第59話 親友
翌朝、寝坊しそうになった。母が、
「いつまで寝てるの!」
と起こしにきてくれて助かった。
2時過ぎまで結局寝れず、眠っても夢の中で聖君の腕に抱かれていた。起きるのがもったいなくって、きっと寝坊しちゃったんだ。目覚ましを止めたのも覚えていない。
朝ごはんを食べる時間もなく、牛乳だけを飲み、家を飛び出した。小走りに駅まで行くと、改札口の前で、菜摘が待っていた。
「風邪、治ったの?」
菜摘は、大きなマスクをしていた。あ、完治したわけじゃないんだな。
「熱は下がった。それより、蘭が電話をくれたの!昨日桐太が、学校まで来たんだって?」
「え?うん」
「学校まで来るなんて、何考えてるの!そのうえ、桃子にキスしたって」
「うん…」
「桃子、ぐーで殴ったってほんと?」
「うん」
「歯、折れたって」
「うん」
「…私がいたら、あと2~3本はへし折ってやったのに!」
さすが、兄妹。聖君と似たような発想だ。
「それで、兄貴がものすごい怒って、桃子に会いに来たの?」
「怒ってないよ」
「でも、蘭がすごい怒りだったって。桐太の家まで乗り込むかと思ったけど、桃子の方に行っただけみたいって言ってた。桃子に怒りをぶつけに行っちゃったんじゃないの?」
「うん。逆に謝ってた。ごめんねって」
「え?なんで?」
「怖い思いしただろうって。もっと俺が脅かしておけばよかったって」
「そうなんだ」
菜摘はようやく落ち着いて、歩き出した。
「私がその場にいたら、守れたのにな」
「ありがとう」
「蘭は偶然通りかかったんだってね」
「うん、はじめは蘭の友達が、助けてくれたの」
「桐太、追いかけてきて、腕掴んで離さなかったんだって?」
「うん」
「なんかいろいろと蘭が言ってたんだけど、いまいちわからなかったんだ。聖君のことが好きで、嫉妬してたとかなんとか」
「うん。それに中学の時、聖君が途中から冷たくなって、傷ついちゃったみたいで」
「それって、ゲイ?」
「違うよ。なんていうか、あこがれっていうか、そんなのだと思う。男として、尊敬できるっていうか。お兄さんのことも自慢だったって。聖君の友達になれたことも、自慢だったみたい」
「そっか。あこがれか。そのあこがれの人に彼女が出来て、ショック受けたってこと?」
「ショックって言うより、私みたいなのは認めないって、そう思ったみたい」
「はあ?」
「だから、聖君と別れさせようとしたんじゃないかな」
「何よ!それ!むかつく!」
菜摘が怒った。怒鳴ったあとに、思い切り咳き込んだ。
「だ、大丈夫?風邪まだ治ってなかったんでしょ?」
「そうだけど、また桐太のやつが、桃子のところにやってくるかもと思ったら、家でうかうか寝てられないじゃん」
「…。菜摘も、蘭もありがとうね。なんか、すごく嬉しい」
「何言ってるの!当たり前でしょ?桃子は大事な親友なんだから」
大事な親友。嬉しいな…。
「兄貴は、桃子に謝りに行ったの?」
「うん」
「それで?」
「え?」
「桃子、落ち着いた?」
「うん」
「そっか。良かった」
ドキドキ。桐太のことよりも、聖君とのことを菜摘にばれないかって、ドキドキした。絶対に聖君は、菜摘には知られたくないって思ってるよね。
「ゴホ・・・。ああ、私が風邪を引いてなければ」
「そんな。私がくっついていったのが悪いんだもん」
「う~~ん。でも、何が悪いってやっぱり桐太のやつが1番悪い」
「…。だけどもう、歯も折っちゃったんだし、私もさっさと忘れたいな、もう」
「そうだよね。むし返してごめんね」
「ううん」
菜摘はそう言うと、まったく関係のないことを話し出した。クリスマスプレゼントの話とか、クリスマス会がまた、楽しみだねとか。
「あ、そうだ。昨日、蘭に言われたの。蘭は彼氏と旅行に行くって言ってたけど、あんたたち、彼氏を待たせるのもいい加減にしないと、誰かに取られちゃうよって」
「え?」
「桃子にも言っといたって言ってた。そんな話をされたことあるの?」
「うん」
ドキドキ。なるべくそういう話も、今、したくないな。
「クリスマスは絶好のチャンスだって。二人きりになって、クリスマスプレゼントだって言って、自分をリボンでくるんで、あげちゃえば?葉君、喜ぶよ、なんて言われたよ。でも、そんなの絶対に無理だよね!」
「え?うん」
「桃子の場合なんて、聖君の誕生日もあるし、絶好のチャンス到来!って言ってたけどさ~~」
「蘭が?」
「うん」
「……」
でも、もうあげちゃった…。
「桃子は絶対に無理だって、言っておいたよ」
「え?」
「蘭が、しつこく言ってこないように、釘さしておいたから」
「あ、ありがと…」
学校に着いた。校門に蘭がいて、
「桃子、大丈夫?」
と駆け寄ってきた。
「うん、ありがとう」
「で、聖君は、桐太のところに行ったの?」
「行ってないと思う」
「それ、私も聞きたくって昨日、兄貴のところに電話もしたし、メールもしたのに、しかとされたよ」
菜摘が言った。
「え?」
「電話もかけてこないし、メールもないんだよ?どうしちゃったの?」
「昨日の夜、もしかして、桐太ともめたとかだったり?」
蘭がそんなことを言った。
「何時ごろ電話したの?」
私が菜摘に聞くと、
「11時ころだったかな」
と菜摘は答えた。
「あ、聖君、きっとお風呂に入ってた」
「え?なんで知ってるの?」
「11時まで、メールでやりとりしてて、風呂入ってくるねってメールが来て、メールが途切れたから」
「なんだ~~。桃子とメールか~~。それで、私にはくれなかったんだ。電話するまで、何度かメールしたんだもん。私」
「そうだったの?」
なんで返信しなかったのかな。それどころじゃなかったのかな。あ、そういえば、桃子ちゃんのことばかり考えてるとかなんとか、そんなメールがきたっけ。それで?
