第51話 心の奥底
私は後悔していた。なんで果林さんに、聖君に話をしたらいいなんて言ったんだろう。それに、花ちゃんをここにいさせるべきじゃなかった。果林さんも、花ちゃんには聞かれたくなかったみたいだし、リビングかどこかへ行っていたら良かった。
でも、もう遅い。隣で花ちゃんは真っ青になっている。私もどうしていいかわからず、頭が真っ白だ。聖君、どうしよう。思わず聖君を見た。聖君は真っ青になっている花ちゃんを見てから、私を見ると、声に出さず、口だけで話してきた。
「桃子ちゃんがいるから、大丈夫」
ああ。そうか。花ちゃんのことか。そうだよ!私まで動揺してどうるすの。しっかりと、花ちゃんを支えていないと!
そうだった。こんな時、支えるために私はいる。友達が傷ついている時、そばにいて支えて、力になるために。
そして、大丈夫。いつも聖君が言うように、花ちゃんなら大丈夫。乗り越えられるから。
ふと、私はいきなり、果林さんが気になった。友達もいない、彼氏とも別れようとしている。それに、何より果林さんのことを心から心配している花ちゃんのことまで、憎んでいる果林さんは、傷ついたら、どうするんだろうか。
いったい、誰が支えになってあげられるのか。もしかして、果林さんのほうがずっと、花ちゃんより今、辛い状況にいるんじゃないのか。
聖君は、冷静にまた果林さんに質問をした。
「なんで、憎んでるの?妹でしょ?」
「花はずっと子供の頃、喘息で弱かった。夜、発作が起きると、お父さんが車を出し、お母さんが花を抱きかかえて病院に行った。私はまだ、5歳くらいなのに、家で一人で待っていたの」
「え?」
花ちゃんが一番驚いていた。
「5歳の時、おばあちゃんが死んで、それまではおばあちゃんが、家にいてくれたから、怖くなかった。だけど、おばあちゃんが死んでからは、私は夜一人になることが多かった」
まだ、5歳なのに?私も母が仕事でよく、おばあちゃんの家に預けられた。寂しさはあったけど、でもおばあちゃんが本当に優しくって、いっつもそばにいてくれた。
「お母さんはいつも、果林はお姉さんでしょって言ってた。私はいつも一人で、布団かぶって怯えながら寝てたんだ」
「お姉ちゃん」
花ちゃんは、ボロボロと涙を流した。
「そのあとも、いつも花のことばかりを可愛がってた。花が中学に入って、やっとこ元気になって、これでお母さんも私のことを見てくれると思ったら、パートに出はじめて、家にいることが少なくなった」
「それで?花ちゃんのせいで、自分が孤独だって思ったの?」
「そうよ。お母さんやお父さんを独り占めにした」
「……。花ちゃんを憎んでいたのはわかったよ。でも、なんで桐太と付き合ってた子を見返してやりたかったの?」
「自慢ばっかりしてたから。私の方が上だって、思い知らせたかった」
「何が上なの?」
「どんなかっこいい人も、私のことを好きになるって。だって、中3の時からそうだし、みんな他の子よりも、私を選ぶんだもの」
「……」
聖君の目が点になった。花ちゃんも驚いていたし、私も正直言って、驚いた。いったい、どっからくる発想なのか。そして、どうして見返さないとならないのか。
「1番になりたかったのかな?」
「そうよ。1番もてるかっこいい人は、私のものなの」
「え?」
聖君は思わず、聞き返した。
「だから、かっこいい人は私のものになるの」
「……」
聖君は腕を組んで、下を向いた。それから、
「それで、ここに来た?最初から俺が桐太の友達だから、相談しにきたわけじゃなくて、もしかして、俺と付き合おうとか思ってやってきたんじゃないの?」
え?それはないでしょ、聖君…と思っていると、
「そうよ。図星」
と果林さんが言った。
「演技もしてたよね?泣いてたのも」
聖君がそう言うと、
「そうよ。泣いたら男なんて、簡単に落とせるから」
と、果林さんがそう言った。
隣で花ちゃんは、気を失うくらい、仰天していた。そりゃそうだよね。私だってかなりのショックだ。こんな人とは初めて会った。
