表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/123

第6話 バレンタインデー

 江ノ島の駅に着いた。曇っていて、北風もある。江ノ島は海が近いからか、さらに寒く感じる。

 改札口に行くと、聖君が待っていた。

「桃子ちゃん!」

 聖君の笑顔は、今日も最高だ。


 二人で冷たい風の中を、寒いねって言いながら歩いた。聖君は江ノ島の駅周辺では、手をつながない。知ってる人に会うと、恥ずかしいからみたいだ。

 れいんどろっぷすに着いた。ドアを開けると、コーヒーと、スコーンの焼ける匂いが漂っていた。

「桃子ちゃん、いらっしゃい」

 笑顔で出迎えてくれたのは、聖君のお父さんだった。それから、キッチンからお母さんも顔を出し、

「桃子ちゃん、寒かったでしょう!あったまって!」

と、すぐに私の方へとやってきて、カウンターの椅子を座りやすいように、動かしてくれた。

「ありがとうございます」


 私が座ろうとすると、

「これから、店混むんじゃない?俺ら、俺の部屋に行ってるよ」

と、聖君は言うと、

「あがって、桃子ちゃん」

と、私を家の中に案内してくれた。


 わあ。お店には来たことあったけど、家の中は初めてだ。それも、聖君の部屋だなんて!一気に緊張してきた。

「お、お邪魔します」

 リビングに上がり、それから聖君に続き、2階に上がった。そして、聖君が入っていった部屋に、私も入った。


 聖君の部屋は、意外と物が少なくて、生理整頓されていた。机やベッドは濃いブラウンで、黒の本棚がでんと置いてあるくらいで、他は何もない。床は、ベッドカバーと同じ色の、モスグリーンの絨毯がしいてある。

「その辺に座ってて。なんか飲みもん持って来るよ」

「いいよ、そんな…」

と言いかけた時にはもう、タタタって、階段を軽やかに下りていく音が聞こえていた。


 聖君がいない間に、私は部屋を見回してみた。息をすうって吸うと、聖君の匂いがしてドキドキした。机の上には、写真たてがあり、イルカの写真が飾ってあった。壁にも、イルカや鯨の写真が貼ってある。それから、本棚にはいくつかの海のDVD。それにマンガ、雑誌、海の本、そして参考書。

 びっくりしたのは、ベッドカバーのちょっとずれたところからのぞいている、大き目のイルカのぬいぐるみ。いや、これはもしかすると、抱き枕かもしれない。

 わ~~。もしかして、これを抱きながらいつも寝てるの?


「く~~ん」

と、可愛い鳴き声とともに、クロが部屋に入ってきた。

「クロ。あれ?今までどこにいたの?」

 そのあと、聖君もトントンと階段をあがってきた。

「あ、クロ。お前ちゃんと、足拭いてもらった?」

「散歩行ってたの?」

「うん。杏樹が連れてってた」

「こんなに寒いのに?」

「杏樹にも、クロにも関係ないみたい」

「そっか」

 さすが、若さかな。


 クロはまだ、子犬だ。目がまん丸で、ちょっと潤んでいる。この目が私に似ているらしい。ってことは、私の目は潤んでいるのかな…。

「はい。桃子ちゃんはこっちの、ピンクのマグカップね。カフェオレなんだ。熱いから気をつけて」

と、聖君がマグカップを渡してくれた。

「ありがとう」

と、それを手にして、そのままどうしたらいいものかって、立ちすくんでいると、

「あ、ベッドに座っていいよ」

と言われた。聖君は、自分の机の椅子に腰掛けた。


 私はちょこんとベッドに座ると、少しだけカフェオレを飲んだ。お砂糖が入ってて、甘くて美味しかった。

 それから、ちらりとイルカのぬいぐるみの方を見ると、それに気がついた聖君はすくっと立って、

「これ、可愛いでしょ?母さんからの誕生日プレゼントだったんだ。俺が、12歳の時のかな?」

と言って、イルカのぬいぐるみを持ち上げた。

「まだとってあるの?」

「うん。これけっこう、抱き枕にいいんだよね」

と言って、イルカを抱きしめていた。

「ね?」

と、笑いながら。


 か、可愛いな~~。そんなところもあるんだ。あ、駄目だ。きっと、顔がにやけている。ただでさえ、聖君の部屋に来ちゃって、ドキドキしているのに…。私は思わず、下を向いた。

