第38話 夢を叶える人
まず、コーチに花ちゃんと一緒に、金曜日会いに行くとメールをしよう。それから、花ちゃんには、花ちゃんからも金曜日に行くと、メールをしてもらう。
あれ?じゃ、私がその場にわざわざ、行くこともないってことかな?
まあ、いいや。とりあえず、今、ごちゃごちゃ考え出したら、またこんがらがりそうだ。
>金曜日には、花ちゃんも一緒にダイビングの話を聞きに行きますね。
いいかどうかなんて聞くより、行くってことにしちゃおう。と思い立ち、メールをした。しばらくして、
>はい、わかりました。
と、コーチからメールが来た。良かった。さて、次は花ちゃん。
>花ちゃんからも、コーチにメールしてみたらどうかな~?金曜日、よろしくお願いしますとかなんとか。そうしたらきっと、コーチからメールが来るから。前にコーチとメールがしたいって花ちゃん、言ってたよね?それが、叶っちゃうよ。
花ちゃんから、すぐに返信が来た。
>いきなりメールして変に思われない?
>思わないよ。きっと。
>わかった。思い切ってメールしてみる。
>頑張って!
5分経過。10分経過。あ、そろそろ日にちが変っちゃうな~~。
花ちゃんが前に言っていたことを思い出した。コーチと二人で出かけたり、コーチと海に行ったりしたい。
メール交換したり、電話で話したり、待ち受けをコーチの写真にしたり、そんなこともきっと、花ちゃんの夢なんだよね。
私もそうだった。そして、それは叶っている。
日付が変るちょっと前に、花ちゃんからメールが来た。
>メールの返事が来たよ!!!金曜日、よろしくお願いしますってメールしたら、鈴木さんにもダイビングの本を持って行きますって!
>良かったね!
>うん。コーチからメールが来るなんて!すごく嬉しい。これ、夢が叶ったんだよね?
>そうだよ。きっとどんどん叶っていくよ!
>ありがとう。桃ちゃんのおかげ。
>そんなことないよ。勇気を出したのは、花ちゃんだもん。
あれ?これ、どっかで聞いた台詞。ああ、私がいつも、聖君のおかげって言うと、桃子ちゃんが頑張ったからだよって言われるんだっけ。
翌日、学校に行くと、花ちゃんは顔を輝かせて、私の席にやってきた。
「桃ちゃん!明日だよね!」
「うん。そうだね」
花ちゃんは、本当に嬉しそうだった。
「花ちゃん、私がいて、邪魔じゃない?」
「え?どういうこと?」
「私明日、行くのやめようか?」
「駄目だよ。コーチと二人なんて絶対に無理」
「どうして?本当は二人がいいでしょう?」
「よくないよ。何話していいかもわからない」
「ダイビングのこととか」
「駄目。恥ずかしくって、二人なんて」
「でも、サマースクールでラウンジで話をしたんでしょ?」
「あれは…。本当に数分だったから」
そうか。二人っきりで会った方がいいと思ったんだけどな。
あれれ?そういえば、私も去年、蘭にもっと、聖君と話しなとか、告白しなとか言われて、絶対に無理って言ってた気がする。たった1年前のことなのにな~~。
今の私は、聖君とは二人で会うのが1番嬉しい。何を話したらいいかとか、そんなことで悩むことはもうないし…。ただただ、会えたら、それだけで嬉しくて、あとは思うに任せて話をしている。
そうだった。土曜日、会えるんだった。嬉しい!!!
翌日、学校から一回家に帰り、着替えをして、4時半には駅に着くように、私は家を出た。
駅の改札には、5分前に着いた。するともう、そこにはコーチがいた。
「早いですね」
と、挨拶をすると、
「ああ、椎野さんも」
と、コーチは微笑んだ。
私はコーチからほんの少し離れて立ち、花ちゃんを待った。その時、携帯が鳴った。
「あ、花ちゃん?」
出ると、花ちゃんからだった。
「え?遅れるの?うん。もうコーチもいるよ。10分?じゃ、このまま待ってるけど…」
「鈴木さんから?じゃあ、あそこのカフェで待ってるようにしようか?」
コーチがすかさず、そう言ってきた。
「花ちゃん。駅のまん前にあるカフェに入って、待ってるね」
そう言うと、花ちゃんもわかったと言い、電話を切った。
「学校からは、一緒に帰ったんですけど、なんか、家を出るのが遅くなってって言ってました」
「じゃ、お店に入ろうか」
「はい」
あれ?メールや、スクールでいる時はコーチ、敬語だったのに、今は違うんだな。なんか、変な感じだ。
「椎野さんは何を飲む?」
「アイスティー」
「じゃ、買っていくから、席で待ってて」
「いえ、私の分は私が」
「いいよ。席で待ってて」
「…はい」
4人掛けのテーブル席に着いた。やっぱり、変な感じだ。それにいつもジャージや、スエットのコーチが、ジーンズを履いてるだけでも、雰囲気が違って見える。
コーチは、自分の分のコーヒーと、アイスティーを持って、こっちに向かってきた。それから、真正面の席に座り、私にアイスティーを渡してくれた。
「すみません。あの…おいくらですか?」
「おごるよ」
「いえ。そんなわけには」
「いいよ、別に。わざわざ時間作ってもらったお礼」
「は?」
「椎野さん、今日はなんで鈴木さんも呼んだのかな」
「え?なんでって」
ありゃ、どうしよう。まさか、花ちゃんはコーチのことが好きなんですなんて、ばらせないし。
「鈴木さんも、本当にダイビングのライセンス取りたいのかな?」
「え?はい、そうなんです」
「本当に?本当の理由は違ってない?」
「え?!」
ドキ!もしや、花ちゃんの気持ちがもう、ばれてる?
