第69話 感謝の気持ち
「くしゅん!」
いきなり聖君はくしゃみをした。
「やべ、そろそろ寒くなってきたね」
そう言って、聖君は布団をかけてくれた。そして聖君も布団に潜り込んだ。そして後ろから抱きしめてきた。
「桃子ちゃんの背中って、小さいね」
「そう?」
「すっぽり入っちゃうもん、俺の胸に」
「そうだね…」
聖君はべったりと抱きしめてきて、私はドキドキしていた。
「桃子ちゃんさ~」
「え?」
「来年、俺が大学受かったら、夏に一緒に沖縄の海、行こうね」
「それって、二人で?」
「そう。二人で旅行」
わ~~。て、照れる。
「なんてね、桃子ちゃんのご両親が許してくれるわけないから、菜摘と葉一も誘ってみるかな」
「うん。それも楽しそう」
「でも、部屋は桃子ちゃんと一緒の部屋ね」
「…。それ、菜摘は葉君と一緒の部屋ってことにならない?」
「ああ、そうだね」
「大丈夫なのかな」
「え?なんで?」
「あ、ううん」
来年の夏なら、菜摘も、葉君と…。
「ああ。そっか。あの二人って、まだだもんな~」
「え?」
知ってるの?聖君。
「葉一のやつ、ちょっと悩んでいたし」
「悩んでたの?」
「うん。クリスマスのあと、メールが来てさ、二人っきりになるチャンスもないし、どうにも進展できないって、ブルーになってた」
「そうなの?」
「年末も駄目だろうな」
「どうして?」
「葉一の家に菜摘、遊びに行ってるみたいだけど、葉一のお母さんもいるもん」
そ、そうか。じゃ、蘭が言ってた、年末だからチャンスだよっていうのは、菜摘には、ありえないことだったんだ。
「……。そんなような話、聖君は葉君とするんだ」
「俺らのことは内緒にしてるけど」
「え?そうなの?」
「あったりまえじゃん。もったいなくって話せないよ」
もったいない?
「葉一や基樹に進展あったか聞かれても、ないって言ってる」
「そうなんだ」
「桃子ちゃんはもう、菜摘や蘭ちゃんに…」
「言ってないよ。ばれてもいない。きっと私、なんの変化もないんだね」
「おっかしいな。桃子ちゃん、すごい綺麗になったのにな」
「それ、聖君の目の錯覚だよ」
「まさか~~。んなわけないじゃん」
「じゃ、聖君の前でだけ、そうなるのかも、私」
「そうか!そういうことか!」
聖君は変に納得して、またぎゅって抱きしめてきた。そして、うなじにキスをする。
「ま、いいや。俺の前でだけ綺麗でいて、他のやつにはそんな桃子ちゃん、見せなくっても」
聖君はそう言うと、私を聖君の方に向かせた。
「桃子ちゃんってさ、瞳、茶色いよね」
「え?」
私の目をじっと見ながらそう言ってきた。
「それに、髪も真っ黒じゃないよね」
「うん」
「色素が薄いのかも」
と、私が言うと、聖君はもっと私の顔をじっくりと見始めた。
「な、な~~に?」
なんだか照れる。
「桃子ちゃんの目に、俺が映ってるから…、それ見てた」
聖君はそう言うと、鼻にキスをしてきた。
「また、鼻?私、犬じゃないよ」
「あはは。なんだ。先に言われちゃった」
聖君は目を細めて笑うと、ぎゅうって抱きしめてくる。
「やべ~~」
「え?」
「桃子ちゃんとこんなにひっついていられるなんて、超幸せじゃんって思って」
それは私の台詞だよ…。聖君…。私も幸せで胸がいっぱい。
聖君はしばらく黙って私を見ていた。そして私の手を取り、指を絡ませる。
「指輪、ずっとはめてくれてるの?」
「うん。学校始まったら、取らなくっちゃならないけど」
「家でも?お父さんや、お母さん、何か言わない?」
「お母さんは、プレゼントしてもらったの?いいわねって言ってた。お父さんはきっと、知ってるんだと思うけど、なんにも言わない」
「へえ」
「ひまわりは、ぎゃ~ぎゃ~言ってたけど」
「ぎゃ~ぎゃ~?」
「もう結婚するのかとか、エンゲージリングなんじゃないのかとか、聖君にプロポーズされたのかとか、もうとにかくうるさかった」
「え?!」
聖君は、一瞬固まった。
「プ、プロポーズ?」
「あ、ひまわりの言うことは気にしないでね。あの子、本当に勝手にあれこれ言ってるだけだから」
と言っても、聖君は私の言っていることが、耳に入ってるんだかどうなんだか…。どっかを見つめて、赤くなっている。
「聖君?」
「うん」
相槌をうつけど、ぼ~~ってしている。もしや、何か、妄想してるとか?
