表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/123

第45話 愛しい彼

 胸がまた、きゅうんってなる。聖君の横顔を見ているだけで、そうなる。

「私ね」

「うん」

 聖君は下を向いたまま、少しうなづいた。

「さっき、幹男君に抱きしめられてた時も、聖君のこと考えてた」

「え?」

 聖君は顔を上げて、私を見た。


「これが聖君だったら、胸がバクバクするんだろうなとか、聖君の匂いとか、ぬくもりとか思い出してて、なんで幹男君だと全然ドキドキしないのかなとか、これってお兄ちゃんにハグしてもらってるみたいなものかなとか…。そんなこと」

「……」

 聖君は黙って、私の顔を見ながら聞いていた。私はなんだか恥ずかしくなり、目を伏せた。でも、話は続けた。


「聖君だと、心臓が壊れそうになるくらい、ドキドキする。聖君の声が耳元でしただけでも、息がかかっただけでも。こうやって、隣にいても、ドキドキしてる」

「……」

 聖君はまだ、黙っていた。

「でも、嫌じゃないの。でも、耐えられないの。でも…」

「うん?」

「聖君のことが大好きなの」

「……」


「さっき、うっとうしいって聞いたよね?引いちゃったって聞いたでしょ」

「うん」

「そんなこと全然ない。聖君があんなふうに思ってくれてたこと、すごく嬉しかった」

「え?」

「情けないなんて思ってない。大事に思ってくれてるのも、私を失うのが怖いって言ってくれるのも、それに…」

「うん」


 私は恥ずかしくって、言葉にするのを一回、躊躇した。でも、聖君が黙って私を見て、話を続けるのを待っててくれてるのがわかって、思い切って話し出した。

「わ、私を俺のものにしたいって言ってくれたのも、嬉しかった」

「……」

 聖君の顔をちらって見た。聖君は黙って、ただ私を見ていた。


 恥ずかしくて、私はまた目をふせた。そして、また話を続けた。

「わ、私ね、もう、聖君以外のこと、考えられないくらいになってるよ」

「え?」

「聖君以外の人のことなんて、考えられないから」

「……」

「私も、聖君が思っているよりもずっと、想ってる」

「……」

 聖君を見た。聖君は目を細めて私を見ると、下を向いた。そして、髪をかきあげて、

「そっか…」

って一言、ぽつりと言った。


 しばらくまた、二人で黙っていた。私はまだ、聖君の袖口をつまんでいた。

「あのね」

 私は、何を言いたいかもわからなかったけど、なぜか、言葉が勝手に口から出ていた。

「え?」

 聖君はまた、私を見た。

「あのね、聖君の匂いが好きなんだ」

「俺、なんか匂う?」

「ふわって、優しい匂いがする」

「そう?」


「それにね」

「え?」

「聖君の声も好き」

「そ、そう?」

「うん。本当に耳元で話されると、ドキドキする」

「そう…」

 聖君は真っ赤になって、うつむいた。


「それに」

「え?」

 また、聖君は私を見た。

「聖君の目も好き。見つめられると、どうしようかと思う。だから、目をふせちゃう」

「ああ、それでなの?たまにあるよね」

「うん」

 聖君は、じっと私を見た。私は思わず目をふせると、

「あ、本当だ」

って、少し口元に笑みをうかべてそう言った。


「聖君の髪も好き」

「髪?」

「うん。きっと、触ったらサラサラだよね?」

「え?どうかな」

「それから…」

「まだあるの?」

「え?」

「俺、今、すんごい恥ずかしくなってるんだけど」


「だって、私が聖君のことを嫌がってるとか、逃げてるとか、そんなことを聖君、言うんだもん。だから、どれだけ私が聖君のこと好きか、言ったほうがいいかなって思って」

「う…。そうか、それでか…。あ~~。そっか~~」

 聖君はそう言うと、頭をボリッて掻いた。

「じゃ、本当に手で俺のこと押すの、心臓が壊れそうになるからなんだ?」

「うん」

「じゃ、俺がキスしたり、抱きしめると、固まっちゃうのも?」

「うん」


「そうか」

 聖君はそう言うと、もう一回頭をボリッて掻いた。

「私、聖君が、私に触れるたび、体中心臓になってるよ」

「え?」

「体中で、バクバクしてるの」

「そ、そうなんだ」

 聖君は、なぜか真っ赤になっていた。


「胸が苦しくなるくらい、聖君が好きだよ。すごく好きで、好きすぎて、それで苦しいの」

「え?!」

 聖君がちょっと驚いていた。

「さっきも、苦しかったのは、聖君が愛しくって、愛しくって、それで…」

「い、愛しいの?」

「うん」

 私はこくってうなづいた。


「情けないとか、弱いとか、そんなふうに聖君は言ってたけど、そういうところも全部、愛しい」

「……」

 また、聖君は真っ赤になった。耳まで真っ赤だった。

「本当は私の方から、ぎゅって抱きしめたいくらい」

「え?」

「なんだけど、きっと心臓がまたバクバクしちゃうよね」

「ど、どうかな?それはわからないけど、試してみる?」

 聖君にそう言われた。


 試す?