「そっか。そりゃ、悪いけど、俺にはそんなの通じないや。何せ、桃子ちゃん以外の子が泣いてても、あまり気にならない」
「え?」
「すげえ、冷たいやつなの、俺って。桃子ちゃん以外の子はほんと、どうでもいいんだよね」
聖君はそう言い放つと、
「でも、花ちゃんは桃子ちゃんの友達だし、思い切り今、ショックを受けてるみたいだし、少しは俺も、なんとかしないとならないかな~~なんて、今、思ってるけどさ」
聖君はそう言うと、頭を掻いて、また腕組をした。どうやら、何かを考え込んでるようだ。
「どうにかしようって、どういうこと?自分でなんとかしなよって言ってたじゃない」
「もちろん。自分でなきゃ、何も解決しないと思うよ。だけど、まあ、なんていうの?自分が見れなかった自分ってのは、案外、他人のほうがわかったりするもんなんだよね」
聖君はそう言うと、少し口元をゆるませて、
「ね?花ちゃんのお姉さんは、自分が悪女だとか、最低な人間だとか、思い込んでるんじゃないの?」
と聞いた。
「え?」
果林さんは、ちょっとびくってすると、
「……そ、そうかもしれない」
と、一点を見つめながらそう言った。
「やっぱり?」
なんとなく聖君は目を輝かせていた。あれ?さっきまで、クールだったのにな。どっかのスイッチでも入っちゃったかな。やる気が出てきちゃったんだろうか。
「自分を辛い状況に追い込んでない?わざと」
「え?」
「好きになるやつって、確かにかっこいいやつかもしれないけど、けっこう桐太に似てない?女泣かせても大丈夫みたいな」
「なんでわかるの?」
「だって、中3の時なんて、結局はふたまたかけられたんでしょ?友達と別れて付き合ったわけじゃなくって、隠れて付き合うようにしむけるなんて、けっこう最低なやつだよね?」
「うん」
聖君は、何が言いたいのかな。隣で花ちゃんも、黙って聖君の言うことを聞いていた。
「桐太と君って、似たものどおしなんだよ」
「え?私が?」
「そう。桐太はね、やっぱり育ってきた環境があまりよくないんだ。確か、すごい賢いお兄さんいたよね?7歳くらい年が離れてる。その兄貴といつも比べられてたと思うよ。一回、愚痴ってたのを覚えてる」
「お兄さんがいるのなんて、聞いたこともない」
「うん。きっと言いたくないだろうね」
「そっか」
果林さんは一回、黙り込むと、
「それでどうして、似たものどおしなの?親に愛されてなかったから?」
「うん。愛情が足りてないというか、満たされずに育ったんだろうね。あいつの場合は、自分が女の子からもてることで、自分の価値を見出してた」
「え?」
果林さんは驚いていた。
「君もでしょ?かっこいい男と付き合うことで、自分が誰よりも1番なんだって、価値を見出したかった。違う?」
果林さんは黙った。
「それと、親の愛情が薄いのと、どう関係があるっていうの?」
果林さんは、しばらく黙っていたが、聖君に向かってそう聞いてきた。
「ありのままの自分を、認められないんだ。自己否定がひどいんだよ、きっと。こんな自分は愛される資格がないとか、こんな自分は幸せになっちゃいけないとか、そんなのが根底にあると思うよ」
「それで、なんで、私…」
「だから、自分は最低な女なんだって思って、人の彼とってみたり、わざとハブにされられるようなことして、孤独になる。そして、ああ、やっぱり私は最低な女だとか、不幸な女だとか、誰もわかってくれないとか、孤独なんだとか、そんなふうに思うわけ」
「わ、私が自分から、ハブにされられようとしてるってこと?」
「だって、そうでしょ?そうなりたくなかったら、もっと友達のこと大事にしたりすればいいじゃん」
「……」
そう言われて、果林さんは黙り込んだ。
「お姉ちゃん…」
花ちゃんは、すごく辛そうな顔をしていた。
「花ちゃんのせいじゃないから、安心して。喘息になったのは、君のせいじゃないでしょ?」
聖君は、花ちゃんに優しくそう言った。
