第75話 チョコ作り
2月。バレンタインデーのために、また我が家に菜摘と蘭がチョコレートを作りにやってきた。
「今年はトリュフに挑戦!」
二人とも張り切っていた。私は、チョコケーキに挑戦すると言うと、二人して、
「お~~!さすが!」
と歓声をあげた。いや、まだ出来上がってもいないし、今から歓声をあげられても…。
「兄貴、勉強頑張ってるみたいだよね」
チョコを湯煎しながら、菜摘が言った。
「うん。頑張ってるね」
「桃子、聖君にちょくちょく会いに行ってるの?」
蘭に聞かれた。
「ううん。2月の初めに会って、それから会ってないよ」
「聖君、寂しがらない?」
「バレンタインのチョコあげに行くって言ってあるから、それを楽しみに勉強頑張るって言ってた」
「へ~~。そうなんだ」
「兄貴ももっと会いたいみたいだけど、勉強もあるから、我慢してるみたい」
と菜摘が言った。
「え?そんなこと言ってた?」
「うん」
「葉君とはよく会ってるの?」
蘭が今度は菜摘に聞いた。
「週一回くらいは会ってる。でも、仕事するようになったら、どうかな~」
「会えるでしょ。大丈夫だよ」
「忙しくならないかな。葉君」
「う~~ん、勤めてみないとわからないよね」
「蘭は彼氏、大学生でしょ?まったく違う環境にいて、大丈夫なの?」
菜摘が蘭に聞いた。
「大学、工学部だし、女子少ないみたいだし、バイトもしてるけど、そんなにはシフト入れてないし、家も近いからけっこう会えてるし、大丈夫だよ」
「家が近いっていいね」
「江ノ島、遠いもんね」
「うん」
菜摘が黙り込んだ。葉君が社会人になるのが、不安なんだろうか。
「そういえば、聖君、沖縄やめたんでしょ?良かったね、桃子」
蘭が私に言ってきた。
「うん」
「兄貴、れいんどろっぷすも手伝うって言ってたし、あまり今までの生活とは変わらないかもね」
「え?」
「桃子、れいんどろっぷすに行けば兄貴には会えるじゃん」
「うん」
「大学にも女の人は多いと思うけど、まあ、ちょくちょく会えるんなら、大丈夫かもね」
蘭もそう言ってくれた。
「うん」
「あはは。心配ないない。兄貴本当に桃子に、べた惚れだから」
「そうなの?」
菜摘に蘭が聞いた。
「他の女の人なんて、かぼちゃかじゃがいもにしか見えないんじゃないの?」
「あははは!何それ~~~」
蘭はそれを聞いて、大笑いをした。
「まじで!葉君から聞いたんだけど、バレンタイン前に、久々学校行ったら、兄貴にチョコを渡してくる女子がすごい数だったんだって。でも、かたっぱしから断ったらしいよ」
「へ~~~!さすが、硬派!でも、もう卒業だしね。これからもいっぱい告られるかもしれないよね」
蘭がそう言った。う、それも実は心配の種だな。
「葉君は、もらうことないの?」
菜摘に聞いてみた。
「それがね!もらっちゃったみたいで!信じられないよ。断れなかったって言うんだけど、彼女がいるから付き合えないとは言ったみたいだけどさ~~。兄貴みたいに、ばしっと断ってくれたらいいのにさ~~」
「そうなんだ。葉君のこと好きな子、いたんだね」
「うん。それも同じクラスの子みたい」
「ふうん。でも、付き合ってる子いるって言ってくれたんだからいいじゃない。ほら、なんつったっけ、ああ、桐太。あいつは最低だったんでしょ?」
蘭がちょっとまゆをしかめて、そう言った。
「そう。桐太!駅前のカフェでバイトしてるの」
「え?そうなの?」
「この前入ったら声かけられて、聖の妹だよねって覚えてたんだよ~~」
「こんなに近くでバイトしてるの?大丈夫なの?桃子」
蘭が心配そうに聞いてきた。
「うん」
「うんって…」
蘭も菜摘も、チョコをそっちのけで話し出していた。
「蘭、それが聞いてよ。桃子、時々桐太とお茶してるんだってよ!」
「は~~?なんで?ちょっと、そんなことして、聖君怒らないの?」
「兄貴に聞いたら、ああ、別に大丈夫って言ってて。なんなの?あの余裕ぶっこいてるの。兄貴、もしかして、桃子は絶対に浮気なんてしないし、俺に惚れてるから安心だなんて思ってるんじゃないの?」
「違うよ。桐太を信頼してるんだよ」
「え~~~?!!!あの桐太だよ?」
蘭が目を丸くした。
「友情復活したみたいで」
「え~~~?!」
蘭も、菜摘も驚いていた。