「椎野さん、本当は今日、僕に会いたくなかったとかじゃないのかな?でも断れなくて、鈴木さんにも来てもらったとか」
「はあ?」
なんだ?その理由は…。私が相当、コーチのことを嫌ってるって思ってるのかな。
「違いますよ。花ちゃんがコーチに会いたがって…。あ、いえ。花ちゃん、コーチにはお世話になったし、やっぱり、その…」
ま、まずい~~~。ばらしそうになっちゃった。
「じゃ、椎野さんは本当に、僕のことが嫌いなわけじゃないんだね?」
「はい」
「そうか…。それならいいけど」
???それなら、いいけど?
「本当に、かなり失礼なことをしたから」
コーチは、頭を下げながらそう言った。
「いえ、そんな」
私は困ってしまった。
「椎野さんには、きつく当たったりしたし、年齢も勝手に思い違いをして、その…、迷惑もかけたし」
「迷惑なんて、そんな…」
なんだか、コーチがすごく恐縮しちゃってて、小さく見えるよ。
「僕は、初め、本当にまだ、中学生くらいかと思ってたんだ」
「私ですか?」
「ごめん。だけど、椎野さんの夢を知って、その思いの強さを知って、その夢に向かって頑張ってる姿にも感動して」
「は?」
そんな、おおげさな。私はちょっと、ちきしょうって思っちゃって頑張ったり、聖君が、応援しててくれたから、頑張れたんだけど…な。
「それで、もっと椎野さんが夢を叶えるのをそばで手伝えたらいいなって、そう思うようになって」
あれ?もしかして、もしかすると、本当に夢を追う人を応援したい熱い人なだけかも、しれないってこと?
「どうかな」
「え?」
どうかなって?え?
「僕がすぐそばで、これからも、椎野さんの夢を応援するのは」
「はあ。それはその、嬉しいですけど」
「え?本当に?」
「はい」
「…。そうか。いや、もしかしてもしかすると、昨日のメールの返事も明るかったし、嫌われているどころか、その逆もあり得るのかと、そんなふうにも思ってたんだ」
「え?」
ま、待って。昨日のメールの返事っていえば、聖君に送ったはずの間違ったメールのことだよね?
確か、楽しみにしてますって、顔文字まで入れたメール。
あれ?今、なんかもっと、すごいことを言われた気もする。えっと…。嫌われてるどころか、その逆もあり得るとかなんとか…。その、逆って?
「ごめんなさい」
花ちゃんが息を切らして、ドアを開けて入ってきた。
「鈴木さん、何飲む?買ってきてあげようか?」
コーチがそう言いながら、席を立とうとした。
「いえ!悪いからいいです。今、自分で買ってきます」
花ちゃんがそう言うと、
「そう?」
と、コーチはまた、椅子に深く座った。
あれ?あれれ?花ちゃんには、おごらないの?
花ちゃんは、カウンターに行き、オレンジジュースを買って戻ってきた。
「鈴木さんにも、パンフレットを持ってきたよ。これが、僕がライセンスを取ったスクールのパンフレット」
いきなり、コーチは花ちゃんに、ダイビングのパンフレットを渡した。
「あ、椎野さんにも。それと、本も2冊あるから、二人で見たらいいよ」
「ありがとうございます」
花ちゃんは、顔を赤くして喜んでいた。あ、今、気がついた。花ちゃん、うっすらお化粧してるんだ。もしかして遅れちゃった理由はそれ?
「二人とも、ほんと、頑張ってね。きっともっとうまく泳げるようになるよ。優秀な生徒だったから」
「はい」
花ちゃんは、まだ真っ赤だった。
「それと、ダイビングのことや、水泳のことで質問があったらいつでも聞くから、メールでもして」
コーチはそう言うと、にこりと笑った。それから、コーヒーを飲んで、
「今、何か聞くことあるかな?」
と、私たちに聞いてきた。
「あ、あの…。コーチはいつか、また戻ってくることもあるんですか?」
花ちゃんが聞いた。
「スクールのこと?」
「はい」
「そうだな~~。わからないな。今いるスクールも、あと1年くらいで辞めるかもしれないし」
「ええ?」
花ちゃんが、すごく驚いていた。
「じゃあ、そのあとは?」
「ダイビングのインストラクターになるかもしれないんだ」
「え?ダイビングの?」
あ、もしかしてそれで、私の夢を応援するとか言ったのかな?
