第40話 落ち込む彼
翌日の夕方、私はれいんどろっぷすに行った。ひまわりも行きたがったが、部活で行くことが出来ず、ものすごく残念がっていた。
お店に着くと、聖君のお母さんもお父さんもいて、笑顔で出迎えてくれた。
「桃子ちゃん、これこれ!」
聖君のお父さんが早速、何枚もの写真を見せてくれた。
「わ~~。たくさんある」
「うん。いっぱい撮っちゃったんだよね」
聖君のお父さんは、嬉しそうに笑った。
「欲しいの選んでいいよ」
そう言われて、ひまわりが写っているのと、聖君が写っているのを何枚か選んだ。
「桃子ちゃんのは?」
「えっと…。ひまわりや、聖君と一緒に写ってるのだけで」
「え?このへんの、桃子ちゃんの一人で写ってるのなんて、ベストショットだと思うけど」
「い、いいです」
ベストショット?うそ~~。なんだか、間抜けな顔で笑ってる写真なのに。あ、これもう、聖君見ちゃったんだよね、っていうか、あれ?聖君は?
「聖君は、まだ帰ってないんですか?」
「うん。塾だよ。メールか何か入ってなかった?」
「はい。何も」
「じゃ、今頃すごい焦って帰って来てる最中じゃないの?」
「そうなんですか」
なんだ~…。
「この桃子ちゃんのベストショットは、聖にあげるか~~」
「え?駄目です。だったら、私がもらいます」
「なんで?聖、すごく気に入ってたよ、これ」
「やっぱり、もう見ちゃったんですか?」
「うん。桃子ちゃんにあげても、またプリントアウトするんじゃないかな、聖」
え~~~~~。こ、こんな間抜け面を?
「桃子ちゃん、アイスティーでいい?」
聖君のお母さんが聞いてきた。
「はい、すみません」
私は、カウンターの席に着き、アイスティーを飲んだ。
「聖、まだかしらね」
「今日はそういえば、桜さんは?」
「ああ。もうやめちゃったのよ」
「え?」
「桜さんのお母さんが復活したから、今、キッチンに入ってもらってるの」
ああ。それで、お母さんはホールにいたのか。
そうか。もう、桜さん、お店出ないんだ。ちょっと、ほっとしたりして…。
「今ね、どこだっけ?海外に行ってるわよ」
「桜さんですか?」
「そう。彼氏を追いかけて」
「え~~!!」
「聖が、どうやら、背中を押したみたい」
「そうなんですか?!」
「あまり危なくないところだって言ってたから、大丈夫だと思うんだけどね」
そっか~~。知らない間に、そんな進展があったんだ。聖君、何も言ってくれないから。
カラン…。れいんどろっぷすのドアが開き、聖君が入ってきた。あれ?でもなんだか様子が変。
「あ、桃子ちゃん、早かったね。もう来てたんだ」
「え?うん」
なんだか、声も元気がないみたいだ。どうしちゃったんだろう。
「どうしたの?遅かったわね」
聖君のお母さんが聞いた。
「え?ああ、うん」
聖君はちょっと、苦笑いをして、それから私の席の隣に座った。
「写真、もう渡しちゃったぞ、聖」
お父さんが聖君の後ろから、そう言った。
「ああ。うん」
なんだろう。具合でも悪いのかな。
「は~~~~~」
聖君はすごいため息をつくと、思い切り、下を向いて、
「駄目だ。落ち込んだ」
と、カウンターのテーブルにうつ伏せた。
「ど、どうしたの?」
私も、聖君のお母さんも、お父さんも、聖君の周りに集まり、そう聞いた。
「今、さっき」
「うん」
「駅で、待ち伏せにあって」
「え?誰に?」
聖君のお父さんが聞いた。
「同じ高校の、後輩」
「女の子よね?」
聖君のお母さんが、聞いた。
「うん」
「それで?」
「告られた」
え?!!