「クロ、駄目!これはお前のおもちゃじゃないの」

 いきなり、聖君はクロに怒り出した。顔を上げて見てみると、クロがイルカに噛みつこうとしていた。

「こいつ、杏樹が大事にしてたぬいぐるみも、噛んでぼろぼろにしちゃったんだよね。ゴマアザラシの赤ちゃんの、可愛いぬいぐるみだったんだ」

「そうなの?」

「だからまた、水族館に行って、新しいのを買ってやった」


「聖君があげたぬいぐるみだったの?」

「ううん。母さんからの誕生日プレゼントだよ。母さんはしかたないわよって言ってたけど、あんまりにもしょぼくれてたから、買ってきたんだ」

「そうなんだ」

 やっぱり、優しい。聖君…。


「いいな」

「え?ゴマアザラシのぬいぐるみ、欲しい?」

「そ、そうじゃなくって、私もお兄ちゃん欲しかったなって。聖君みたいに優くて、かっこいいお兄ちゃんがいたら、自慢だろうな」

「…。俺、優しくて、かっこいいの?」

 聖君は少し照れながら、私の横に座って、そう聞いてきた。


「うん」

 私がうなづくと、

「そうなんだ。じゃ、その優しくてかっこいいやつが、桃子ちゃんの彼氏なんだ。わ、羨ましい~~」

と聖君は、わざと、声色を変えた。

「え?」

 そ、そっか。ああ、そうだよね。


「俺は、桃子ちゃんみたいな妹がいたらいいのになんて、思わないよ」

「そうだよね、杏樹ちゃん可愛いし」

「そうじゃなくて。桃子ちゃんが妹よりも、彼女でいてくれたほうが嬉しいから」

「え?」

 にこ!また、聖君は思い切り可愛く笑う。それもまだ、イルカのぬいぐるみを抱きしめたまま。

 私はきっと、一気に顔を赤くしたと思う。顔が思い切りほてっていた。それを見ると、聖君は笑って、それからクロの頭をなでて、

「ほら、クロ。お前桃子ちゃんに似てるだろ?自分でもそう思わない?」

と聞いていた。クロは嬉しそうに、しっぽを振った。


「クロ~~。おいで~~。おやつあげるよ!」

 下から杏樹ちゃんの声がした。クロはしっぽを振って一階に行ってしまった。

「邪魔者は消えたね」

と聖君は言うと、ドアを閉めた。

 じゃ、邪魔者?クロが…?

「さてと…。桃子ちゃん」

「え?」

 ドキ…。

「何か、海のDVDでも観ない?」

「う、うん」

 なんだ~。すんごい緊張しちゃった。


 パソコンを起動させ、聖君は海のDVDを入れた。そして、しばらくして、奇麗な海の画面が映し出された。

「わ、奇麗~~」

 私がそう言うと、

「でしょ?」

と言いながら、カフェオレを飲んで、またそれを机の上に置き、聖君は私の横に座った。


 すぐ横に座ってきて、私は思い切り意識していまい、DVDの映像も目に入らないくらいだった。でも、聖君は、映像を観ながら、説明をしてくれる。

「この辺、最高に奇麗なんだ。いつか絶対に、潜りに行きたい」

 聖君の顔をちらっと見た。目がきらきらと輝いていた。すぐ横だから、顔を見ると、目の前に顔があるんだけど、しばらくその目の輝きに、私は見惚れてしまった。


「……ん?」

 聖君がそれに気がつき、

「俺の顔、なんかついてる?」

と聞いてきた。

「ううん。ごめん、目を輝かせてたから、思わず…」

「見惚れちゃった?とか?」

「うん」

 私はまた、真っ赤になっていたと思う。


「あはは!桃子ちゃん、正直すぎる」

 聖君は笑った。それから、私の頬にいきなり、キスをしてきた。

「え?!」

 思い切り、驚くと、

「桃子ちゃん、いつも驚きすぎ」

とまた、笑われた。

「だ、だって、いつもいきなりだから」

「そ?じゃ、ちゃんとこうやった方がいい?」


 聖君は、私の頬にそっと両手を当てた。それから、じっと私の目を見つめてきた。

「だ…、駄目だ。心臓がバクバクで、こらえ切れない」

 私は、聖君の手を押しのけて、そのまま逆の方を向いた。

「ね?こんなことしたら、桃子ちゃん、ぜ~~ったいにキスする前に逃げちゃうだろうなって思って」

「……」

 それで、いつもいきなりだったり、強引なの?


