第7話 そのままで最高
バレンタインの日の夜、菜摘から電話があった。進展した?と聞かれ、ないって答えた。すると、
「やっぱり?兄貴に聞いたら、うるさいって言われて教えてくれなかったんだよね」
と、言い出した。
「え?聖君に聞いたの?」
「うん。6時過ぎに、葉君とお店に寄ったの。もう兄貴は、お店でバイトしてた。チョコをあげようと思って寄ったんだ」
「え?菜摘、聖君にあげたの?」
あれ?そんなにたくさん、作ってたっけ?
「うん。買ってあげた。手作りのは、葉君だけにあげた。やっぱりね、本チョコとは差をつけなくっちゃね」
「聖君、受け取ってた?」
「受け取ったよ。義理チョコか。ま、受け取ってやるよ、とか言って」
そ、そうなのか。受け取っちゃうのか、菜摘からなら。
「それで、桃子来て、どうしたかって聞いたら、部屋でDVD観てたって言うからさ、二人っきりなら何か、進展でもあったかなって思って、聞いたんだ」
「そ、それで?」
「うるさいって言われておしまい」
「……」
「だからね、桃子からなんて絶対に手をつなぐこともできないんだから、ちゃんと兄貴がその辺はリードしてよねって言っておいた」
「そ、そしたらなんて?」
「お前の方はどうなんだって、葉君と私につっこんできたから、さっさとお店出てきちゃった」
「…あ、そう…。そうだ。それで菜摘は、進展…」
「ないよ。だって、水族館とか行って、遊んでただけだし」
「そうなんだ」
「は~~。ま、しかたないよね。でも、ああやって言ったから、次に会う時は手ぐらいつなげるかもよ」
「……。次って、確か、6人で会おうって…」
「あ!そうか。来週の土曜日、カラオケに行こうって言ってたんだよね!」
「うん」
「何、歌おうかな~~」
それからすぐに、電話を切った。菜摘は来週何時に待ち合わせるかとか、葉君と相談するねって言ってたから、電話をするのかもしれない。
「電話だよ!」
電話を切ったとたん、聖君の声がして、すごく驚いてしまった。聖君からの電話だ。
「もしもし、聖君?」
「うん。今大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「今日は、チョコありがとうね。母さんや父さんも喜んでたよ」
「良かった。そういえば、菜摘がお店に行ったって、今、電話があったよ」
「そうそう。葉一といきなり来て、義理チョコを置いていった。ひでえよな。葉一には、手作りなんだって?兄貴は市販のでいいよねって言われたよ。杏樹なんてもっとひどいの。板チョコを父さんと半分個して分けてって。俺、いつも妹たち可愛がってるのにさ~~!」
へえ…。くす。おかしいな。でも、菜摘はもう、聖君の中で、しっかり妹として位置してるんだね。
「ホワイトデー、うちに来てって母さんが言ってた」
「なんで?」
「今日のチョコのお礼に、ケーキ焼くってさ」
「わあ、嬉しい。私、手伝いたいな」
「いいよ、母さんに言っておく。きっと、喜ぶよ。娘とケーキ作り、夢だったらしいから」
「そうなの?」
「杏樹じゃ、絶対に叶わない夢だわって前に嘆いてた。あ、桃子ちゃんと洋服買いに行ったのも、夢だったらしい。女の子と洋服を買いに行くっていう」
「そうだったの?」
「あれも、夢が叶ったって喜んでたよ。桃子ちゃん、母さんのすんげえお気に入りみたいだ」
……わあ。嬉しいな。
「聖君だって、うちのお母さんやひまわりのお気に入りだよ」
「まじ?やったね。あ、でも俺、お父さんには嫌われてるよね」
「嫌ってないよ。あれは、すねてるだけだからって、お母さんが言ってた」
「あはは、そうなの?でもわかるかも。うちの父さんも、杏樹に彼が出来たら、すねるかもな」
「杏樹ちゃんは、彼いないの?」
「いないよ。花より団子だから、あいつ。あ、やべ、もう風呂にいい加減入れって母さんが一階からどなってるや。ちょっと、風呂入ってくるね」
「うん」
聖君のお母さんでも、怒鳴ることがあるんだ…。意外…。
「それじゃ、おやすみ」
「うん、おやすみなさい」
「あ!」
「え?」
「菜摘ちゃんにさ、内緒にしてるんだよね?」
「何が?」
「えっと、二人でいる時のこととか」
