第46話 やっぱり不安
聖君と一階に降りた。幹男君はもう、帰ったあとだった。
「あ!聖君、来てたんだ」
ひまわりが喜んで、そばにやってきた。
「やあ、今日も部活だったの?お疲れさん」
聖君が笑ってそう言うと、ひまわりはすごく嬉しそうにしていた。
夕飯の準備を母がしていたので、私もすぐにキッチンに行き手伝った。聖君はリビングで、ひまわりにテレビゲームを一緒にさせられていた。
「何かもめごと?」
母が聞いてきた。
「え?な、なんで?」
「聖君の声、聞こえたから」
「え?」
ドキ!なんて言ってたのを聞かれたんだろう。
「幹男君と喧嘩でもした?」
「聖君?うん。ちょっと」
「そう。幹男君が下に下りて来て、なんだか申し訳ないことをしたかもしれないって、自分は先に帰るけど、桃ちゃんと聖君に謝ってくれって言ってたわ」
「そうなんだ」
「元気なかったけど、幹男君、何かあったの?」
「うん。元カノのことで、ちょっと落ち込んでた」
「そう」
夕飯が出来て、ダイニングで4人で食べた。
「おじさんは、いつもこの時間にいないんですか?」
「うん。たいてい、10時過ぎるかな」
聖君の質問に、ひまわりがそう答えた。
「そんな遅いんだ」
「残業が当たり前の部署にいるのよ」
と、今度は母が答えた。
「そうなんですか」
聖君にとっては不思議なことかな。お父さんは家で仕事していて、いつもいつも一緒に、ご飯食べてるんだもんね。
夕飯は、母とひまわりが交互に聖君に話しかけ、聖君はずっと笑顔でそれに答えていた。たまに、
「あはは!」
と大きな声で笑う。なんだか、ほんと爽やか青年だよね。
でも、そんな聖君でも悩みがあり、本気で落ち込んだり、悔しがったり、不安になることもあるんだ。
夕飯が終わると母が、
「ひまわり、先にお風呂に入っちゃって」
と、ひまわりに言ったが、ひまわりは、
「え~~。聖君ともっと話がしたい」
とだだをこねた。
「そんなに聖君だって遅くまでいられないわよね?」
「えっと、その。今日は俺のほうがのこのこやってきたし、すみません。夕飯までごちそうになって。遅くまでいると悪いし、そろそろ帰ります」
聖君は恐縮して、そう言った。
「いいの、うちは全然いつ来てくれても。そんなに遠慮しないで」
母はそう言うと、ひまわりにもう一回お風呂に入るように言い、
「私はエステの後片付けしなくっちゃ。ごめんね、聖君。あ、そういえば、デザートにフルーツがあるわ。桃子、むいてあげて」
と言い残し、奥の部屋へと入っていった。ひまわりもしぶしぶ、バスルームへと向かった。
「リビングで待ってて」
そう言って、私はりんごをむいて、リビングに持っていった。
「サンキュー」
聖君はそう言うと、りんごを一つほおばった。
私は聖君の隣に座った。
「あのね」
「ん?」
りんごを食べながら、聖君が私の声に耳を傾けた。
「幹男君、元カノのこと、ひきずってたんだって。元カノが結婚することを知って、すごいショックを受けたんだって言ってた」
「ふうん」
聖君は、あまり関心がないような相槌をうった。
「あれ、自分に言ってたと思う」
「あれって?」
「遠く離れたら、近くにいる人の方が良くなって、後悔しても後戻りは出来ないんだって言ってたでしょ?元カノとのことを、言ってたと思うよ」
「……」
聖君は黙って、ぼ~~っとりんごを見つめていた。
「後悔してるんじゃないかな。元カノと別れたこと」
「なんで別れたんだっけ?」
「彼女は大学に行って、幹男君は浪人生で、予備校に行ってて、だんだんと会わなくなってって言ってた」
「ふうん」
今度の「ふうん」は、何か重たい感じだな。
「環境が変わると、駄目になるものだよって前にも言ってた」
「……。そっか」
聖君は、ちょっとため息をついた。
「ずいぶん前なら、そんなことないさって明るく言ってたかもな~~、俺」
「え?今だと違うの?」
駄目になるって聖君も、思ってるの?!
