第67話 本音トーク
「あのね…」
聖君が下に下りようとしているのを、引きとめた。
「え?」
聖君はドアを開けようとしたが、立ち止まり私の方を見た。
「話があるの」
「話?」
「うん」
とにかく桐太から言われたように、自分の思いをぶつける、これを今、してみようと思った。
聖君は、椅子に腰かけ
「話って何?」
と私の方を向いた。
「うん。昨日、桐太君に、聖君は大学沖縄に行こうとしてるの、知ってるかって聞かれて」
「……うん」
聖君は真面目な顔つきになった。
「今、聖君がどうしようか悩んでるって、そんな話も桐太君がしてきた」
「…うん。あいつにそんなようなこと、この前電話で話したけど…。それで?」
「それでね…。桃子は聖君が沖縄に行ってもいいのかって」
「え?」
「大学には女の人もいるし、離れてていいのかって」
「…それ、俺が浮気するかもしれないとか、そういうこと?」
「それもあるけど、あと、1年会えなくってもいいのかとか、きっと、そういうこと」
「……」
聖君はまゆをひそめた。それから、
「なんであいつ、そんなこと桃子ちゃんに?」
と聞いてきた。
「わからないけど…。いきなり聞かれて」
「ふうん」
あ、「ふうん」って言ってる。きっと納得いかないんだな、聖君。
「桃子は本当はどう思ってるのかって聞かれて」
「桐太から?」
「うん」
「桐太って、桃子ちゃんのこと呼び捨てにしてんの?」
「あ、そういえば、呼び捨てになってた」
「なんで?俺だってちゃんづけなのに、なんであいつが!」
「……」
私からしてみたら、どうして、聖君がまだ、ちゃんづけなのかがわからないけどな。
あ、こういうのも、素直に聞いてみたらいいのかな。
「聖君はなぜ、ずっとちゃんづけなの?」
「え?」
「私を呼ぶ時に」
「桃子ちゃんって?」
「うん」
「だって、そっちの方が可愛いから」
「……」
可愛いから?え?なんだ、その理由…。
「桃子ちゃんって、桃子ちゃんって感じでしょ?」
「私が?」
「うん」
「……」
よくわからない。聞いてもわからなかったや。とりあえず、呼び捨てになることはないんだってことだけは、わかったけど。
「あれ?話がずれてるね。えっと…。俺が沖縄に行く話だよね」
「うん」
「桃子ちゃんの気持ちって…、本音ってこと?」
「うん」
「うん。それは俺もちゃんと聞きたいよ」
「え?」
「もしかして、本当は行って欲しくないのに我慢してるんじゃないかって、それは思ってた」
「……」
「俺の夢を壊したくないからって、我慢してるんだろうなって」
わかってたんだ。なんだ。わかってたなら、もう何も言えないよ。
「不安?俺が浮気するかもとか?」
「ううん。そういうことよりも、ずっと会えなくって、寂しくって、私耐えられるかなって…」
「……」
聖君は黙り込み、私をじっと見た。
「でも、そんなの私のわがままだし」
「……」
まだ、黙っている。
「……ごめんね…」
「何が?」
「わがままばかりだし、甘えてばかりだし」
「誰が?」
「私が…」
「桃子ちゃん、甘えないし、わがまま言わないじゃん」
「え?」
「全然言ってないよ。俺ばっかりが言ってるよ」
「そんなことない。私ずっと聖君に甘えてばっかりだもん。海でも、プールでもそうだったし、それにずっと聖君に我慢させてたし…」
「それは、別に俺に桃子ちゃんが甘えてたとか、そういうことじゃないじゃん。海やプールでも俺の方が好き勝手してたしさ」
「……。私、いつも足手まといになってたよ」
「足手まとい?そんなこと俺、思ったこと一回もないけど」
「だけど…。聖君のこと困らせてばかりだったよね。きっと、去年の夏から」
「俺が困った?」
「花火大会ではぐれた時とか、それにカラオケボックスで、葉君と聖君の話を聞いちゃった時とか」
「……」
「この前も、聖君勉強で大変なのに、お店に果林さん連れてきたり…」
「他には?」
「聖君の家に来ると、お父さんに送ってもらったりして、みんな大変なのに、申し訳ないことしてるなって…」
「他は?」
