第48話 自分の価値
ピンポーン。チャイムが鳴った。花ちゃんが出ると、聖君だった。花ちゃんがドアを開けに行った。そして花ちゃんの後ろから、聖君がリビングにやってきた。
「おお!聖!」
桐太が喜んだ。
「わ、ほんと、すごいかっこいい」
小声で私の横で、果林さんがつぶやいた。
「ゆっくりしてけよ。まあ、その辺でも座って」
「ゆっくりできない。すぐに桃子ちゃんと帰るよ」
「なんで~~?いいじゃんか」
「お前の家じゃないだろ?ここ」
「うちならいいから、ゆっくりしていって。花、お茶でも淹れて」
果林さんがそう言うと、花ちゃんはキッチンに行こうとした。
「いいよ、ほんとすぐに帰るから」
と、聖君は花ちゃんを止めた。
「いいじゃない。私もいろいろと桐太の中学時代の話を聞きたいし」
果林さんはソファに腰掛けて、
「ここ座って」
と、聖君にも言った。果林さんの横にはさっさと、桐太が座った。
「こいつの中学時代?あまり聞かないほうがいいよ」
聖君はしぶしぶソファに座った。
「どうして?もててたの?」
「ああ。なんかね、もててはいたけど」
「お前ほどじゃないよ。お前、バレンタインはチョコがカバンに入りきれないくらい来てたし、大変だったよな」
「……。いいよ、そんな話」
「いいじゃん。お前の武勇伝彼女に聞かせてやったら?一回付き合った子、そういえば、どうしてる?あの子」
「知らないよ。それに俺の方がすぐに振られてたよ」
「ええ?信じられない。聖君を振るなんて」
と、花ちゃんが言うと、果林さんも大きくうなづいた。
「女の子と付き合うの、お前、苦手だったもんな。だから、高校行ったらすっかり、硬派で通すようになったって、聞いたけど?」
「そうだよ」
聖君はほとんど、口も開かずに相槌を打った。さっさとこの場から離れたいとでも思ってるようだった。
「で、なんでこんな可愛い子と付き合ってんの?」
「うっせ~よ。いいだろ?」
「……まさか、お前の性格からして、女騙せそうにもないし。マジで付き合ってんの?」
「そうだよ、わりいかよ!」
「いや、いいけど。へ~~~!そうなんだ」
桐太はなんだか、楽しそうだった。
「お前、花ちゃんのお姉さんと付き合ってるんだろ?」
「まあね」
「また悪い癖出てないよな」
「え?悪い癖?」
「他の子とも平気で…」
「ああ。今はない」
「今?」
聖君が聞き返すと、花ちゃんが、
「浮気もしてた。ふたまたもかけた。最低なんだよ」
と、つげ口をした。果林さんが、慌てて、
「花!やめてよ、言うの」
と止めていた。
「だって、お姉ちゃん、泣かされてたじゃない」
と、花ちゃんが言うと、桐太は、ちょっと口元に笑みを浮かべ、
「今はその女とも別れたんだから、いいじゃん」
と、軽く言った。
「はあ。やっぱり、そんな?」
聖君がため息をつくと、
「お前がまじめすぎなんだよ。相手から、デートしてとか、2番でもいいとか言ってくるんだから、しょうがないじゃん」
桐太の言うことに、また聖君はため息をすると、
「断ればいいだけじゃん。彼女いるんだから」
とそう言った。
「なんで?」
「はあ?彼女が傷つくってわかってないの?」
「でも、別れようとか言ってこないよ。なあ?」
「……」
聖君の口は、ぽかんと開いて、閉じなくなっていたが、呆れてものも言えないようだ。
私は内心、むかむかしていた。そして、こんな人となんで果林さんは付き合ってるのかがわからなかった。
果林さんは何も言わなかった。
「桃子ちゃんって言ったっけ?どこでこいつと知り合ったの?」
「答える必要ないから」