「うん、言ってない」
「良かった。あいつ絶対に茶化してくるから、ずっと、内緒だよ」
「…うん」
「じゃね!」
「うん」
聖君が電話を切った。良かった。菜摘にばらさないでおいて…。聖君、きっとそういうの言ったら、嫌がるだろうなって思ったんだ。
ホワイトデーも、れいんどろっぷすに行けるんだ、嬉しいな…。聖君はきっと、4月になって3年になったら忙しくなるから、それまでは、たくさん会えたらいいな…。
土曜日がやってきて、みんなでカラオケボックスに行った。いつものカラオケボックスだ。
聖君は、基樹君と争って、歌を入れていて、その横で、菜摘や蘭も、
「私たちにもリモコン、貸して~~」
と怒っていた。
それを葉君が例のごとく、優しく見つめていて、私は、はじっこにちょこんと座っていた。
「桃子ちゃんはなんで、いつも歌わないの?」
いきなり、葉君が聞いてきた。
「音痴だから」
「基樹だって、かなりの音痴だと思うけど」
「でも、楽しそうに歌ってる」
「桃子ちゃんも歌えばいいじゃん」
「いい!歌、苦手だから」
「苦手なもの多くない?」
ぐさ…。葉君って、優しいけど、たまにズキッてくることを言う。
「そんなで、カラオケ来て楽しい?」
「みんなの歌聞けるから」
「聞いてるだけで、なんで満足なの?」
「葉君も、そういうところあるよね?」
「俺?俺はしっかりと歌って帰るけど」
「……。でも、私、聖君が歌ってるところを見てるのも、けっこう嬉しいし」
「…。見てるだけで、満足しちゃうわけね」
「……」
う、今のもひっかかるな~~。
「俺、ちょっと思うところがある」
「え?」
「よく、桃子ちゃんと聖が付き合ってるなって。あいつ、元気のいい子が好みだったし」
「そ、そうだよね。それ、聞いたことある」
「ある?あいつ、言ってた?」
「うん」
そんなことを話していても、聖君が熱唱してるから、私と葉君の会話は聞こえていないようだった。
「あいつは、桃子ちゃんも知ってるだろうけど、すんごい行動派なんだよね。そういう聖についていけるような女の子じゃなきゃ、やってけないと思ってたんだ」
「え?」
「沖縄だって、追いかけていくくらいの行動力のある女の子じゃなきゃ、あいつの彼女なんてつとまらないかもって」
「……」
私じゃ、駄目って言いたいのかな。
「だからさ、桃子ちゃんももう少し、いろいろと行動してみたら?見てるだけじゃなくてさ。海でもそうだったでしょ?」
「う、うん」
「俺も、桃子ちゃんに近い立場かな。菜摘ちゃん、アクティブだから、それについてかないとね」
「……」
そうか。同じ立場だって、そう思ってアドバイスをしてくれたのかもな。
「そこ~~!葉一、お前、歌入れたの?」
いきなり、聖君が歌い終わり、葉君に向かってマイクで話してきた。
「お前と基樹が、リモコン占領してるから、入れられないんじゃん」
「あ、そうか。ほい、リモコン」
聖君はリモコンを渡した後、
「桃子ちゃんに、あまり接近するなよな」
と、今度はマイクは使わず、葉君に言った。
「え?俺にやいてんの?聖」
「……。いいから、俺と席交代!」
聖君は、基樹君の横にいたのに、私と葉君の間に入ってきた。
「兄貴、やきもちやきだもんね」
葉君の隣にいた菜摘が茶化すと、
「うっせ~んだよ。いつも、お前は~~」
と、聖君が、頭をこついていた。
横に来ると、聖君は、
「あ~~喉渇いた」
と、コーラを飲み干し、
「なんか飲みもん持ってこようっと」
と、席を立った。そして、
「あ、桃子ちゃんもなくなりそうじゃん」
と言ってきた。
「いいよ、あとで自分で取ってくるから」
と言うと、
「じゃ、今、一緒に行こう」
と、ドアを開けたまま、私が部屋を出るのを待っていた。
「うん」
私もコップを持って、席を立った。
一階のドリンクバーに行き、ドリンクを注ぎながら聖君が、
「葉一と何話してたの?」
と、聞いてきた。あ、歌を歌いながらも、私と葉君が話してたの気づいてたんだ。
「うん…」
なんか、話しにくいな。
「俺の悪口?」
「違うよ」
「あいつ、なんか変なこと言ってたんじゃない?桃子ちゃん、表情暗かったよ?」
え?そこまで、見えてたの?
