第37話 間違い
私は、頭の中がぐるぐるしていた。どうしよう。なんで花ちゃん、告白してないの。そ、それに話って?
すると、コーチが話し出した。
「椎野さん。ダイビングのライセンス、取りたいんですよね?」
「え?」
ああ、スキューバダイビング?
「もし、取るんでしたら、自分が取ったところはすごく、お勧めなんですよ」
な、な~~んだ。そういう話。わあ!私、一瞬、すごい自信過剰なこと考えてた。恥ずかしい!そうだよね。コーチが私のことなんて、思うわけない…。
「お勧めなんですか?でも、私」
「はい?」
「沖縄に行きたくて、そっちで取るのもいいかな~~なんて、ちょっと思ってて」
「沖縄?それはずいぶんと、大きな夢ですね」
「え?そうですか?」
「でも、いいですね。僕も沖縄の海や、沖縄の周りの島の海、潜りに行きますよ」
「そうなんですか?」
「じゃ、その時、案内したり、付き添うこともできますから」
「い、いえ。それは」
こ、困った。聖君がその時にはいてくれるだろうから、大丈夫なんだけど。
「だから、その…」
「はい?」
コーチはいきなり、言葉を濁して、何か言いにくそうにしていた。
「椎野さんの電話番号や、携帯のメールアドレスを、教えていただくわけにはいかないですか?」
「……え?」
「これからも、いろいろと、連絡が取れたらいいと思うのですが」
「……」
こ、困った。こういうのは、教えていいものか。断るべきか。待てよ。つながっていたら、花ちゃんも交えて、会えることもあるかもしれないってこと?
でも、教えたら、聖君は嫌がるだろうな。怒るかもしれない。
その時、後ろから、花ちゃんが来た。
「桃ちゃん」
「あ、花ちゃん」
そう言うと、コーチが振り返った。
「コーチ、桃ちゃんと会えて良かったですね」
「ああ。間に合ったよ」
「え?」
「コーチ、桃ちゃんに話があるからって、慌てて、すっ飛んでいって」
やばい。花ちゃん勘違いしてない?
「そ、そうなんだ。ダイビングのことで、いろいろと教えてもらって」
「ダイビング?」
花ちゃんが聞いてきた。
「ライセンスを取る時、どこがいいかとか、そういう…」
私がそう言うと、花ちゃんは、ちょっと変な顔をした。あれ?私の説明が変だった?
「あ、そうだ。花ちゃんもダイビングのライセンスをいつか取らない?それで、いろいろとコーチから教えてもらおうよ。詳しいんだって。いいですよね?コーチ」
「え?はい」
「じゃあ、私と花ちゃんにコーチの連絡先教えてください」
「はい、わかりました」
コーチはそう言うと、携帯をポケットから出した。私も携帯を出して、
「花ちゃんも」
と言うと、花ちゃんも慌てて出してきた。
アドレスの交換をして、
「じゃあ、いろいろとお世話になりました」
とお礼を言って、スクールをあとにした。
帰りの電車で私は花ちゃんに聞いてみた。
「告白、しなかったの?」
すると花ちゃんは、下を向いて、顔をひきつらせながら、
「だってコーチ、私がお礼を言ってプレゼントを渡したら、いきなり、椎野さんに話があったんだって、慌てて下に下りていっちゃったから」
「そうか~。あ、でも、アドレス聞けたし、まだまだ会えるチャンスはあるよね」
花ちゃんは、顔がずっと曇っていた。
「コーチって、もしかして桃ちゃんのこと」
「え?」
「なんでもない」
花ちゃんは、降りる駅が来て、
「じゃあね」
と言って、さっさと振り返らずに降りていった。
家に着き、夕飯を食べ終え、部屋でぼ~~ってしていた。花ちゃんが言おうとしてたことは、わかってた。だけど、それはないんじゃないのかなって、そんな気もしていた。
ただ、ダイビングをしたいって私の気持ちに、応えたいとかそんな感じだったんだよ。きっと。
聖君からメールが来た。
>花ちゃん、告白できた?
>ううん。お礼だけ言えたみたい。
>告白できなかったの?
>でもコーチのメールアドレスは、教えてもらえてたから、これからも会ったりできるかも。
>そうなんだ。良かったね!
