第74話 元気の源
翌日、早速蘭から電話がかかってきて、
「今日会うよ!」
といきなり言われた。そして菜摘と、うちにやってきた。
二人は、手土産まで持ってきて、私の部屋に上がりこみ、
「さ~~て、話を聞かせてもらおうかな」
と、聞く万全の態勢でいた。
いったい、どこまで話していいのやら。それに、菜摘に話してもいいんだろうか。
結局私は、ほとんど真っ赤になり、言葉が続かないことも多く、
「しょうがないな~。もっと、落ち着いてから話を聞くとするか~」
と、蘭はあきらめて帰っていった。菜摘を見ると、なんとなくほっとしていた。蘭に連れてこられたけど、実はあまり、乗り気ではなかったのかもしれないな。
夕方になると今度は、いきなり桐太がやってきた。
「聖、伊豆に行ってるし、どうせ桃子暇だろ?」
なんだってこの人はいつも、突然なんだ。確かこの前、メアドを教えたよね?駅で会うようなこと言ってなかったっけ?
しかたなく、寒いのに、私はつき合わされ、一番、近くのファミレスに入り、お茶をすることになった。
桐太は、どうやら、元日の夜、聖君の家に行ったらしい。じかに会って、明けましておめでとうと言いたかったんだと、白状した。ひょえ~~、なんだか、思い切り恋する乙女じゃないか!びっくりだ。
聖君は、わざわざそれ言いに来たの?信じられないって呆れたらしいけど、近くのお店に行き、二人で夕飯を食べたらしい。桐太は嬉しそうに話してくれた。
「聖君のどこが好きなの?」
この前は桐太にそう聞かれた。今度は桐太に聞いてみた。
「どこって…、あいつ、すげえじゃん」
「何が?」
「スポーツも出来るし、勉強も出来る。それもさらってやってのける。それに、器がでかいし、竹を割ったような、さっぱりした性格だし、男友達も多いし、人気があるのうなづけるって思わない?」
「うん、思うよ」
「どこが好きかなんて言えないかな。全体的にいい」
「全体的?」
「うん。ここがっていうよりも、バランスがいい」
「?」
「どこをとっても、聖らしい」
「ああ。うん、なんかわかるよ、それも」
どこをとっても、好きになっちゃうもん。
「沖縄行き、やめたんだってね」
「聖君から聞いたの?」
「うん、よかったじゃん、桃子」
「うん」
「俺も良かったよ。沖縄にでも行って、バイトでもするかって思ったけど」
「え?」
追いかけていくつもりだったの?
「江ノ島でバイトでもするよ」
「え?」
それもまた、驚き!
「昔こっちに住んでいたから、知り合いけっこういるし」
「そ、そうなんだ。じゃ、ちゃんと就職しないの?」
「う~~ん。俺はフリーターがあってるって、自分でそう思うよ。それに、フリーターから正社員になるとか、そんなのもあるじゃん」
「うん」
そうか。やりたいこととかはないのかな。
「桐太は、やりたいこととか、やってみたいことってないの?」
「あるよ」
「え?」
「店とか、持ちたいね。カフェとかでもいいし、小さなショップでもいいし」
「へえ」
「だから、いろんなバイト経験するのもありかなって思ってる」
「あ、そうなんだ」
なんだ。そんな未来設計があるんだな。ちゃんと。
「……。聖は、何がしたいの?」
「海に潜るのが夢だって。きっと、海の近くに住んで、海に関連した仕事でもするのかもね」
「ふうん」
桐太は、飲んでいたアイスコーヒーを飲み干すと、
「俺、そろそろ帰るよ」
といきなり、席を立った。
「え?もう?」
「うん。バイトの時間」
「え?」
「6時からバイトなんだ」
時計を見ると、もう5時半過ぎていた。
「大丈夫なの?時間」
「うん、こっから近いから」
「え?」
「駅の近くのカフェ、この前桃子と入ったじゃん。あそこのキッチンでバイト募集してたから、この前から始めたんだ」
し、知らなかった。
「ま、今度お茶しに来いよ。サービスできたらしてやるよ」
と、桐太はにやって笑うと、お店を出て行った。
なんか、いきなり来て、いきなり去っていく人だな~~。彼は…。
聖君は、桐太がいきなり行っても、拒否せず、一緒にご飯を食べたんだな。それもそうか。ちゃんと友達として、聖君は受け入れてるんだもんね。