「もし、桐太のやつがまた来たら、私と菜摘でやっつけてあげるからね!」
蘭が鼻を膨らませて言った。
「そうそう。兄貴だって、江ノ島だし、すぐには飛んでこられないしね」
菜摘もマスクをしたまま、鼻を膨らませていたと思う。
「ありがとう」
だけど、もう桐太は来ないんじゃないかなって思う。もし行くとしたら、直接聖君のところに行くんじゃないかな。
それにしても、聖君は、桐太のことをどう思ってるんだろうか。もしかして、昨日のことで、すっかり忘れちゃってるんじゃないだろうか。なにせ、桐太のきの字もメールには入っていなかったし。
っていう私も、すっかり忘れてたけど。なんか今はもう、どうでもよくなってるし。だけど、歯だけは、申し訳ないことをしたかな~~とも思ったりするけど。
明日、聖君に定期入れを届けに行く。また、聖君にすぐ会えると思うと、すごく嬉しい。
そんなことを考えたり、昨日のことを思い出したりで、一日私は、ぼ~~っとしてて、花ちゃんの話も、ヒガちゃんの話も聞いていなくって、二人とも、
「今日は特にひどいね」
と言ってきた。
「え?」
なんのこと?
「時々、ぼ~~って意識が飛んでいって、どっか行ってることあるけど、今日はほとんどどっか行っちゃってるね」
「ご、ごめん!」
「どうせ、聖君のことでしょ?」
「うん」
「あ~~あ。ほんとラブラブだよね~~」
花ちゃんにそう言われた。
「果林さん、どうした?昨日、桐太、果林さんのところに行ったり、電話したりとかなかったみたい?」
「うん。お姉ちゃんなら、すっかりご機嫌で、新しい恋をするのを楽しみにしてるよ」
「そ、そうなんだ。良かった」
「聖君みたいな人がいいなってしきりに言ってた」
「え?」
「桃子ちゃんが羨ましいって言ってたよ」
「そ、そう?」
そっか。果林さん、そんなこと言ってたんだ。
その日は、菜摘と蘭が一緒に帰ってくれた。菜摘は風邪引きだし、駅まででいいよと蘭が言って、蘭が私の家まで送ってくれた。
こんな時、思うんだよね。蘭って男らしい。男だったら絶対にもてるだろうな。あ、女でももててるけど。
「蘭、今度、彼氏と旅行に行くんだよね?」
「うん」
「そう。それで、その」
「何?」
「もう、その彼氏とは、その…」
「うん。もう、経験ありだよ、私」
「え?」
「夏にね、彼の部屋で。ご両親共働きで、昼間いないから」
「……」
そ、そっか。夏に…。
「それで、そのあと、何か変化あった?」
「変化?二人の間にってこと?」
「それもあるけど、蘭自身に」
「う~~ん。そうだな。そういえば、女らしくなったんじゃない?って、クラスの仲いい子から言われたかな」
「そ、そうなんだ」
「あと、女性ホルモンが出るのかな?肌が綺麗になったり、胸も大きくなったよ」
「ええ?!胸が?!」
「あ。桃子も大きくなるかもよ~~~。だから、もったいつけてないで、さっさと聖君としちゃえばいいのに」
私は顔が、かっと熱くなった。
「うわ!そこまで、真っ赤にならなくても。やっぱ、菜摘が言うように、桃子には無理か」
「……」
私は黙っていた。相当真っ赤になったみたいだ。
「それで、二人の間も、変化があったの?」
気になり、思い切って聞いてみた。
「そりゃあね。私あまり、男の人に甘えたことないけど、なんだか、甘えん坊になったみたいで、彼にもそう言われた。でも、甘えられるのは嬉しいって言ってたけど」
「そ、そうなんだ」
甘えん坊に…か。私なんて今までも相当甘えてたから、これ以上はないよね。
「それに、二人っきりでいる時には、べったべたにくっついて、いちゃついてるよ」
「ええ?!」
「なんか自分がそんなことしてるの、信じられないけどね。基樹の時も、仲良かった時には、べたついてたけど、そういうのとはまた違って、なんていうのかな。もっと、べたべた」
もっとべたべた~~?
