第5話 ガールズトーク
バレンタインデー前日、蘭、菜摘、私とで、チョコレートの材料を買いに出て、その帰りにうちに寄り、3人でチョコレートを作ることにした。
と言っても、型抜きをするだけの簡単なものを、蘭と菜摘は作る。私は、トリュフに挑戦しようと思っている。
「こういうの駄目なんだよね。私、料理も裁縫も苦手」
と蘭が言うと、
「私も家庭科、成績悪いもん」
と、菜摘が言った。
「でも、型抜きするだけだし、簡単だよ」
と私が言うと、
「桃子は、なんだっけ?トリュフだっけ?そんな難しそうなのに挑戦するの?」
と、菜摘が聞いてきた。
「難しくないよ」
と言うと、
「あ~。桃子みたいなお嫁さん、欲しいわ~~」
と、いきなり蘭が抱きついてきた。
「蘭、それ兄貴が聞いたら、怒るよ」
「え?なんで?」
「桃子は、俺の彼女なんだから!とか言って、怒りそうじゃない?」
「あはは!怒りはしないだろうけど、睨みそう~~」
「兄貴、やきもちやきだもんね」
「羨ましいよ。基樹なんて全然だもん」
「え?そう?」
「葉君は?」
「う~~ん。あまり言われたことないな~。そういえば、兄貴が1番、やきもちやきかもね」
蘭と、菜摘がそんな話をし出していた。
「桃子が可愛いから、心配なんだよ」
「うん。ふらふらしてそうだしね」
「え?私が?」
「うん。強引に言い寄られたら、やばいでしょ?」
「私が?」
蘭の言うことに、驚いてしまった。
「私、他の男の人、まったく興味ないし、だいたい、言い寄られたこともないし」
「あ。またまた~~。文化祭でもやばかったじゃない」
「え?」
「うちの文化祭でも、基樹の学校でも、危なかったじゃない」
「そんなことにないよ。からかわれただけだよ」
「…。それが危ないっていうの。すきがあるのかな?桃子」
「え?そ、そんなことないよ」
なんだか、蘭の言ってることが、よくわからなかった。すきって何?私、そんなにぼけってしてるのかな。
だいたい、海に行った時だって、基樹君や、聖君は、蘭と菜摘にばっかり話しかけてたし、私なんて眼中になかったんだから。
その話を、二人にしたら、
「そうだよね~~。う~~ん、なんかさ、桃子変わってきたんじゃない?」
と、蘭に言われてしまった。
「変わったって?」
「前も可愛い感じだったけど、子供っぽさがあった。最近ちょっと、その子供っぽさが変わってきた」
「こ、子供っぽい?」
やっぱり?
「そりゃ、彼氏が出来たら、変わるでしょ~~」
菜摘に言われた。
「そうね~。恋したら女は奇麗になるって言うし」
蘭が、そんなことを言った。え?き、奇麗?
「あれ?じゃ、私たちは?」
「え~~?私たちも一応、変わってるんじゃないのかな~~?どうかな」
「う~~ん。私は変わってないような、気がするんだよね」
「菜摘はそうだね~~。ね、葉君とどうなの?」
「どうって?」
「どこまで、進展してるわけ?」
「え?!」
菜摘が、いきなり大きな声をあげた。横でこっちが、びっくりした。
「デートはしてるの?」
蘭がしつこく、いろいろと聞いていた。私はチョコを湯煎したり、かき混ぜたりしながら、耳だけ向けていた。二人はすっかり、話に夢中になり、チョコなんて、まったくほっぽらかしだった。
「デートしてるよ。でも、葉君、バイトもあるから、あまりちょくちょくは会ってないかな」
「ふうん。じゃ、メールとかは?」
「来るよ。電話もけっこうしてるかな」
「菜摘からするの?」
「私からの時もあれば、葉君からの時もあれば」
「へ~~。で?」
「でって何?」
「だから、どこまで進展してるの?」
蘭がもう一回、聞いていた。
「蘭は?」
菜摘が聞き返すと、蘭は、
「う~~~ん。キスまで」
と、ちょっと、下を向きながらそう答えた。
「え?!」
また、菜摘が大きな声をあげた。
