表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/123

第58話 余韻

「聖君、おなか空かない?」

「俺?うん、あまり」

「私も…。なんだか胸がいっぱいで」

 洋服を着ながらそんな会話をして、一階に二人で下りた。


「桃子ちゃん、水だけもらってもいい?」

 聖君はそう言い、水をコップに注ぐと、ゴクゴクっと飲み干した。

「俺、もう帰るね」

「夕飯、本当にいいの?何か作ろうか?」

「いいよ。まじでおなか空いてないから」

 そう言って、聖君は玄関に向かった。


「じゃね、桃子ちゃん」

 聖君は靴を履くと、私にキスをしてきた。それも、かなり濃厚な…。私は、聖君の腕にしがみついた。でないと、そのままヘナヘナと座り込みそうになったからだ。

 駄目だ。きっと今、目がとろんとしてる…。恥ずかしくて思わず、聖君に見られないように、目をふせた。


「おやすみ」

 聖君は今度はそっと、私の髪にキスをして、玄関のドアを開けた。

「気をつけてね」

と、私は聖君を見送った。

 バタン…。優しい笑顔を向けてから、聖君はドアを閉めた。そのドアに思わず、張り付いてしまった。


「は~~~~~~~~」

 ため息が出た。胸がまだきゅんってしている。

 リビングに行き、時計を見ると、8時になっていた。私は慌てて着替えを持ってきて、お風呂に入った。

 本当はこのまま、聖君のぬくもりを体中に残しておきたかった。だけど、母が私から聖君の匂いを感じたりしないかって、心配になり、それで慌ててお風呂に入った。


 体を洗っていると、また、聖君のぬくもりを思い出し、

「は~~~~~」

とため息が出る。さっきまで、抱きしめられてたんだ。なんだか、信じられないよ。

 バスタブに入り、自分の胸を見た。あ~~。ちっちゃい。やっぱり膨らんだとはいえ、まだ貧弱だ。これ見てがっかりしなかったかな。


 ぼけ…。また、私は聖君のぬくもりや、優しいキスを思い出していた。それから、聖君の熱い目。聖君の手。髪。声。息。

「は~~~~」

 駄目だ。のぼせそうだ。


 お風呂から上がり、体を拭きながらふと、鏡に映った自分を見た。私、昨日と変わってないよね?周りの人が、もう私が聖君のものになっちゃったってこと、気づいたりしないよね。

 そう思うと、これから母に会うのも、ひまわりに会うのもドキドキした。


 それにしても、私って幼児体型だ。胸も小さけりゃ、ウエストのくびれもない。

 あ~~。やっぱり、がっかりしなかったかな。今度聞いてみようかな…。また、思い切り笑われるかな…。


 髪を乾かして、ダイニングに行き、水を飲んだ。私もおなかがまったく空いていなくって、そのまま2階に上がった。

 机の上に置いてあった携帯が光っている。あ、着信?もしかして聖君?

 携帯を見てみると、一件メールが入っていた。蘭だった。

>桃子、大丈夫?聖君は桃子に会いに来たの?それとも、桐太の方に行ったの?


 そうか。蘭、心配していたんだな。

>うちに来たよ。多分、桐太のところには行ってないと思う。

 そう送り返すと、すぐに返事が来た。

>聖君、怒ってなかった?

>うん。怒ってない。大丈夫だよ。


「メールだよ」

 いきなり、聖君の声がして、びっくりした。聖君からのメールだ。

>今、家についたよ。で、どうやら忘れ物をしたみたいで。定期いれ、どっかに落ちてない?

 え?!定期いれ?

 慌てて、ベッドの上や下を見た。ない…。床をくまなく探してみた。あ!これ?!黒の皮の定期いれ。ああ、そっか。この辺で、聖君、洋服脱いでた。


>あったよ。黒のでしょ?

>良かった。ごめん、今度会う時でいいから、持ってきてくれる?

>週末にでも、お店に届けるね。

>いいよ。悪いから。

>でも早めの方がいいでしょ?聖君にも会いたいし、届けるね。


 ちょっと返事がなかった。あれ?どうして?

