第68話 嬉しい時間
聖君は、上目遣いで私を見る。それから、少し視線を外す。でもすぐにまた、私を見る。何を言い出すのかを、ちょっとそわそわしながら待っているようだ。
私はそんな視線を感じながら、勇気を出して言わなくっちゃと、自分に言い聞かせていた。
「どうして、ジーンズとセーターだと、駄目なんだって思ったの?」
あれ?なんで私、聖君に質問でしているんだろう。口を開いたらそんなことを言い出していた。
「…なんかの雑誌に載ってた」
「え?なんて?」
「ジーンズ履いてきたら、NOの合図」
「へ?」
「スカートならOKとかなんとか」
なんなんだ、その雑誌。そんな雑誌を読んでるの?聖君…。それにいったいどの女の子が、そんなこと言ってるんだか。
ま、待てよ、普通の女の子なら、そう考えるのかな?私が変?
う。ますます、言いにくくなってきた。
「そうなの?それとも違うの?」
聖君が聞いてきた。
「わかんないけど、私は違う…」
「え?違うって?」
「その…、えっと…」
あ~~~~。頭が真っ白だ。ええい!このさい、言ってしまえ~~!
「スカートだとね、夏ならいいけど、この季節、素肌は寒いかなって。友達と出かける時は、タイツや、スカートの下にスパッツを履くの」
「え?うん。そうなの?」
「そうすると、あったかいし。だけど、タイツもスパッツも、ぬ…」
う。やっぱり、言いづらい。
「ぬ?」
聖君が、何?って顔をした。
「脱がせにくい…かな~~って思って」
思い切り下を向きながらそう言うと、
「え?!」
と、聖君はかなり驚いたようだ。声が裏返っていた。
「俺がってこと?」
「うん」
ちらりと聖君を見ると、聖君はみるみるうちに、赤くなっていった。それから頭を掻くと、
「そういうこと桃子ちゃん、考えたの?」
と、私に聞いてきた。
「う…うん。だから、ブラウスもやめたの」
また、目線を下に向けて私は言った。
「え?」
「ボタン、外すの大変だろうから」
「だから、セーター?」
「うん」
下を向いたまま、こくんとうなづいた。まだ、聖君の顔は恥ずかしくて見れなかった。
「……じゃ、駄目ってことじゃなくって、その逆で…」
「うん」
かあ~~~!思い切り顔が熱くなった。そんなことまで考えて、この服を着てきたなんて、なんだか、その気が思い切りあるんですと言っているようで。
「そうなんだ」
聖君はそう言うと、しばらく黙ってしまった。
気になり、聖君を見た。聖君は顔を真っ赤にさせたまま、どっか一点を見ていた。何かな?何か考え事?それから、聖君はコホンと咳払いをすると、
「じゃ、えっと…。今日は、その…」
と、何か言いにくそうにしていた。
なんだろう。何が聞きたいんだろう。バクバク…。
「子供っぽい下着じゃないんだよね?」
「え?」
ドキ~~。
「なななな、なんで?」
「だって、それって、俺が服を脱がしちゃってもいいってことでしょ?」
か~~~~!!!ああ、そうか。この前は自分で脱いだんだっけ。
真っ赤になりながら、こくんとうなづくと、
「そっか」
と言って、聖君は頭をぼりって掻いた。
「桃子ちゃん、ちゃんとそういう気で来てくれてたんだ」
聖君はぼそってそう言うと、椅子から立ちあがり、私の横に座った。
うわ!いきなり心臓がバクバクしだした。
「そっか。なんだ。俺が勝手に駄目なのかなとか、そんなことを考えちゃっただけか」
「う、うん。ごめんね」
「え?なんで?」
「ややこしい格好できちゃって」
「いや、俺が勝手にいろいろと考え込んだだけだから」
聖君は頭を掻くと、しばらくまた、宙を見ていた。あれ?何かまた、考え事?