「まだ、そこまでの資格が取れてないんだけどね。でも、いつかはなりたいね」
「それって、どのへんで?」
「う~~ん。今のところ、候補は沖縄かな」
「沖縄?!!!」
私がびっくりすると、
「そう。だから、椎野さんのでかい夢は、簡単に実現できるかもしれない」
コーチがそう言うと、花ちゃんは驚いて私を見た。
「桃ちゃんの夢?」
「沖縄でダイビングのライセンス取りたいんでしょ?沖縄の海、潜りたいんでしょ?」
「はい」
でも、それは聖君と。
「その夢、僕が叶えてあげられると思うよ」
花ちゃんの顔色が変ったのがわかった。コーチはずっと私の顔を見ていた。私は、どうしていいのかわからなくなっていた。
「あの…」
頭がまた、真っ白だ。
「その…」
なんて言ったらいいのかな。ちゃんと整頓をしないと。まず、私の夢は、ダイビングをすることだけど、聖君と潜りたいっていうのが、1番の目的で…。それを言ったらいいのかな。
「良かったね!桃ちゃん」
突然、花ちゃんが私にそう言ってきた。
「は?」
「夢、叶うんだね」
「え?」
ま、待って。それ、違うんだよ。
「ダイビングするために、泳げるようになったんだもんね」
「そうだけど」
でも、それは…。
「私は、ダイビングいいなって思うだけで、桃ちゃんほど、やりたいって思ってるわけじゃないんです。だから、コーチは桃ちゃんの夢をどうか、叶えてあげてくださいね。じゃ、私はこれで!」
「花ちゃん?!」
花ちゃんは、まったくオレンジジュースを飲むこともなく、そのまま立ち上がりお店を走って出て行った。
「ちょ、ちょっと待って!」
私は慌てて席を立って、追いかけようとしたけど、コーチが、
「椎野さん」
と、私の手を掴んでしまった。
「はい?」
私が振り返ると、
「落ち着いて」
と、言われて、私のことを席に座らせた。
落ち着いてなんかいられない~~。花ちゃんは誤解してるし、話がこんがらがってるし!
「鈴木さんは、もしかすると、僕のことを好きなのかな」
「は?」
いきなり、コーチに聞かれて驚いていると、
「なんとなくそんな気はしてたよ。でも、その気持ちには応えられないな」
「ええ?!」
駄目だ。思考回路が停止しつつある。花ちゃんは、もしや、ふられちゃったの?いや、まだだ。告白もしていないんだから。
「でも、今のはあれだよね?僕が椎野さんとお付き合いしてもいいってことを、鈴木さんは言っていたんだよね」
「え?」
「きっと、自分に遠慮はいらないって言ってたんじゃないかな」
「違います!そんなこと花ちゃん、言ってません」
「そう聞こえたよ。椎野さんは鈴木さんの気持ちを知ってて、わざと今日も鈴木さんを呼んだりした?スクールの最後の日もそう?わざと先に帰ろうとしていた?」
「それは…」
「友情にヒビが入ったのなら、悪いと思ってる。でも、今、鈴木さんはきっと、僕と椎野さんが付き合ってもいいって、そう言ってくれたんだと思うよ」
「……」
今、コーチ、なんて言ったの?
「遠慮はすることないと思う」
遠慮?花ちゃんに?いや、そんなことまったくしてない。って、そこじゃない。もっと、コーチは重大なことを言った。そう…。私とコーチが付き合うとかなんとか…。え?え?え?
「コーチ!」
「え?」
「私、コーチとお付き合いするなんて、言ってないです」
「うん。それは僕から言うことで」
「そうじゃなくって。私には…」
顔面蒼白。早いところ誤解を解かないと。私にはもう、彼氏がいて、その彼氏と沖縄に行って、海に潜って…。それが私の夢で、目的で、私には、もう聖君っていう彼氏が!
「桃子ちゃんにはもう、俺っていう恋人がいるんだ」
そう、それ。今、言わないと、恋人がいるって…。
ええっ?!
聖君の声が背後からして、驚いて振り向くと、息を切らしている聖君が立っていた。
「ひ、聖君?」
「間に合った?ややこしいことになってない?まだ。っていうか、もうなってるか」
「君は誰だ?」
コーチは、聖君のことを睨みつけていた。
「だから、桃子ちゃんの恋人。沖縄に行くのも、一緒に海潜るのも、俺がするんだ。俺がその夢、叶えるんだよ。あんたじゃない」
え?あれ?今、来たんだよね?なんでその話を聖君は知ってるの?
聖君の後ろに、小さくなってる花ちゃんの姿が見えた。店の外で、こっちを伺っている。ああ、もしかして、花ちゃんから聖君は話を聞いたのかな。