聖君はまた私を見て、それから、
「榎本桃子っていいなって、ちょっと今、思ってた」
と、照れながらつぶやいた。
え?榎本桃子?
きゃ~~。そうか。結婚したら榎本桃子だ。思わず、私も顔がほてった。二人してきっと、照れあっている。
「桃子ちゃんって、子ども好き?」
「え?」
ドキ~~。子ども?
「俺、けっこうこう見えて、子ども好き…」
「そ、そうなんだ」
いや、こう見えても何も…。よくわかんないけど…。
「私も赤ちゃん可愛いと思うけど、私が子どもだから…」
「あはは!そうか!」
う、笑われた。
「桃子ちゃんに似たら、すげえ可愛い女の子なんだろうな」
「え?」
私に似た女の子?だけど私は思わず、聖君に似た男の子を想像した。
「男の子だったら、聖君似…。絶対にかっこよくなるし、モテモテになるね」
「そうか~?なんか子憎たらしくなりそうだけど」
「そんなことないよ。きっと可愛いし、優しいし、かっこいいよ」
「お母さん大好きな男の子になるかな」
「じゃ、女の子なら、お父さん大好きな女の子だね」
「いいね!それ」
聖君は、にやにやした。あ、きっと今も、何かを想像してるんだ。
「家族で水族館や、動物園行きたいよね」
聖君は目を細めてそう言った。
「うん…」
「桃子ちゃんは、すんごい旨い弁当とか、作っちゃうんだろうな」
「あ、そういうの夢なんだ」
「やっぱり?そんな感じした」
聖君はくすって笑った。
「聖君は、子どもの運動会とか張り切りそう」
「俺?そんなことないよ。きっとクールに見てると思うよ」
「そうかな。あ、聖君のお父さんはどうだったの?」
「父さんはカメラかまえて、撮りまくってた。で、やたらと張り切って、でかい声で応援したり、父兄が参加する綱引きとか出るのは、じいちゃん」
「え?」
「じいちゃんって、とにかく元気でさ。明るくてさ。じいちゃんがいると、父さんも影薄いんだよ。俺、けっこう恥ずかしい思いしてたんだよね」
「恥ずかしいって?」
「だって、まじで張り切るし、すげえ目立つんだもん」
「そうなんだ。まだ会ってないからわからないけど」
「死ぬかもしれなかったなんて、信じられないよ」
「え?誰が?」
「じいちゃん。言ってなかったっけ?22歳の頃に、癌で余命数ヶ月って宣告されたの」
「おじいちゃんが?」
「うん。でも、ばあちゃんと結婚して、妊娠して、あ、それが父さんだけど、二人して毎日を大事に生きてたら、がん細胞消えちゃったんだってさ」
し、知らなかった。
「父さん、自慢するんだ。よく」
「何を?」
「俺は、すごいタイミングでお母さんのお腹に入ったんだって。だから、生まれてきたことを、否定したこともないし、逆に、生まれてきたことが自慢だってさ」
「…すごいね、それ」
そんなふうに考えたこともない。
「聖も、自慢したらいいって前に言ってたことがあった」
「え?」
「聖がお腹にいたから、父さんと母さんは結婚を決意した。聖は二人の恋のキューピットなんだよって」
「キューピット?」
すごい可愛いことをお父さんは言うんだな。
「それに海岸で父さんと母さんが会ったのも、きっとお腹の子が引き合わせたんだってさ」
「それ、聖君のことだよね」
「うん」
「……なんか素敵、そういうの」
「そう?ロマンチックってやつ?」
「うん」
「母さんね、最近はあまり言わなくなったけど、しょっちゅう俺に言ってたんだ。生まれてきてくれてありがとうって」
「生まれてきてくれて?」
「うん。耳にたこができるくらい言われた」
「嬉しかった?」
「うん。でも、なんでそんなに言うのかなって不思議だった」
「……」
私は黙って話を聞いていた。
「母さん、父さんと結婚するって決まる前、俺がお腹にいて、父さんとは別れないとならないんじゃないかとか、一回は俺のことも生むのやめようかとか、悩んだみたい」
「え?!」
初耳だ。それ…。