「えっと…」
「う、うん…」
何かな。今度は何かな…。バクバク。心臓がどんどん高鳴っちゃってるよ。
「電気は消した方が…」
聖君が最後まで言う前に、私はうんうんと思い切りうなづいた。
聖君はベッドから立ち上がると、電気を消した。部屋はちょっと薄暗くなっただけで、まだ明るかった。ああ、昼間だし、お天気今日いいし…。これじゃ、あまり電気を消した意味もないかも。
そうか。聖君の部屋は南向きで、日が当たるのか。
「やっぱり、あまり電気を消しても変わらなかった。今日、天気いいから」
と、聖君はぼそって言った。ああ、それを考えていたのかな、さっき。
「どうする?」
「え?」
どうするって聞かれても。何が?
「カーテン閉めれば、ちょっと暗くなるかも」
私はまた、うんうんとうなづいた。
聖君はカーテンを閉めた。さっきよりも、暗くなった。
それから聖君は私の方に来ると、いきなりキスをしてきた。
わ!い、いきなり?それもかなり、濃厚な…。いきなりすぎて、心の準備もしていなくって、力がなくなり、そのままベッドに私はドスンと横になってしまった。
聖君は私を見た。わ~~。熱い目をしている。駄目だ。胸がきゅんってなって、どんどん力が抜けていく。そのまま、私は抵抗できず、聖君に全部を任せて、ずっと胸をきゅんきゅんさせていた。
「桃子ちゃん、大好きだよ」
聖君が時々耳元でささやく。耳に息がかかると、もっと胸がきゅんってなる。私も、大好き。聖君で窒息しそうだよ…。聖君のキスで、聖君の言葉で、聖君の息で、それから触れる手で、窒息しそうになってるよ、私…。
聖君の部屋は、聖君の匂いがする。聖君の匂い、大好きだな。
聖君はしばらく私を抱きしめていたけど、私にキスをして、そっと腕枕をしてきた。それから、また、私のほっぺたにキスをする。
「寒い?」
聖君が聞いてきた。
「ううん。大丈夫」
部屋はヒーターであったかかったし、聖君のぬくもりはすごくあったかい。
すぐ隣にいる聖君の顔を見た。長いまつげだ。聖君の眉毛って、形いいんだな。これ、ちゃんと自分でそろえたりするんだろうか。
聖君の鼻筋って、かっこいいな。すうって通ってるの。横顔もかっこいいんだよね。
それから、唇。ちょっと色っぽいんだ。でも、笑うとかわいい。歯が真っ白なんだよね。
あ、うっすらヒゲあるんだ。これ、剃ってるのかな。
聖君の喉ぼとけや、首、色っぽいな。それから鎖骨も。そっと私は鎖骨をなぞってみた。
「何?」
「聖君って、色っぽいんだなって思って」
「ええ?もしかして、今、そう思いながら俺のこと見てた?」
「うん」
聖君は真っ赤になった。
「ずっと俺のこと見てるから、またどっかに行っちゃってるかと思ったけど、そんなこと考えてたの?もう~~~。桃子ちゃんのエッチ!」
聖君は冗談でそんなことを言ったけど、本気で照れているようだ。
「聖君はあまり、色落ちないんだね」
「色?」
「日焼けの色」
「うん。きっと地黒なんだよ」
「そうなの?」
「桃子ちゃんはすごく白いよね。ほら、俺の腕と比べても、すごい色の差!」
「本当だね」
「腕も白いけど、胸は日焼けしてないからか、もっと白いね。透き通るくらい白いよね」
「え?」
胸?聖君は私の胸元を見ていた。
「白くて、やわらかくって、あったかくって、可愛いんだよね」
と、聖君はそう言うと、胸に顔をうずめてきた。
わ~~~~~~。ドキドキ!聖君!!!
「あ。一気に真っ赤になった。すげ…」
聖君はそう言うと、胸元にキスをする。きゃ~~~~!
