第70話 安心
スゥ~~。聖君が静かになったと思ったら、寝てしまっている!小さな寝息をたてて。寝顔が可愛い~~。
しばらく聖君の寝顔を見た。そっと頬にキスをしてみた。それでも聖君は起きなかった。
腕枕をしたままで、きっと疲れちゃうだろうなと思い、腕枕を外した。それでも起きなかった。
聖君と会ってからのことを、思い返した。海で一目惚れして、それからずっと聖君に恋してる。
私はずっと、引っ込み思案だった。見てるだけでいい。何も出来なくてもいい。いつもそうだった。なのに、そんな自分が嫌で、変えたいとも思っていた。
それに、周りのみんなが羨ましかった。蘭も、菜摘も…。
いつも後ろ向きの考えで、前に進もうとなんてしなかった。何かをする前からあきらめていた。自分に自信もなかったし、否定していたし、自分のことが大嫌いだった。
そんな私を聖君は、好きになってくれた。
どんな私も可愛いと言ってくれた。そして、そのままでいいよって言ってくれた。
聖君の言葉は魔法だった。私のコンプレックスを消してくれる魔法。
遠かった聖君に近づきたいと思い、遠くに行ってしまう聖君をただ、見てるんじゃなく、隣にずっといたいって思い、一緒に夢を叶えたり、感動したりしたいって思うようになった。
そして、前に、一歩ずつ進んだ。
聖君に出会えて、私、どんどん変わった。今は自分のことが嫌いじゃなくなったし、聖君の隣にいることを、心から喜んでいる。
聖君、聖君のおかげだよ。私のことを好きになってくれてありがとうね。
1時間して、聖君は目を覚ました。私はずっと聖君を見ていた。
「あれ?俺、寝てた?」
「うん、気持ちよさそうに寝てたよ」
「……。うそ、起こしてくれたら良かったのに」
「寝顔見ていたかったから」
「え~~?」
聖君は目をこすりながら、しばらく天井を見ていると、
「夢、見てた」
とぼそって言った。
「どんな?」
「……。桃子ちゃんと動物園行ってる夢」
「前に行ったよね。動物園」
「うん。でも夢の中では、子どもも一緒だった」
「え?」
「桃子ちゃん、食べきれないくらいお弁当を持ってきて、みんなで、満腹~~って言ってるんだよね」
「……」
「すげ…。家族だったよ、夢の中ではもう…」
聖君はそう言ってから、私を見て、にこって笑った。
「あ、何時かな、今」
聖君は時計を見て、
「もうこんな時間だ。夕飯作っちゃおうか」
と、布団から出た。そして洋服を着ると、
「先に下に行ってるね」
と、一階に下りていった。
私はしばらく布団の中で、聖君のぬくもりに浸っていた。聖君の寝顔、本当に可愛かったな…。
服を着て、一階に下りていくと、聖君はすでに、キッチンでハンバーグを焼き始めていた。
「手伝うね」
「じゃ、サラダ切ってあるから、盛り付けてもらおうかな」
「うん」
聖君の隣に行き、サラダを盛り付けた。聖君は鼻歌を歌いながら、ハンバーグを焼いていた。
「……」
そんな聖君をじっと見ていると、
「大丈夫だよ。ハンバーグ自信作だから」
と、私に言ってきた。
「え?」
「なんか、大丈夫かなって顔してなかった?今」
「ううん」
「じゃ、何?」
「聖君、ご機嫌なんだなって思って」
「え?あはは!そりゃそうだよ。こうやって桃子ちゃんとずっといられるんだもん。超ご機嫌だよ、俺」
聖君は、すごい可愛い笑顔でそう言った。
「うん…。私もすごく幸せ」
夕飯を作り終え、二人でリビングに行き、ジュースで乾杯して食べた。ハンバーグは本当に美味しくって、もしかしてお料理、聖君にかなわないかもしれないなって、そんなことも思った。
聖君は、目を細めながら、
「旨いね」
とか、
「すげ、幸せだよね」
と、ずっと言っていた。
夕飯の片付けも一緒にした。それから、リビングに行くと、聖君は、
「紅白観ようよ」
と言って、テレビをつけた。
ソファに座っていると、聖君は私の隣に座り、手をつないできた。私はそっと、聖君の肩にもたれかかってみた。
安心する。ものすごく安心する。嬉しくてときめいているんだけど、安心も同時にする。やっぱり、聖君の隣がいいって心から思う。
途中で、聖君は、
「あ、お風呂入るよね。今、準備してくるね」
と言って、さっさとバスルームに行ってしまい、しばらくして戻ってきた。
「一緒に入る?」
と、聖君が言ってきたから、ぶるんぶるん首を横に振ってしまった。
「なんだ。うちの風呂大きいから、二人でも十分入れるのに」
聖君はちょっと残念そうだった。
も、もしかして、今の本気で言ってた?まさかね。冗談だよね…。
紅白も終わり、聖君に、私からお風呂入っていいよと言われ、先に入った。お風呂から出てくると、聖君はテレビを観ながら、携帯をいじっていた。
「誰かにメール?」
「ああ、うん。桐太。今、年越しそば食べて、来年に向かう万全の態勢でいるってメールが来て…。年越しそばか~~。そんなの頭に全然なかったな。食べればよかったね」
「…。うちもいつも食べないよ」
「そうなの?うちは母さんと父さんは食べてるよ。俺はがっつり何か食べないと、年越せないって言って、肉とか食ってるけど。あ、杏樹もね」
だから、ハンバーグなのかな?
