第62話 変な夢
れいんどろっぷすについた。
「おかえり。あれ?お友達帰っちゃったの?」
聖君のお父さんが、テーブルを片付けながら聞いてきた。
「うん」
聖君は小さくうなづいた。
「中学の時の友達でしょ?確か、2年の時引っ越しちゃった」
「うん」
聖君はまた、小さくうなづいた。
「クロ、足拭いてやるから待ってて」
聖君は雑巾を持ってきて、クロの足を拭いてあげてから、
「部屋にあがっていいよ」
とクロの背中を優しくなでた。クロは喜んでリビングの方に行った。
「桃子ちゃん、夕飯食べていってね。帰りは車で送るからね」
聖君のお父さんがにっこりと微笑みながら、そう言ってくれた。
「はい、ありがとうございます」
聖君はリビングにあがっていった。私もそのあとに続いた。
「ふう」
聖君はため息をつきながら、ソファに座った。
私も聖君の横に座った。私はなんだか、ぼ~~ってしてしまって、無口になっていた。聖君もどっかを見つめて、ぼ~ってしていた。
桐太が聖君のことを好きなんだろうなっていうのは、感じてたけど、あこがれとか、友達としてなのかと思ってた。
それに、聖君が、男の子からも告白されていたなんて、衝撃だった。そういえば、前に基樹君が言ってたっけ。聖君は男にしか興味がないんだなんて、そんな噂が流れてるって。もしかすると、聖君が男の子から告白されてるのを知った人が、そんな噂を流したのかもしれないな~。
聖君は、なんでそんなにもてちゃうんだろう。聖君をちらって見た。どこか一点を見て、ぼ~~ってしている。そんな顔もかっこよかったりする。絵になるな~。カメラがあったら、撮っちゃうのに。
こんなにかっこよかったら、もてるのは当たり前か。
そういえば、桐太が言ってたっけ。聖君は気を許した人は、すごく大事にするんだって。聖君からそんなふうに、大事に思われたいって、みんな思っちゃうのかな。
聖君は私が聖君を見ているのに気がつき、
「あ、ごめん。今、考え事してて…。何?」
と、謝ってきた。
「ううん。なんでもない。聖君のこと見てただけだから」
私がそう言うと、聖君は私の方へ顔を近づけてきた。
でも、キスをする寸前で顔を止め、
「やめた。ここでこんなことしてて、父さんに見られたら大変だ」
と、私から離れた。それからまた、ちょっと一点を見つめてぼ~ってすると、時計をちらりと見て、
「あ、まだこんな時間なんだ」
とぼそってつぶやいた。
時計を見たら、5時半。
「俺の部屋、行こう」
聖君はソファから立ち上がった。
「桃子ちゃん?」
私はぼけっとしてて、聖君をぼ~~っと眺めていた。
「あ、何?」
「なんだよ。桃子ちゃんもどっか行ってた?考え事?」
「え?ううん。聖君に見惚れてただけ」
「はあ?」
「ごめん。私変だよね」
「うん。でも、俺も変だけど…」
聖君は赤くなりながら、私の手を取って、
「2階、行こう」
と、照れくさそうに笑った。
部屋に行くと、聖君は、
「はあ。なんだか、どっと疲れが…」
と言って、ベッドにドスンと座り込んだ。
「大丈夫?」
そうだよね。受験勉強もあるのに、聖君、最近周りで、いろいろと起きちゃってて、大変だったもんね。
でもそれ、私が原因か…。
「なんか最近、いろいろとあったな~」
聖君は、そう言うと、ベッドの脇においてあったイルカのぬいぐるみを抱き寄せた。ムギュ。聖君はイルカのぬいぐるみを、抱きしめ、または~~ってため息をした。
いいな、イルカのぬいぐるみ…。
じ~~っと見ていると、
「これ?ギュッてしたかった?いいよ、貸してあげる」
と聖君はイルカを渡してくれた。
ち、違う。私が、ギュッてしてもらいたかった。とは言えず、渡されたイルカのぬいぐるみを抱きしめた。すると聖君は、
「じゃ、俺は桃子ちゃんをギュッてしよう」
と言って、後ろから抱きしめてきた。