「すげえ、不安になったりもしたし、簡単に明るく大丈夫って言えないかも」
そうなんだ。
「そっか。そんなことがあったのか。で、ひきずってるのか」
「高校の頃の彼女なの。そんな前なのにって思ったんだけど、幹男君が男の方がひきずるもんだよって」
「かもな~~。俺なんて、一生ひきずるかも」
「え?」
「桃子ちゃんにふられたら」
「ふらないよ」
「絶対?」
「絶対」
「俺よりも、何百倍も素敵なやつが現れたら?」
「……」
「え?なんでそこで無言?」
「聖君よりも素敵な人が、この世にいるとは思えないから」
「え?」
聖君は顔を赤くして、頭をボリッて掻いた。
「男の方が情けないね」
「え?」
「そう思うよ。嫉妬深いし、独占欲もあるし」
「……」
「自分がこんなだとは思わなかったけどさ」
「聖君が?」
「こんなに誰かのこと、好きになったことないからさ」
私のこと?だよね…。わ~~~~!なんか照れる!
「真っ赤だ」
「え?やっぱり?」
聖君にそう言われて、私は慌てて、両手で顔を隠した。
「あはは!そういうところは変わってないよね」
「私?」
「うん」
聖君は優しい瞳で、私を見ていた。
「もう1年たったんだね、早いね」
「うん」
「そっか~~。1年以上も桃子ちゃんのそばにいるんだ、俺」
「うん」
でも、来年は離れちゃうんだ。そう思ったら、心が重くなった。
「そろそろ帰るね。もう8時過ぎちゃった」
「あ、そうだよね。遅くなっちゃうよね」
「じゃ、お母さんによろしく言ってね」
「うん」
聖君を見送りに玄関に行った。
「気をつけてね」
「うん、おやすみ。桃子ちゃん」
聖君はまた、風のようにキスをした。
私は聖君の、後姿が見えなくなるまで見送った。
1年離れたら…。環境がまったく変わったら…。そう思うとまた、怖くなってきた。
大丈夫だよって、聖君が今まで、安心させてくれてた気がする。それが、今は聖君まで、不安がってる。
私は、聖君のことしか考えられない。それは変わらない。でも、聖君が遠くに行っちゃって、その寂しさはどうしたらいいんだろう。
会いたくなった時には、どうしたらいいんだろう。そう思うと、胸がぎゅって締め付けられていた。
12月。ますます聖君とは、会えなくなっていた。でも仕方がない。本当に受験、もうすぐなんだもんね。
ああ、せめて私が江ノ島に住んでいたら、もっと頻繁にれいんどろっぷすにも行けるのにな。
いきなり、家ごと江ノ島に引っ越すことにはならないだろうか。
メールは頻繁に来た。私は、聖君からきたら、返すようにしていた。私からあまりしちゃうと、勉強の邪魔になるんじゃないかって、思っていたからだ。
学校でも、たまにため息を無意識でしてるみたいで、花ちゃんが、
「聖君と会えないの?」
と察して聞いてきた。
「え?なんで?」
「今、ため息ついてたよ」
「ほんと?気がつかなかった」
「会えてないの?」
「うん。でも、こんなじゃ来年困っちゃうよね。沖縄に行ったら、何ヶ月も会えないんだから」
「そうだね」
帰りのホームルームも終わり、帰り支度をしながら私たちはそんな話をしていた。
「学食寄ってく?」
花ちゃんに言われて、私たちは学食に行った。
「桃子!」
学食に入ると、蘭がいて、私に手を振った。
「久しぶり~~」
と、蘭が抱きついてきた。
「今、階も違うしなかなか会えなかったよね」
「うん」
花ちゃんは蘭と話すのは初めてかな。
「今、同じクラスの花ちゃん」
私が紹介すると蘭は明るく、
「どうも~~!蘭です」
とにっこりと笑った。
「あ、どうも」
逆に花ちゃんは、顔をひきつらせていた。
蘭は、そんな花ちゃんの表情をよそに、
「あ、私らの横においでよ。桃子と久々に話がしたいよ」
と、強引に私と花ちゃんを蘭の隣の席に座らせた。
「蘭の友達?」
そこには、二人、かなり派手な女の子が座っていた。
「そう。中学からの友達だよ」
と言うと、その二人は意外~~って、小さな声で話していた。でも、こんな近くだし、丸聞こえだ。
「どう?元気だった?」
蘭が聞いてきた。
「うん、元気」
「聖君とはまだ、続いてるんでしょ?」
「うん」
「そうか~~、長いよね、菜摘も葉君と続いてるみたいだし」
「菜摘とは会うの?」
「階が同じだから、たま~~にね」
「そっか~」
「お友達はえっと、花ちゃんだっけ?彼氏いるの?」
「いえ、いないです」
「なんで敬語?普通でいいよ、普通で」
「あ、うん」
花ちゃんは、大人しかった。多分、花ちゃんにとって蘭は、ちょっと苦手なタイプだろうな。派手で陽気で、大人っぽくて。
「蘭は大学生の彼氏は?」
「続いてるよ」
「そうなんだ」
「冬休みに、二人で旅行に行く予定なの」
「ええ?!」
旅行?それも二人で?
