第42話 新たな悩み
9月はあっという間に過ぎていった。
花ちゃんは、コーチが移動して、スクールに行くのがつらいと言い、スイミングスクールをやめた。行くと、コーチを思い出してしまうのだそうだ。
「花ちゃん、ごめんね、私」
と、謝ろうとしたら、桃ちゃんのせいじゃないから、謝らないでと言われてしまった。私も、クロールや平泳ぎが泳げるようになり、スクールをやめることにした。
10月になると、文化祭の準備が始まった。聖君にまた、文化祭ではステージで歌うのかを聞いたら、今年は練習も出来ないし、歌わないよと言われた。
残念だ。あのかっこよくて、色っぽい聖君を見れないのは。
聖君がステージに立たないので、私も菜摘も、聖君の高校の文化祭に行くのはやめにした。
菜摘は、葉君と、仲がよかった。葉君も、バイトを多く入れているので、デートはそんなに出来ないようだったが、それでも、時々菜摘に会って話を聞くと、葉君とのラブラブな話をのろけてくれた。
聖君も、追い込みで、前みたいに会えなくなった。だけど、メールは相変わらずくれるし、時々私がお店に行って、聖君の家族も交えて、ご飯をごちそうになったり、聖君のお父さんが車で送ってくれるので、寂しさを感じることもなかった。
一回、れいんどろっぷすに基樹君が遊びに来ていて、聖君の高校での話をこっそりと教えてくれた。
「聖、硬派ぶりが、さらに増したよ」
「え?」
「最近、柳田さんとも話をしない」
「そうなの?なんでかな」
「柳田さんがどうやら、彼氏と別れたらしくて、聖に付き合って欲しいって言ってきたみたい」
「ええ?!」
初耳だ。
「彼女がいるし、付き合えないと、はっきりと断ったらしいけど、それっきり、あまり話もしなくなったよ」
「知らなかった」
「やっぱり?そういうの、聖、話さない?」
「うん」
なんて会話をカウンターでしていたら、飲み物やスコーンを取りに行っていた、聖君が戻ってきて、
「そういうの、お前がばらすなよ」
と、基樹君の話が聞こえてたらしく、聖君が不機嫌そうにそう言った。
「だって、一応さ、桃子ちゃんも気になるかなと思ってさ」
「気にするようなことは何もないから」
聖君はクールにそう言ったあとに、
「学校では男とつるんでるのが、1番楽でいいや」
と、そんなことを言った。
「聖。一部のお前のファンが、お前は男にしか興味がないんじゃないかって言ってるの、知ってる?」
「何?それ」
聖君は、私の横に座り、私を間に基樹君と話し出した。
「彼女がいるのは、あれは、きっと、カモフラージュで、本当は男にしか興味がなくて、だから、女の子にはあんなにクールなんだっていううわさが流れてるらしいよ」
「俺が~~?」
「仲いい俺まで、疑われちゃうじゃんか、なあ?」
基樹君はそう言ってから、ゲラゲラ笑った。
「なんだよ、そりゃ。まあ、いいけどさ」
「え?いいの?」
私がびっくりして、そう聞くと、
「うん、めんどくせ~じゃん。そういううわさが流れてるからって、否定して回るのも。勝手に言わせとけって感じだよ」
と、聖君はけろっとした顔でそう言った。
「当の本人は、めちゃくちゃ、女好きなのにね」
基樹君がそう言うと、
「その言い方、すごく誤解されるからやめろよな、基樹」
と聖君が、少し睨みつけながら、基樹君に言った。
「あ、訂正、悪い悪い。女好きじゃなくて、桃子ちゃん好き」
え?!!!
基樹君の言うことに驚いて、聖君の方を見ると、聖君は何事もなかったかのように、コーラを飲み、
「ま、そういうことだ」
と、うなづいた。
そ、そういうこと…?
