第63話 クリスマスイブ
クリスマスイブの日がやってきた。セーターも帽子も仕上がり、袋に入れ、リボンをつけた。
聖君はその日も塾で、5時に石川町駅で待ち合わせをした。私は10分も前に着いていた。
聖君は時間ぴったりに、また最高の笑顔で、
「待った?」
と聞きながら改札口を抜けて私のもとに来た。
「ううん。さっき来たところ」
そう言って、聖君に並んだ。
するとすぐに、聖君が、
「はい」
と言って、ポケットにつっこんだ腕を、私の方にわざと向けた。
「うん」
私は、腕を組んだ。
「ぶらぶら歩こうか?」
「うん」
二人で、元町を歩き出した。元町は、クリスマスでイルミネーションも綺麗だった。
聖君と腕を組んで歩くの、好きだな。ギュ。腕を掴んでると、なんか安心できる。
一つ、私の中で変化したことがある。それは、聖君と腕を組んだり、聖君に抱きしめられてても、ドキドキするけど、前みたいに、心臓が苦しくなることがなくなったことだ。
それよりも、安心したり、すごく嬉しくて、腕を組んだり、聖君になるべくくっついていたいって思うようになった。
聖君が変わったところは、特にないかな。手をつながず、腕を組むようになったこととか、たまに私のことをじっと見ていることがあるくらいで。
でも、私も聖君のことを、ぼ~~って見ていることがあるから、おあいこだな。
元町は、カップルでいっぱいいた。寒いのに、これだけカップルがいると、寒さも感じなくなってくる。
「人、多いね」
聖君がぼそって言った。
「うん」
私は聖君の腕にひっついたまま、うなづいた。
「どっか、入ってお茶でもする?」
「うん」
近くのカフェに入った。混んでいたけれど、一席だけ、偶然にもあいていた。そこに座り、あったかいカフェオレを頼んだ。
聖君は、じっと私のことを見た。
「何?」
「1年たったんだなって思ってさ」
「え?」
「去年、クリスマスの頃って、まだ、桃子ちゃん彼女としての自覚なかったよね」
「そういえば、そうだったよね…」
「さすがに今は、あるよね?」
「うん…」
「なんか今日、桃子ちゃん、静かじゃない?」
「そ、そうかな。きっと、聖君に会えてるだけで、嬉しいからかも」
「ええ?そんなに久しぶりでもないよね?毎日、メールもしてたし」
「そうなんだけど」
やっぱり、イブは特別な気がしちゃう。
「あ、そういえば、桐太のやつ、明日来るってさ」
「え?明日?」
「店に。俺が今日誕生日なの知ってて、本当は今日の夜、プレゼント持って行くって言ってきたんだけど、桃子ちゃんとデートでいないって言ったら、明日店に行くって言うから」
「そうなんだ」
「菜摘や葉一、驚くかな」
「かもね」
「ま、いっか」
「……」
聖君、桐太を友達として受け入れたなら、きっと、大事にしていくのかもしれないな。
カフェオレを飲み終え、少し話をして、またお店から出て、港が見える丘公園の方へと向かった。辺りはもう、暗くなっていた。
「寒くない?」
「うん」
聖君は私の肩に腕を回してきて、私を引き寄せた。
わ!ますます聖君に接近しちゃった。う、嬉しい。
顔がほてる。心臓もドキドキする。でも、すごく嬉しい。
聖君とそのまま、ずっと公園の中を歩いた。そのうちにだんだんと、人が少なくなってきた。それでも、カップルはいて、みんなべたべたにくっついて歩いていた。
わあ。みんながみんな、いちゃいちゃしてる。そりゃそうか。イブなんだもんね。でも、なんだか恥ずかしい。
あ、そっか。私も聖君とひっついて歩いてて、そのいちゃついてるカップルの中の一組なんだ。
そう思ったら、なんだか、すごく恥ずかしくなってきた。
聖君はあまり、周りのことは気にせず、歩いていた。
「この辺って、すんごいデートコース?もしかして」
「え?うん、そうかも」
「俺、初めて来た」
「そうなの?」
「桃子ちゃん、来たことあるの?」
