第65話 好きな人の話
聖君は、年末追い込みだろうな。でも、初詣には行こうねって、メールが来た。
そういえば、今年初詣に行った時に、琉球大学に行くことを聞いて、ショックを受けたんだっけ。
1年が過ぎるんだな。その間に聖君とは急接近しちゃった。だけど、やっぱり、聖君が遠くに離れるのは、寂しくてしょうがない。
聖君は?お母さんのことで悩んでるけど、私とは遠く離れても寂しくないのかな。
ピンポ~~ン。チャイムが鳴った。それから母が部屋に来て、
「桃子にお友達がきてるわよ。どうする?あがってもらう?」
と聞いてきた。
「学校の友達?」
私は母と一緒に階段を下りながら聞いた。
「ううん。男の子よ。聖君の友達で、桐太君って言ったかしら」
「桐太君?」
な、なんでまた?!
慌てて玄関に行くと、桐太が、
「よ!」
と、軽く手をあげて挨拶をした。
「どうしたの?」
「暇だから寄ってみた。どうせ桃子も暇だろ?聖、今頃塾だもんな」
も、桃子?呼び捨て?
「暇だけど…」
「じゃ、お茶でもしにいこうぜ」
「……」
お、お茶?
「うちにあがってもらう?」
母が横からそう言ってきたが、
「いえ!そこまでしたら、さすがに聖に怒られますから」
と桐太は断った。
私は上着を着て、桐太と外に出た。
もう今日は30日。暮れで町は慌しい。スーパーの前にも人がいて、みんなで足早に買い物をしていた。そんな中、桐太は悠々と歩いていた。
「このへん、お茶できるところある?」
「駅まで行かないとないかな」
「なんだよ。めんどくせ~な」
自分から勝手にうちに来たくせに。
「桃子のメアド、教えろよ。そうしたら、駅まで来させりゃいいんだもんな」
何?それ。人使いあらい!
「あとでね」
そう言うと、
「なにもったいつけてんだよ」
と言われてしまった。
駅に着き、カフェに入った。カフェはそんなに混んでいなかった。大掃除やいろいろな雑事に追われて、みんな、ゆっくりとお茶している場合じゃないのかもしれない。
我が家は、母がけっこう掃除好きで、12月に入り、ちょこちょこと掃除をしていたから、もうほとんどの掃除は終わっていた。
年賀状もさっさと出し、あとは、明日おせちを作るだけだ。
でも、私は明日、聖君の家に行き、そのまま、初日の出でも見ようねって約束をしている。
あ、駄目だ。顔がにやける。聖君の家は、聖君を残し、明日から伊豆に行ってしまうらしい。だから、明日は聖君しかいない。
二人っきりなんだ。嬉しいな~~。
「何にやついてるの?気持ち悪い」
桐太に言われてしまった。
「なんでもないよ」
「初詣とか行くの?」
「うん」
「俺もついていこう」
「駄目」
「なんでだよ?」
「だって、ダブルデートだもん。菜摘と葉君も一緒なの」
「なんだ、それ。そういうの俺、だいっ嫌い」
いいよ、別に。だから来なかったらいいんじゃない。と思ったけど黙っていた。
「聖、琉球大学行くって、あんた知ってるの?」
「うん…」
桐太も知ってたんだ。
「卒業したらどうするのかって聞いたら、沖縄に行くって言うから、すげえびっくりして」
「聖君がそう言ってた?」
「悩んではいるけどって言ってたけど」
「そう…」
「桃子どうするの?」
「高校卒業したら、沖縄に行くよ」
「でも1年は離れるんだ」
「うん」
「そんなで大丈夫かよ?あっちで女でもできたら」
「……」
私は黙りこくってしまった。
「だから早くに聖に抱いてもらえばいいんだよ」
「え?!」
突然そんなことを言われ、焦っていると、
「それで、桃子のことしか考えられないくらいにしとかないとさ」
と、そんなことを桐太は言った。
私は何も言えずに、思い切りうつむいた。
「沖縄に行っちゃったら、しらねえよ。大学だって女いっぱいいるだろうし」
「うん」
「聖は他の子興味ないとか言ってるけど、それはまだ、近くに桃子がいるからかもしれないし」
「そ、そうかな」
ものすごく不安になってきた。
「本当はいって欲しくないんじゃないの?」
「うん」
「それ言った?」
「ううん」
「なんだよ、俺には気持ちきちんと言えって言っておいて」
「うん」
「桃子が言えば、考えるんじゃないの?あいつも」
「でも、困らせるから」
「それであっちで浮気されたら、桃子、聖のこと責められないよ」
「え?」
「だって、そうだろ?」
「……」
う、浮気?