「基樹、どう?勉強は」
「うん、まあまあってとこ」
「頑張ってるんだ?」
「まあね。彼女も作らないで、勉強に集中してるさ。お前みたいに器用じゃないしね」
「俺?器用って?」
聖君が、基樹君の言うことに聞き返すと、
「お前、彼女がいても、勉強にさしさわりないじゃん」
と、基樹君が言った。
「ああ。そういうことか。さしさわりがないどころか、俺の場合は、桃子ちゃんがいた方が、頑張れるかな」
「何?それ、どういうこと?」
「たとえば、今日みたいに、桃子ちゃんに週末会えると思うと、それまでの間、勉強頑張っちゃおうって、頑張れちゃうから」
「子供が何かお楽しみがあって、それで、頑張れちゃうみたいな?」
「ああ、そうそう。そんな感じ」
聖君が笑ってそう言った。
「桃子ちゃんが偉いんだよね?あまり会えなくても、文句言ったりしないんでしょ?」
基樹君に聞かれた。
「え?うん。文句なんて…。聖君、本当に勉強頑張っているんだもん。邪魔しちゃ悪いし」
私がそう答えると、
「は~~、ほんと、できた彼女を持ったもんだな。そりゃ、桃子ちゃん一筋になるってもんだ」
と、基樹君は感心しながらそう言った。
「でしょ?」
聖君は、口元にだけ笑みを浮かべて、そう答えた。
出来た…彼女?私が~~?
私は聖君と、基樹君を交互に見て、それから、顔がほてってきて、下を向いた。
「あはは、真ん中で照れてるし!」
聖君が笑って言った。
それから、江ノ島の駅まで3人で歩き、聖君に見送られ、私は基樹君と電車に乗った。
「聖、本当に桃子ちゃんとは長く続いてるよね」
基樹君がそういきなり、言ってきた。
「菜摘と、葉君もね」
「ああ、そっか」
基樹君は、外を見ながらそう言うと、
「ちょっと羨ましいね。長く続く秘訣ってなんだろう」
と、そんなことを聞いてきた。
「わかんないけど…。何かな?」
私は本当に、わからなくて、首をかしげた。
「まあ、聖の方からふったりはしないだろうから、桃子ちゃんが寂しくても、我慢してるってところで、長く続いてるのかな」
「聖君の方からふらない?」
「うん。あいつ、まじで、桃子ちゃんのこと好きじゃん。他の子、本当に目に入らないみたいだしね」
「え?そう?」
「さっきは、聖いたし、話せなかったけど、最近ね、柳田さん以外にも、聖に告ってきた女の子がいるんだ。高校1年で、めっちゃ可愛い子だよ。男子にモテモテでさ。聖に気があるだろうなっていうのは、まるわかりだったけど、とうとう告白してきてって感じでさ」
それもまた、初耳!
「あっさりと、聖はふってた。実は俺、そこに居合わせちゃって、向こうも友達と来てて、俺がいるのに、告白始めちゃってさ」
「うん」
「聖ね、俺、付き合ってる子いるよ。って、それだけ言って、じゃあってその場をあとにしちゃったの。え?それだけ?ってこっちが拍子抜けした。その子をみたら、その子も呆然としてた」
「……」
「その子の友達も、え?それだけ?って感じで、みんなで呆然としてた」
「そのあと、聖君は?」
また落ち込んだりしなかったのかな。
「あんな可愛い子、あんな簡単にふるなんて、俺じゃ考えられないって言ったら、聖のやついけしゃあしゃあと、え?今の子可愛かったっけ?って言った」
「え?」
「ああ、お前にとっては、桃子ちゃんだけが可愛いんだっけって皮肉を言ったのに、うん、そうだよってあっさりと言われた」
「え…」
聞いてて、私は真っ赤になった。
「あいつは、どんだけ桃子ちゃんが好きなんだって、あの時も思ったよ。でさ、そんなこともあったから、聖は男にしか興味がないんじゃないかってうわさが広まったの。だって、学校一かもしれない可愛い子、ふっちゃったんだからさ」
「そ、そうだったんだ」
「これまた、聖から聞いてなかったこと?」
「うん、まったく」
「あいつにとっちゃ、なんでもない出来事なんだな。ほんと、モテルやつってのは告白されるのなんて、日常茶飯事かもな~」
「……」
基樹君が降りる駅に着き、基樹君は、
「じゃあね」
って、電車を降りて行った。
そうか。そんなことがあったのか。聖君にとってはいちいち、私に報告するようなことでもないんだろうな。
ちょっと複雑な心境だ。でも、聖君が他の子には本当に、興味を示さないのがわかって、どこかでほっともしている。
11月、文化祭が近づき、聖君からメールで、
>今年は去年みたいな格好、桃子ちゃん、しないよね?
