子ちゃんだからいいんだよね」
といきなり言い出した。
「え?」
私と聖君が同時に聞き返した。
「いくら似てても、桃子ちゃんじゃないもの。桃子ちゃんは、桃子ちゃんじゃなきゃ」
杏樹ちゃんの言葉に、聖君はくすって笑って、
「まったくだ。杏樹の言うとおりだよ。よくわかってんじゃん、杏樹」
と、杏樹ちゃんの頭をなでていた。
杏樹ちゃんは、聖君にそう言われて、嬉しそうにしていた。私も、杏樹ちゃんや聖君の言葉に、感動して目を潤ませた。
それに気づいた聖君は私を見ながら、くすって笑っていた。
それから、お父さんが車を用意したよって、玄関から顔を出し、言って来た。私は上着を着てカバンを持ち、聖君と家から出た。杏樹ちゃんは玄関まで見送りに来てくれた。
聖君と、車の後部座席に乗り込んだ。そして、車が発進した。
驚いたのは、5分もしないうちに、聖君が寝てしまったことだ。
「寝かせといてあげて、桃子ちゃん」
聖君のお父さんは、バックミラー越しに私を見て、そう言った。
「聖ね、最近ちゃんと寝れてなかったみたいなんだ」
「え?」
「桃子ちゃんがくるって言うから、これはチャンスって思ってさ。絶対に桃子ちゃんの横なら、安心して寝ちゃうかなって」
「そうだったんですか」
「んく~~~~」
聖君の寝息がした。か、可愛い。
「あはは。よく寝てる」
お父さんが笑った。
聖君は、私の肩にもたれかかってきた。すぐ横で、すやすや寝ている聖君が、ものすごく愛しくなった。
そしてそのまま、私の家まで、聖君はぐっすりと寝ていた。