「だけど、お茶して何を話してるの?」
「聖君のこと」
「え?」
あ、やばい。つい本当のことを…。
「共通してることって、そのくらいだから」
「そっか~~。なんだか、変な関係なんだね」
菜摘に言われてしまった。実は、桐太も聖君に恋してて…、なんて言ったら、もっと仰天されちゃうよね。
二人はしばらく真剣に、トリュフ作りをしだした。私も、ケーキはさすがに時間がかかり、黙り込んで作っていた。
そして、やっとこケーキは焼くだけってところまでいき、二人のトリュフもあとは、冷蔵庫で冷やすだけになった。
「お茶でもしない?」
と、私が言うと、
「そうしよう。ここ片付けて、紅茶でも飲もうよ」
と蘭が賛成した。すぐに3人でキッチンを片付け、紅茶を入れ、昨日焼いてあったクッキーも出して、3人で私の部屋に移動した。
「去年も3人でチョコ作ったよね」
菜摘が言った。
「私は今年、相手違うけどね」
蘭が苦笑いをした。
「毎年恒例になったりして。桃子の家でチョコつくり」
菜摘は、クッキーをほおばりながらそう言った。
「楽しいよね、そういうのも」
蘭もクッキーを食べ、
「あ!美味しい!」
と二人して喜んでいた。
「高校卒業しても、桃子、沖縄に行かなくてすんだし」
菜摘はそう言うと、ちょっとため息をつき、
「良かった。私実は、兄貴も桃子も沖縄行ったら、寂しいなって思ってたんだよね」
とほっとした表情でそう言った。
私はそういうことをあまり考えていなかったから、菜摘に申し訳ないと思ってしまった。でも、嬉しかった。
「誰が最初に結婚すると思う?」
蘭がいきなり聞いてきた。
「桃子!」
菜摘が私を指差した。
「でも、葉君の方が聖君よりも早くに社会人になるよ」
と、私が言うと、
「いや~~。葉君は結婚なんてまだまだ先って思ってるもん」
と菜摘は言った。
「じゃ、蘭は?相手はもう大学生だし、やっぱり社会人になるの早いよね?」
そう言うと蘭は思い切り顔を横に振り、
「私、今の彼氏とずっと付き合ってるかどうかもわからないもん」
とそんなことを言った。
「そうなの?」
私と菜摘は同時に聞いた。
「二人のほうがすごいわ。ずっと一人の彼と続いてるなんてさ」
「そうなの?」
また、同時に聞いてしまった。
「うん。私の周り、半年持てばいいって感じの子ばっかりだよ」
「え~~~!」
菜摘は驚いていた。私もびっくりだ。
「そんなもんなの。だから、二人ともすごいよ、ほんと」
蘭がまた、そう言った。
そうなのか…。そんなに早く、そんなに簡単に別れたりするんだ。なんでかな。嫌いになっちゃうのかな。そういうの、信じられないな。
あ、でも、私も初めは聖君とこんなに長く続くって、思えなかった。それはただ単に、聖君にすぐに愛想つかされるかもって、思っていたからなんだけど…。
「やっぱり桃子だね、1番は。それも兄貴と結婚!あれ?そうしたら、私、桃子の妹になるの?」
「そうじゃないの~?」
「わ~~。そうなんだ」
菜摘と蘭は、そう言ってきゃいきゃいさわいだ。
そうか。そうなるのか。でも、本当に聖君と結婚する日が来たりするんだろうか。
そうなったらいいなって、本気で思う。でも、どこかで、本当にそんな日が来るのかなとも思ったりする。
「菜摘は、葉君とその後進展は?」
いきなり蘭が聞いた。
「まだ何も…」
菜摘は、言葉を詰まらせた。
「桃子はもう、聖君と結ばれたのにね。私、絶対に桃子の方が、あとだと思ったよ」
「そ、そうなの?」
蘭にそんなことを言われて、困ってしまった。
「だって、聖君って、すんごい桃子のこと大事にしてて、手なんてとても出せそうもないんじゃないかって思っていたからさ」
「う、うん」
そうなんだけどね…。
「もしかして、沖縄に行くかもしれないと思って、桃子頑張った?」
「え?頑張る?」
「うん。聖君が遠くにいって、他の女性と結ばれたら嫌で、頑張っちゃったのかなって思って」
蘭にそんなことを言われた。ああ、蘭、そういうこと言ってたもんね。
「うん。そういうのもちょっとある。他の人を聖君が、キスしたり触れたりするの、絶対に嫌だって思ったし、桐太にキスされて、私も聖君以外の人に触れられるのは嫌だって思ったし」
「な~~るほど。桐太のことがあって、桃子の心の中で変化が起きたんだ」
