第43話 大変な状況
12月には聖君の誕生日がやってくる。私は今年セーターに挑戦している。早めに編み出したから、十分間に合いそうだ。それと、クリスマスプレゼントは、セーターとちょっと色を変えて、でも、模様を同じにした帽子を編むつもりだ。
聖君が着たり、かぶったりしたら、絶対に可愛いだろうな。また、喜んでくれるかな。
好きな人のことを思って、こうやって編むのって、なんだか幸せだ。その時は、本当に聖君のことしか考えないし…。あれ?まてよ?聖君以外のことを考えてることなんて、ほとんどないか。
聖君は、夜、勉強の合間の息抜きで、メールをくれることが多い。
>桃子ちゃん、何してる?
と、突然やってくる。セーターを編んでいるとは言えないので、本を見てたとか、ぼ~~ってしてたとか、そんなことを書いて送り返す。
>桃子ちゃん、空見て。今日は星綺麗だよ。
なんてメールが来る時もあれば、
>今日、満月だね!
なんてメールの時もある。たまに朝、早くから、
>昨日夢に、桃子ちゃん出てきた!
と書いたメールが来ることもある。
>どんな?
と聞いても、
>忘れた。
とか、
>う~~ん、ただ桃子ちゃんがいたってことは覚えてるんだけど。
とか、そんな感じだ。
だけど、今朝のメールは違っていた。
>桃子ちゃんが、離れていく夢見た。
という、そんなメールが来た。
>離れていく?
>他の誰か知らないやつと、腕組んで、歩いていって、呼んでも戻ってこなくって。
なんだ~?その夢。
>俺、泣いてた。
>また~~。うそでしょ?
きっと、嘘!なんてそんなふうに言ってくるんだ。
>まじで、夢の中で泣いてた。悔しくて、悲しくて、めちゃくちゃ、泣いてた。
聖君が、そんな夢を見るの?
>俺、今、あれかな?どっかで不安になってるのかな?
>え?不安?
>桃子ちゃんに捨てられたら、どうしようって。
>何それ!!!そんなことあるわけないじゃん!!!
>やっぱり?
……。ど、どうしちゃったの?なんか変だ。何かで、落ち込んでる?
>何かあったの?
菜摘が言ってた、聖君の悩みっていうのを思い出した。
>ないよ。勉強でちょっと疲れてるだけ。大丈夫。
ほんとかな?
>悩み事でも、ある?
私は思い切って、そう聞いてみた。
>ないよ。大丈夫。じゃ、塾行ってくるね。
聖君からのメールには、顔文字も絵文字もいっさいなかった。めずらしく…。
今日は土曜日だ。土日も聖君は勉強漬けで、なかなか会うことが出来なくなった。しょうがないかな。だって、受験、本当にもうすぐだし。
受験が終わったら、もっと会えるようになる。でも、それからすぐに、聖君は沖縄に行っちゃうんだ。
携帯の画面を見ながら、ぼ~~ってした。沖縄に行っちゃったら、もっと今よりも会えなくなるんだ。私、大丈夫かな。寂しくて、会いたくなった時にはどうしたらいいんだろう。
>勉強、頑張ってね。
というメールを送った。でも、返事が来なかった。
これまた、めずらしい。いつも、うん、頑張る(><)ってメールが来るのにな。
私はその日、おばあちゃんの家に遊びに行った。母は今日、3人もエステのお客さんがいて、父は仕事だった。ひまわりは部活で、暇なのは私だけだった。
おばあちゃんと一緒にご飯を作ったり、おじいちゃんが絵を描くのを教えてくれたりした。
私は昔から、おばあちゃんの家が大好きで、とても落ち着いて、のんびりすることが出来た。
おじいちゃんと絵を描いているといきなり、
「メールだよ」
という、聖君の声が携帯からした。おじいちゃんが、
「おや、それはもしかして、桃子ちゃんの彼氏の声かい?」
と聞いてきた。私は恥ずかしくなり、赤くなりながらうなづいた。
「今度遊びに来させなさい。一回おじいちゃんも桃子ちゃんの彼氏に会いたいから」
おじいちゃんにそんなことを、言われてしまった。
メールを見てみると、
>今、昼ごはん食べて、そのあとちょっとのんびりしてる。
っていうメールだった。
>私は、おばあちゃんの家に来てるよ。
とメールを送ると、
>そうなんだ。いいな。
と、そんなメール。おばあちゃんの家がいいのかな?