「桐太君、そういうことメールしてきたりするんだ」
「うん」
「聖君もまめにメール返してるの?」
「たまに」
「え?」
「忙しい時とか、桃子ちゃんといる時には、返してない」
「そうなの?」
「だから、今も返してない」
「読んでただけ?」
「うん」
「桐太君、寂しがらない?」
「え~~…。寂しがったりしないだろ?俺だって、ダチからメールの返事来なくても、あまり気にしないよ」
……。桐太の方は、友達と思っていないかもしれない…、なんて言えないか。まさか、この前なんて聖君のどこが好きかで盛り上がったなんて、絶対に言えないよね…。
「桃子ちゃんから、返事来ないとちょっと気になったりするけどさ」
「そうなの?」
「まったく来ないと、すげえ寂しいしさ」
「まったくメールをしない時なんてなかったと思うけど」
「そうかな?いっつも俺からメールして、桃子ちゃんはその返事をするだけってこと多くない?」
「え?」
「何か用事がある時には、桃子ちゃん、メールするけど、そうじゃないとしてこないでしょ?」
「だって、勉強の邪魔になるもん」
「あ、やっぱり、それで?」
「うん」
「じゃ、俺が受験生じゃなかったら?」
「……。本当はしたいけど、でも」
「でも?」
「呆れられたら嫌だから、あまりしないかも」
「げ!」
げ?
「まさか、俺、けっこうメールするけど、うざいって思ってたり?」
「しない!!!」
まさか!いっつも思い切り喜んでいるのに!
「ほ…。良かった。あ、彼氏のメールをうざがってたのは、ひまわりちゃんか…」
「私ね、出会ってすぐの頃、聖君とメールできたり、写メを一緒に取れたらいいな~なんて、夢見てたよ」
「そうなの?」
「うん。夢のまた夢くらいに思ってた。ほら、みんなでメアド交換したでしょ?あのあとも、聖君から私にメールが来るわけないって、思ってたし」
「……」
聖君は黙り込んだ。
「メール、俺したよね?」
「菜摘のことでね」
「そうだっけ?」
「うん。それまでは全然来なかった。聖君、菜摘や、蘭にはしてたけど」
「そうだったっけ~~?」
「うん」
聖君は、また黙り込んだ。それから、
「なんか、自分でも不思議だよ」
と、ぼそって言った。
「何が?」
「その頃、なんで桃子ちゃんのこと見てなかったのかなって。今はこんなに夢中なのにな~~」
そう言って、聖君はぎゅって抱きしめてきた。ボボッ!いきなり顔がほてった。
「あ、俺も風呂入ってくるね」
「うん。ここで髪乾かしてもいいのかな?」
「いいよ。ドライヤーは持ってきた?」
「うん」
「じゃ、入ってくるから」
聖君はそう言ってから、バスルームに向かった。
髪を乾かしながら、私も不思議だなって思っていた。
まったく見てもらえなかった時もあった。私の存在なんて、聖君の中で、ちっぽけで、いるかいないかわからないくらいだった、そんな時もあったんだよなって。
どうなるかなんて、わからないよね…。本当に。
だけど、やっぱり思うのは、出会えて良かったってことと、聖君を好きになって良かったってこと。あの日、海に行って良かったし、恋して良かった。
髪を乾かし終えた頃、聖君はお風呂から出てきた。それから、聖君も髪を乾かして、
「初日の出みたいし、もう寝ようか?それとも、寝ないで、朝まで起きてる?あ、それじゃ、徹夜をすることになっちゃうか」
と、言ってきた。
「徹夜はしたことないし、寝ないと明日動けないかも、私」
「うん。ちゃんと寝たほうがいいね」
聖君と歯を磨き、2階に上がった。それから、聖君の部屋に入ると、ベッドに二人で潜り込んだ。
「狭いけど、大丈夫?なんなら、隣の客間に布団を敷くっていう手もあるけど」
「ううん。大丈夫」
私はぴったりと聖君にくっついた。
「腕枕、しようか?」
「ううん。聖君が疲れるからいい」
「そう?じゃ、5時に時計セットしようか」
「うん」
聖君は目覚まし時計をセットして、それから電気を消し、私に優しくキスをして、
「おやすみ、桃子ちゃん」
とすごく優しい声でささやいた。
「おやすみなさい」
私は聖君の胸の中に顔をうずめた。聖君の鼓動が聞こえる。
やばいくらい幸せだ。それに、聖君はずっと、そばにいてくれるんだね。
沖縄行くのやめたって、ものすごくびっくりしたけど、そばにいてくれるんだね。今頃になって、嬉しくって、涙が出てきた。
「桃子ちゃん?泣いてる?」
「嬉し泣きだから」
「うん…」
聖君は優しく私の髪にキスをして、髪をなで、
「こうやって、桃子ちゃんと寝れるなんて、夢みたいだよね」
と、ぽつりと言った。
夢みたい。本当にそうだ。いつか、こうやって毎日聖君の隣で寝て、聖君の鼓動を聞きながら、過ごす日がくるんだろうか。
スウ…。聖君の寝息が聞こえた。私も安心していつの間にか寝てしまっていた。