第4話 私の夢
その日、聖君は、なんだか変だった。ゲームセンターを出てから、
「ぶらぶら歩く?」
と言ってきて、手をつなぎ、もう片方の手をポケットに入れると、
「あ。あ。手袋!」
と、慌ててゲームセンターに引き戻した。手袋は、さっき休んだベンチに、ちゃんと二つ揃って乗っかっていた。
「あ~~。良かった。なくしたかと思った」
そう言って、ポケットにしまいこんだ。
「ごめん。桃子ちゃんからもらったもの、なくすところだった」
顔がちょっと、青ざめてた。
「ううん。そんな…。たいしたものじゃないし」
と、顔を横に振りながら言うと、
「冗談でしょ?!たいしたもんだよ、俺にとって。すげ、大事なんだから!」
と、思い切り言われてしまった。
「ご、ごめん」
その気迫に圧倒され、思わず謝ってしまった。
また外に出た。それからすぐに、駅ビルに入り、
「寒いし、店でもブラブラ見る?」
と、聖君が言った。
「うん」
私は可愛い小物があったり、可愛い洋服があると、止まって見ていた。それを聖君は、黙ってただただ、ついて歩いていた。
聖君を見ると、なんだかぼ~~ってしてる。つまらないかな。つまらないよね、こんな女の子のものばかり見て。
「聖君、何か見たいものある?」
と聞くと、
「俺?特にないからいいよ、桃子ちゃんが見たいもの見てて」
と、にっこりと笑った。
「でも、つまらないでしょ?」
「そんなことないよ。桃子ちゃんが何に興味あって、どんなのが好きなのかわかって、楽しいよ」
「……」
そうなの?でも、ぼ~~ってしてるだけに見えたけどな。
6時になり、
「夕飯、どっかで食べる?それとも、もう帰らないとやばい?」
と聖君が聞いてきた。
「大丈夫。電話で夕飯食べるって言えばきっと」
と言うと、
「じゃ、どっかで食ってこ」
とにっこりと、微笑んだ。
家に電話して、母にそのことを告げると、
「聖君とでしょ?あまり遅くならないようにね。そういえば、お父さんが会いたがってたわよ」
と言われてしまった。
電話を切ってそのことを聖君に言うと、
「新百合ヶ丘で食べて、家まで送ってく。それで、お父さんに会うよ」
と言い出した。
「え?」
「その方が、お父さんも安心するでしょ?」
「うん…」
それから電車で移動した。電車の中でも、聖君は静かだった。
もしかして、本当に疲れてるのかな。具合が悪いとかないよね。気になり、そっと聖君の手を掴んだ。熱があるのかもしれないと思ったからなんだけど、
「え?!」
と、聖君が思い切り、驚いてしまった。
「あ、ごめん」
私は慌てて、手を引っ込めた。まさか、そんなに驚かれるとは思わなかった。
「……」
聖君は、黙ってすぐに私の手を掴み、
「ごめん」
と、謝ってきた。
「……」
私が黙って、下を向いていると、
「ちょっと、考え事してたから、びっくりしちゃってごめん」
と、もう一回謝ってきた。
「こっちこそ、ごめんね。だけど、聖君、なんか変だから、熱でもあるのかなって思って。手、あったかいね。熱あるのかな?」
「俺?」
「うん」
「ないと思うけど。え?それでもしかして、手、触ってきた?」
「うん」
「……。そっか…。あ、桃子ちゃんから手をつないでくるなんて、今までなかったから、俺ちょっと焦っちゃった。なんだ、それで手、触ってきたのか」
聖君は、もう片方の手で、ぼりって頭を掻いた。それからまた、ぼ~~っと外を眺め、しばらく黙ってしまった。
やっぱり、変だ。
駅に着いた。具合がもし悪いなら、このまま夕飯を食べるのはきついんじゃないのかな。
「本当に、具合悪いんじゃないの?」
もう一回聞くと、
「大丈夫、元気だよ」
と、にこって笑った。それから、駅の近くのカフェに入り、パスタを二つ注文した。
「桃子ちゃんは、大学行くの?」
「え?」
いきなり、聞いてきたから驚いてしまった。
「ううん。行かないと思う」
「え?そうなの?」
「うん。あまり、大学行ってやりたいこともないし。どっちかって言うと、専門学校みたいなところがいいな」
「何かしたいことあるの?」
「……。料理とか…」
「ああ。好きだもんね」
「うん。ケーキでもいい。そういうのを作るの、学校に行ってちゃんと勉強してみたいって、最近は思ってるんだ」
「そっか」
「うん」
二人とも、パスタを食べ終わると、また、聖君が話しかけてきた。
「そういう学校って、沖縄にもあるよね?」
「え?」
え???!!!