>俺も、会いたいな。桃子ちゃんに。
え?私に?
>すげ~~~会いたい。今すぐに会いたい。帰りに家、寄ってもいい?6時くらいになるかもしれないけど。
そんな遅く?塾終わってから?大変だよ。とか思いつつ、私も会いたくて、どう返事をしようか迷っていると、
>迷惑?
という、メールがすぐに来た。
>ううん、私はぜんぜん。でも、聖君が、塾終わってからで大変でしょ?
そう送り返すと、またすぐに、
>大丈夫。家まで行くね。
とメールが来た。
>うん。気をつけてね。
会えるのはすごく嬉しい。でも、聖君、どうしたのかな。やっぱり、ちょっと変だ。
すげ~~会いたいなんて、すっごくすっごく嬉しいけど、こんなメールも、こんなこと言ってくるのも、本当にめずらしい。やっぱり、何か悩んでいるのかな。
5時前には家に帰った。6時頃と言っていたから、うちで夕飯でも食べていくことになるかな。私は聖君がうちに来ることを母に言い、夕飯を聖君の分まで作ることにした。
5時半、あとは揚げ物をしたらいいだけのところまで仕上げて、ちょっとダイニングでのんびり紅茶を飲んでいると、チャイムが鳴った。
「あれ?もう来た?」
玄関のドアを開けると、幹男君が立っていた。
「久しぶり、桃ちゃん」
本当に久しぶりだった。確か、9月にひまわりに勉強を教えにきて以来だ。
「ちょっと、いい?」
そう言うと、幹男君は家に入ってきた。
「ひまわりちゃんは?」
「まだ部活から帰ってきてないよ。6時頃になるんじゃないかな」
「そう」
「ひまわりの勉強見にきたの?」
「いや…。ちょっとね」
「?」
家に入って、母に挨拶をすると幹男君は、
「ちょっと桃ちゃんの部屋に行ってもいい?」
と聞いてきた。
「え?うん」
なんだろう。6時には聖君が来るし、できたら、それまでに夕飯の支度を、ばっちり終えておきたかったんだけどな。
幹男君はベッドにドスンと座ると、しばらく黙ってうつむいていた。
「疲れてるの?」
「いや」
「今日もバイトだったの?最近忙しかったの?」
「うん、ちょっとね」
「なんか落ち込んでる?」
幹男君はまっすぐに私を見た。
「桃ちゃん、そんなところで突っ立てないで、ここに座れば?」
そう言われて、幹男君の横に座った。
「落ち込んでるのわかった?」
幹男君がそう聞いてきた。
「うん、なんか元気ないもん」
「そっか~」
しばらく幹男君は黙って、下を向いていた。
「高校の時に付き合ってた子いたって言ったよね?」
「うん」
「この前、高校の頃の友達が久しぶりにメールしてきて、その子が今度結婚するって教えてくれた」
「結婚?!」
「大学の先輩だって」
「相手、大学生なの?まだ…。あれ?その彼女も大学生なんじゃ…」
「出来ちゃった婚」
「赤ちゃん?」
「彼女の方は大学やめるらしい。男の方は、もう4年生だし、就職先も決まってるし、そいつが大学卒業したら即、入籍するんだってさ」
「そうなんだ。おめでとうなんだね」
「そうだね。おめでたいことだよ。でも、俺にとったら、かなりショックだよ」
「その女の子のこと、まだ好きだったの?」
「はは…。みたいだね」
そうか。そうなんだ。もうけっこう前に別れているのに。
「男の方が引きずるんだよ、桃ちゃん。男ってけっこう女々しいんだ」
「え?」
「ってことを、最近わかった。自分が経験して」
「……」
「他の子と付き合えなかったのも、引きずってたからだったんだな」
幹男君はは~~って、ため息をついた。それからちょっと私を見ると、
「なんかしばらく会わない間に、桃ちゃん、変わったね」
と言って来た。
「え?」
「大人になったっていうか、綺麗になったっていうか」
「そ、そう?」
そんなこと、幹男君が言うとは思っていなかったから驚いた。
「聖君の影響?」
「え?私?」
「やっぱり、彼氏がいると、変わるものかな。もう聖君とは付き合い長いんだよね?」
「うん。もう1年は過ぎた」
「そっか。じゃ、大人っぽくなるのも当たり前か。もう可愛い、幼い桃ちゃんじゃないんだね。なんか寂しいね」
「え?」
なんか、それって深い意味あるの?