ものすごく心が痛んだ。そんなこと考えられない。でも、もしそんなことがあったら…。
「だけど、聖君、沖縄に行くの夢で」
「この前、聞いたよ。でも今迷ってるんだろ?別に沖縄に行かなきゃ、俺の夢は叶えられないことじゃない。そんなことも言ってた」
「聖君と話したりするの?」
「ああ。電話だったけど」
「そう」
「……。桃子はどうしたいんだよ」
「そばにいたいよ。離れるのは嫌だし、怖いし、寂しいし」
「それが本音?」
「うん」
私はこくんとうなづいた。それから、いきなり感情がこみ上げてきた。
「寂しいよ…。すごく…」
泣きそうになり、必死でこらえた。
「それ、言った方がいいよ。聖だって、そんな思いを桃子がこらえてるの知ったら、ショック受けるんじゃないの?」
「え?」
「なんで言ってくれなかったんだって、俺の時みたいにそう言うよ」
「俺の時?」
「中学の時、聖の彼女がさ、教室で自慢話してるの聞いた時、あいつには言えなかったけど、ちゃんと言えばよかったんだよな」
「……」
「言ってから、あいつがどうそれを受け取るのか、それは聖に任せたらよかったんだ」
「…そうだよね」
「桃子の気持ちを言って、それで聖がどう結論を出すのかわからないけど、言われないよりも言ってほしいって、あいつだったら思うだろ?」
「うん」
本当にそうだ。聖君はいつだって、まっすぐに気持ちを向けてくれてるし、きっと私の気持ちも、まっすぐに受け止める。
「はあ~」
ため息をついた。
「何?」
桐太が聞いてきた。
「支えになりたいのに、かえって私が邪魔しちゃうんじゃないかって怖いんだ」
「え?」
「聖君を困らせたくないのに、困らせるのが怖いの」
「なんで怖いの?」
「わかんないけど」
「嫌われるから?」
「……そうじゃない。聖君、嫌ったりはきっとしない。聖君は器でかいし」
「だろ?だったら、困らせようが、何を言おうが聖なら大丈夫くらいの気持ちでいてもいいんじゃね?」
「え?」
「あいつなら、受け止められるし、困らせられても、桃子にだったら、それもまた、嬉しいことかもよ」
「困ることが?」
「離れて寂しいって好きな子に言われて、嬉しいに決まってると思うけどな」
「……そうかな」
「反対にどう?言われたら」
「嬉しいけど…。でも」
「でも?」
「夢を奪ったり、聖君のこと、縛り付けるようなことにならないかな」
「ええ?そんなもんじゃないの?彼女とかって」
「え?」
「聖の夢を応援するなら、別れるくらいの覚悟、いるかもよ」
「え?!」
グサ!今の言葉、ものすごく刺さった。
「そんな覚悟もなくって、夢を奪いたくないなんて、そんなのうわべだけのたわ言だよ」
「……」
そ、そうか。
ああ、桐太の言ってることもわかる。
そうだよね。私、ものすごくむしのいいことを言ってるんだ。
できた彼女って思われたいのかもしれない。わがままも言わない、聖君のいつも支えになる、そんな女の人になりたいって。そう思われたいって。
誰に?ああ、やっぱり、聖君に。
「ありのままの、私じゃないんだ」
「え?」
いきなりそんなことを言って、桐太が驚いて私を見た。
「だって、そうだよね?本当は私、行って欲しくないし、そばにいたいのに、聖君の夢を壊したくないし、応援したいからなんて、そんな本音を隠して、うわべだけいい子ぶって、そんなの本当の私じゃないでしょ?」
「だね」
桐太は、口元に笑みをうかべてそう言った。
「そんなの、猫かぶって、本当の私を聖君に見せてないってことだよね」
「……。桃子って、いい女だよね」