「断った」
……。
「それで、なんであなたが、落ち込んでるの?」
と、お母さんが聞くと、ため息をしてから聖君は、
「思い切り、泣かれた」
と、つぶやいた。聖君のお父さんが、
「あれまあ」
と言うと、聖君の肩をぽんとたたき、
「しょうがないよ。お前が悪いんじゃないから」
と、慰めていた。
聖君はとても硬派で、女の子にはけっこうクールだ。プレゼントも受け取らないし、こういう経験も今まで何回かしていると思う。でも、その度にこうやって、落ち込んでいたんだろうか。
「なんかさ、君にも絶対に君に合う人が現れるよ、なんて言ってみたんだけど、そんなことを言えば言うほど、泣くんだよね」
「なるほどね」
聖君のお父さんが、うなづいた。
「なんつうか、俺、すんごい悪者にでもなった気分になった。気を持たせたことなんて、一回もなかったと思うんだけど、1年位前に、学校で男子にからまれてるところを、俺、助けちゃったらしい」
「聖が?」
「うん。覚えてないんだけどさ。助けたって言っても多分、後輩のやつらだろうから、お前ら、そういうのやめろよな…くらいだったと思うんだけどさ」
「でも、その子にはお前は、自分を助けて守ってくれる、王子様に見えちゃったわけだ」
「みたいだね。そのあとも、俺、なんかしちゃったみたい」
「何かって?」
聖君のお母さんが、興味深々で聞いた。
「う~~~ん。笑いかけたか、話しかけられて、笑顔で接したか…」
「めずらしい。いつもクールな聖君が?」
と、思わず私は口を挟んでしまった。聖君はちらりと私を見ると、
「似てるんだよ。なんか、雰囲気とか背格好」
と、ぽつりと言った。
「誰に?」
私が聞くと、
「桃子ちゃん」
と、聖君が答えた。
「俺、多分その時、あれ?この子桃子ちゃんに似てるな、なんて思っちゃって、微笑みかけちゃったかもしれない」
「あら~~。それは相手の子も、錯覚しちゃうわよ。だって、あなた、桃子ちゃんに微笑みかける時、特上の笑顔になっちゃうのよ?ねえ?爽太」
「うん。そりゃもう、王子様の笑顔になってるね」
「なんだよ、その王子様ってのは…」
聖君がちょっと、眉をしかめてお父さんに聞くと、
「姫を守る王子様だよ」
と、お父さんが答えた。
「なんだ?そりゃ」
聖君はぼそって言うと、また、下を向いた。
「あ~~~。なんか、変な罪悪感。桃子ちゃんを泣かせてるみたいだった」
「へ?」
私が横で、びっくりすると、
「なんだ、それで落ち込んでいるのか。お前にしては、めずらしいと思った」
と、聖君のお父さんはそう言うと、さっさと家の方に向かっていって、
「そうだ。桃子ちゃん、ベストショットいらないんだってさ。お前、もらっちゃえば?」
と聖君に言った。
「え?あの、桃子ちゃんの笑顔の?」
「そう、あれ」
「いらないの?桃子ちゃん」
「うん」
「まじで?あんなに可愛いのに」
「可愛くないよ。間抜け面だよ」
「あはは!間抜け面はないでしょ?最高の笑顔を俺、撮ったつもりだよ」
と、聖君のお父さんは笑うと、そのまま家の中へと入っていった。
「じゃ、俺がもらっちゃおう」
聖君は、カウンターのテーブルにあった写真の中から、その間抜け面の写真を手にして、そう言った。
「私は、このへんの、聖君が一人で写ってるのも、もらっていい?」
「え?いいけど。冴えない顔して写ってるやつだよ?」
「そんなことないよ。全部かっこいいもん」
「あ…そう?」
聖君は真っ赤になって、照れていた。
「ああ!俺、そういうこと桃子ちゃんに言われると、めっちゃ嬉しい」
「へ?」
いきなり、そんなことを言われてびっくりすると、