と、聞かれた。
>しないよ。今年はうちのクラス、カフェもしないし、展示物を飾っておしまいだもん。
と、返信を送ると、
>良かった~~。もし、あんな格好するんだったら、俺、塾さぼって行こうかって思ったよ。
なんだ。それも嬉しかったな~。最近会えてないし…。
聖君の高校も3年生はほとんど、文化祭に参加しないようだ。実行委員も2年生がまとめているらしい。だから、文化祭当日も、聖君は塾の方へ行ってしまうと言っていた。
聖君を好きな女の子にとっては、残念なことじゃないのかな…、なんて他人事ながら、思ったりして…。
私は相変わらず、クラスでは花ちゃんとヒガちゃんといた。花ちゃんはまた、すっかりアイドルを追いかけるミーハーに戻り、ヒガちゃんは相変わらず、アニメ好きで、まったく3次元の男の子には、興味を持たないようだった。
だから、私は聖君との話をするのは、もっぱら、菜摘で、菜摘とは時々、家に遊びに行ったり、来てもらって話をしていた。
聖君は、塾に行くようになり、菜摘の家にも、なかなか行けなくなってしまったようで、菜摘のお父さんはがっかりしているようだった。
でも、葉君が時々、菜摘の家に遊びに行くらしく、その時にお父さんやお母さんと話をするらしい。葉君もまじめだし、菜摘のお父さんに気に入られていると、菜摘が言っていた。
葉君とは、その後何も進展がないらしい。キスはするらしいが、葉君は、あまり菜摘に近づかず、ちょっと距離を置いて接してるみたいだって、菜摘が言った。でも、それは菜摘を大事に思い、怖がらせないようにしているからだっていうことも、菜摘はわかっていて、そんな葉君の優しさが好きなんだって、のろけてくれた。
兄貴はどう?と聞かれて、胸を触られたことが一回あると、思わず言ってしまった。菜摘は驚くこともなく、それだけ長く付き合ってたら、そういうのもあるよねって、冷静にそう言ってきた。
だけど、一回きりで、それ以来ないよって言うと、やっぱり、兄貴は桃子を大事に思ってるんだねってそう菜摘は言った。
前だったら、私が幼いからとか、幼児体型だからとか、そんなことを気にして勝手に落ち込んでいたけど、最近はそういうことも思わなくなった。何しろ、聖君はちゃんと、自分の気持ちを言ってくれるから。
二人きりになり、聖君の部屋にいても、
「あ。やばい。二人きりは、俺、今日やばいみたい」
と、そんなことを言って、リビングに降りたり、お店に行ったり、時々、クロの散歩に二人で海に行ったりしていた。
クロの散歩中に、
「桃子ちゃんって最近、女っぽくなったよね」
と、いきなり言われたこともある。
「え?どこが?」
びっくりして聞き返すと、
「あれ?自分じゃ気づいてない?背も伸びたでしょ?」
と聖君に言われた。
実は夏を過ぎて身長を測ったら、去年よりも6センチも伸びていたんだよね。それに、なんと胸までが膨らんできて、もうAカップ卒業かも!って感じになってきていたし。
そういうの、聖君は見ていたんだな~~。
前から、胸がぺたんこなのを隠してくれる、少しブカッてしているブラウスばかりを着ていたんだけど、それでも、わかっちゃってたのかな~~。
う、それはそれで、恥ずかしいかも。
「成長段階だったのかな。もう止まっちゃってたと思ってたけど」
そんなことを言うと、聖君は、
「そっか~~。桃子ちゃんはまだ、大人への階段を上ってる最中なんだね~~」
と、そんなことをしみじみと言ってきた。
大人への階段。それ、深い意味はないと思うけど、私は勝手にあれこれ考えてしまい、真っ赤になりうつむいた。
それに気がついた聖君は、
「桃子ちゃん、すけべ」
って、声色を変えて言ってきた。
「す、すけべって、私、別に!」
慌ててそう言うと、
「あはは!うそうそ!すけべなのは俺の方でした~」
と、聖君は、ものすごく明るく笑って言う。
明るすぎるでしょ。そんなに明るく俺がスケベなんて言うと、どっからどうみても、スケベには見えないよ。
どうしてこんなことを言っても、こうも爽やかになるんだろうなって思うと、不思議でたまらない。これも、私が聖君が好きだから、そう見えるのか。それとも、他の子が見たとしても、そう見えるのか。