「何?驚くようなこと?もう付き合って、けっこう経ってるもん」
「そ、そうだけど…。そうなんだ」
「あれ?そんなに驚くってことは、菜摘と葉君は、まだ?」
「まだだよ。だって、葉君って、手をつないでくることもしないし、だから、私から腕組んだり、手つないだりしてる」
「へ~~。葉君って、おくてなんだ」
蘭が、ちょっと菜摘をつつきながらそう言った。
「そうかも。二人きりになると、けっこうおしゃべりになるし。なんか、わざと、しゃべってる感じがする」
「へ~~。じゃ、菜摘から、仕掛けたらいいじゃん」
「む、無理だよ~~~!そんなの!」
「でもさ、腕組んだりしてるんでしょ?そういうのは、平気なんでしょ?」
「私、きっと葉君じゃなくても、そういうのは平気みたい。この前兄貴とも…。あ、ごめん、桃子。ちょっとだけ、腕組んだだけだから。うちに来た時に、家族で写真でも撮ろうってなって、その時だけね」
「……」
チョコをかき混ぜながら、ちょっと私の顔はひきつった。そ、そうなんだ。ああ。私、腕組んだことなんて、ないな~~。
「菜摘って、葉君のこと、本当に好きなの?」
蘭がいきなり、そんなことを言ったので、私の方がびっくりして、ボールをひっくり返しそうになってしまった。
「桃子、何を動揺してるの?」
菜摘に言われてしまった。ああ、私もどっかで、思ってたんだ。本当は菜摘、無理してたりしないかなって。本当に葉君のことが好きで、付き合ってるのかな。もう、聖君のことは、なにも思ってないのかな…。そんなこと…。
「みんな、知らないでしょ~~」
菜摘がいきなり、口元をにやけさせながら、言ってきた。
「何?」
蘭が、興味津々な顔つきで、耳を傾けた。
「葉君ってさ、男らしいし、頼もしいし、すんごく優しいんだよね」
「……。あ、そう」
蘭がちょっと、呆れた顔をした。
「兄貴も優しいけど、葉君の優しさとは、また違うんだ。葉君って、大人しいし、あまり、はしゃいだりしないけど、落ち着いてて、大人な感じなんだ」
「へ~~~、そういうところが、好きなわけ?それ、のろけ?」
蘭は、まだ呆れた顔をしたままだった。
「うん。私が兄貴のことで、すんごいショックを受けてた時、蘭もそばにいてくれたけど、葉君は、メールを頻繁にくれてたんだ。それから、電話をくれるようになったり、会うようになったりしたんだけど、なんていうのかな。いつも、見守っててくれる感じで、私、安心できたんだよね」
「……」
蘭は、もう呆れた顔じゃなくなった。真剣な顔つきで、聞いていた。私も、真剣に耳を傾けていた。
「そうしたら、葉君と、離れる方が、不安になってきて…。だんだんと、兄貴のことよりも、葉君のことを思うようになってきて…」
「…。そうだったんだ」
蘭が、優しく微笑みながら、そう言った。
菜摘の表情は、とても穏やかだった。嘘をついたり、無理をしてる感じは、まったくしていない。本当に葉君のこと、好きなんだな。
「チョコ作ろうか。蘭」
菜摘がそう言って、二人はようやくチョコを湯煎して、ぐるぐるかき混ぜ出した。私は、どんどんトリュフを作るのを、進めていっていた。
「わあ。そこまで、出来たの?すご~~い」
と、蘭が見て、びっくりしていた。
「もうすぐ、完成するよ。そうしたら冷蔵庫で冷やすだけ」
「簡単なんだね」
菜摘がそう言ってきた。
「うん。簡単なんだよ」
「よし、来年は、それに挑戦しよう!」
菜摘が、にっこりと笑いながら、そう言った。
二人も、型にチョコを流し込み、それを冷蔵庫に閉まった。それから、チョコだらけになった、キッチンを奇麗にしながら、蘭が話し出した。
「なんかさ~。相手が桃子だったら、絶対に手、出せそうもないって思わない?」
「うん。思う~~。兄貴がおくてかどうかは、わかならいけどさ」
え?今度は、私のこと?!