>じゃあ、待ってるね。3時半ごろなら、塾終わって江ノ島にいる。改札口で待ってるよ。

>うん。3時半に行くね。


 しばらくまた、メールが来なくなった。

 ぼけ…。私は聖君の定期入れを、眺めていた。江ノ島の駅から、聖君の高校までの定期。

「あれ?」

 定期の下に、写真が入ってるみたいだ。定期を取り出してみた。

「わ!」

 私のあの、間抜け面して笑ってる写真だ!は、恥ずかしい~~。なんでこんなの入れてるの~~!!!


>聖君、こんな間抜け面した写真を、入れておかないで~~!

 思わずそう書いて、メールを送った。するとすぐに、

>あ、写真入れてたの、ばれた?そのまま入れといてね。出しちゃ駄目だよ。それ、気に入ってるから。

と返ってきた。ど、どこが?この間抜け面のどこが???


 取り出してしまおうかとも思ったけど、そういえば、何枚でもプリントアウト出来るんだよなってことに気がついた。私が今ここで、取っちゃっても、また、プリントアウトして、持ち歩くこと出来るんだ。


 そして、はたと気がついた。聖君が私の写真をいつも、持ち歩いててくれてることに。

 きゃ~~。嬉しいやら、恥ずかしいやら。もしかして、どっかでたまに定期を取り出し、この写真を見たりすることがあるんだろうか。

 実は私の定期入れにも、聖君の写真は入っている。携帯の待ちうけも、パソコンのトップ画面も聖君だ。


 間抜け面だってのは、ちょっと考え物だけど、でも、写真を入れてくれてて、嬉しい。

 定期をもとに戻して、写真を隠した。いつもは、写真がばれないよう、定期で隠しているのかな。なんか、可愛いような、そんな聖君のことも知れて、嬉しくなった。


 10時過ぎ、玄関の開く音と、

「ただいま~~」

という、元気なひまわりの声が聞こえた。ドタバタと、階段を駆け上がってくる音も。

「お姉ちゃん!」

と言う声とともに、ドアを開いてひまわりが部屋に入ってきた。


「なんで来なかったの?お寿司の特上食べたのに」

「そうだったの?でも、なんでいきなりおばあちゃんちに行ってたの?」

「やっぱり忘れてた」

「え?」

「今日、おばあちゃんとおじいちゃんの、結婚記念日」

「あ!」


 そうだった。なぜか、我が家は父と母の結婚記念日には何もしないのに、おじいちゃんとおばあちゃんの結婚記念日には、お祝いをしにいくんだった。

「なんだ。だったらそう言ってくれたら良かったのに」

 ひまわりの後ろから入ってきた母に、そう言うと、

「私も忘れてたのよ。おじいちゃんから電話があって、うちでご飯食べないかって言われて、行ってみてから思い出したの。だから、今年は何もお祝いを持っていけなかったのよ。悪いことしたわ」

と、母が答えた。


「でも、おばあちゃん、喜んでたね。おじいちゃんが覚えてるのが嬉しいみたい」

 おばあちゃんと、おじいちゃんは、仲がいいもんな~~。

「桃子、何か食べたの?キッチン綺麗なままだったけど」

「あまりおなか空いてないから、食べてない」

「ええ?何か食べなさいよ。おばあちゃんがおかずを持たせてくれたから、ご飯もあるし、食べなさい」

「うん、わかった」


 私は一階に下り、ダイニングに一人で座り、食べだした。ひまわりはお風呂に入りに行き、母は奥の部屋へと入っていった。

 良かった。私がどこか変わったこと、ばれなかったよね?いつもの私と同じように、接することが出来たよね。

 実はドキドキしてた。だけど、ひまわりも、母も、まったく変わらない様子だったし、大丈夫だったみたいだ。


 ご飯を食べ終わり、歯を磨き、さっさと私は2階へ上がった。すると、また、メールが来ていた。

>桃子ちゃん、もう寝た?

 聖君だ。

>まだ寝てないよ。今さっき、お母さんとひまわりが帰ってきた。

>そうなんだ。ご飯は食べた?

>うん。今食べた。聖君は?

>俺も、店で軽く食べたよ。


 そっか。良かった。

>そろそろ寝るよね?