ああ、もういいか。どっちでも。とにかく私にとっては、爽やかなアイドル青年なんだから。
菜摘がまた、うちに遊びに来た。週末葉君はバイトで、聖君が塾で、二人して暇をしている日だった。
そして、その時の話を菜摘にした。聖君は何を言っても、爽やかなんだよって。すると、
「兄貴は、きっと、桃子の前では、爽やか青年気取ってるんだよ」
なんて、菜摘は言ったけど、そうなのかな?素のままの聖君を見せてくれてるって気もするけどな。
「でも、ほんと桃子、背も伸びたし、どんどん綺麗になっていくし、兄貴は気が気じゃないよね」
菜摘が、その時にそんなことを言った。
「え?私が?」
どこも変わってないと思うけどな。あ、背は伸びたけど。でもまだ、6センチ伸びたって、小さいことには変わりないんだから。
「兄貴もおちおちしてられないよね~~」
「え?」
「そりゃ、悩むわけだ」
「え?聖君が悩み?そんなの、聞いたことないよ」
「うん、そりゃ、言えないと思う。私にも言ってない」
「じゃ、なんで知ってるの?」
「葉君が、この前ばらしてくれたから」
「え?」
「葉一は菜摘に手、出したりしてないかって聞いてきたらしいの」
「聖君が?」
「うん、それで葉君、うん、手を出したりしそうになっても、我慢してるって言ったらしくって」
「へ~~」
「葉君、可愛いでしょ?」
「う。うん…」
「その時にね、兄貴が、俺も我慢してるけど、そろそろ我慢の限界かもって」
「へ?!!!」
な、何それ?
「桃子ちゃん、他のやつに取られたりしないよな。俺がこうやって、指くわえてる間に、とんびに油揚げ、さらわれないよねって、そんなこと言ってたらしいよ。葉君は思い切りそれ聞いて、大笑いしたらしいけど」
「とんびに油揚げ?」
「他のやつに、桃子、取られないよねってこと」
「そ、そんなわけないじゃない!聖君一筋なのに!」
「ねえ?私もそう思う。だいたい、兄貴にだって、怖がってなかなか、近づけない桃子が、他の人に近づけるわけがないし」
「怖がって近づけない?」
「桃子もでしょ?まだ、そういうのって、受け入れられないのは怖いからだよね?」
「……」
私が黙っていると、菜摘は違うの?って聞いてきた。
「うん、ちょっと違う」
「怖いからじゃないの?じゃ、なんで?」
「なんでって」
えっと。胸を触られた時は、胸が小さくて貧相で、それを知られたくなかったから、なんだけど…。
なんとなくそれは、菜摘には言えなかった。
「き、緊張して、心臓壊れそうで、それで…かな?」
これも本当のことだった。なにしろ、心臓が持たないんじゃないかと思うくらい、ドキドキしていたし。
「そうなんだ~~~」
菜摘は、ちょっと驚いていた。
「私と一緒で、怖くなったのかと思ったよ」
「聖君は、怖くないよ。いつでも、優しいもん」
「…あっつ~。それ、のろけ~~?」
菜摘はそう言うと、笑っていた。
そうだ。きっと今でも、そんなことになったら、心臓は持たない。でも…。
前よりも膨らんできた胸。もう、幼児体型だって、がっかりされないですむかな。あ、そうだった。もともと、そんなこと気にしてないって言われてたんだっけ。私が勝手に、気にしていただけで。
そうだ。聖君はもともと気にしてないんだ。でも、そうなるのを避けてる。二人きりになるのも、二人の仲が進展するのも、我慢してる。
それって、やっぱり、大事に思ってくれてるからかな。
それとも、私がまた、嫌がったりするかと思ってるからかな。それとも、なんでかな。
なんて、そんなことが気になりだしたけど、とても聞けない。
だけど、菜摘が言うように、聖君は悩んでいるんだろうか。
私には、あんなに明るく、心のうちを素直に話してくれてるように見えてたのにな。菜摘の言うように、爽やか青年を気取ってるんだろうか…。
そんな爽やかな聖君も好きだけど、でも、やっぱり悩んでいるなら、悩みを打ち明けて欲しいとも思う。だけど、それが、私に解決できることなのかどうかは、わからないし。っていうより、思い切り、私まで、悩むことになりそうな予感もする。
聖君が悩んでいるのを知りながらも、どうにも出来ないのかなって思ったら、ものすごく複雑な気持ちになって、その夜、私は、朝方まで、眠ることが出来なかった。