「あるよね。でも、そんなに遠くちゃ、お母さんやお父さん、賛成してくれないかな」
「……」
だ、駄目だ。平静でいられないほど、私、動揺してる。紅茶を飲む手が、震えてしまった。
「わ、私が沖縄?」
「あ!そうだよね。まず、桃子ちゃんがそんな行きたくないなら、俺、無理にこんな話しても」
「……」
私が黙っていると、
「ごめん」
と、聖君は謝ると、しばらく下を向いて、コーヒーのカップに砂糖を入れ、スプーンでくるくる回していた。
「そんなこと、考えてくれてたの?」
私には、そっちの方が驚きで、目が点になってた。
「え?」
聖君は私を見てから、
「勝手にごめんね。俺の妄想だから、忘れてくれていいよ」
と、ちょっと苦笑いをした。
「ううん。嬉しいよ」
とだけ、私は言うと、泣きそうになってしまい、それをこらえるのに必死になった。
「泣くの、我慢してる?」
ああ、聖君にはばればれだった。
「うん…」
「それは、その…。嬉し泣き?それとも、嫌で泣いてるとか」
「う、嬉泣きに決まってるじゃない!」
と私は言うと、ぼろぼろと泣いてしまった。
「あ。そう…。はは…。良かった」
聖君は、そう言ってほっとした表情を見せた。
「……。やっぱさ、4年は長いなって思って。でも、やっぱさ、俺の勝手だから、沖縄に行くの。まさか、来て欲しいなんて言えないし」
「ううん、ううん」
嬉しいよ。
「でも、ほんと、もし気が変わったらいいんだ」
「え?!」
気が変わる?私が聖君のこと、好きじゃなくなるとかそういうこと?
「例えば、これから先、他にしたいこと見つかったり、料理の学校でもね、東京のほうに行きたいところが見つかったら、そっちを優先していいからね?」
「……」
なんで聖君は、いつもこう優しいのだろう。
「桃子ちゃんがしたいってことを、ちゃんと優先してね。俺だって、俺がしたいってこと優先しようとしてるんだから。ね?」
「……うん」
でも、私はそんなことを聞きながら、私がしたいことなんて、聖君のそばにいることだよって心の中で言っていた。
家に向かって歩いていると、いきなり聖君が、
「桃子ちゃんのお父さんって、怖い?」
と聞いてきた。
「ううん、すっごく優しい」
「ほんと?いきなり俺、お前みたいなやつには、娘をわたせんとかって、怒鳴られたりしない?」
「ええ?あはは。変だよ、それ。結婚の申し込みに行くわけじゃないのに」
「え?あ、そっか。あ~~~~。変だよね。俺」
聖君が、頭をぼりぼり掻いて、もう一回、
「俺、変だよね」
って言ってきた。確かに、今日の聖君は、ずっと変だ。
「は~~~。伊豆でばあちゃんとじいちゃん見て、話をしてたら、将来のこととか考え出しちゃったんだ。今が大事だから、今に生きろよって最後にじいちゃんに言われたけど、でも、考えるよね、将来ってさ」
「うん」
「桃子ちゃんは、まだ1年だし、そんなに考えないか。でも2年生にもなると、進路とかいきなり考えなきゃいけなくなってくるんだよね」
「そうなの?」
「うん。基樹や、葉一とも、年末話してた。受験もあるし、まじで進路を真剣に考えないとって。葉一は、高校でたらすぐに働く。お母さんの知り合いの人の会社で、働くことになりそうだって言ってた」
「…。もう、そんなことまで、決まってるんだ」
驚いたな…。
「基樹は、まだ、将来何がしたいかとか決まってないって言ってた。でも、大学には行くってそれだけは、決まったみたい」
「そっか…」
「まだ、この年齢じゃ、何に向いてるかとか、何がしたいかなんて、そうそう見えてこないよね」
「うん」
「俺は、海好きだし、海のこと勉強できたらいいなって、そんな感じで、実は漠然としてる。こういう仕事に就きたいからとか、そういうのはまだ、ないんだよね」
「……」
「でも、海に関わっていたいし、海の近くに住みたいって、そんな夢がある」
「うん」
「……。だけど、大学決めたりすると、ちょっとずつだけど、方向が定まってきたりするよね」
「え?」
「将来の方向」
「うん」
「……漠然とはしてるけどさ。こんなかなっていう、イメージは沸いてくる。なんていうの、ビジョンっていうの?」
「うん」