「でも、さっきの子に言われると、ただただ、困っちゃうんだよな」
と聖君は、苦笑いをした。すると、
「なんて、言われたの?」
と後ろから、お母さんが聞いてきた。
「あのさ、もう桃子ちゃんと話してるんだから、あっち行っててくれない?」
「な~~に?のけもの?私」
「違うって。邪魔者!」
「あ、そう」
聖君のお母さんは、キッチンの奥へと入っていった。お客は一組だけで、それも窓際に座っていたからカウンターでの会話は聞こえてないんだろうな。
「聖君は、いつもかっこよくて、女の子にはとてもクールで。でも、私には何回か、すごく素敵な優しい笑顔を向けてくれたから、私、特別に思われてるんだって、思ってました~~。って言って、泣くんだよ」
聖君は少し、声色を変えて今あった出来事を話してくれた。
「俺、いったい俺のどこが好きなの?って聞いたんだ。そしたら、全部!って言われたんだけど」
「全部?」
「そういうのも、桃子ちゃんなら、嬉しいんだ。だけど、ついその子には、俺の何を知ってて、全部って言うの?なんてつい、言っちゃった。そうしたら、ますます泣き出して」
そんなこと言っちゃったんだ。それは、ちょっと傷つくかも。女の子の気持ちもわかるなあ。
「で、学校でいつも聖君を見ていますって。友達とふざけてる聖君も、ステージで歌ってた聖君も、いつもいつもかっこいい…て言われたんだけどさ、どうもやっぱり、嬉しくないわけ」
「そうなの?」
嬉しくないの?
「俺、桃子ちゃんにしか反応しないように、できてるんじゃないの?」
「はあ?!」
「他の子、ほんと、どうでもいいみたい」
「でも、さっき、すごく落ち込んでたよ?」
「うん。あんまりにも、俺、冷たいやつだよな~~って思っちゃって」
「そ、そうなんだ」
「あと、ほんと、桃子ちゃんが泣いてるようにも見えて、桃子ちゃんのこと泣かしたら、これだけ、俺、辛くなるんだな~なんて思っちゃって」
「大丈夫だよ。聖君、私のこと悲しませたりしてないし」
「……。もし、俺が知らない間に傷つけてたら、言ってね。影で泣いたりしないでね」
「え?うん」
「な~~んだ。結局、アツアツのラブラブぶりを、発揮させただけか」
背後から、聖君のお父さんの声がした。
「だから~~~!家の中に入ったんじゃないの?なんで、盗む聞きしてるかな、そこで~!」
聖君は、呆れた声を出しながらも、真っ赤になっていた。
「いいんじゃないの?他の子にも優しくしてるような、八方美人でいなくても。俺だって、くるみにしか、優しくなれないよ」
「あ…そう?」
「うん」
「わかった。そうか。俺らが俺の部屋に行けばいいんだ。桃子ちゃん、2階に行こう」
聖君はそう言うと、私の手を取り、家の中へ入っていった。
「お邪魔します」
私もあとを、ついていった。
リビングにはクロがいて、寝ていたようだが、聖君が部屋に入るといきなり、起きて、しっぽをぐるんぐるん振った。
「お前は、ここにいてね」
聖君がそう言うと、クロはく~~んと寂しそうにないた。
聖君の部屋に入ってから、
「クロ、かわいそう」
と言うと、
「いいんだよ。父さんが来たら、どうせ、父さんの方に行っちゃうんだから」
と、あっさりとそう言った。
聖君はいつものように、机の椅子に腰掛けた。私はベッドに座ると、
「私に、そんなに似ている子なの?」
と、聞いてみた。
「ああ。さっきの子?そんなに似てないよ。ただ、背格好とか、髪型とか似てた。だから、下を向いて泣かれると、桃子ちゃんを泣かせてるみたいな気になっちゃってさ」
そうか。その女の子が泣いても、あまり何も感じないのかな?