そ、それも考えられない。聖君とベタベタ?
「聖君は硬派だし、なんか想像できないね。桃子にベタベタだったり、甘えてるところ」
「え?じゃあ、蘭の彼は、蘭に甘えてくるの?」
「うん。私も甘えるけど、彼の方もだよ。年上だけど、甘えてくるのは可愛いよ。赤ちゃん言葉になる時だって、あるし」
「え~~~!?」
あ、赤ちゃん言葉~~?
「聖君だと、ほんと、考えられないよね。でも、わからないよね。意外と他の人にはそっけなくって、クールな人に限って、彼女の前では、べったべたに甘えてきたりとかね~~~。私の彼だって、外面いいっていうか、かっこつけてるもん。付き合いだした当時と今じゃ、まったく変わっちゃった」
「そうなんだ」
そうか。でも、聖君はすでにけっこう、可愛い。赤ちゃん言葉までは使わないにしても、メールなんて可愛いメールがいっぱいくるし。
ベタベタになっちゃうって、そこはわかんない。ベタベタってどういうのかな。いちゃつくってどういうの?
私と聖君も、変わってくるのかな。
あ。それよりも、胸、大きくなってくれるかな。そこはちょっと期待したりして…。
家に着くと、蘭は、
「じゃあね。また月曜ね」
と手を振り、帰ろうとして、
「あ、明日あさっては、一人で行動しないようにね。誰かとくっついて、行動するんだよ」
とそう言って、颯爽と帰っていった。
蘭も、菜摘も変わらない。やっぱり二人とも大好きだな…。
聖君から、夜電話があった。
「菜摘、すごい風邪引いてるのに、学校行った?」
「うん、来てた」
「ったく、あいつは…」
風邪引いてたの、知ってたんだ。
「昨日の夜、電話もメールも聖君から来なかったって言ってたけど」
「昨日はいろいろあって、返信できなくてごめんって、さっきメールしたよ」
「菜摘からメール来た?」
「うん。いろいろって、桐太のことでしょって。今日学校行って、桃子のことは蘭と守ったなんて書いてあったから、学校行ったのかよって思ってさ」
「そんなにひどい風邪だったの?」
「熱も出てたみたい。熱は引いてた?」
「うん。下がったって言ってた」
「そうか~~。まったく、無茶するんだから、あいつは。ぶり返さないといいけど」
「ごめん」
「え?なんで桃子ちゃんが謝るの?」
「だって、私のために、出てきたんだもん。きっと」
「それはあいつが勝手にしたことだから、桃子ちゃんのせいじゃないよ」
「うん」
……。なんか、もう本当に兄妹なんだな。あいつとか言ってるし。
「桐太、学校来てないよね?」
「うん」
「そうか。こっちにもまったく連絡も何もないし、このまま、引き下がるつもりかな」
「ぼこぼこにするのはやめたの?」
「ああ。うん…。ちょっとその気が失せたから」
「え?」
「っていうか、昨日なんてすっかり忘れてたし。俺、それどころじゃなかったし」
「そうなの?」
「桃子ちゃん、そうなの?はないでしょ。桃子ちゃんのことで頭いっぱいだったの、知ってるじゃん」
……やっぱり。
「じゃ、もう桐太君のことは怒ってない?」
「……。うん、あ、ごめん。俺がちゃんとあいつのこと、ぶちのめさないと、桃子ちゃんの気が晴れないよね?」
「ううん。私ももう、なんともないし、桐太君のことは忘れるくらいになっちゃってるし」
「ほんと?」
「うん。だって、私も聖君のことで、頭がいっぱい」
「そっか…」
「明日、定期いれ持って行くね」
「うん」
「…じゃあ、おやすみなさい」
「あれ?もう切っちゃうの?」
「だって、勉強の邪魔しちゃうから」
「…勉強か…。手につくかな」
「……」
私が黙ると、聖君は何かを察したように、
「あ、ごめん。桃子ちゃんのせいじゃないから。うん。今日はちょっと、頑張ってみるよ」
って言った。
「うん。頑張ってね」
「うん。じゃ、おやすみ」
聖君は電話を切った。
良かった。桐太のこと、ぼこぼこにするの、やめてくれて。でも、桐太は良かったのかな。ちゃんと聖君と話をしなくって。
私はまだ、11時にもなってないのに、布団にもぐりこんだ。昨日、あまり寝ていないからか、もう眠たくなっていた。
明日は、聖君に会える。それが嬉しい。
12月半ば、これから聖君の誕生日もやってくる。いろんなイベントもあるし、嬉しいな。
来年のことを考えると、胸がぎゅって痛むけど、そのことはあまり考えないようにして、目の前のことだけを、考えるようにした。
今は、本当にそばにいてくれる聖君。今は、聖君がそばにいてくれることを、いっぱい味わおう。幸せを思い切り、噛みしめよう。
また、聖君の夢が見れたらいいな…。