「うん。お母さんやひまわりとも来たことあるし、菜摘と蘭とも、遊びに来たことあるよ。中華街も行って、肉まん食べたりしたし」
「そっか。そりゃ、女の子同士なら来ても、楽しいかもね」
そうだよね。男の子同士で来るところじゃないよね。
「あ、ベンチあるじゃん」
聖君とベンチに座った。
「でも、寒いか」
「ううん、大丈夫」
聖君は、まだ、腕を私の肩に回していて、私は聖君にべったりとくっついていた。
「そうだ。クリスマスプレゼント渡してもいい?」
「え?うん」
聖君に、袋を渡した。
「開けていい?」
「うん」
聖君は袋を開け、中身を取り出して、
「わ!すげえ!」
と、喜んだ。
「セーターと帽子。これ、桃子ちゃん、編んだんだよね?」
「うん」
「すげえ~~~。サンキュー。あったかそう~~~!!!」
聖君はすぐに帽子をかぶると、
「あ、ぴったりだ。すげえあったかい!」
と嬉しそうに笑った。
すごい可愛い笑顔だ!胸がきゅんってなった。
「……。すげ、嬉しいな。大変じゃなかった?これ」
「秋から編んでいたから、そうでもないよ」
「え?そんな前から?知らなかった」
「……へへ」
照れくさくって、そう笑うと、いきなり聖君は、
「可愛い~~。桃子ちゃん!!」
と、抱きしめてきた。
ギュ~~。聖君は、まだ、私のことを力いっぱい抱きしめている。ドキドキする。でも嬉しい。私もそっと聖君の背中に手を回し、抱きしめてみた。
ああ。聖君の匂いがする。きゅ~~ん。思い切り、愛しくなる。
聖君は、抱きしめていた腕をゆるめた。それから、私の髪をなでながら、優しくキスをしてきた。そして、一回唇を離して、私の頬をなでて、私のことをあの熱い目で見ると、またキスをしてきた。
聖君の両腕をギュッて掴んだ。でないと、後ろにひっくり返りそうになる。
長いキスをしてから、聖君はまた、私を抱き寄せた。私は聖君の胸に顔をうずめた。
はあ…。駄目だ。顔が思い切りほてってる。寒いはずなのに、顔が熱い。
「桃子ちゃん、最近、俺のこと手で押したり、突き放したりしないね」
「うん」
「どうして?」
「どうしてってなんで聞くの?そんなの当たり前だよ」
「え?」
「だって、もう心臓苦しくならないし」
「そうなの?」
「うん。それに、こうやって聖君にくっついてるの、すごく嬉しい」
「そ、そうなんだ」
聖君はちょっと照れたみたいだ。
「聖君」
「ん?」
「大好き」
「うん。俺も」
聖君は優しく、私を抱きしめた。それから、耳元で、
「愛してるからね」
とささやいた。
うわ!愛してるの言葉はまだ、慣れない。さすがに照れる!聖君は言うのに抵抗ないのかな。
しばらく私たちは、そのまま抱き合っていた。辺りは暗くなっていて、周りにもしかしたら人もいたかもしれないけど、それも見えにくくなっていた。
二人で黙っていると、ちょっと離れたところから、声が聞こえた。
女の人の声だ。それも、息遣いだったり、ちょっと色っぽい声…。
「桃子ちゃん」
「え?」
「なんか、ここ、やばいかもね」
「え?」
もしかして、今の声…。
「カップル、けっこういるかも」
「うん」
「それも、茂みの中とか。寒いのに…」
「う、うん」
私たちは、すぐに離れて、
「そろそろ、行く?」
と聖君は立ち上がり、私もすくっと立ち上がった。
そしてその場を、黙って早歩きで、立ち去った。
それから、大きな道路に出た。
「あ~~、焦った~~。俺」
聖君は、顔を真っ赤にさせていた。
「なんだよ。外だしさ、冬で寒いんだしさ、場所をわきまえろって感じだよな」
う、う~~ん。濃厚なキスをして抱きしめてたくせに、人のことは言えないと思うんだけどな…。
「あ、あそこの店、おしゃれじゃない?もう夕飯食べちゃおうか」
「うん」
私と聖君は、ちょっと歩いたところにあったレストランに入った。可愛い洋館のレストランだった。