あ…。ギュッてしてもらっちゃった。嬉しいやら、ドキドキするやら。でも、やっぱりあったかくって、ほっと安心する。
「……」
聖君は黙っていた。黙ったまま、ギュッて私を抱きしめている。
「聖君?」
「俺、桃子ちゃんが男の子でも好きだから」
「お、女の子だから!」
「あははは」
もう、なんでまた、そういうこと言ってからかってくるんだろうな~~。
「聖君って、ほんと、私のこと犬だとか、くまのぬいぐるみだとか、いろんなこと言ってからかってくるよね」
「それだけ、可愛いってことだよ。もし桃子ちゃんが男でも、まじで、可愛いだろうな」
「え?」
なんだ~、それ…。
「それだけ、俺、桃子ちゃんにまいっちゃってるってことだよね」
か~~~~。そんなことを耳元で言われて、真っ赤になってしまった。
「あ、耳真っ赤だ」
聖君にそう言われて、両手で耳を隠すと、
「あはは。面白いよね。なんで隠すの?いつも、ばればれなのにさ」
と、聖君に笑われた。
一階からお父さんの呼ぶ声がして、二人で下りていった。リビングにはもう、夕飯の用意がされていて、杏樹ちゃんもいた。
「桃子ちゃん、来てたの~~?」
杏樹ちゃんは、そう言って私の横に座ってきた。
「お兄ちゃんは、あっち」
と、聖君を押しのけて。
「なんだよ。なんでお前が桃子ちゃんの横に座るんだよ」
「いいじゃん!今までおにいちゃんの部屋にいたんでしょ?じゃ、いいじゃん」
「何がいいんだか…」
聖君はぶつぶつ言いながら、私の前に座った。
「さ、食べようか」
聖君のお父さんは、エプロンを外して聖君の隣に座った。
「あれ?母さんは?」
「今、ホールにいるよ」
「え?パートの人は?」
「今日風邪引いて、休んだ」
「桜さんのお母さんは?」
「キッチンに入ってるよ」
「じゃ、母さん店出ずっぱり?」
「俺が食べ終わったら、交代するよ」
「いいよ。俺がホールに出るから。父さんは桃子ちゃん、送ってあげて」
「あ、そっか。桃子ちゃん送っていかないとね」
「い、いいです。電車で帰ります」
私は慌てて、そう言った。でも、
「いいよ、車で送る。遅くまで引き止めたのはこっちだしね」
と、聖君のお父さんは優しく微笑んだ。
いいのかな。忙しいし、大変なんじゃないのかな。それに、聖君は一緒じゃないんだよね。なんだか、それも緊張しちゃう。
「じゃ、私が桃子ちゃんについていく。帰り、ドライブしよう、お父さん」
「そうか?それもいいな~~」
聖君のお父さんは、嬉しそうに目を細めた。
聖君はすごく急いでご飯を食べ、
「じゃ、桃子ちゃんのことよろしく頼んだよ」
と言って、お店に行ってしまった。
聖君がお店に行くと、聖君のお母さんは、リビングにやってきた。そして、夕飯を食べだした。
お母さんは疲れている様子で、ご飯を一口食べては、ほっとため息をする。
「明日は店、休むか?」
と、聖君のお父さんが言うと、
「そうね~。夜のパートさん出て来れないし、爽太も仕事明日は忙しいんでしょ?」
と、箸を止めて、そう言った。
「ああ。明日は、打ち合わせも入ってるしな~~」
「休んじゃおうかしらね」
「くるみもゆっくりした方がいいよ。聖のやつ、塾休んで、店手伝うとか言いかねないし」
「そうよね~」
聖君のお母さんはまた、ほってため息をついた。
大変そうだな…。
私、こんなふうに夕飯食べて、車で送ってもらってていいのかな。私が来ていることだけでも、みんなに迷惑をかけるんじゃないだろうか。
車の中では、となりに杏樹ちゃんが座っていて、ずっと嬉しそうにしゃべっていた。それを運転しているお父さんが、笑いながら聞いていた。
本当に仲のいい、親子なんだな…。
聖君のお父さんも、すごくかっこいい。もし、こんなお父さんがいたら、自慢だな。
家に着くと、杏樹ちゃんとお父さんが一緒に、家の前まで送ってくれた。チャイムを鳴らして、母が出てくると、杏樹ちゃんを見て、