>うん。もう寝る。

>おやすみ。

>おやすみなさい。


 なんだか、ちょこっと寂しい。いつもよりも簡単なメールだ。ああ。私は贅沢になってるのかな。もっと、メールのやり取りもしたいし、あれこれ書いてきて欲しいし…。なんて思っているとまた、メールが来た。

>桃子ちゃん、愛してるよ。


 ええ?!!!あ、愛してる~~?!!!!

 うわ~~~~~~~。て、照れる~~~。ど、どう返信したらいいの?

>私も。

 それだけ書いて送った。バクバク。心臓がまだ、高鳴ってる。あ、もしかして私も愛してるって送ればよかった?でも、書けない!恥ずかしくて書けないよ。


 5分くらい、ベッドに横たわり、じたばたした。嬉しいけど、恥ずかしい。それから、バタっとそのまま、ベッドにうつ伏せた。すると、シーツから聖君の匂いが微かにした。

 きゃ~~。聖君の匂いだ。まだ、聖君に包まれてるみたいだ。思わず、ベッドにしがみついた。

「は~~~~~」

 また、ため息が出た。聖君、優しかったな…。


「メールだよ」

 また、聖君からメールが来た。私は飛び起きて、携帯を開いた。

>やばい。桃子ちゃんのことが、頭から離れない!(><)

っていうメールだった。ええ?聖君も?

>私も。今、ベッドに横になったら、シーツから微かに聖君の匂いがして、ベッドにしがみついてたところなの。

>え?俺の匂い?臭い?汗の匂いかな?

>違う。髪かな。なんだろう?何かつけてる?香水。

>つけてないよ。そんなもん。

 だよね…。


>桃子ちゃん、可愛かった。

 え?!

>聖君、突然、それだけのメール送ってこないで。びっくりする!

>だって、まじで可愛かったし。色っぽかったし。綺麗だったし。やべえ。寝れそうにない。

 うそ。

>やべ~~。帰りの電車でも、何度もにやけそうになるのをこらえてたし、店でも、にやけそうになるのをこらえて、食べてたんだ。でも、母さん勘がいいから、俺がにやついてたの、わかったかも。


>さっきのメールがあっさりとしていたから、聖君、全然普段と変わらないのかと思った。

>まさか!にやけすぎて、メールがうてなかっただけ。

 そ、そうなんだ。

>やばいよ、俺。ずっと回想してて。

 回想?か、回想?もしかして、思い返してるの?

>それでにやけてるって、かなりやばいよね?

 うん。でも…。


>私も思い返して、ため息ついてるよ。

>ため息?!なんで?

>あ。暗いため息じゃなくって、幸せ~~っていうため息。幸せすぎて、溶けちゃいそうなの。

>まじで?もう、桃子ちゃんってば。

 ……。もう、聖君ってば。なんだ、いつものお茶らけた聖君だ。良かった。いつもと変わらない。


>変なことを聞いてもいい?

 今の聖君なら、なんとなく聞けそう。この勢いで聞いてしまおう。

>うん、何?

>幼児体型で、がっかりしなかった?

 ……。あれ?返事が来ない。

 5分経過、返事が来ない。なんかものすごく変なこと聞いたかな。がっかりしたけど、どうやって書こうか悩んでいるのかな。

 

 10分近くたってから、返事が来た。慌てて見ると、

>桃子ちゃん。全然幼児体型じゃないよ。すごく綺麗だったよ。

って書いてあった。き、綺麗?

>透き通るくらい色白いね。それにあったかくって、柔らかくって。ごめん。今、思い出してて、また、メール打てなくなってた。

 そ、それでなかなか、返事が来なかったんだ。


>そろそろ、風呂入ってくるね。おやすみ。

>おやすみなさい。

 聖君から、メールが来なくなった。今頃、お風呂に入ってるのか。あの、ちょっとでかいお風呂に。

 聖君の胸、広かったな。それに胸板はけっこう厚くて、腕も筋肉質で…。わ~~。何を思い出してるの?私。う、顔が熱い!


 は~~~。駄目だ。聖君、私も当分、寝れそうにない。それも、ベッドからは聖君の匂いがするし、そのうえ、さっきまでここに聖君がいたんだと思うと、ドキドキするし、再現フイルムを見てるかのように、さっきの聖君の熱い目とか、思い出しているし。

 聖君。大好きだよ。って、今、思い切り叫びたいくらいだよ。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