第56話 無抵抗
聖君の胸にまだ、私は顔をうずめていた。きっと真っ赤になっていた。でも、聖君の方が私よりも、慌てていたようだ。
手には汗を掻き、
「え?えっと…、えっと…?」
と、どうやら、頭の中を回転させようとしている様子。きっと、一瞬真っ白になったに違いない。
私は、聖君が話し出すのを待っていた。そうしているうちに、私も段々と冷静に考えられるようになった。
今、もしや、ものすごいことを言ってしまったのではないか。私…。
それに、もし今、いきなり聖君がその気になっても、まだまだ心の準備は出来ていないじゃないか。
それなのに、あんなことを言ってしまって、私、かなり無責任なことを言っちゃったんだ。あとから、今の発言は取り消しますと言っても、遅いかもしれない。
ああ。どうしよう…。私の頭の中も、冷静だったのに、グルグルしだした。
「桃子…ちゃん」
ビクッ!聖君に話しかけられ、一瞬ビクってしてしまった。
「それ、俺も思ったけど…」
「え?」
「あんなやつに手を出される前に、俺が桃子ちゃんをってちょっと、思っちゃったけど」
「……」
聖君も思ったの?
「でも、そんな理由で手は出せないよなって」
「え?」
「えっと…。いや、あの…」
聖君は、また頭を掻いた。でも、片方の手はしっかりと私の手を握っていた。
「ごめん。俺、相当面食らってて、何を言っていいのか、頭も回らない」
「うん」
まだ、きっとグルグルしてるんだ。
「だけど、ドン引きもしてなきゃ、呆れてもいないから」
「え?」
「安心して」
「うん」
そうか。そこのところ、聞こえてたんだ。
「あ、今、聞きたいことあって」
といきなり、聖君は聞いてきた。
「え?」
な、何?
「今、こうやってるのは、心臓大丈夫なの?」
「心臓?」
「バクバクして壊れそうとか、ないの?」
「あ、そういえば、今日は平気かも…」
「平気なの?」
「うん。ずっとなんだか、安心してる」
「あ、安心?」
聖君は少し、驚いていた。
「きっと、桐太君とのことがあったから、今、ものすごく安心してるんだと思う」
「……。そっか」
聖君はそう言うと、手をつないでいない方の手を、私の背中に回してきた。
それから、そっと髪にキスをして、抱きしめてきた。
「……」
なんだろう。ドキドキしてるけど、安心する。聖君の腕の中って、なんてあったかいんだろうとか、優しいんだろうとか、すごく安心している私がいる。このまま、ずっと抱きしめていて欲しいような、聖君のぬくもりを感じていたいような、聖君の腕の中で、ずっとずっとこうやって、優しさに包まれていたいって、そう思ってる。
「手で、押し返さないの?」
聖君が聞いてきた。私はこくってうなづいた。
「……。じゃ、このまま、抱きしめてていいの?俺」
「うん」
「……。でも、押し倒しちゃうかもよ?」
「……」
私は黙っていた。
聖君もしばらく黙って、私を抱きしめていた。
「手ではねのけないと、俺、本当に押し倒しちゃうよ?」
聖君はもう一回、そう聞いてきた。私はなんて答えていいかわからず、手をつないでいない方の手を、聖君の胸に当てた。
それから、聖君のセーターをギュッてつまんで、しがみついた。
「え?」
聖君が驚いていた。
「えっと?手で押すんじゃないの?」
「え?」
私が聞き返すと、聖君は、
「今、桃子ちゃん、俺の胸のところに手、持ってきたから、そのまま俺のこと押して、はねのけようとするのかなって思って…」
とそんなことを言った。
「……」
私はそのまま、黙ってしがみついていた。
「まじで、俺…」
聖君が言葉に詰まった。でも、そのまま、聖君は私に体重をかけてきた。私は聖君の胸にしがみついたまま、ベッドに横になった。
ギュウ。まだ、私はしがみついていた。聖君の顔がずっと見れず、目をふせたまま。
聖君はそっと、優しくキスをしてきた。ドキドキして、私はしがみついた手に、もっと力が入ってしまった。
聖君は、しばらく黙り込んだ。じっと私を見ている視線を感じる。
あんまり聖君が黙っているから、そっと目を開けると、聖君はものすごく優しい目で、私を見ていた。
うわ~~。すんごく優しい。
「桃子ちゃん…」
ドキッ!