「…。俺、実はさっきから気になってるんだけど」

「え?何?」

 ドキ!なんだろう。

「その紙袋の中身…」

 聖君がそう言いかけた時、階段を思い切り上がってくる音と、

「お兄ちゃん!女の子が来たよ!」

という、杏樹ちゃんの声がした。そしていきなり、ドンドンとドアをたたいてきた。


 聖君が、ドアを開けると、

「お兄ちゃんと同じ高校みたい。女の子が二人で、チョコ持ってきた。どうする?今、お店にいて、お母さんが話をしてて、あ!桃子ちゃん!こんにちは~~」

 杏樹ちゃんは、そう一気に言うと、私にぺこってお辞儀をした。

「こんにちは」

 私も、お辞儀をした。


「お前、追い返してくれない?俺は出かけてるとか言って」

「もう、お母さんが家にいるって言っちゃった」

「え~~」

 聖君は、嫌そうな顔をして、

「しょうがねえな~~」

と、頭をぼりって掻くと、

「桃子ちゃん、ちょっと待ってて」

と言って、杏樹ちゃんと下に下りていった。


 ドキドキ…。どんな女の子なんだろう。同じ学校の子?聖君のことが好きな子だよね。

 待っている間に、聖君がさっきまで抱きついていた、イルカのぬいぐるみを私も抱きしめてみた。わあ。なんだか、聖君のぬくもりがまだあって、あったかい。


 5分もしないうちに、聖君は2階へあがってきた。

「ごめん、桃子ちゃん」

とそう言うと、ドアを閉め、ため息をついた。


「ど、どうしたの?」

「う~~ん。学校休みだし、今日はチョコもらうこともないだろうと思ってたから、ちょっとね」

「…もらったの?」

「ううん。まさか。断ったよ」

「……。ショック受けてなかった?その女の子」

「……かもね。でも、彼女いるし、受け取れないってはっきり言った。そっちの方が、瞬間ショックでも、あきらめがつくのも早いでしょ?」

 ど、どうかな~~。もし、私だったら、どうかな…。けっこう、いつまでも落ち込んでいたりして。


「…でさ。その…」

「え?」

「今日って、だから」

「あ!」

 そうだった。肝心なチョコ!忘れてた。聖君の部屋に入ってあがってしまって、チョコのことなんてどこかに吹っ飛んでた。

「ごめん、これ、聖君に…。それからこっちは、家族のみんなで食べてもらってください」

 そう言って、二つ箱を渡した。聖君のには、リボンの間にカードがはさまっていて、もう一つはリボンだけのものだ。


「こっちが俺の?」

 聖君が聞いてきた。

「うん」

「わお。カード付き?」

「うん。あ!でも、別に手作りのじゃないし、市販のカードで面白みはないよ」

と慌てて言うと、

「うん、いいよ」

と言いながらも、聖君はかなりにやけていた。


 ああ。そんなににやけるほどのカードじゃないのに。それとも、ちゃんと好きとか、そういうのを書くべきだったのかな。いや、でも、そんなの聖君だって、照れちゃったりして苦手だよね?


 聖君はカードを開くと、しばらく黙っていた。

「……」

 それから、ちょっと裏を見たりして、また黙った。

 あ、あれ?やっぱり、物足りない?


 そして、リボンをほどき、箱をあけた。

「わ!手作り?チョコは手作りなの?あれ?さっき市販のものって言ってたっけ。買ったやつ?」

「ううん。チョコレートは作った」

「そうなんだ。すげ、旨そう。食っていい?」

「うん」

 聖君は一つつまんで、ぱくって口に入れて、

「うん。旨い!」

と、目を細めた。あ、またこの可愛い顔だ。


「中、柔らかいね。すご~~い、こんなの作れるんだ」

「そんな…。簡単に出来るのなんだよ」

 私は、顔を横に振りながらそう言った。

「サンキュー」

 聖君は、にっこりと微笑んでから、大事そうに箱の蓋を閉じた。

「これ、もったいないから、1日一個ずつ食ってくね」

「うん。あ、でも、生クリーム使ってるから、冷蔵庫に入れてね」

「うん、わかった」


 聖君は大事そうに、その箱を膝に乗せると、また、カードに目をやった。

「いつもありがとう」

 と、声に出して読むと、

「こちらこそ」

と、こっちを向いて、にこって笑った。

 わあ。その笑顔も可愛い。


 しばらく、聖君はこっちを見たままだった。あ、もしかしてまた、いきなりキスとかしてくるのかな。ちょっと、身構えていると、

「本チョコって今まで、あげたことある?」

と聞いてきた。

「…初めて」

「え?そうなの?」

「うん」

 何せ、去年はあげられなかったし…。

「そっか~~」

 聖君は、またにやけていた。


「やっぱ、俺って幸せ者だと思わない?」

 聖君が、にやけたまま聞いてきた。

「え?」

「思わない?」

 もう一回聞いてきた。

「ど、どうかな?でも、私は幸せ者だと思う」

「なんで?」

「だって、聖君にチョコ受け取ってもらえたし、食べてもらえたし、喜んでもらえたし」

「…。そりゃ、彼女なんだもん。当然じゃん」


「そ、そっか。そうだよね。あ、でもね、やっぱり、聖君みたいな彼氏がいるってことがもう、幸せ者」

「あはは!そう?やっとこその辺、自覚してきた?」

 聖君は、大声で笑った。

「え?自覚?」

「そう、桃子ちゃん、なかなか俺の彼女なんだって、自覚してくれないんだもん」

「あ…」

 私はまた、真っ赤になったかもしれない。


「でね、こんな可愛い彼女がいるから、俺も幸せもんなの」

と、聖君は笑って言うと、いきなりキスをしてきた。

「!」

 また、びっくりして、固まってしまうと、すかさずまた、キスをしてきた。それから、

「あはは、真っ赤だ」

と、聖君は、また大笑いをした。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