テーブルがまた、一つだけあいていた。
「今日は、なんかすげえ、ついてるよね」
聖君は嬉しそうに、席に座った。
「れいんどろっぷすは?」
「今日はやってる。パートさんも桜さんのお母さんも出てきてくれてるし、父さんも手伝ってるよ。二組、予約まで入ってさ」
「え?予約?」
「カップルだよ。大学生のカップルと、あとは新婚さん」
「へえ…」
それから聖君と、美味しいディナーを喜んで食べて、食後のコーヒーをのんびりと飲んだ。そして聖君は、
「桃子ちゃんに、これ、クリスマスプレゼント」
と言って、小さな箱をテーブルの上に置いた。可愛いリボンがしてある。
去年はネックレスだった。今年はなんなんだろう。
「開けていい?」
「うん」
聖君は、ちょっと照れくさそうにうなづいた。
箱を開けてみると、そこには、可愛い水色の石がちょこんと乗っている、指輪が入っていた。
「指輪…」
すごく可愛い、金の指輪だ。
「サイズ合うかな?」
聖君がまた、てれくさそうに聞いてきた。
私は指輪を右手にはめようとすると、
「左でしょ?左の薬指」
と、聖君に言われてしまった。
ええ?!左の薬指にはめてもいいの?
ドキドキドキドキ。顔がどんどん赤くなるのがわかる。私は、震える手で、左手の薬指に指輪をはめた。震えているの、聖君にばれてるよね。
その指輪は、薬指にぴったりだった。
「良かった。細いってことしかわからなかったけど、お店の人が、このくらいでいいと思いますよって言うからさ」
あ。そういえば、私の指を見て、細いねって何回か言ってたことがあったっけ。あれ、指輪のサイズを確認していたの?
「これ、アクアマリン?」
「うん、誕生石でしょ?」
「うん…」
嬉しい!嬉しいけど、
「いいの?高くなかった?」
と、聞いてしまった。
「そんなでもないよ。そんなに高いのは買えないし。次に買う時は、給料3か月分とかいう、そんな指輪かな」
聖君はそう言ってから、頭をぼりって掻いた。それって、もしかして、エンゲージリング?
うわ。顔がまた、思い切り熱くなった。
「本当に、左の薬指にしてても、いいの?」
照れくさくってそんなことを聞いてしまった。
「何?それ~~。また、そういうこと桃子ちゃん言うんだから。ちゃんと、はめててね。そうしたら、周りの男が、もう彼氏がいるんだってわかって、近寄ってこなくなるでしょ?」
そ、そうか。ああ、私、また変なこと聞いたんだ。堂々と、左手の薬指にはめてもいいのに。
「ありがとう。すごく嬉しい」
私は胸がじ~~んとなって、泣きそうになった。
「ブッ!鼻真っ赤だ。今、泣くのこらえてる?」
「うん」
「あはは。可愛いよね、ほんと」
聖君は、そう言って目を細めて笑った。
レストランを出た。また私は聖君と腕を組んだ。
「桃子ちゃんさ、何時頃まで今日はOK?」
と聖君は聞いてきた。
「10時頃かな」
と言うと、聖君は時計を見て、
「じゃ、もうちょっと一緒にいられるね」
と嬉しそうに笑った。
二人でゆっくりと、べったりくっついて歩いた。
「聖君、勉強はかどってる?」
「え?何?いきなり」
「最近、いろいろとあったから」
「そうだね…。ちょっと勉強が手につかないこともあったけど、今はどうにか…」
「そっか」
良かった。
「ただね…、悩んではいるけどね」
「え?」
悩み?なんの?
「去年の今頃も悩んでいたっけ。大学どこにするかで」
「うん」
「沖縄行きたくて、やっぱり琉球大学にしようって決意した」
「うん」
「沖縄の海やあの周辺の海、潜ってみたくって、それは今でも叶えたいことなんだけどさ」
「うん」
何かな。また大学のことで悩んでるのかな。
「でも、それって、たとえば夏休みを利用して行くことも出来るし、わざわざ4年間もあっちの大学行くこともないのかなって、そんなこと考えちゃって」
「なんで?」
私のことで…とか?