聖君はばしっとそう言うと、
「じゃ、そろそろ行く」
と立ち上がろうとした。でも、果林さんが聖君の腕を抑えて、
「もっと話がしたいから、いてくれない?」
とそう言った。
「話って?」
桐太は変な顔をして、そう聞いた。
「聖君は浮気しないの?」
果林さんが聞いた。
「しないよ」
聖君が答えた。
「何を聞くつもりだよ。果林」
桐太は不機嫌そうにそう聞いた。果林さんは、桐太には答えなかった。
「でも、聖君も、すんごいもてるでしょ?硬派で通してるって言ってたけど、どうしてるの?」
「どうしてるって?」
「告白されたり、チョコもらったら」
「断ってる」
「即行断っちゃうんだって。かっこいいよね」
と、花ちゃんが口を挟んだ。すると、
「かっこいい?断るのが?ちゃんともらってやったらいいじゃん。かわいそうだよ」
と桐太が言った。
「気を持たせるだけだろ?断った方がいいんだよ」
と聖君が言うと、
「せっかく聖のために作ったり、買ったりしてるんだぜ?」
と桐太も負けずにそう言った。
「それでも!もらってもどうしてあげることもできないし、桃子ちゃんにも悪いだろ?」
「そうかな。彼女なら、そんなの我慢しなきゃ」
「我慢?」
思わず私が聞いてしまった。
「そうだよ、もてるやつを彼氏に持ったんだから、仕方ないよ、それくらい。なあ?」
桐太はまた、果林さんに聞いた。果林さんは何も答えなかった。
「なんで何も言わないの?お前」
桐太はちょっと怒った口調で果林さんに聞いたが、やっぱり果林さんは、答えなかった。
「聖君、桃子ちゃんのこと大事にしてるの?」
果林さんは、聖君に聞いた。
「え?当たり前じゃん」
聖君がそう言うと、
「そうなんだ。そんなにかっこよくってもてるのに」
と、そんなことを言った。
「その理由がわからない。かっこいいとか、もてるとか、関係ないじゃん」
と聖君が言うと、
「だって、他にもいっぱい、いろんな子が寄ってくるんでしょ?目移りしないの?桐太みたいに」
と果林さんは聞いた。
「しないって」
聖君がそう言うと、桐太はまゆをしかめた。
「本心か?それ。もっと綺麗な女性が寄ってきてもか?」
桐太がそう聞いた。
「うん。あまり興味ない」
聖君はあっさりとそう答えた。
「お前、変だよ。男としてどっか変だよ」
桐太がそう言うと、
「ああ、そう?じゃ、いいや、俺が変でも。お前とは違ってても、それでも。俺もとやかく言うのやめるよ。お前はお前だもんな」
いきなり聖君は、そんなふうに突き放したように言い出した。
「聖君、でもお姉ちゃんを説得して。こんなやつとは別れたほうがいいって」
と花ちゃんが言うと、聖君は、
「いいんじゃないの?本人がそれでいいなら。そんなに桐太が好きならそれはそれで。俺がとやかく言うことじゃないんだよ。きっと」
と、今度は突き放さず、花ちゃんにしっかりと優しい口調でそう言った。
「でも」
花ちゃんがまだ、何かを言おうとしたけど、果林さんが、
「私が…?」
と、いきなり考え込んでしまった。
「なんだよ、どうしたんだよ?果林」
「私、そこまで桐太を思ってるかどうかわからない」
と、果林さんが言うと、
「ど、どうしたんだよ?俺のこと好きだろ?」
と、桐太は動揺した。
「桐太かっこいいし、自慢だった。やっとこ彼女になれたから、別れたくなかったけど、それだけだったかも。私、執着してたのかもしれない」
「なんだよ、それ」
桐太はちょっと、慌てていた。その逆で聖君は、
「そういうことに気づいたんなら、それもそれでいいんじゃないの?」
と、すごく冷静にそう言った。