「え?」
何?
「すげ、可愛い」
聖君はそう言って、ますます優しい瞳で私を見て、それからまた、キスをしてきた。
駄目だ。とろけそうだ。
今日は、とてもじゃないけど、はねのけることも、押し返すことも出来ない。体中は力が抜け、ふわふわ浮いてるみたいだ。胸にしがみついていた手も、力が入らなくなった。
聖君は、まだキスをしていた。私はまた、目をふせて、聖君のするがままにしていると、聖君が聞いてきた。
「桃子ちゃん?ほんとに抵抗しないの?」
「え?」
思わず目を開けた。聖君はまた、私をじっと見て聞いてきた。
「本当に、いいの?いつもみたいに、心臓持たないとか、バクバクするとか、そういうのないの?」
私は黙って、聖君の目を見て、うなづいた。
「体、いつも硬直しちゃってるのに、なんで今日は全然なの?」
そ、そんなことを聞かれても…。
「なんでか、わかんない」
真っ赤になって私はそう答えた。
「え?」
聖君は、聞き返してきた。う、困った。聞き返されても、わからないものはわからない。
「わかんないけど、でも、力が逆に抜けちゃったの」
「え?」
聖君はまた、聞いてくる。
「だ、だから、聖君、すごく優しいし、なんか力が急に抜けちゃって、抵抗も何も出来ないくらいに」
「……」
聖君は、真っ赤になって私を見ていた。
そして、しばらく黙っていた聖君は、私の髪を優しくなでてから、また、優しくキスをしてきた。おでこに、ほっぺに、鼻の頭や、あごにも…。
それがあまりにも、優しくて、また私はとろけそうになっていた。
胸は、ドキドキっていうよりも、キュンってなる。
そして、聖君の優しさに、思い切り包まれていった。
聖君のキスって優しい。それから、触れる手も。声も、かすかにかかる息や、髪や、全部が優しい。
それに、全部が、愛しい…。
聖君のぬくもりに包まれる。あったかい。聖君の匂いはいつもと同じで、優しい。そっと、聖君の髪に触れてみた。やっぱり、思っていたとおり、サラサラだ。
なんだか、胸がいっぱいになり、ものすごく、切ないくらいに、幸せになり、涙があふれた。
「桃子ちゃん?」
私が泣いているから、聖君が驚いて聞いてきた。
「どうしたの?」
「う、嬉し泣きだから」
そう言うと、聖君は目を細めて、
「桃子ちゃん、めっちゃ可愛い」
と言って、また、いっぱいキスをしてきた。
聖君が、私のブラウスのボタンに手をかけた。
「あ…」
思わず、私は、こうこうとついてる電気が気になってしまい、声をあげた。
「え?」
聖君の動きが止まった。外しかけたボタンを、聖君はどうしようかと悩んでいるようだ。
「だ、駄目?」
聖君は、弱々しい声で聞いてきた。
「で、電気…」
私がそう言うと、
「ああ…」
って、聖君は気がついたようで、そっと立ち上がり、電気を消した。外はもう薄暗くなっていて、部屋は急に暗くなった。
ドキドキ。急に胸が高鳴りだした。ボタンとか、服とか、そういうのって、全部任せていいのかな。自分から脱いだりしたら、引いちゃうよね?
じっとしていた方がいいんだよね。聖君に全部任せて、何もしないでもいいんだよね?
そ、それとも、少しは自分でも?
あれ?ちょっと待って。今日、どんな下着だったっけ?確か、ピンクで、花柄のブラジャー。でも、パンツは…。ああ!確か、イチゴ柄。かなり、子供っぽい!
わ~~。見られたくないかも!!!!!
いきなり、頭がパニックし始めた。あれこれ考えて、一気に体が硬直した。どどどど、どうしよう。こんなことなら、この前買った、ブラとパンツがお揃いの、可愛いフリルのを着ていたら良かった。
まさか、今着替えるから待って、なんて言えない。
それより何より、あれれ?いいの?シャワーとか浴びたりしなくても。
私、汗臭かったりしていない?そそそ、それより、脇とか、大丈夫かな。
大変だ。心の準備はOKでも、体のお手入れが!