「妄想に近いか、俺の場合」
「え?妄想?」
「そ…」
「そういえば、前に動物園に行った時、結婚について妄想したりしないかって話、したよね」
私がそう言うと、聖君も思い出して、
「ああ、したした。スターと結婚とか考えない?って聞いたっけ?俺」
「うん。聖君は早くに結婚してそうだって、言ってたっけ」
「ああ。うん…」
聖君は、しばらく黙り込んだ。そして、
「まだ、俺、17だし、そんなありありとはイメージできないけどさ」
と、ぽつりと言った。
そうだよね…。でも、私の中では、もうずっと聖君との未来が、浮かんでいる。ずっと、そばにいて、ずっと、隣にいて…。
聖君が、沖縄の学校に来たらって言ってからも、さっきからずっと、沖縄の海を二人で見てるところとか、浮かんじゃってる。
でもそんなこと、恥ずかしくて言えない。それにずうずうしい妄想かもしれないし。だけど、聖君と結婚とか、そんなこともあったらいいなって…。
家に着き、チャイムを押すと、母が出てきた。
「お帰りなさい。あら!聖君?」
「送ってくれた」
と私が最後まで言うのも聞かず、
「お父さん~~~」
と、また、家の中に入ってしまった。
「わ。お父さんとご対面じゃん、俺」
と、小さな声で、聖君が横でつぶやいた。
「こんばんは」
父が、玄関に来てそう言った。
「あ…。はじめまして、僕は、桃子さんとお付き合い…」
と聖君が言いかけると、
「寒いから、中に入って、聖君」
と、お母さんが強引に、中に入れてしまった。あ、まただ。本当に、母は強引だ。
「お、お邪魔します」
と、聖君は、この前よりもかなり、緊張して家に上がった。
リビングのソファに座ってと、母に促され、聖君は座った。その斜め前の席に、父が座った。でも、父は何も話さなかった。父の顔を見ると、父も緊張している様子だった。
「はい、お茶でいい?」
と、日本茶を母は持ってきた。
「あ、すみません」
聖君は、ちょこっと頭を下げた。
「榎本聖君よ。話したでしょ?お父さん。桃子にこんな彼が出来るなんて、びっくりよね~」
と、母は、にこにこしながら、椅子に座った。私は、どこに座っていいものやらわからず、立っていた。
「桃子、なんで立ってるの?その辺に座ったら?」
と、母に聖君の横の席を、指差されてしまい、私は黙って、聖君の横に座った。すると、父が、私と聖君を見て、ものすごい大きなため息をついた。
「あ~~~~~あ」
そのため息を聞いて、母が笑いながら、
「もうお父さんだけの桃子じゃないのよ。そんなお年頃なの」
と、父に向かってそう言った。
「わかってるよ、母さん。でもやっぱりね、こうやって面と向かうと、ショックだよね」
父はちょっと、がっくりしてる。
「あ、あの…」
聖君は、かなり困ってる様子だった。
「榎本聖君だっけ?」
「はい」
父に名前を呼ばれ、聖君が体を硬くしているのがわかった。
「まあ、桃子のことをよろしく頼むよ」
「は、はい…」
聖君が、固まったままそう言うと、父は、
「あ~~あ」
と、またため息をついた。そして、
「まあ、変なやつが来なくて良かったよ。これで、ピアスでもしてて、金髪だったりしたら、絶対に許さなかったんだけどね」
と、苦笑いをした。
そして、父は席を立ち、
「お母さん、風呂入ってくるから」
と、リビングを出て行ってしまった。
「あ…すげ、緊張した」
聖君は、まだ横で、固まったままそう言った。
「くすくす。聖君、そんなに緊張しなくても。お父さん、桃子の彼氏が出来たってだけでもショックだったから、あんなだったけど、そのうち打ち解けるわよ」
母は笑いながら、聖君にそう言った。
ひまわりが、リビングに入ってきながら、
「お母さん!お風呂入ろうとしたら、お父さんが先に入っちゃったよ~~」
と、口をとんがらせていた。それから、聖君がいるのに気がついて、
「わ~~~!お姉ちゃんの彼氏だ!来てたの?」
と、すんごい失礼な言い方で、話しかけてきた。
「こんばんは…」
聖君は、頭をぼりって掻きながら、ひまわりに挨拶をした。
「こんばんは…。ひゃ~~~~!予想をうわまわった!めちゃイケメンだ!」
「ひまわり、失礼よ、あなた、さっきから」