「大丈夫。なんていうのかな、アドバイスをしてくれたっていうか」
「へ?なんの?」
「うん…。あのね、もっと桃子ちゃん、行動的になった方がいいよって」
「行動的?ってなんの?」
「カラオケも歌ったりとか…」
「…そんだけ?」
「聖君は、行動的だから、今の私じゃついていけないって」
「俺にってこと?」
「うん…。桃子ちゃんはいつも、見てるだけなんだねって言われちゃった」
「…ふうん」
「菜摘も行動的だから、俺もついていく方だけどって。立場近いって言ってた」
「ふうん…」
聖君は、今入れたばかりのコーラをぐびって飲んでから、少し首をかしげて、考えていた。
「そうかな」
「え?」
「桃子ちゃん、別に見てるだけじゃないと思うけどな、俺」
「……」
「得意分野がそれぞれあって、桃子ちゃんはちゃんと、自分の得意なものや好きなものをしてると思うし、わかってると思う」
「え?え?私の得意分野って?」
私なんて、何をしても駄目で、とりえも何もないのに?
「お菓子も、マフラーも手袋も、すごい上手じゃん。器用じゃなきゃ、出来ないものだよ」
「…あれは、だって、好きだから」
「でしょ?好きなものは特技になるんだ。立派な特技だよ。杏樹なんて、桃子ちゃん、女の子らしくて、尊敬するって言ってた」
「え~~?」
わ、私のことを?
「俺もそう思ってるし、父さんや母さんも、桃子ちゃんはすごいねって言ってるよ」
「……」
わ、私が?
「スポーツしたり、歌ったり、それだけが行動的なことでもないし、人それぞれ違ってるだけだし、いいんじゃないかな」
「…。でも、聖君が好きなこととは、違ってる」
「それが?」
「……。聖君には、ついていけなくなるのかなって」
「?どういうこと?」
「沖縄に追いかけていくくらいの女の子じゃなきゃ、聖君の彼女はつとまらないって、葉君言ってた」
「何それ。沖縄に行くのは俺が勝手だから。ただそれだけだよ。俺がわがままなんだ」
「ううん。そんな…」
「……。まあさ、追いかけてきてくれても嬉しいけど」
「え?」
「でも、桃子ちゃんが自分で、こうしたいってことをしてくれていいんだ、俺」
「……」
「桃子ちゃんに俺、こうしたらとか、ああしたらとか言ったことってあったっけ?」
「ない…。前にそのままでいいって、言われたことならあるけど」
「うん。そう。そのままでいいよ。そのまんまで、十分、俺にとっちゃ最高なんだけど」
さ、最高?!
「あ、あれ?俺なんか、すんごい照れくさいことをもしかして、言ってる?」
聖君は、いきなり顔を赤くした。私は目が点になってた。まだ、最高って言葉が、頭の中をかけめぐってる。
「葉一の言うことなんてほっときゃいいよ。第一、桃子ちゃんは俺の彼女なんだから、俺がそのままでいいって思ってるんだから、それでいいんだよ」
「うん」
「あれ?もしかして、桃子ちゃんはある?俺のこういうところが嫌だから、直して欲しいとか、そういうの」
「ないよ。嫌なところなんて一個もない。全部好き」
「……」
そう言ってから、私はものすごく恥ずかしいこと言ったんだって気がついた。なにしろ、目の前の聖君が真っ赤になったから。
私も耳まで、真っ赤になったかもしれない。下を向いて恥ずかしがってると、聖君は、
「そういうこと。桃子ちゃんが俺のこと、そんなふうに思ってくれてるみたいに、俺も桃子ちゃんのこと全部好きなわけ。わかった?」
「え?」
「わかった?」
「うん…」
「そりゃ、良かった。じゃ、もう、落ち込んだりしないでね?」
「うん…」
聖君が、顔を赤くしながらも、にっこりと微笑んでくれたから、私も安心できた。
このままで、いいんだ。聖君は、このままの私を好きでいてくれてる…。
いつも、聖君はこうやって、私を勇気付けてくれる。そのままでいい、そう言ってくれると、不思議と力が沸いてくるし、安心できる。
ありがとうね。聖君。私もどんな聖君も、大好きだよ…。