そういえば、足や腕、最近ガサガサ。
だ、駄目だ。頭の中はそんなことでいっぱいだ。どうしたら、そういうのを全部、ばれなくてすむかな。まさか、今から、今日のところはここまでで、なんて言えないよね。
聖君は、さっきから、ブラウスのボタンを外すので、手間取っていた。
こ、これって、手伝った方がいいのかな。自分で外すとか、言った方がいいのかな。
ま、待って。そんなことして、なんだか、したがってるみたいに思われても嫌だし。でも、このまま、ブラウスを脱がされたら、そうだ。子供のようなブラやパンツの前に、タンクトップを着ていたんだ。いや、タンクトップと言うか、もっと子供が着るシャツの、袖なし版とでも言うような、そんなガキっぽい下着。
駄目だ。どう考えても、このままブラウスを脱がされるのは、恥ずかしい。聖君、引いちゃう。あまりにも子供過ぎて、その気もきっと失せちゃう。
どどどど、どうしよう。
「緊張、してるの?」
いきなり、聖君が聞いてきた。
「え?なんで?」
驚いて聞き返すと、
「だって、一気に力が入っちゃったみたいだから」
と、聖君が答えた。ああ、私、体に力が入っているみたいだ。そうか、あれこれ考えてるうちに、また、硬直してた。
「ご、ごめん」
私は謝った。
「…いいよ。もし、嫌だったら、やめるよ?無理したり、我慢したりしないでもいいから」
う…。聖君、めっちゃ優しい!
こんなに優しくて、大事にしててくれて、でも、私が嫌がってる理由は、下着が子供っぽいからだなんて、申し訳ない。申し訳なさすぎる。
きっと、私が怖がってるとか、心の準備が出来ていないとか、いろいろと聖君は今、考えてるんだ。ボタンを外す手を止めて、聖君は黙っていた。それどころか、ボタンをまた、ゆっくりとかけ始めている。
ど、どうする?私。
どうしたらいい?
思い切って、言ってみる?嫌がってる理由。言ったらまた、呆れられる?それとも、笑われる?それとも。
ああ!でも、言っちゃえ!誤解してる聖君のためにも。
「私!」
いきなり、声が大きくなってしまった。相当、力が入ったみたいだ。聖君は一瞬、ビクってなった。
「あの…」
「ん?」
聖君の手が止まった。
「今日…、その…」
「何?」
聖君は、なんだろうって顔で見た。
「子供っぽい下着で」
「…へ?」
聖君の目が、点になった。
「だから、恥ずかしくて」
「……え?」
「それを見られるのが」
「……」
しばらく聖君は、ぽかんとして、それから、クスって笑うと、
「まじで?それ、言い訳しているんじゃなくって?」
と聞いてきた。
「言い訳じゃない。でも、こんなこと言ったら呆れられるかなって思って、言い出せなくて」
「あははは」
あ、笑われた。
「そんなの気にしなくてもいいのに」
「よ、よくない」
「そうかな。俺、きっとどんなのが子供っぽくて、どんなのが大人なのかも見分けつかないと思うけど」
「え?」
「女の人の下着なんて、わかんないもん、俺」
そ、そうか。でもイチゴ柄は、どうかな。
「そっか。だけど、桃子ちゃんには一大事だったりした?」
「うん、かなり。どうしようって、ぱにくってた」
「あはは。それで、固まってた?」
「うん」
「あはは!駄目だ。腹いてえ」
笑いすぎだよ…。
「ごめん。わかった。じゃ、見ないようにする」
「え?」
「目隠しでもしようか?俺」
「……」
それもなんだか、変な感じ…。
「それとも、大人っぽい下着に着替えるのを待ってるとか」
聖君はそう言ってから、
「やっぱ、それはいくらなんでも、手間かかりすぎだよね?その間、俺、待ちぼうけだし」
と、ちょっと首をかしげてそう言った。
「やっぱさ~~。気にしなくてもいいのにな~~」
聖君はぼそって、独り言のように言ったけど、私はその言葉は無視して、
「布団に入ってもいい?」
と聞いた。
「え?うん」
「それで、その…。服とか、下着っていうのは、自分で脱いじゃったら、聖君、引いちゃう?」
「え?」
聖君は、黙って私を見てから、
「ううん。全然」
と、答えた。それから、なぜか、真っ赤になった。
あれ?何で真っ赤?