「あの…、それ、何か深い意味、ある?」
なんだか気になり聞いてみた。
「もう聖君だって、1年もたってりゃいい加減、桃ちゃんに手ぐらい出してるでしょ?」
「手?!」
「あれ?まだそういう関係じゃないの?」
「そ、そういう関係?!」
私は声が裏返った。
「……」
幹男君がじっと私を見た。
「な、何?」
「そっか。そうなんだ。まだなんだ」
「え?!」
「……。ちょっとほっとした」
「ええ?!」
何、それ?
「……。元カノは赤ちゃんできちゃうし、桃ちゃんまでが大人になっちゃってたら、俺、ほんと救われないところだった」
「な、何?それ…」
どういう意味?
「はは…」
幹男君は力なく笑うと、私の肩に頭を乗せてきた。
「正直に白状すると、桃ちゃんは俺の初恋の子だから」
「……?!」
今、なんて言ったの?
「神戸に行く時には、すごい悲しかった。これからもずっと俺がそばで、桃ちゃんのことを見守っていくつもりでいたし、勝手に桃ちゃんは、いつか俺の彼女になるんだろうなって思っていたし…」
は、初耳だ~~~!!!
「桃ちゃんも俺のこと好きでいてくれてると思ってたよ。ほら、チョコくれたし」
「あれは…」
「義理チョコか…。桃ちゃん、忘れてるくらいだもんね」
「……ごめん」
幹男君は、私のことを両手で抱きしめてきた。
「え?み、幹男君?」
「ちょっとこうしてて。桃ちゃんって、隣にいると落ち着く」
「え?」
「前からそうだった。俺、いつも、癒されてた」
幹男君?そうとう、へこんでるの?
こんな幹男君は初めてだ。いつも私が、励まされたり、慰められたり、助けてもらってた。弱い幹男君を初めて見た。こんな部分もあるんだ。
私は、そのままでいた。聖君にこんなふうにされたら、ものすごくドキドキして苦しくなるのに、幹男君だと平気だった。お兄ちゃんがいたら、こんな感じかな。
でも、ごめん。幹男君。こんな状況でも私は、聖君を思っている。もし、聖君だったらとか、聖君の方が、腕に筋肉はあるな~とか、ああ、聖君にも抱きしめてもらいたいな~とか…。
心臓がバクバクするくせにね。
それに、聖君の匂いが好きだな~~とか、聖君の温もりも、声も、かもし出す空気も、何もかもが私をドキドキさせるけど、なんでこんなにも違うのかな~~とか…。ああ、幹男君に悪いかな、そういうの。だけど、やっぱり、思ってしまう。私、とことん聖君が好きだな~~。
「何してんの…」
え…?聖君の声?!
「何してるんだよっ」
聖君?!