「え?な、何?いきなり」
「普通は、猫かぶって、いい子ぶって、それでよしって女ばっかじゃん」
「そうなの?」
「だけど、桃子は本当の自分で、聖に向きあおうとしてるからさ」
「……。それは、聖君がいつも、桃子ちゃんはそのままでいいよって言って、受け入れてくれてるから」
「え?」
「それなのに、私、本当の私でいないなんて、聖君に悪いよね」
「……。ふうん。聖、そんなこと言うんだ」
「うん。私も、ありのままの、聖君が好き。どんな聖君も好き」
「じゃ、あいつだって、わがまま言う桃子も、好きだって思うんじゃないの?」
「……」
「ま、当たって砕けてみたら?」
「桐太君、それを言いに来たの?」
「いや、別に」
「え?」
「まじで、暇だったから」
……。本当かな~。聖君が悩んでいるから、何か、桐太が出来ることでもしようって、そう思ったんじゃないのかな。
「桃子は聖のどこが好き?」
「全部」
「え?」
「全部」
「ああ。そう。いきなりのろけられた」
「だって、本当だもん」
「じゃ、特にここってところは?たとえば、声とか、目とか、こんな仕草とか」
「そうだな~。すごく優しい目をしたり、色っぽくなったり、それに無邪気に笑うと可愛くなるのが、好きかな」
「目?」
「うん。それから、笑い声も好き。あ、笑い上戸なんだよね。一回はまると、涙流して笑ってるの。ああいうところも可愛い」
「わかる。腹いてえって言って涙流してる。昔からそう」
「そうなんだ」
そうか、中学の頃からなんだ。
「それからね、うっせ~よって言って、照れてお友達にわざと、つっかかるところとか、照れると頭をボリッて掻くところとか」
「ああ、あれ、照れてやってるんだ」
「うん」
「それから?」
「それから、手も好き。指、綺麗なんだ。爪の形まで綺麗…」
「へ~。そこまで見たことないや」
「あと、つむじも可愛い」
「え?そうなの?」
「うん、二つあるよ。逆向いてるの」
「へえ!」
「なんか、俺らって馬鹿みたいだね」
いきなり、桐太が言ってきた。
「え?そ、そうだよね」
私も恥ずかしくなってしまった。
「だけど、好きなやつの話で盛り上がるのは、けっこう楽しいかもな」
桐太はそう言うと、嬉しそうに下を向いた。
好きなやつ…。そうか、共通してるんだ。好きな人が…。
なんだか、変な関係だな。私と桐太って。でも、私もこんな話が出来て楽しかった。
「私も楽しかったよ。こんな話そうそうみんな、聞いてくれないし」
「そうなのか?」
「だって、はいはいってすぐに、呆れられちゃうの。もうのろけはいらないよって言われちゃう」
「そっか。俺だったら、いろんな聖知れて、嬉しいけど」
「本当に?」
「うん」
「じゃ、たまに話を聞いてもらってもいい?」
「いいよ。全然OK」
「なんか嬉しい。一緒に楽しめるね」
「そうだな」
「えへへ」
「え?」
「桐太君とこんな関係になってるのが、すごく不思議なんだけど、嬉しいなって思って」
「…。そうだな。かなり変だよな」
桐太とメアド交換をした。今日こんな話をしたのは、聖には内緒にしておけって言われた。そうだよね、さすがに言えないよ。
他の誰にも言えないかな。だって、桐太も聖君に恋してるなんて知ってるの、私と聖君くらいだもの。
楽しい恋の話をすることが出来て、私はうきうきで家に帰った。
それに、聖君に、本当の私の思いも言ってみようって、そんな勇気も持てた。
明日言ってみよう。それでも、沖縄に行くって言われてもいい。だけど、思いだけはきちんと、聖君に届けよう。