「……」
言うことがなくなって、私は黙った。聖君もただ、私を見るだけで、黙っていた。私は他に何かあったっけって、過去の記憶を探っていた。
「ひまわり、泊まりに来て、迷惑かけた」
「他は?」
「えっと。うちのお父さんが釣りにさそったりして、聖君、勉強あったのに…」
「それから?」
「えっと…。えっとね…」
「もうおしまい?」
「うん」
「そっか。わかった」
聖君はしばらく黙って、下を向いた。
そしてまた、私を見ると、
「じゃ、沖縄にもし俺が春から行くってことになったら、桃子ちゃんどうする?」
「え?」
「今、どう思う?俺、沖縄に行くよって言ったら」
「…どうって…」
「本音ね、本音」
聖君にそう言われて、私は素直な気持ちを言うことにした。
「離れるの、嫌だって思う」
「なんで嫌?」
「会えなくなるから」
「寂しい?」
「うん」
「他には?」
「……やっぱり、不安」
「何が?」
「大学にも女の人いるだろうし、他の人に興味ないって言われても、もし、素敵な人が聖君にいい寄ってきたらって思ったら、すごく不安」
「……」
聖君は一瞬、まゆをしかめて何かを言いたそうにしたけど、黙って、
「他には?」
と、また聞いてきた。
「えっと。他…」
黙って考えた。もし、沖縄に行くよって言われたら…。
「…あのね」
「うん」
「私、すごくすごく会えなくなるのが寂しいの。会いたい時、今ならこうやって会えるけど、沖縄に行ったらそうはいかないでしょ。どうやって耐えようかって、今から思うことがある」
「うん」
「聖君は、寂しいとかって思わないのかなって、そんなことも思ってた」
「……」
聖君は、うつむいて黙った。しばらく黙ってから、私を見た。
「他にもなんかある?」
「ううん」
「行って欲しくない…って言いたくても、我慢してた?」
「うん。ごめんね。それが本音。私きれいごとばかり言ってたかもしれない」
「きれいごと?」
「きっと、聖君にできた彼女って思われたかったのかもしれない。それに、そんなこと言うと、聖君を困らせるだろうしとか、聖君に重たく感じて欲しくないとか、そんなことも思ってた」
「……」
聖君はじっと私を見た。その目はいつもの優しい目だった。
「そうか~。今のが桃子ちゃんの本音だよね?」
「うん」
「わかった」
「……」
わかった…なんだ。ふうんじゃなくって…。納得してくれたの?でも、呆れたりしてないかな。
「じゃ、俺も本音を言う」
「うん」
ドキッてした。何を言われるんだろう。ああ、まだ私は、聖君の本音を聞くのが怖いんだな。
「沖縄、やめた」
「ええ?!」
い、いきなり?
「迷ってたし、どうしようかって悩んでいたけど」
「でででも、もうちょっと考えて…」
「考えた結果だよ」
「……でも、突然すぎる」
「突然じゃないんだけど。ずっと悩んでたし」
「……」
だけど、そんなにきっぱりと…。あれ?私が行かないでって言ったから?
「母さんはさ、家族の犠牲になって、夢をあきらめたら絶対に後悔するって言うんだよね」
「え?」
お母さん?
「父さんは、聖が本当の本当は何がしたくって、何が大事なのかを自分に聞くといいよって言ってた」
「うん」
「俺、夢も大事だと思うけど、1番は家族なんだよね」
「……」
家族が1番?
「俺の夢を叶えることで、家族が大変な思いをするのは、嫌なんだ。それに、本当に俺、考えたんだ。沖縄の大学に行かないと、お前は夢を叶えられないのかって、自分に聞いてさ」
「うん」
「そんなことないんだ。ただ、沖縄にあこがれて、いつも潜りたい時に潜れて、なんかいいな~~、そういうの…。くらいの軽い気持ち」
「……」
「でも、なんか執着になってた」
「執着?」
「沖縄行かないと、俺の夢は叶わない、みたいなそんな頑固な夢になってた」
「……」
「それで、母さんや父さんが大変な思いをしたり、桃子ちゃんに我慢させるの、なんか違うよなって」
「でも…」
「行って欲しくないんでしょ?」
「うん」
「じゃ、素直に喜んでね」
「……」
でも、いいの?本当に?