「うん」
蘭は納得したようにそう言った。
「変化?」
菜摘はきょとんとしていた。
「私、もともと聖君が怖かったわけじゃないし。ただ、本当にドキドキして、苦しくなったりしてて、それで受け入れられなかったんだ。だけど、桐太のことがあって、聖君はすごくあったかくって、一緒にいて、ものすごく安心できるんだって思ったら、ドキドキで苦しくなったりって、なくなっていったんだ」
「…安心?」
菜摘が聞いてきた。
「うん。安心するの。すごく…。あったかくって、優しくって、ほっとするの」
「それ、男の人として意識してないってこと?」
菜摘が聞いてきた。
「違うんだよ、菜摘」
蘭が答えた。
「え?」
「もちろん、男の人として意識してるけど、意識してるからこそ、受け入れられるんだと思うけど。ただ、抱きしめられたり、キスしてくるのが嬉しいっていうか、嫌じゃないんだよね?」
蘭は、私に向かってそう言ってきた。
「うん。すごく嬉しい…」
私がうなづくと、
「…そうなんだ」
菜摘は黙り込んで、下を向いた。
「私は、葉君といると、安心する。でも、やっぱり、そういうふうになるのが怖いんだよね」
「なんで?」
蘭が聞いた。
「わかんないけど、いつもの葉君じゃなくなるみたいで…」
「もしかしたら、いつもの葉君よりさらに、優しいかもよ?」
蘭がそう言うと、菜摘はびっくりしていた。
「優しく?」
「うん。葉君が菜摘のことを本当に大事に思ってるのが、わかるかもよ?」
蘭の言うことわかるな~。私も聖君がすんごく優しくって、すごく愛されてるって実感できるもの。
あれ?今、私、なんて思った?愛されてる?
きゃ~~。自分で思って、自分で照れてどうるすの!
私が真っ赤になっていると、
「あ、桃子もそう思うんでしょ?聖君、さらに優しくなって、大事にされてるのわかるんでしょ?」
と、蘭が聞いてきた。
「う、うん…」
私は顔がほてりまくって、両手で押さえながらうなづいた。
「そうなんだ」
菜摘は私の表情を見て、目を丸くしながらそうぼそって言った。
トリュフも固まり、ケーキも焼けて、二人は帰っていった。
私は聖君へのカードに何を書くかを悩んでしまった。
去年は「いつもありがとう」だったっけ。聖君、それだけしか書いてなくって、がっかりしてた感じだったよね。
ああ、思い出した。可愛い笑顔で「こちらこそ」って言ってくれたんだ。本当に可愛かったな。
今年はカードも手作りにした。可愛い薄いクリーム色の紙と、真っ白の紙をあわせて、小さく切り、二つに折った。そして白の紙に、
「聖君へ」
と、書き出して、悩んでしまった。
好きって書く?それとも…。
ずっと悩んでいると、ひまわりが帰ってきた。
「わ~~、いい匂い!」
「チョコケーキを焼いたの。半分は、うちで食べようね」
「半分は聖君にあげるの?」
「うん。家族で食べてもらう」
「いいの?半分置いていって」
「うん。大きなの作ったから」
それから、ケーキを切って、箱に入れ、それにリボンをつけた。あとの半分も、4個に切り分け、ひまわりにあげた。
「いただきま~~す」
ひまわりはものすごく嬉しそうに、一口食べ、
「おいひい~~」
と、ほおばったままで、そう叫んだ。
残りを冷蔵庫に入れ、箱に入ってるケーキもそのまま、冷蔵庫に入れた。それから、カードを持って自分の部屋に行き、また悩みだした。
「聖君へ 大好き」
そのあとにハートのマークをピンクのペンで書いてみた。ど、どうかな。これだけじゃまた、寂しがるかな。だけど、やっぱり他に浮かばず、そのまま小さな封筒にカードを入れた。
夜、聖君にメールをした。
>明日、れいんどろっぷすに行くね。何時頃がいいかな。
なかなか返事がなかった。勉強中かな。しばらくたってから、返事が来た。
>3時半、駅で待ってるよ。
>わかった。3時半に行くね。じゃあ、勉強頑張って。
また、なかなか返事がなかった。しばらくしてから、
>うん。明日ね。
と、それだけメールが来た。
きっと勉強、頑張ってるんだよね…。最後の追い込みだもんね。
もうすぐ、聖君の受験も終わる。そうしたら、もっと頻繁に会えるようになるよね。
そんなことも、そして、明日会えることもわくわくしながら、私はその日、眠りについた。