さすがに母も、ひまわりの言動に注意した。
「あ、いいです。全然。俺にも妹いるんですけど、なんか、妹と話してるみたいです」
聖君は、
「ひまわりちゃんだっけ?榎本聖です。よろしく。あ、ひまわりちゃんのおかげで、俺、緊張が解けたかも」
と、にっこりと笑って言った。
ひまわりは、動きが止まった。それから、しばらくして、
「げ~~~。笑顔が最高にさわやかだ!なんで、お姉ちゃん、こんな彼氏ができてんの?」
と、またもや、失礼なことを言った。
「あはは!ひまわりちゃんも、おもしれ~~」
聖君は、どうやらつぼにはまったらしく、げたげたと笑い転げいていた。
玄関まで、母とひまわりと、私とで送りに行った。
「また、いらしてね」
母はにっこりと笑いながら、そう言った。
「友達がいる時に来て、私絶対に、自慢しちゃう」
と、ひまわりが言った。なんてやつだ。
「じゃあ、気をつけてね。聖君」
と、私が言うと、にっこりと微笑み、
「お邪魔しました」
と、聖君は丁寧にお辞儀をして、ドアを閉めた。
「お姉ちゃん!!!!!」
ひまわりは、私の肩を掴み、揺さぶりながら、
「上出来すぎる~~~~!」
と、さわいだ。
「ひまわり、うるさいわよ、あなたは!」
と、母はひまわりを怒り、ひょっこりとお風呂から上がってきた父が、
「聖君はもう、帰ったのかい?」
と聞いてきた。
「今、帰ったわよ」
と母が言うと、
「桃子に、とうとう彼氏が…」
と、うなだれたまま、ダイニングに入っていった。多分、お酒でも飲むんだろうな…。
「はあ。それにしても、今日もかっこよかったわね」
母がいきなり、ため息をついた。母のため息は父とは違う。
「びっくり~~。びっくりだよ~~~」
ひまわりはまだ、興奮していた。
「ああ!写メとれば良かった」
「ひまわり~!」
さすがに私も、ひまわりに怒ってしまった。
「そうよ、ひまわり、失礼なことばっかり。でも、聖君は優しいわね。妹いるんですってね?きっと、優しいお兄ちゃんなのね」
「羨ましいよ。私も、お姉ちゃんより、お兄ちゃんが欲しかった」
「いつか出来るわよ。桃子が結婚したら、あなたの義理のお兄さんになるんだから」
「あ。そっか。じゃ、お姉ちゃん、聖君と絶対に、結婚して!別れたりしないでよ!」
ひまわりに、思い切り言われてしまった。
「いいわね。私もあんなお婿さんいいわ~~」
と、母もそう言った。ダイニングでそれを聞いてた父が、
「結婚なんて、まだ早いぞ。そんなの何年も先の話じゃないか!」
と、大きな声でそう言った。
あ~~。みんな勝手なこと言ってるよな。でも、母や妹に気に入られたのは、嬉しい。父だって反対はしなかったし…。
リビングに行き、お茶わんを片付けようとすると、母も来て、
「だけど、あんなにかっこよかったら、もてるんじゃない?」
と聞いてきた。
「うん。すごくもててた」
「え?」
「文化祭行った時、見てきたけど」
「ああ。聖君の学校の?」
「うん」
「そりゃ、もてるわよね、顔もいいし、性格もいいし」
「だけど、学校では硬派なんだ」
「何それ?」
「女の子とは、あまり話もしない。男子とばかり、つるんでるって感じで」
「へ~~。そんな聖君が、なんで、こんな桃子と付き合いだしたわけ?」
「こんな、桃子って?」
「あら、ごめん、言い方悪かった」
「いいけど。私だって、不釣合いだってわかってるし」
「そうよね。背だって、かなりの差があるし。どこが良かったのかしらね」
お、お母さん…。さすがに私も、そこまで言われたら傷つく。って、自分でもそう思ってるけどね。
部屋に戻り、今日のことを振り返ってみた。
私はまだ、高校1年。でも、もうすぐに2年になる。それからすぐに、進路のことを考えないとならなくなるんだな~~。
そうしたら、ふわっとした未来ではなく、ちゃんと地に足が着いた将来を考えないとならない。
だけど、やっぱり、浮かんでくるのは、聖君の隣にいる私、ただそれだけだ。
そこが、沖縄でも、もし、外国だとしても。宇宙の果てでも、やっぱり、聖君の隣がいい。
聖君の「めろめろ」って言葉を思い出した。だけど、私の方が絶対に、めろめろだよね。