聖君は今頃、伊豆か~~。いいな、いつか伊豆、行ってみたい。今度の夏、行けるかな。
あ、でも、聖君、夏は沖縄に旅行に行こうって言ってたっけ。あれ、実現できたらすごく嬉しいな。
あ~~~。めちゃくちゃ、幸せを感じる。4月、聖君は沖縄に行き、遠くに離れちゃうと思ってたし、その覚悟をしないとならないって、本気で思っていたし。
でも、会いたくなった時には、どうしたらいいんだろうかって、胸を痛めてた。
そして、すごく苦しくなってた。
でももう、そんなことで悩まなくってもいいんだ。
冬休みが終わり、私は風邪を引き、聖君にうつしたら大変だからと、れいんどろっぷすにも行かなかった。聖君は時々、
>桃子ちゃんに会いたいよ~~~(;;)
という、メールをくれた。か、可愛すぎる。でも、心を鬼にして、行かなかった。だって、本当に風邪をうつしたら大変だもん。
センター試験は終わった。聖君は、その日の夜、電話をくれた。
「なんかどうにか、終わったよ…」
力のない声だった。精魂使い果たしましたって感じだ。
「お疲れ様」
「まじ、疲れた。桃子ちゃん、風邪もう治った?」
「うん」
「あ、会いたいんだけど」
これまた、力のない声だ。
「うん」
「じゃ、来週会える?」
「うん」
聖君は私がうんって言うと、ようやく、
「会えるんだ。やった…」
と、ちょっと明るい声を出した。
次の土曜にれいんどろっぷすに行くことにして、電話を切った。聖君、相当疲れてたな。
私も会いたかったけど、それよりも聖君が試験頑張れますようにって、その思いの方が強かった。それにしても、センター試験が終わっただけで、こんなに力尽きてて、これから聖君、大丈夫なのかな。
そして、次の日からも聖君は、勉強を頑張っているようで、夜、
>土曜日、会おうね。
というメールだけが来た。その次の日は、
>土曜に会えるね。
その次の日は、
>土曜にね~~~!桃子ちゃん!
どうやら、勉強の合間にそれだけをメールしてくるようだ。
そして土曜日に、江ノ島に行くと、改札口で聖君はにっこにこの笑顔で待っていて、
「桃子ちゃん!」
と今にも抱きついてきそうな勢いだった。
「お疲れ様。元気?」
と、聞かないでもわかるくらい、元気そうだ。
「元気。なにせ、桃子ちゃんに会えてるし」
「?」
「あ、そうじゃなくって、桃子ちゃんに会えたから元気」
聖君は、にこにこしながら、歩き出した。
「なんか、すげえ久しぶりに会った気がする~~」
聖君は目を細めてそう言って、手をつないできた。
「あれ?今日、手袋は?」
「忘れた。慌てて出てきたから」
「慌てて?」
「桃子ちゃん、手あったかいね」
「聖君は冷たいね。もしかしてずっと待ってた?」
「うん。時間、間違えて出てきたから」
「……?」
「30分、早くに慌てて出てきた」
「間違えて?」
「うん」
「30分も待ってたの?」
「駅ついて、しばらく待ってて、来ないからメール見直して、時間間違えてたのに気づいた」
「それから、ずっと待ってたの?」
「あ、コンビニで時間つぶしてたよ」
聖君、ちょっと変かな?時間を間違えちゃうなんて。どうしたんだろう。
「桃子ちゃんに会えると思ったら、浮かれちゃって、時間間違えちゃった。きっと早く会いたかったのかな、俺」
聖君は、頭を掻きながらそう言った。
「え?」
なんだか、照れる…。きっと、私は真っ赤になった。
れいんどろっぷすに着くと、
「桃子ちゃん、いらっしゃい。風邪もう、大丈夫?」
と、優しい笑顔で聖君のお母さんが迎えてくれた。
「はい。もうすっかり」
「そう良かった。聖、ずっと桃子ちゃんに会えなくて、しょげてたから」
「母さん!何言ってんだよ」
「あら、駄目だった?ばらしちゃ」
「…う。まあ、そうなんだけどさ」
聖君は言葉につまり、頭を掻いた。
「2階、いこ」
そう言うと、聖君は家の方へ行き、さっさと2階に上がっていった。
「お邪魔します」
私もあとに続いた。
「今、ヒーターつけるね」
「うん」