「聖君みたいな男の子もいるんだね」
と果林さんは、聖君のことを見た。
「桃子ちゃんは、聖君にべた惚れなんじゃないの?こんなにかっこよくって、他の女にもまったく興味を示さないような、そんな人」
果林さんがそう聞いてきた。私は、少し恥ずかしくなりながらも、うんってうなづこうとしたら、
「俺がべた惚れなの。だから、他の子には興味ないんだよ」
と聖君が言った。
「ひゃ~~。すごいこと言ってる」
と花ちゃんの方が、私よりも赤くなった。
「女一人に夢中になるなんて、かっこ悪い」
桐太がそう言うと、また聖君が、
「お前がなんと言おうといいさ。それがかっこ悪くてもいいよ、別に。かっこ悪かろうがなんだろうが、好きなもんは好きなんだよ。それだけだよ」
と、突き放したように言い、
「じゃ、帰るよ。桃子ちゃん行こう」
と、私の手を取った。
「お前がそんなに夢中になるなんて、どんな子なんだよ、興味ある」
桐太がいう言葉に聖君は、
「お前が誰と付き合おうと勝手だけど、桃子ちゃんには手、出すなよ。俺の彼女なんだから」
と睨みながら答えた。でも桐太は、
「ますます興味ある」
と、にやつきながらつぶやいた。
「お前、その癖いい加減にしたら?友達の彼女取りたくなるの」
え?何それ?
「中学の時もやってただろ?俺と付き合ってた子にも、ちょっかいだしてたよね?で、俺が振られたら、いきなりその子のこと、お前、見向きもしなくなってた」
「ああ。そんなこともあったっけ」
「いい加減にしろよな」
「口出さないんじゃなかったの?」
「ああ。それでいつかお前が痛い目にあっても、自業自得だしな。だけど、桃子ちゃんにだけは、絶対に手、出すなよな」
「…。マジなんだ、そんなに」
「そうだよ」
「もうお前のもんなの?手出しちゃったの?」
「うるせえよ、そんなのなんでお前に言わなきゃならないんだよ」
「あ、まだなんだ。へえ!それじゃ、俺が横から手出して、さっさと桃子ちゃん」
桐太がそう言いかけると、聖君はものすごい怖い顔をして、桐太のむなぐらをつかんだ。
「手、ちょっとでも出してみろ。ただじゃすまねえからな。よく覚えておけ」
怖い!こんな怖い聖君、初めて見た!!!
「うわ。聖君、超かっこいい」
隣で花ちゃんが目を輝かせ、その隣では、果林さんも目をとろんとさせて、聖君を見ていた。
え?なんで?
「桃子ちゃん、帰るよ」
また聖君は私の手を取った。そしてさっさと玄関に行った。
「そんなに大事なんだ。へえ!そんなに大事にしてるんだ。手も出せないほど?」
まだ、桐太は聖君をからかうように、そんなことを言っていた。聖君は靴を履き、私が靴を履くのを待つと、玄関のドアを開けた。
「おい、どうなんだよ?」
桐太は聖君に無視されて、もう一回聞いてきた。
「そうだよ。すげえ大事だから手も出してない。んなの、お前にはわからないかもしれないけどな」
聖君はそう捨て台詞を残し、ドアを閉め、どんどんエレベーターに向かって歩き出した。
聖君の後姿は、怒ってるオーラが漂っている。無言でどんどん歩いてる。声もかけずらい。
エレベーターに乗ると、私の方を向き、
「もう、会わないんだよ?もしあいつが何かしかけてきても、無視してね」
と私に言って来た。
「え?うん」
そんなことしてくるのかな。
「あいつ、変なライバル意識持ってるんだ」
「え?」
「友達の彼女、口説いて自分に振り向かせる。それで、自分の方が上だみたいな、そんな勝ち負けの勝負をしてる」
「……」
「チョコをどれだけもらったかとか、どれだけの女の子と付き合ってるかとか、そんなので自分の価値を見出してるんだ」