「今までも、そんな経験あるの?」
「え?」
「女の子のこと振っちゃって、泣かれること」
「う~~ん、そうだな。2回くらいあったかな。高1の時と、中学の時」
「その時は、落ち込まなかったの?」
「落ち込んだよ。けっこう、自分ってなんて嫌なやつなんだって。中学の時には、ちょっと愛想振りまいてたんだ、俺。で、勘違いをされて、告白されて、振っちゃったら、ものすごく泣かれるし、その子の友達からは、非難ごうごう。榎本君、好きな子でもない子に、へらへらしないでよって、言われた」
「ええ?」
そうなんだ。中学の頃は、硬派じゃなかったんだ。
「それで、高校入って、へらへらしてると、また同じこと繰り返すかなって思って、気をもたせないように、気をつけてた。でも…」
「うん」
「クラスの子で、隣の席だったし、ちょっと話をしたりするようになった子がいて。他の子とはあまり、話さなかったから、その子、なんかやっぱり、勘違いしたみたいで」
「え?」
「バレンタインにチョコもらって、断って、泣かれた。自分に優しくしてくれたから、聖君も私のこと好きかと思ってたって言って、びーびー泣かれた」
「そうなんだ」
「で、特定の子と仲良くなると、ややこしくなるんだなって思って、そういうのもやめた」
「あれ?でも、柳田さん」
「ああ…。意気投合して、あ、これ、やばいかもって思って、俺には彼女がいるけど、柳田さんは彼氏いるのって、さりげなく聞いたら、いるって言うから、それで安心して話をしてたんだ」
そうか。彼女がいるって言ってくれてたんだ。
「ややこしいね。女の子は大変だよね。特に、集団で来られると怖いよね」
「うん。そうかも」
聖君が、硬派になっちゃったのって、やたらと、もてちゃったからなんだ。
「桃子ちゃんは、他の学校でよかったよねって、基樹に言われたことがある」
「なんで?」
「そうじゃなかったら、女子にいじめられてたよって」
「聖君が彼氏だから?」
「うん」
「そ、そうか~~」
よ、良かった。それは、本当に私もそう思う。
「でも…」
「ん?」
「出会うタイミングが違ってたら、私が振られて泣く方で、その子が聖君の彼女だったかもしれないんだね」
「まさか!」
「え?」
「じゃあさ、聞くけど、もし、あのコーチが俺よりも先に、桃子ちゃんと出会ってて、俺があとだったら?俺のこと振っちゃって、コーチがでかい存在になってたの?」
「まさか!聖君以外、考えられないよ。聖君にしか、恋しないと思うもん」
「でしょ?」
「あ、そうか」
「そうだよ。桃子ちゃんだから、好きになったんだ。会えた順番なんて関係ない」
「うん…」
聖君はしばらく黙っていた。それから、そっと私の方に来て、すぐ横に座った。
ドキ!心臓がそれだけで、高鳴った。
「桃子ちゃん、日焼けしてたのに、もう、色戻っちゃってるんだね」
「肌?」
「うん。白くなってる」
「…。顔とか、そばかすが残っちゃった。いつもそうなんだ。これが嫌で」
「なんで?可愛いのに」
「か、可愛くないよ~~。私は聖君や、菜摘が羨ましい。一年中、小麦色で、健康的で」
「そうかな?色白の桃子ちゃん、可愛いけどな、俺」
聖君は、そう言うと、じっと私の顔を見た。なんだか、恥ずかしくなって、私は真っ赤になってうつむいた。聖君は、そっと、私の耳にキスをしてきた。
「わ!」
「あ、ごめん。そうだった。耳弱いんだよね?」
「え?わざとしたんじゃないの?」
「違うって。忘れてた。まじで、忘れてたよ」
聖君は慌ててそう言うと、赤くなってうつむいた。そして頭をボリって掻くと、
「二人きりでいたいって思うけど、二人きりは、俺、やばいみたい」
と、つぶやいた。
「え?」
聞き返すと、
「聞き返さないで、そこ」
と、聖君が耳まで真っ赤にして、そう言った。
「下、行こうか?リビング、父さんいるかもしれないけど」
「え?うん」
そして、聖君は先に、一階に下りて行き、私もあとに続いた。