私は上着を脱ぎ、ベッドにちょこんと座った。聖君の机の上には、参考書が積み重なり、床にも何冊かの本や、ノートが散らばっていて、勉強をしていたんだっていう様子がうかがえた。
「ごめん、散らかってて」
「ううん」
私が部屋を見回していたからかな、聖君がそんなことを言った。
「聖君、勉強で疲れてるんじゃないかと思ってたけど、すごく元気そうだね」
またそう言うと、
「だから、桃子ちゃんに会えてるから元気なんだって」
と、聖君が言った。
「今日、会えることだけを励みに、頑張ってたよ、俺」
うそ~~。またまた~~。なんて思っていると、私のすぐ横に座ってきて、いきなりキスをしてきた。それから、ぎゅうって抱きしめてくる。
「ああ、桃子ちゃんだ~~~」
すごく嬉しそうだ。っていうか、なんか、感激してる?聖君。
「すげ、会いたかった」
まだ、聖君は私をぎゅうって抱きしめていた。
私も聖君を抱きしめて、ぎゅってした。聖君の匂いがする。ぬくもりも全部が愛しくなる。
「桃子ちゃん、今日…いい?」
「え?でででも、下にお母さんいるよ」
「店にいるから、聞こえないし大丈夫」
「お、お父さんは?」
「今日出かけてる」
「杏樹ちゃんは?」
「部活」
「クロは?」
「店すいてるし、店にいるよ」
「……」
「駄目なの?駄目ならいいんだ。こうしてるだけでも」
「……」
私が黙っていると、聖君はそのままの態勢で、ただ私を抱きしめていた。
私はもっとぎゅって、聖君を抱きしめた。
「聖君」
「え?」
「いいよ」
「え?」
「大丈夫…」
「ほんと?」
「うん」
聖君はそのまま、私を押し倒してきた。
ドスン…。ベッドに横たわると、聖君は長い、キスをしてきた。聖君の目を見た。聖君の目も、キスも、ぬくもりすら熱く、とろんと私はすぐに、溶けてしまった。
聖君の部屋、海の写真が増えた。イルカだけでなく、鯨や、熱帯魚や、さんご礁の写真までがある。
海の写真がたくさん貼られている部屋で、勉強していると、はかどるのかな。落ち着くのか、それともその逆で、いつか潜って見るであろう、いろんな海の生き物を見ていると、やる気が出てくるのかな。
ぼ~~。聖君の腕にまだ抱かれながら、私はその壁に貼ってある写真を見ていた。聖君は私の髪を優しくなで、キスをして、胸に顔をうずめてきた。
「もう少し、こうしてていい?」
聖君が聞いてくる。
「うん」
「なんか落ち着く」
「え?」
「心臓の音や、桃子ちゃんのぬくもり、落ち着く」
「そう?」
聖君、やっぱり大変なんだよね、勉強。そりゃそうか。かなりのストレスもかかるんだろうな。
私がそれを癒したり、気持ちを落ち着かせられるなら、いくらでも…。
しばらく私は聖君の髪をなでていた。サラサラな髪。それから、そっとキスをしてみた。わあ。愛しい。
「桃子ちゃん、くすぐったいよ」
「え?」
聖君はそう言うと、体を起こしてきて、腕枕をしてくれた。
「髪、伸びたね」
「俺?」
「うん」
「そういえば、しばらく切ってないもんな~~」
「サラサラだよね」
「俺?」
「うん、羨ましいな」
「桃子ちゃんの癖毛だって、可愛いよ。俺、好きだよ」
「ありがと…」
聖君は、私の髪に指を絡めて、くるくると巻きつけ、遊びだした。
「……、海の写真増えたね」
「さっき、見てた?」
「うん」
「海にいる気分になると、落ち着くから。本当は、この部屋、真っ青に塗りたいくらい」
「え?」
「今、カーテンモスグリーンだけど、濃いブルーでもいいな」
「海の中にいるみたいで?」
「うん。モスグリーンは、母さんの趣味なんだ。中学の時、このカーテンにして、そのまま変えてないから」
「それまでは?」
「空のブルーに白の雲の模様のカーテンだったよ」
「へえ。それもいいね」
そう言ってから、聖君の顔を見た。目も、鼻も、いつもよりもはっきりと見える。そこで初めて気がついた。
「あ!!」
「え?!」
私が大きな声をあげたので、聖君は横で驚いていた。
「何?」
「で…」
「で?」
「電気…」
「ああ。つけっぱなしだったね。忘れてた、消すの」
きゃ~~~~~~。電気、こうこうとついてた!!!!