「みんなでいても、手つないだりしてたじゃん。だけど、あの頃って、演技してたんでしょ?付き合ってる振りしてたって言ってたよね?」
菜摘が私に、聞いてきた。
「うん…」
「だよね。葉君が言ってたことがあるの。聖は、友達の前で、好きな子といちゃつけるようなやつじゃないよって。だから、あれは絶対に演技なんだって」
「葉君がそんなこと?」
「うん」
「そういえば、12月にカラオケに行った時も、みんなで、初詣から帰ってきた時も、あまり桃子と話してなかったよね。基樹と、バカばっかりやってたような気がする。なんかさ、夏にみんなで、海行った時に戻ったみたいだねって、基樹と話してたんだよね」
蘭がそう言った。
「そうそう。本来はね、友達がいると、ああやって、バカ騒ぎをするのが、兄貴なんだってさ」
菜摘もそう言った。
「そ、そうなの?」
「そうなのって、桃子、知らなかった?っていうか、そうだったじゃない。実際に」
「うん。なんだ…。そっか…。私、あまり聖君が話しかけてこないから、片思いの時に戻っちゃったのかなとか、思ってたよ」
「え~~?何それ~~っ!」
二人が同時に、大声をあげた。
「でも、あれが、いつもの聖君なんだよね」
「……。じゃ、桃子といる時は?私はあの、バカやってる聖君しか知らないけど。あ、菜摘といる時は?」
「兄貴?私といても、冗談言ったり、私がつっこみを入れると、頭をこつかれたりしてるよ」
「ああ。なんか、そんな感じだよね」
蘭が、菜摘の言うことに、うなづきながらそう言った。
「じゃ、桃子といる時は?」
菜摘と、蘭が、私の顔をまじまじと見ながら聞いてきた。
「え…。えっと」
私は、シンクの水を思い切り出し、お皿や、ボールを洗い出した。
「桃子~~。そうやって、誤魔化さないの!私だって、ちゃんと話したんだし、教えてよ」
そう言いながら、菜摘が、水を止めてしまった。
「え…?」
なんて言ったらいいのかな。それに、ばらしたら、聖君に怒られそうな気もするし。
「私といても、ふざけて笑ってるよ。私、いつもからかわれてて、そのあと、大笑いしてるもん」
「え~~。兄貴、そんななの?ひどいな~~」
これは、本当のことだし、これくらいはいいよね、言っても。
「メールとか、くれる?あ、けっこうまめなんだっけね」
蘭がそう聞いてきた。
「うん」
「デート、よく行ってるの?」
「ど、どうかな。行ってる方なのかな」
「沖縄の大学のこと、あとで兄貴に聞いたら、ちゃんと桃子ちゃんとは話をしたって言ってたけど、ほんと?」
「うん。きちんと話してくれた」
「桃子、本当にいいの?兄貴、沖縄行っても」
「……。聖君のしたいことだし、夢だったわけだし…」
「でも、桃子は遠く離れてもいいの?」
「…。うん。大丈夫」
私は、ちょっと強がったかもしれない。でも、ぽろっと嫌だなんて言ってしまったら、聖君にまでそれが伝わって、聖君を困らせるんじゃないかって思ったから…。
「桃子からまさか、腕組んだり、手つないだりなんてできないよね?」
いきなり、蘭が聞いてきた。
「う、うん」
「だよね~~。聖君からもしてこなかったら、それこそ進展なしじゃん」
「……」
私は、黙って、また洗い物を始めた。横で、二人も片づけを手伝い出した。
「桃子から、手をつなぎにいっても、兄貴は嫌がらないと思うけど」
「え?」
「もしかして、桃子から手をつないでくれるのを待ってるとか」
菜摘に、そう言われてしまった。う、う~~ん。どうしようか。手だったらいつもつないでいるし、聖君から、手をつないできてくれてる。
「今、冬だから、チャンスだよね。寒いって言って歩いてたら、手つないでくれたりして」
菜摘がそう言うと、
「でも、桃子、手袋あげてたじゃん!あれ、聖君すんごい気に入って、確か海に行った時、見せびらかしてたよね」
と、蘭がそう言った。
「あ~~、もしや、デートでも兄貴してくる?」
「うん」
「じゃ、素手で手、つなげないじゃん~~」
「……」
それが、わざわざ、手袋外して、してくれるんだけどな…。なんて、恥ずかしくて言えないな…。
「手袋をあげたのは、失敗なんじゃない~~?」
「う、そうかな」
「でもま、喜んでしてくれてるのは、嬉しいよね」
「うん」
そういえば、なくしそうになって、青ざめていたっけな…。
「兄貴に言っておこうか?桃子と手くらいつないであげてって」
「え?いいよ!そんなの」
「でも、桃子から出来ないんでしょ?ほんと、進展しないよ?」
「い、いい。いい」
そんなこと、聖君が聞いたら、手ぐらいつないでるって怒りそうだ。それより、キスだって、したことあるとかって怒り出したり…。しないか。そんなこと菜摘に話したりしないよね。