「…そうなんだ」
「なんかあるんだろうけどね、育ってきた中で。十分に愛されなくて、自分の価値を認められなくて、そんなのでぽっかりと空いたものを埋めようとしてる」
「聖君、桐太君のこと、よくわかってるんだね?」
「うん。中学2年の頃、仲良かったしね。俺に彼女が出来てから、どっか変になったかな」
「そうなんだ」
「しょうがねえよな。そういうの、本人に言ったって気づかないし。余計なお世話だって言われたこともあるし。だから、ほっとくことにした。いつか自分で気づくだろうからって」
「……」
「冷たい?俺?」
「ううん」
「即行断るのも、冷たいかな?」
「ううん」
「傷つけたくはないけど、でも、みんなを傷つけないですむようにはできないよ。俺が傷つけないよう出来るだけ大事にしたいのは、桃子ちゃんだし」
「え?」
「他の子が俺に断られて泣いても、傷ついても、自分でか、友達にか、誰かに元気付けてもらって、立ち直るしかないし、その子にもいつか、その子を大事に思ってくれる人が、現れるんだろうから、それが俺じゃなかったってだけでさ」
「うん」
「桐太も、いつか、すげえ大事な人が現れるかもしんない」
「え?」
「わかんないけどさ。でも、もし現れたら、そんときいろんなものが消えるんじゃないかな」
「消える?」
「もう、誰かと張り合ったり、誰かの彼女取らなくても、自分の価値をそんなので図らなくても、大丈夫になれるよ」
「そうだね」
「だから、ほっとく。でも、桃子ちゃんにもし、手を出してきたら、本気でなぐるなりけるなり、そんときには遠慮しない、俺」
「……」
聖君と駅に行き、電車に乗った。新百合ヶ丘に着くと、
「菜摘の家に呼ばれてたんだ。で、その前に桃子ちゃんに会えたらって思って電話したの」
と聖君はそう言った。
「じゃ、これから菜摘の家に?」
「うん、夕飯ご馳走してもらいに。お父さん、誕生日なんだってさ。俺も12月誕生日だし、一緒に祝おうって」
「そうなんだ」
「ごめん、送っていけそうもないけど大丈夫?もう暗いけど」
「うん。大丈夫。ありがとう」
「うん。会えてよかったよ。俺行かなかったら、あいつの餌食になってたかも、桃子ちゃん」
「え~~?それはないよ。私、ガード固いもの」
「そ、そうかな?」
聖君はちょっと不安げな顔をした。それから、
「やっぱ、送っていこうかな」
と言い出した。
「大丈夫。このくらいの時間に家まで帰ることよくあるし。じゃ、菜摘によろしくね」
「うん、気をつけて」
聖君はそう言うと、にっこりと微笑み、菜摘の家の方向に向かって行った。
私は、しばらくその後姿を見ていた。
聖君って、なんかすごい。表面的な優しさじゃないんだな。
みんなのことをどっかで、信頼してる。きっと、大丈夫、立ち直れる強さがある。それに、支えてくれる人もいる。だから、大丈夫、乗り越えられるって。
ああ。お父さんの自叙伝に、一緒に乗り越えていこうって書いてあったんだっけ。
そうだね。私も聖君となら、一緒に乗り越えていけるってそう思う。ううん、それどころか、勇気100倍、強くなれる。
花ちゃんには悪いけど、果林さんのことも、果林さんが乗り越えていくことなんだなってそう思う。そして桐太も。
あ、あんまり呼び捨てにしてるのも悪いか。桐太君も。
自信満々に見えて、桐太君にもコンプレックスがあって、自分の価値を認められなくって、もがいているのかもしれない。
私が聖君に、「そのままでいいよ」って言ってもらえるみたいに、桐太君にもそういう人が現れるといいね。