「い、いいよ。えっと、あれだよね?布団に入って、自分で脱ぐってことだよね?」
「うん」
私はこくってうなづいた。
「うん。俺、後ろ向いてる」
聖君はそう言うと、ベッドを降りて、くるりと後ろを向いた。それから、
「もういいよって言ってね」
と、そう言うと、
「あ、そっか。俺も今、脱いじゃえばいいのか」
と、おもむろにセーターを脱ぎだした。
あわわ。聖君の裸は、見るの恥ずかしい。私は布団に潜り込み、聖君の脱いでる姿も見えないようにした。それから、もそもそと服を脱ぎだした。
待てよ。私はもしかすると、やっぱりめちゃくちゃ、大胆な発言をしたんだろうか。
布団の中で、裸になって、聖君を待ってる、みたいな、かなり、大胆な…。
布団の中で、思い切り私は、真っ赤になったようで、顔がいきなりほてった。
うわ。さっき、聖君は真っ赤になってたけど、なんて大胆なんだとか、そんなこと思ってた?
どどどど、どうしよう。
しばらくすると、聖君が、
「いいかな?もう…」
と聞いてきた。うわ!やっぱり、やめさせていただきますとは、言えないよね。
バクバクバク!心臓がいきなり、早く鳴り出した。ど、どうしよう。これ、いつものだ。心臓、持つかな?
やっぱり、心臓が持ちませんとか、駄目だよね?今、そんなこと言ったら。
でも、もしかして私、聖君が布団に入ってきたら、手で押しのけちゃうかもしれない。
あ!そうだった。聖君、もう裸なんだ。
え?まさか、すっぱだか。
あ!私、まだ下着着てた。頭がぱにくっていて、ブラウス脱ぐので、精一杯で。
「まだ…」
と、一言そう言った。でも、もし素っ裸なら、今、寒いよね。
「ま、待って」
と、私は慌てて、下着を脱いだ。
どどどどどどどどど、どうしよう。いざ、脱いでみたのはいいけど、ものすごく恥ずかしくなってきた。
膨らんだとはいえ、まだ小さい胸。それも、胸って寝ると、ぺちゃんこになっちゃう。
っていうか、っていうか、っていうか、裸、見られたりしないよね?
ずっと、布団で隠せるよね?
わ~~~。やっぱり、これは、もしかして、無理かも!めっちゃ恥ずかしい。
「桃子ちゃん、寒いんだけど」
「うん。そうだよね。ごめんね!」
私はそう言うと、ベッドのはしっこまでずれた。そして、
「もう、大丈夫」
と、ぼそって小声で言って、聖君には背を向けていた。
聖君は、黙って、布団にもぐりこんできた。
う~~わ~~~~。パニックだ。頭が真っ白。さっきまでの、ふわふわしたのも、安心感もどっかに吹っ飛んだ。
聖君は布団に入ると、私の背中を抱きしめてきた。聖君の肌が、もろ私の肌に触れてきている。それだけで、心臓が飛び出しそうだ。
どきどきどきどきどきどき…。聖君は黙って抱きしめている。それから、そっと肩に優しくキスをしてきた。わ~~。どきどきどきどき…。
駄目だ。鼓動が早くなる。
どうしよう。後ろ向いてるから、手で押し返すことも出来ないし。だいたい、今この状態で腕をぶんて動かしたら、肘鉄くらわしちゃうよね。
いろんな言葉が頭に浮かんでは消える。
やっぱり、やめる。今度にしてもいい?
ここまでにして。ここから先はもう少し待って。
ああ、そんなことを言ったら、またおあずけ?って言う?
ううん。きっと聖君のことだから、いいよって言ってくれる。
でも、心の奥では、悲しがっちゃうかもしれない。
なんてぐるぐる考えている間にも、聖君は背中にキスをしたり、優しく髪をなでたりしている。
どきどきどきどき。心臓が高鳴る。だけど、聖君のキスも手も優しいから、そのままでいる。
…これって、…あれだよね。
何も抵抗しないで、このままでいたら、私、本当に今日、聖君のものになっちゃうってことだよね?!
うわ~~~~~~。