顔を上げると、幹男君の肩越しに、ドアのところに仁王立ちしている聖君の姿が見えた。顔が真っ赤になって、手が震えている。
あ…。ものすごい怒ってる。私が、幹男君に抱きしめられているところを、見たから?これって、ものすごく大変なことになっている?
「あれ?なんでここにいるの?」
聖君とは正反対に、幹男君はものすごく冷静に振り返り、聖君に聞いた。
「桃子ちゃんから離れろよ!」
聖君は部屋に入ってくると、私に回していた幹男君の腕を掴んだ。
「いて!」
幹男君がそう言って、聖君の手を振り払うと、
「離れろって言ってるだろ!」
と、聖君が声を荒げた。
「怒鳴るなよ。だいたい、そんなに怒ることないだろ」
「何?!」
「桃ちゃんはお前のものなわけ?」
「そうだよ!」
「ふん。そう思ってるのも今のうちだな」
「え?!」
み、幹男君、なんだってそんな挑戦的なの?聖君が、ものすごく憤慨してる。手もぎゅって握って、ぶるぶると震えている。
「君が沖縄に行って、桃ちゃんが寂しい思いをしている時、そばにいるのは俺だよ。遠くにいるやつより、すぐそばにいるやつの方に、傾いていくに決まってるじゃん」
「幹男君、何を言ってるの?」
この前、聖君のこと、認めたんじゃなかったの?
「桃ちゃんに彼氏が出来て、その彼氏が遠くに行くって聞いて、桃ちゃんが傷ついたり泣いたりするのを見てられないって思った。だから、君が沖縄に行かないように、桃ちゃんから、君が沖縄に行くのをやめるよう、説得させようかとも思った」
「え?」
だから、あんなに遠距離は続かないって話を、何回もしていたの?
「でも、二人すごく仲いいし、うまくやっていくかなとも思ったよ。この前はね。でも、今は違う」
「何が違うんだよ」
聖君は、低い声でそう聞いた。
「さっさと沖縄にでも、どこにでも行けばいいさ。そうしたら、桃ちゃんのそばにいるのは、この俺だ。また、桃ちゃんは、俺のもとに帰ってくる」
「また?」
「そうだよ。ずっと、桃ちゃんを守っていたのは、俺なんだ。あとからのこのこ出てきたのは、君の方だ」
「なんで、そんなこと今更言ってんだよ?妹みたいな存在だって、言ってただろ?」
「……。妹みたいだって、思い込んではいたさ」
ま、待って。変な方向に行ってる。どうしちゃったの?幹男君。
「どういうことだよ」
「……。いつまでも自分のもんだって、思い込んでるなよ。離れても、桃ちゃんが自分のことを好いているなんて、自惚れるな」
「え?」
聖君は、思い切り幹男君を睨んだ。
「離れて寂しい思いをしたら、そばにいるやつの方がよくなるんだよ。そんとき後悔したり、後戻りしようとしても、もう遅いんだよ」
……。ああ、わかった。それ、自分のことを言ってるんだ。元カノのそばにいなかったことを後悔したり、他の人に取られて、もう後戻りも出来なくって、幹男君は、自分を責めているんだ。聖君に言いながらも、自分に言っているんだ。
「うっせ~よ。これは桃子ちゃんと俺のことだ。部外者に言われたかね~よ!」
「部外者~?」
「そうだろ!」
「もうやめて!これ以上言い合うんなら、部屋を出てってよ!」
今にも聖君は幹男君に、くってかかりそうになっていて、私は間に入って、そう言った。
聖君はまだ、拳を震わせていた。
幹男君は、私の顔を見て、すごく冷静に、
「悪かったね、桃ちゃん。そんな辛そうな顔しないで。そろそろ俺は、引き上げるから」
とそう言って、部屋を出てドアを閉めた。
バタン。ドアを閉める音の後に、幹男君の階段を下りていく音が響いた。
そして、その音も消えると、部屋はし~~んと静まり返った。