「あら!杏樹ちゃん?」
と声をあげた。会うのは初めてで、母は喜んでいた。
すると、家の中から、すごい勢いでひまわりが飛んできて、
「杏樹ちゃ~~ん」
と、杏樹ちゃんに抱きついた。
「今度良かったら、杏樹ちゃん、うちに泊まりに来てね」
母に言われて、杏樹ちゃんもひまわりも喜んでいた。
「その時は、聖君も一緒だよね」
と、ひまわりが言ったが、
「聖君は勉強があるからね~」
と、母に言われてしまった。
勉強か…。そうだよね。今、本当に追い込みの時期なんだよね。なのにいっぱい、聖君は今、いろんなことに巻き込まれてる。
申し訳ないな。もとはといえば、果林さんが、聖君に相談したことから、始まったことだもんな。それを私が断ればよかったのにな。
聖君のお父さんと杏樹ちゃんが帰った後、私はお風呂に入った。
今頃、聖君はお店の手伝いを、しているんだろうな。家族思いだし、お母さんのこともほっておけないんだろうな~。
私には何もしてあげることが出来ないんだ。せめて、今度の聖君の誕生日には、早めにお店に行って、手伝おう。
それにしても、やっぱり、桐太のことは衝撃だったな。聖君のことが好きで、なのに聖君に思いも告げられず、そのうえ、背中を向けられ、引越しすることになった。
悲しいな、それって。なんだか、心がひねくれてしまうのも、わかる気がする。
聖君、友達としてならって、桐太を受け入れてたな。桐太、嬉しそうだった。
一回、気を許すと、すごく大事にする…か~。菜摘のことや、葉君のことも、大事に思っているもんな。それから、妹の杏樹ちゃんのことも、すごく大事にしている。
それを言うなら、私もなんだよね…。
今日、ギュッて抱きしめてくれたのを思い出した。いつも、聖君はあったかくって、優しいけど、それだけ、大事に思ってくれてるからなんだよね。
バスタブにつかって、私は聖君のぬくもりを思い返していた。
嬉しいな。聖君の最高の笑顔も、私に向けられていて…。あの笑顔で、私は元気になり、胸がいっぱいになって、満たされる。
でも、私は?聖君のこと、癒していたり、元気を分け与えることができているんだろうか。
お荷物になっていたり、逆に疲れさせたりしていないだろうか。
聖君から、その日はメールが来なかった。疲れて寝ちゃったのかもしれない。私は、ベッドに横になり、聖君の写メを眺めながら、そのまま眠ってしまった。
夢の中で、私は何かを悩んでいた。聖君がやってきて、打ち明けようか打ち明けまいか、すごく悩んでいた。でも、勇気を出して、どきどきしながら、思い切って打ち明けた。
私自身、何を悩んでるのかわからなかった。でも、勝手に口から飛び出してきた言葉は、
「私、男の子なの。ごめん、聖君、黙ってて」
だった。
え~~~?私が一番びっくりしていた。私って、やっぱり男の子だったんだ。だから、こんな体型してるんだ。なんて思っている。
聖君は、ものすごく驚いていた。それから、
「桃子ちゃん、男の子なの?桃子ちゃんじゃないの?」
と聞いてきた。
「桃男なの」
と、勝手に私が言ってる。何、その名前~~!!!
「桃男君?」
聖君は、まだ驚いている。でも、頭をボリッて掻くと、私の両肩を掴み、
「桃男君。俺、男でも大好きだよ」
と言って、キスをしてきた。そして押し倒され、
「男の子だから、こんなに胸がぺったんこだったんだね」
と聖君が言った。
「ぺったんこでごめんね」
私が謝っている。
「いいよ。それでも可愛いよ」
わ~~~~!!!なんなんだ、この夢は!!!!
パチ!目が覚めた。時計を見たら、まだ、5時だった。
「へ、へんな夢見た」
心臓がばくばくした。胸に手をやると、ちゃんと膨らみがあり、
「あ、良かった」
と、思わずほっとしてしまった。そして、またすぐにぐうすか、私は寝てしまった。