「うん。そんなに驚かないでよ。もう、付き合って長いし、相手は大学生だし、そういうこともあるよ」
「そ、そうなんだ」
バクバク。心臓が早くなりだした。
「そんなに驚くってことは、桃子はまだ?」
「え?!」
「聖君と」
「う、うん」
「聖君、よく我慢してるよね」
「ええ?」
「だって、健康な高校生の男子だよ?彼女と1年以上も付き合ってたら、そりゃ、そろそろねえ」
「……」
心臓がもっと、バクバクしてきた。
「菜摘も進展なさそうだし、ほんと、あんたらは男泣かせだよね」
「ええ?」
「沖縄行くんでしょ?聖君。大学なんて大人の女性がうようよいるよ。うかうかしてたら取られちゃうよ。いいの?」
「よくない!」
「じゃあさ、そろそろ覚悟決めたら?」
「ええ?!」
「もったいぶってたら、聖君、いい加減、他の子に目移りしちゃうかもよ」
それはない。ないと思う。だって、聖君、他の子に興味ないって言ってたし。
くすくす。と、隣にいた女の子たちが笑った。
「蘭、その子にそんなこと言っても無理なんじゃない?」
一人の子がそんなことを言って来た。
「え?なんで?」
蘭が聞き返すと、
「だって~~、なんだかまだまだ、お子ちゃまって感じよ」
と言って、またくすくすと笑った。
お、お子ちゃま?ズキ!傷つく。
「そうかな~~。前よりもずっと、大人っぽくなったと思うけど?」
蘭が、あっさりとそう言った。
「え?そうなの~~?じゃ、どんだけ今まで子供だったの?」
とそう言うと、また二人はくすくすと笑う。
「桃子はどうなのよ」
いきなり、蘭がまた私の方を向いた。
「聖君、取られていいの?」
「い、嫌かな」
「でしょ?」
「でも」
「でも何?」
「聖君、そんな…他の人のもとになんていかないって、自分で言ってた」
「そんなの!男なんてわからないって。もし、目の前ですんご~~い、いい女が手招きしてたら、行っちゃうって」
「……」
「くすくす。蘭、そんな夢を壊すようなこと言わないほうがいいって」
またさっきの子が、そんなことを言ってきた。
「まだまだ、白馬の王子様が迎えに来てくれる~~なんて、夢見ていたいよね~~?」
と、私にものすごく幼い子と話すみたいに、首をかしげて話しかけてきた。
ム!なんだか、すごくやな感じ。
「でも、そう!白馬に乗った王子様だよ、聖君は!そんじょそこいらの男と違うの」
と、いきなり花ちゃんが、目を輝かせて話し出した。
「ええ~?あはは。そんな男がいるの?」
もう一人の子がまた、笑いながら聞いてきた。
「まあね、聖君はかっこいいわ。でも、だからこそ、危ないって。ものすごくもてるでしょ?沖縄でももてまくるよ?絶対に」
蘭が、自信満々にそう言ってきた。
「う…」
そうかもしれない。
駄目だ。思い切り落ち込んだ。
「花ちゃん、なんか食欲失せた。もう帰ってもいい?」
と聞くと、花ちゃんは、
「え?いいよ。じゃ、一緒に帰ろう」
と言ってくれた。
席を立とうとすると、蘭が、
「桃子。ファイト!勇気を出しなさい」
と言って、私の肩をぽんとたたいた。
「え?」
「勇気!」
「……うん」
ものすごく気のない返事をして、私は学食を出た。
ああ。この前、聖君に、
「待ってね」
と言ったばかりだ。でも、私も私の中で疑問だったんだ。いったい、聖君をいつまで待たせるんだろうか、私って。
それにしても、彼氏と二人で、旅行。まだ、高校2年なのに。なんて思うのは、私がまだまだお子ちゃまだからなの?
あまり長い間待たせたら、本当に聖君、しびれを切らして、綺麗な大人な女性のもとへと行ったりしない?
それ、前にも不安でたまらなかった。桜さんが現れた時も、すごく不安になった。
聖君は、私を選んだんだよって言ってくれるけど、でも、やっぱり不安は不安だ。
ああ。私、いつまで待たせるつもりなんだろう。
やっぱり、蘭が言ったように、勇気を出さなくちゃいけないのかな。