「だから、自分を責めちゃ駄目だよ。逆だよ。もっと自分に自信持って、自分がお姉さんのことを支えるんだくらいに思わなくっちゃ。ね?」
聖君の言葉に、花ちゃんはボロッて涙を流しながら、うなづいた。
「落ち込む必要はないよ。俺だって、自分に自信なんかなかった。こんな自分大嫌いだとか、駄目なやつだとか思ってたしさ。ま、今でも、落ち込むことあるしね」
「え?」
果林さんは、それまで下を向いていたが、顔を上げて聖君を見た。
「桃子ちゃんだってそうだよ。ほんと、最近まで自己否定がひどかったんだから。こんな私が聖君に好かれる訳がないとか、思ってたよね?」
いきなり、私にふられて、一瞬驚いたが、私はすぐに、
「うん」
と、返事をした。
「桃子ちゃんの場合は何かな。小さい頃、おばあちゃんの家に預けられ、あまり、お母さんやお父さんに甘えられなかったからかな?お父さん忙しいから、運動会にも来て貰えなかったって、言ってたもんね?」
「うん」
「その辺で、自分は愛されていないとか思っちゃって、自分の価値を思い切り、下げちゃったのかな」
「そうかな。うん、そうかも」
「今はそんなことないよね?」
「私?」
聖君に聞かれて、ちょっと考えてから、
「うん。このままの私でもいいのかなって、ようやく思えるようになったかな」
と答えた。するとそれを聞いていた果林さんが、
「どうして?どうしてそんなふうに思えるの?」
と、すごい勢いで聞いてきた。
「えっと。きっと、聖君が、このままの私でいいよってずっと言い続けてくれたから」
真っ赤になりながら私はそう言った。
「俺も」
聖君はにっこりとしながらうなづいて、
「このままの俺でいいって、桃子ちゃんが言ってくれるから、周りのやつが、冷たいと言おうが、最低と言おうが、多少それで落ち込むことがあろうが、立ち直れる」
って、そう言った。
さ、最低?誰がそんなことを言うの!ってちょっと怒りも感じたけど、まあいいや。私は最高って思ってるんだから、それで。
なんて思って聞いていると、いきなり、
「ひ~~っく!」
と、花ちゃんが、泣き出していた。
「お、お姉ちゃんはね、最低じゃないの。すごく本当は優しいから、私は大好き」
それを聞いて、果林さんは、
「そんなの見せ掛けの私だよ」
とそう言った。でも、花ちゃんは頭を思い切り振ると、
「違う。私知ってる。喘息の看病でお母さんが寝不足でフラフラの時、毛布をお母さんにかけてあげて、私が代わりについてるから、大丈夫って言って、私の背中をずっと朝まで、さすっててくれたこと」
「あれは…。だって、あれは」
果林さんは言葉に詰まった。
「だって、お母さん本当に、3日間くらい、寝てない状態だったから」
「お姉ちゃんはまだ、8歳くらいだったよね?」
「だって、私しか、お母さんの代わりになる人はいなかったから。お父さんだって、仕事で疲れていたし」
「お姉ちゃんは絶対に、わがままも言わなかったし、ずっと我慢してきてたし、そうやって、いつも家族のために一生懸命やっててくれてた。だから、私はお姉ちゃんのことが大好きで、お姉ちゃんのことを泣かせる桐太は大嫌いで」
そう一気に花ちゃんは言うと、また、ひっくひっくと泣き出した。
「ふうん。それが本当の果林さんの姿なんだ」
聖君がそう言った。
「え?」
「自分をわざと、悪くしなくてもいいよ。本当は花ちゃんのことも、大事だって思ってるでしょ?」
「……」
「寂しいけど、怖いけど、花ちゃんが喘息で苦しんでるの、どうにかしてあげたかったんじゃないの?だから、わがまま言わずに、一人で耐えてたんじゃないの?」
「わ、わかったようなこと言わないで。私は、お母さんが必死だったから、我慢もした。お母さんが、あなたはいい子ねって言うから、いい子を演じた」
「お母さんから嫌われたくなくて?」
「そうよ!花のためじゃない。私のためよ」
「ふうん」
聖君は笑みを浮かべながらそう言うと、
「いいんじゃないの?それでも」
と言った。
「え?」