「……。えっと、まだ本音言ってないか、俺」
「え?」
聖君は頭を掻いて、下を向いた。すごく照れていた。
「俺も、桃子ちゃんに会えなくなって、大丈夫かなって思ってた」
「え?」
「一分一秒でも長く、会っていたいのに、今なんて、夢にも出てくるし、それなのに1年も離れて、俺、耐えられるのかなって思っていたよ」
「ほんと?」
「だけど、沖縄行きは俺から言い出したことだし、なんか桃子ちゃん、俺の夢を応援してるみたいな感じだったし、言えなかったんだよね」
「……」
「ただ、桃子ちゃんが高校卒業して沖縄に来たら、ぜ~~ったいに一緒に住んでやるって、意気込んでたけど」
「い、一緒に住む?!」
私は真っ赤になった。
「あれ?桃子ちゃんはそんな気、まったくなかったの?」
こくんとうなづくと、
「あれ?そのつもりかなって思ってたよ」
と、聖君はちょっと拍子抜けした声でそう言った。
「……」
ますます顔がほてってしまった。
聖君と同棲ってことだよね。わ~~。し、幸せすぎるよ、それ。朝、起きた時から聖君が横にいて、一緒に朝ごはん食べて、夜寝る時には、聖君が隣にいる。
わ~~~~。わ~~~。
そんなことを想像して、真っ赤になっていると、
「桃子ちゃん、戻ってきて、話の途中だよ」
と、聖君に言われてしまった。
「え?」
「また、どっかいってたでしょ?一人の妄想の世界?俺と同棲してるところでも、妄想してた?」
「う、うん」
ば、ばれた。
「やっぱり。ものすごい勢いで、赤くなっていったから。首も耳も真っ赤だよ。もしかして、すんごい妄想してたとか」
ぶるんぶるん首を横に振った。
「ほんとかな~~」
「ほ、ほんとだよ。そんなすごい妄想じゃないよ」
「そう?」
聖君はちょっと、意地悪な目つきで私を見た。
「話の途中なんだよね?」
私がそう言うと、聖君は、
「ああ、そうそう」
と、思い出したように言うと、
「で、俺の本音だっけね」
と、足を組み、まゆをひそめて、黙り込んだ。
あ、あれれ?なんで黙っちゃったの?
「桃子ちゃんと、俺も離れたくないな」
聖君はこっちも見ずに、顔を赤くしてぼそってそう言った。
「あ、そうえいばさっきの、甘えてるとか、わがままだとか、足を引っ張ってるとか、困らせてるとか、あれ、ぜ~~んぶ、桃子ちゃんの思い込みだから」
聖君は突然、顔をあげてそう言い出した。
「え?」
「俺、そんなこと一回も思ったことないよ。あ。一回くらいあるかな」
「え?一回はあるの?何?いつ?」
「桃子ちゃんが、胸さわったら、嫌だって抵抗した時には、ちょっと困っちゃった、俺」
「……」
なんだか、恥ずかしくなって顔が赤くなってしまった。
「あとはない!」
と、聖君は言い張ると、なぜかまた、頭を掻いて、
「あ、もう一回あるかな」
と、いきなり弱々しい声で言い出した。
「いつ?」
私が聞くと、
「子供っぽい下着だからって、脱がされるのを抵抗した時。あれも困った」
と、言われてしまった。
ああ!だって、だってあの時は…。と顔を真っ赤にしていると、
「ごめん、桃子ちゃん。俺、嘘をついていました。実は今もすごく困っています」
と聖君は、頭を掻きながらそう言ってきた。
「ええ?なんで?」
私、何か困らせることした?
「セーターとジーンズ。今日はいいのか、駄目なのか、その辺がわかんなくって、困ってます」
と聖君は顔を赤くして、うつむきながらそう言うと、ちらりと私を見た。
「う…」
私が言葉に詰まると、
「できれば、本音でお願いします。どっち?」
と聖君が聞いてきた。
「どっちって?」
「今日はOK?それともNO?」
う…。その返事?本音って…、えっと…。
恥ずかしい~~~~。これはもしや、全部を打ち明けないとならないのかな~~。顔がどんどん赤くなっていくのがわかる。きっと、茹でだこになってるよ。
でも、これも勇気を出そう。きっと、今困っている聖君は、なんだよ~~って笑うかもしれないな。