 そっか…。私から抱きしめてみるってしたことなかった。でも、出来るかな。

 

 私はまだ、聖君の袖口を摘んでいた。それを一回離すと、ちょこっと聖君の方へと体をずらした。それから、思い切って、勇気を出して、聖君のことを抱きしめてみた。

 ぎゅ!そっとじゃなくて、ちゃんと力を込めて、抱きしめてみた。

 わ~~~~~~!!!!!


 思い切り、聖君の匂いがした。聖君は、そのまま動かないで、私に体を預けていた。腕も下にぶらんとしたままだった。

 もうちょっと力を込めてみた。聖君の顔のすぐ横に顔を持っていくと、聖君の髪がほっぺたにさわった。

 わ~~~~~~!!!!!


 大変だ。ものすごく愛しい!!!!

 私の体に預けっぱなしにしている聖君が、すごく可愛い!

 それに、聖君の心臓の鼓動が伝わってくる。あったかい温もりと、鼓動。駄目だ~~。めちゃくちゃ、愛しい!また、腕に力を込めて、ぎゅってしてみた。

 あ~~~~!!愛しい~~!!


「いつまで俺、我慢してたらいいの?」

 いきなり、聖君がそう言った。

「え?我慢?」

 抱きしめられるのを、我慢してたの?

「俺も、桃子ちゃんのこと、抱きしめてもいい?」

「え?」

「でも、そのまま押し倒しちゃうかも」

「駄目」

「え?」

「駄目」


「……。それって、俺が桃子ちゃんを抱きしめちゃ駄目ってこと?」

「うん」

「なんでだよ?」

「だって、バクバクしちゃうし」

「今は?自分から抱きしめるのは?」

「それなら、平気」

「なんでだよ~~!」


 聖君は少し、すねた感じでそう言った。

「だって」

「だって?」

「こうやって、聖君をぎゅってすると、聖君、可愛いんだもん」

「はあ?」

「愛しい~~~ってなっちゃうんだもん」

「はああ~~~?」

「だから、もう少し、こうしてていい?」


「俺のこと抱きしめてるってこと?」

「うん」

「……。俺、耐えられるかな~」

「……」

 聖君の言うことを聞かず、私はまだ、聖君を抱きしめていた。

「なんで、抱きしめられると苦しくなって、抱きしめるのは平気なんだか」

 聖君はぼそってそんなことを言う。でも、そんなのもおかまいなしに、まだ、私は抱きしめていた。


 ぎゅって抱きしめるって、こんなに愛しい気持ちが溢れてくるんだ。それじゃ、聖君が私を抱きしめてる時も?

「まだ?」

 聖君が、また聞いてきた。

「うん」

「う~~~~!ワン!」

 聖君がうなった。か、可愛い。駄目だ。可愛すぎる。わ~~~~、もう聖君が可愛いやら愛しいやらで、大変だ。どうしよう。


「聖君」

「え?」

「大好き」

「う…。そ、そういうのを耳元で言われるとさ、ムラッてきちゃうんだけど」

 ムラ…?

「これ、罰ゲームみたい」

「な、なんで?」

「抱きしめたいのに、抱きしめられない。押し倒したいのに、押し倒せない。相当な拷問だよ」

「そ、そうなの?」


「……。目の前に餌があるのに、待てって言われてる犬だね。クロもいつも、こんな気持ちなのか~~。悪いことしてるよな」

「ええ?」

「ヘッヘッヘッへ」

 いきなり、聖君は犬のような、早い呼吸をした。それから、両手を犬の前足のように曲げた。

「ワン!」

と、また、犬の鳴き声のまねをする。


「い、犬になってるの?」

「そうだよ。ねえ、まだ?」

「え?」

「俺も、ぎゅってしちゃ駄目?」

「…。ちょ、ちょっとだけなら」

「ほんと?」

 聖君は嬉しそうにそう言うと、私をぎゅうって抱きしめてきた。


 わ~~~~!!!突然、心臓が早くなり、苦しくなる。

「聖君、駄目だ!」

と、私が両手でまた、聖君を押そうとしたけど、聖君はそのまま私を抱きしめていた。

「聖君!」

 もう一回言うと、

「はい。おしまい!」

と、私をぱっと離し、少し間を開けて座った。


「おあずけでしょ?また」

と、そんなことを聖君は言う。

「ごめんね、もう少し待って。私の心の準備が出来るまで」

「うん、待つよ」

 聖君はそう言ってから頭を掻くと、

「でも、5年とか10年とかは、待てないよ?俺」

と、ぼそって言った。


「そんなに待たせないよ…。と、思うけど」

 5年で、私は22歳か。う、わかんないな。5年くらい待たせることになったら、どうしよう。

「聖君、私の心の準備が出来るまでの間に、待ちくたびれて、他の女性の方に行ったりしないでね」

 そう言うと、聖君は、ちょっとおどけて笑って見せて、

「そうだな~、多分大丈夫だと思うけど」

なんて、そんなことを言った。


「ええ?!」

 私が焦った顔をすると、

「うそうそ!俺が抱きたいのなんて、桃子ちゃんだけだって」

と、聖君は言った。

 その言葉に真っ赤になっていると、

「ほんとだよ?他の子になんて、まったく興味ないから、俺」

と、聖君はそう言うと、私にキスをしてきた。

 優しいいつもの、キスだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