果林さんが驚くと、
「別にいいと思うよ。そうやって、愛情が欲しかったり、自分を認めてもらいたかったってことでしょ?」
「…そうよ」
果林さんがうなづいた。
「うん。それも全部含めて、自分を認めちゃえば?そんな果林さんがいてもいいと思うよ。俺だって、性格悪いし~~、めっちゃ冷たいやつだし~~。だけど、こんな俺でも、桃子ちゃんも俺の両親も愛してくれてるわけだし。だから、俺も俺のこと、このままでいいやって思えるし」
「こんな私でも?」
「そう、そんな君でも」
聖君はにっこりと笑った。
「最低だよ。私。ずっと最低な人間だった」
「あはは。そうでもないって。みんなさ、愛が欲しくって、じたばたしてるんだよ。認めて欲しい、認めて欲しいって、もがいたり、苦しんだり」
「私も聖君に、まるのまま認めてもらったら、私、自分のこと認められるの?」
「え?」
果林さんの言葉に、聖君はちょっと考え込み、
「う~~ん。どうかな。俺よりも、ほら、妹の花ちゃんとかさ、あと、これから、果林さんのことをまるのまま、受け止めてくれる人が現れるんじゃないの?」
「え?」
果林さんは、ちょっと暗い表情になった。
「悪いけど、俺、桃子ちゃんと自分のことで精一杯。果林さんはこれから、大事に出来たり、大事にしてくれる友達を作っていったりさ、まるのまま愛してくれちゃう彼氏を見つけたらいいんじゃないかな」
「いるの?そんな人」
「いるよ。そうだ。いいこと教えてあげるよ。知ってる?引き寄せの法則ってのがあって」
「え?」
「自分が自分のことないがしろにしてると、周りからもそんなふうに扱われるんだって。だけど、自分のことをちゃんと、大事にし始めると、周りからも大事にしてくれるようになるってさ」
「え?」
果林さんも、花ちゃんも、その話を聞いて驚いていた。
「ね?父さん。前、そのこと教えてくれたよね?」
聖君は家の方に向かってそう言うと、リビングの方から、聖君のお父さんが現れて、
「ああ、言ったよ。聖、覚えてたんだ」
と、にっこりと微笑みながら、私たちの方に歩いてきた。
「やっぱ、聞いてた?俺らの話」
「聞いてないって。聞こえちゃうんだって」
「同じじゃんか」
聖君はそう言うと、なぜかにこって笑って、
「ま、いっか」
と、誰に向かってでもなく、そんな独り言をつぶやいた。
「引き寄せ?」
果林さんが、聖君のお父さんに向かって聞いた。
「うん。この世界ってのはね、自分の写し鏡になってるんだ」
「え?」
「自分の心が反映されるの。果林ちゃんの場合は、自分のことを相当いじめてたんじゃないの?だから、周りからも、大事にされないような、そんな世界を創りだしちゃった」
「私が?」
「うん。でも、これからは自分のことを、思い切り大事にしてごらん。周りが一気に変わってくるよ」
「……」
果林さんは、しばらくぼ~~って聖君のお父さんを見ていたけど、
「はい。やってみます」
と、小さくうなづいた。
「うん。良かったね。どこでどんな出会いをして、ここに来たか知らないけど、これも偶然じゃない。なるようになってたんだね」
聖君のお父さんは、そんなことを言った。
「で…。聖は一見、冷たそうに見えるし、実際、ズバズバものを言って、傷つけることもあるけど、それも相手にとっては必要なこと。だから聖、自分を冷たい人間だなんて、否定する必要なないよ」
聖君のお父さんの言う言葉に、私は思い切り大きくうなづいた。そのとおりだ。聖君の言葉って、いろんなものを気づかせてくれるし、やっぱり根底には相手を思う優しさも、相手なら立ち直れるという信頼も、そして、どんな人も悪く思わない、大きな心があるってそう思う。
花ちゃんは、さっきまで思い切り泣いていたが、聖君や、聖君のお父さんの言葉に相当、しびれちゃったらしい。目を輝かせて、二人のことを交互に見ていた。
そして、果林さんもまた、目を輝かせ、
「なんだか、世界まで違って見える。不思議」
と、まっすぐに前を向き、力強くそう言った。