「でも、父さんが自分の子どもとして受け入れてくれて、俺も愛してくれて、だから、母さんも俺を生む決心したんだよね。それから、俺が生まれて、本当に生んでよかったって思ったみたいで」
「うん」
「多分、俺のことちょっとでも、命を絶とうとしたこと、申し訳ないって思ってると思うよ。いまだにね」
「……」
「だから、一生懸命になってる。沖縄行きのこともそうだけどさ。なんでもさ、俺のために出来ることはしたいって、そう思ってるんだ」
「それで、家族の犠牲にはなって欲しくないとか、私の心配なんかしないでもいいのにとか、そんなこと言ってたのかな」
「え?母さん、そんなこと言ってた?」
あ、これ、言わない方がよかったかな…。
「そっか。うん、きっとそうだね。自分のせいで俺が夢をあきらめたりするの、母さん、嫌なんだろうね」
「……。聖君、その時どう思った?」
「え?その時?」
「お母さんが聖君の命を絶とうとしたことがあるって、知った時」
「ちょっとショックだったよ。でも、それだけ、母さんは追い詰められてたんだって思った」
「……」
「だけど、父さんがそんな母さんを受け入れたんだ。それで、今の俺はいる」
「そうだよね」
聖君が生まれてこなかったら、私、聖君に会えてなかった。
じわ…。なんだか、涙が出てきた。
「生まれてきてくれて、ありがとう、聖君」
「え?」
「でなきゃ、会えなかった」
「うん」
聖君は私のほっぺたにキスをして、
「泣いてる?」
と聞いてきた。
「うん。だって、本当に会えてよかったって思って」
そう言うと、聖君はすごく優しい目をして、
「俺も、本当に桃子ちゃんに会えてよかったって思ってるよ。だから、俺生まれてきてよかったし、生んでくれた母さんにも、受け入れてくれた父さんにも感謝してる」
「……」
うるうる。涙で聖君の顔が、にじんで見える。
「桃子ちゃんのご両親にも感謝」
「え?」
「桃子ちゃんのこと生んでくれなかったら、会えてなかった」
「うん、そうだね」
「だから、桃子ちゃんのお母さんが大阪まで行ってくれて、ほんと、よかったよね」
「あ、そうだね」
聖君はくすって笑った。
「そう考えたら、すごくない?これから、もしかしたら、俺と桃子ちゃんにも子どもができるかもしれないじゃん」
「うん」
「その子が、誰かと会って恋をする。そうしたら相手の子は、俺らに感謝するね」
「え?」
「俺らが出会って、子どもを生まなかったら、絶対に出会えない運命だからさ」
「そうだよね」
ほんとそうだ。そう思ったら、ものすごく壮大な気持ちになった。
私が生まれたこと、聖君に会ったこと、聖君に恋したことは、ものすごいことかもしれないんだ。
「桃子ちゃん」
「え?」
「今、こうやって桃子ちゃんに会ってるのは、すごい奇跡だと思うけど…」
奇跡?
「でも、決まってたのかもなって、そんなことも思う」
「全部必然?」
「そう。必然」
「うん…」
私が聖君にあの海で、一目惚れしたことも、何もかも、必要で起きたことなんだって思うと、なんだか、胸がいっぱいになる。
聖君に、想いは伝わることはないとか、この恋はかなわない恋なんだとか、そんなことも思ってた。自分に自信がもてなくって、聖君の彼女でいていいのかとか、いつか別れは来るんじゃないかとか、そんなことも思ってた。だけど、こうやって、聖君に出会って、想いが通じ合って、今、こうしてるのも全部、必要で起きていたことなんだ。
すごい。それって、すごい。
「出会うべくして、出会っちゃったのかもね」
「うん」
涙が止まらなくなった。
「桃子ちゃん、泣き虫」
「だって…」
感動してしまった。それで、涙が止まらない。
「桃子ちゃん、大好きだよ」
「うん」
「まじで、会えてよかった」
「うん」
「やべ、俺もちょっとうるってきてる」
そう言うと、聖君は目頭をおさえてから、目を細めて笑った。ものすごく可愛いあのいつもの笑顔で。