そうだ。だからこんなにはっきりと、写真が見えていたんだ。今頃気がつくなんて!
わ~~~~。わ、私の胸とか、他にも、いろいろと、聖君に丸見え?ってことだよね?
「今、そんなに真っ赤になっても、遅いって、桃子ちゃん。それに、もういいじゃん?」
「い、いいって?」
「そんなに恥ずかしがらなくても」
「は、恥ずかしいよ~~。まだまだ、恥ずかしいもん」
私はそう言ってから、さっき聖君がどかした掛け布団を床から持ち上げ、さっさと自分にかけた。
「あ、俺も入れてよ」
聖君はそう言って、もそもそと入ってきた。
「桃子ちゃん、でもさ」
「え?」
「いや、いい。やっぱり」
「何?」
「いいって」
「気になる」
言いかけたのに、やめられるとすごく気になる。
「あのさ。恥ずかしがってるけど、でもいつも、その」
「え?」
「無抵抗になっちゃうでしょ?」
「え?う、うん」
「そんときは、けっこう大丈夫みたいだよ」
「何が?」
何が大丈夫なの?
「裸、見られてても」
「え?!!!」
何それ?!!!
「なんか、いっつも色っぽい目で、俺のこと見てるだけだし」
「え?え?え?」
何それ?!
「だから、全然見られても平気なんだなって思って、今日、電気消さなかったけど」
「平気じゃない!」
「そうかな~」
「全然平気じゃない!」
「でも、さっきまで電気がついてることにも、気づかなかったんでしょ?」
「う…」
そ、そうだけど。そうだけど~~。
うわ~~~。めちゃくちゃ、恥ずかしい。その色っぽい目ってどんなのなの?
それに、聖君の言うとおり、聖君に熱い目で見られると、何も考えられなくなって、電気とか、見られてるとか、そんなのも、どこかに吹っ飛んじゃったみたいで。ああ。今さらだけど、めちゃくちゃ、恥ずかしくなってきた。
「桃子ちゃんって、色白いからかな」
「え?」
「ほくろ、けっこうあるよね」
わ~~~~~~~!!!恥ずかしい!そういうのも、見られてる!
私はぐるりと後ろを向いて、顔を隠した。顔がほてって、きっと真っ赤なんてもんじゃないはず。すると、聖君は後ろから抱きしめてきた。
「もう少し、こうやっていようね」
そう言うと、聖君は肩にキスをしたり、髪にキスをしてくる。
「ああ~~。桃子ちゃんだ」
また、聖君はそう言った。
「わ~~。やっと、抱きしめられた」
「え?」
「ずっと、夢でしか抱けなかったから」
「夢?そんな夢見てた?」
「見てた。毎日、見てた」
そ、そうなんだ。私も聖君の夢は見てたけど、夢の中でも私は、聖君、勉強頑張ってって言ってる夢だった。
「あとちょっとで、受験も終わるけど、どうにか、頑張れそうだ」
「え?」
「桃子ちゃんから、パワーもらえたから」
「ほんと?」
「うん!」
聖君の「うん」はすごく可愛い声で、本当にパワー出たんだなって思えた。
良かった。聖君のパワーの源になれて。
もう少しで、受験も終わる。聖君が受かったら、お祝いをしよう。二人ででもしたいし、みんなでお祝いもしたいな。
だけど、それは受かってから聖君に提案しよう。今はただ、こうやって、聖君にパワーをあげよう。そう思って私は、聖君の方を向き、ぎゅって抱きしめた。聖君も私を、ぎゅって抱きしめてくれた。