本当に?わからないよ。話すかもしれない。大学のことだって、菜摘には話していたくらいだし。
「本当に、いいからね、菜摘」
私が念を押すと、蘭も、
「そうそう、人のことより、自分のこと。葉君と、もっと仲良くしてね」
と言っていた。
「うん、バレンタインにかけるさ!」
いきなり、菜摘が張り切りだした。
「よっしゃ、じゃ、報告待ってるから」
蘭がそう言って、二人で、ハイタッチをしていた。
「桃子も進展があったら、報告よ!明日のバレンタイン、兄貴に会うんでしょ?」
「うん。お店に持っていこうかなって思ってる」
「ちょうど、日曜で良かったよね。学校もないから、他の女子からももらえないしさ」
「うん」
キッチンが奇麗になり、私たちは私の部屋へ上がり、そこでも、いろんな話をした。クラスの誰とかは、最近、別れたみたいとか、先輩がこの前、彼氏と歩いてたとか、そんなガールズトーク。
最近の俳優の話、ドラマや、マンガの話、そしてやっぱり、自分たちの彼氏の話でしめくくった。
「基樹、最近はメールしっかりとくれるようになったよ。喧嘩した甲斐があった」
と、蘭が言うと、
「葉君と、この前、映画に行ったんだ。アクション物なのに、すんごいラブシーンがあって、映画終わってからも、二人でしばらく、黙っちゃってた」
菜摘はそんな話をした。
「桃子は?どこにデートに行った?」
「えっと。最近はね、うちに遊びに来た。お母さんやひまわりと話して、笑ってた」
「へ~~。兄貴、桃子の家族とも仲いいんだ」
「うん。お父さんは、まだちょっと、聖君と話すの、嫌がってるけどね」
「なんで?」
「私を取られたみたいで、嫌なんだって」
「あはは。桃子のお父さん、桃子のこと大事にしてるもんね」
蘭に、笑われた。
「兄貴、うちでもお母さんやお父さんとよく、話してる。お父さんとも笑いながら話してるんだけど、誰とでも、大丈夫なんだよね」
「うん。そうかも」
「他は?二人でどっか行った?」
「その前に、ご飯食べに行った」
「それだけ?」
「うん」
「兄貴もお店、バイト入れてるし、あまり時間ないのかな?」
「でも、週1で会えてるよ」
「なんだ、じゃ、私と変らないじゃない」
菜摘にそう言われた。
「え?葉君とってこと?」
「ああ。うん、葉君とも、週1くらいだけど、兄貴とも、そのくらい会ってるよ」
「え?」
し、知らなかった…。そんなに頻繁に?
「まあね、新百合と江ノ島じゃ、遠いよね。私だって、週一回くらいになっちゃった」
「もっと会ってたの?」
「去年はね。でも、これからはもっと会えなくなるかな。受験だしね。あ、聖君もか」
「そうだよね…」
思わず、私と蘭はしんみりとしてしまった。ああ、蘭もそういうこと気にしてるんだね。
「また、6人で会おうか、計画立てようよ」
蘭がいきなり、元気に言い出した。わ、さすがだ。切り替えが早い。私みたいに、ひきづらないんだね。
「うん。会おう!葉君にメールしとく」
「私も、基樹に言っとくよ。あ、でも明日はバレンタインだし、みんな別行動だよね」
「もちろん」
「そして、夜報告ね!」
「メールしてね」
「桃子もだよ」
蘭と菜摘にそう言われ、仕方なくうなづいた。
蘭と菜摘は、チョコがもう固まったから帰るねと言って、チョコレートを持って、帰っていった。
私は、トリュフを4つ箱に入れ、もう4つ、箱に入れた。一つの箱は、聖君に。もう一つは、聖君の家族に。それから、小さい箱に2個入れて、お父さんへっていうカードをそえた。
昨年は確か、好きだった人にあげられなくって、そのまま持って帰ってきたっけ。父には、その残りをやっぱり、あげたんだったな。でも、父は、自分のために手作りをしてくれたと思い、すんごい喜んでいた。
だけど、今年は聖君のために作ったのは、ばればれだよね。
そっか~。1年前はまだ、聖君にも会ってなかったんだ。なんか、不思議。
それから、箱を自分の部屋にもって行き、リボンもかけた。聖君には、メッセージカードに、
「聖君へ いつもありがとう」
と、書いてそえた。
もっといろいろと、書きたかったけど、なんて書いて言いかわからなくて、それだけにした。まさか、好きですとか、書けないし…。それとも、そういうの書いた方が聖君、喜ぶかな。
しばらく悩んだけど、やっぱりやめた。私が聖君のことを大好きなのは、もうわかってることだもんね。それに、とても恥ずかしくて、書けないや。
箱を小さめの手提げの紙袋に入れ、明日着ていく洋服を出し、私は、ドキドキしていた。初めて、彼氏にチョコレートをあげる。それを考えただけでも、ドキドキしていた。