「あ、すげえ、バクバクしてない?心臓」
「してるよ!壊れそうだよ!」
そう言うと、今度は私の顔を見て、
「真っ赤だ」
と言って、聖君はくすって笑い、キスをしてきた。そして、
「桃子ちゃん、めっちゃ可愛い」
と目を細めて笑う。
だ、駄目だ。その笑顔にまた、思い切りきゅんってしてる。こんなに間近でその笑顔を見ていいの?その笑顔を、独占してていいの?なんてあほなことまで考えてしまう。きっと、こんなこと言ったら呆れられる。
「聖君」
「ん?」
聖君はすごく優しい目で私を見た。
「私ね、どれだけ聖君のこと好きになってるかなって思うことがあるの」
「え?」
「前よりもはるかに好きになってるの。どんどん好きになって、どこまで好きになっちゃうんだろうかって」
「ええ?」
聖君は顔を赤くして、笑った。
「なんだよ?それ」
「だって、本当にそう思うんだもん。それだけ、聖君ってすごいんだもん」
「え?何がすごいの?」
「かっこいいし、可愛いし、素敵だし、色っぽいし」
「ちょ、ちょっとなんか思い切り、くすぐったい。それ」
聖君は顔を真っ赤にさせて照れた。
「だって、本気で私、そう思うもん」
「う…。桃子ちゃん、俺に惚れすぎ…」
聖君はそう照れながら言って、またあははって笑った。
「その笑顔も、反則だよ」
「反則?」
「その笑顔を見ただけで、私お手上げなんだもん」
「ノックアウトだっけ?」
「そう」
「だったら、桃子ちゃんもだけどな」
「私が何?」
「桃子ちゃん、すごく色っぽい顔になったり、可愛くなったり、俺、そのたびにドキドキして、大変なんだけどな」
「え?」
聖君が?
「……。桃子ちゃん、気づいてないの?」
「何を?」
「俺が、桃子ちゃんにすげえ夢中なの」
「え?」
ドキ~~!夢中?
「桃子ちゃんのことしか考えられなくなって、やばいって必死で勉強しようと頭を切り替えてる。だけど、また桃子ちゃんのこと考えてて、今日も会えるって思ったら、朝から嬉しくってさ」
え~~~!
「それで、張り切って部屋を掃除したり、ハンバーグまで作っちゃった」
「…そうだったの?」
「うん。この前、桃子ちゃんのこと抱いてから、桃子ちゃんにまた触れたくって、キスしたくって、そんなことばかり考えてたり。あ、ばらしちゃった。やべ。俺、そうとうなすけべ野郎だよね」
聖君は、ちょこっと舌を出して、やばいって顔をした。
ああ。そんな顔も可愛い。私も、重症だな。
「私も、聖君に抱きしめて欲しかったよ」
「え?まじで?」
「うん。最近、腕組んだり、聖君に接近できると、嬉しいの。ドキドキはやっぱりしてるんだけど、すごく嬉しいんだ」
「……」
聖君は目をぎゅってつむって、それから、
「く~~~~!」
といきなり、足をじたばたさせた。
あ、今、思いっきり喜んでる?
それから、私のことをぎゅうって抱きしめると、
「俺も、すげえ嬉しい!」
と力を込めて、そう言った。
ああ。こうやって、聖君にぎゅってしてもらうのが嬉しい。それに、恥ずかしがってたけど、聖君に触れられるのも、胸にキスをされるのも、嬉しい。
それに聖君に触れるのが嬉しい。聖君のぬくもりも、キスも、全部が嬉しくてしかたがない。
もしかして、これが、いちゃついてるとか、ベタベタしてるってことなのかな。
なんだか、自分でもこんな私が信じられないでいる。まるで、夢を見ているかのようだ。ものすごく幸せな夢…。
夢じゃないよね。ちょっとほっぺたをつねってみた。
「あ、痛い」
思わずそう言うと、聖君が、
「もしかして、今、ほっぺたつねって、夢じゃないかどうかを確認した?」
とすかさず、聞いてきた。
み、見られてた。それに、ばれてる。
「う、うん」
正直にうなづくと、
「もう~~~!桃子ちゃん可愛すぎるよ」
と、いっぱいキスをしてきて、キス攻めにあった。
ああ。だから、窒息しちゃうよ~~。とか、思いながらも、喜んでいるんだ、私…。
今日は、ずっと聖君と二人なんだ。明日の朝まで二人なんだ。それがめちゃくちゃ嬉しい。
「聖君と、明日まで一緒なんだよね」
「え?」
「二人っきりなんだよね」
「うん」
「嬉しいな。すっごく嬉しい、私」
そう言うと、聖君は、
「俺も。めっちゃ嬉しいよ」
と、言って、ぎゅって抱きしめてきて、
「時間もたっぷりあるから、二人でこのまま、いちゃついていようね」
って、耳元でいたずらっぽくささやいた。