「……。そこに、こだわらなくってもいいんじゃないかってさ」
「……」
「母さんも父さんも、俺に言わないんだけどさ、母さん、けっこう疲れがたまってるみたいでさ」
「え?」
聖君のお母さん?
「無理してたら、いつか倒れちゃうんじゃないかって、なんか心配なんだよね」
「……」
「今までは夜、俺がバイトしてたし、その間母さん、ゆっくりできてたんだ。でも、俺がバイトやめてから、パートさん雇ったりしたけど、やっぱり、いきなり休んだり、パートさんも具合悪くしたりで、そうすると母さんが無理することになっちゃってさ」
聖君はちょっとため息をつき、また話を続けた。
「俺の勉強があるから、俺に手伝えとは母さんも父さんも言わなかった。俺も、大丈夫だろうなって思って、甘えてたけど、最近、母さんの疲れてる様子が、見ててもわかるようになってきて」
「そうなの?今日は大丈夫なの?」
「うん。父さんが店出ているし、大丈夫って母さん言い張ってて」
そうなんだ。
「大学、沖縄なんかに行ったら、いざって時、店を手伝ったりできないし、母さん、無理しちゃうんじゃないかって思って」
「……」
「父さんに聞いたんだ。俺がバイトやめて、母さん大変じゃないかって。それに、沖縄なんかに行ったら、もっと大変になるんじゃないかってさ」
「そうしたら?」
「大丈夫だから、お前はそんなこと心配しないで、自分のしたいことをしろって言った」
「……」
「で、考えたんだ。俺がしたいことってなんだろうって」
「うん」
「そりゃ、海、潜りたいよ。海洋学も勉強したい。だけど、それは絶対に沖縄じゃなきゃいけないわけじゃないんだよね」
「うん」
「……。俺が一番したいことか…」
聖君は、遠くを見つめた。それからしばらく黙っていた。
私は何も言えなかった。聖君のお母さんがそんなに大変だってことも、知らなかったし、聖君がそれで悩んでいるのも、知らなかった。
聖君の腕をぎゅって掴んで、聖君の腕に思い切り寄り添った。私には何ができるんだろう。聖君のために何ができるんだろう。
困ったり、悩んだりしている聖君のために、何が…。
いつの間にか、元町に出ていた。お店がだいぶ閉まってきていて、にぎやかとは言えないが、それでも、人はまだまだいた。
その中を二人で寄り添って歩いた。
石川町の駅に着いた。
「家まで送っていくね」
そう聖君が言ってくれたけど、
「すごく遠回りになるし、私なら大丈夫だよ」
と断った。聖君はちょっと考えてから、
「やっぱり送ってくよ」
と、言ってくれた。
電車に乗った。聖君はまた、黙り込んだ。
家族思いで、お母さんのことが大好きなんだよね。そんな家族やお母さんをほって、沖縄に行けないんだ、きっと。
こんな時、私は何を言ってあげたらいいのかな。聖君の横顔を見た。聖君はそれに気がつき、私を見るとにこって微笑んだ。
「明日は、クリスマス会だね」
「え?うん」
「楽しみだな」
「そうだね。あ、私、早めに行ってもいい?」
「うん、いいけど」
「キッチンで手伝ったら、邪魔かな」
「そんなことないよ。母さんすげえ、喜ぶ」
「良かった。じゃ、早めに行くから」
「うん、サンキュー」
それから、聖君は、なんてことのない話を始めた。サンタさんをいつまで信じてたかとか、どんなプレゼントをもらったかとか。
話を聞いていると、本当に聖君の家族はあったかくって、聖君がどんなに愛されて育ったかがうかがえた。
だから、聖君も、家族が大事で、悩んでいるんだね。
本当は、私も、聖君には沖縄に行って欲しくない。でも、それは言えなかった。聖君の悩んでる姿を見ていると、そんなわがままだけは、言えずにいた。