>うん。
私は、そうなった経緯は聖君には言わなかった。言う必要はないよね。だって、なんでもないことだもん。これから、花ちゃんがコーチに、頑張って思いを届けていけばいいことだもんね。
そこへ、メールが来た。
>桃ちゃん、今日はありがとう。メールアドレスがわかったのは、桃ちゃんのおかげだもんね。
花ちゃんからだった。良かった。花ちゃん、変なふうに思ってなくって。
>本当に良かったね。これからも、コーチにメールしたりして、会えたりしたらいいよね。
>メールなんて、いつしたらいいのかな?
花ちゃんが聞いてきた。そうだな~~。そういうのは、私も苦手な分野だな~~。
するとすぐにまた、メールが来た。
「メールだよ」
という聖君の声。あ、聖君からだ。
>夏にうちに泊まりに来た時の写真が出来たよ。父さんが今日、プリントアウトしてた。今度あげるね。いつか近いうちに会おうか?
ええ?あの時の写真か~。そういえば、聖君のお父さん、ずっとデジカメ持って、パチパチ撮ってたっけ。わ~~。嬉しい。それに近いうちに会えるってことだよね!
喜びをそのまま、メールしようとすると、またメールが来た。あ、花ちゃんかなと思って見てみると、なんとコーチからだった。
>椎野さん。お疲れ様です。ところで、今日は鈴木さんだけから、お礼の品をいただきましたが、もしかすると、椎野さんはあまり、僕に感謝してくれてなかったんでしょうか?それは、僕があまりにも失礼なことをしていたからでしょうか?
わわわわ。そうだった。プレゼントは花ちゃんだけが、あげたんだった。
そうか。こんなふうに思われてもしかたないか。私からプレゼントをあげても意味ないし、花ちゃんに頑張って欲しかったから、そんなこと考えもしなかった。
>いいえ。私もすごく感謝しています。ただ、花ちゃんはお礼を最後にするって、そんなふうに気が回ったんだと思います。すみません、私はそういうことまで、考えられなくて。何もお礼できなくて。
こういうふうに書けば、あれかな。花ちゃんの点があがるかな。花ちゃんは気がきくんだなって思ってくれたらいいんだけど。
>そうですか。良かったです。僕は本当に失礼なことをしたから、椎野さんは怒ってるのかと思いました。安心しました。
>怒ってなんていません。今までありがとうございました。
私は慌てて、そう返信した。するとまた、返信が来た。
>実は、スキューバダイビングのパンフレットや本を、椎野さんにお渡ししようかと思っていたんです。よかったら今度会って、渡したいのですが、いつか時間取れませんか?
え?会って???
それは、困った。どうしようか…。悩んでいると、
「メールだよ」
という聖君の声。うわ!聖君の声がして、思わず驚いてしまった。
>いつ会えそう?週末はどう?
あ、さっきの返事してなかった。
>週末空いてる。土曜日に時間取れるかな?私からお店の方に行くね。楽しみにしています(^^)
と、書いて聖君に送り、コーチにはすごくすごく悩み、
>花ちゃんも一緒でいいですか?
と、それだけ送ってみた。
数秒して、コーチから返事が来た。
>はい。全然OKです。お待ちしています。
との返事だった。やった!花ちゃんもまた、コーチに会えるってことじゃない!
私はすぐに、花ちゃんにメールした。今度、コーチに会いに行こうねって。花ちゃんは、すごく喜んでいた。
その日は聖君からは、返事がなかった。あれれ?勉強してるのかな。お風呂かな。寝ちゃったかな。土曜日空いてなかったかな。無理して調整しようとしてるんだろうか。いろいろと考えちゃったけど、そのまま私は携帯を握り締めたまま、寝てしまっていたようだ。
翌日、夕方過ぎて、コーチからメールが来た。
>スクールまでは遠いので、僕から椎野さんの最寄の駅に行きます。新百合ヶ丘でしたっけ?
あれれ!来てくれるんだ。
>はい、新百合ヶ丘です。
>金曜でもいいですか?金曜はスクールがお休みなので、椎野さんの学校が終わってからでも。
金曜?今週のかな。わ、そんなに早くに花ちゃん、会えちゃうの?
>はい。大丈夫です。
>では、駅の改札出たところで、4時半頃で、いいですか?
>はい。大丈夫です。
>では、金曜に。
すぐに花ちゃんにもメールしたら、そんなに早くに会えちゃうの?嬉しいって返事が来た。
明日から学校だ。学校でも花ちゃんと、コーチの話ばかりするんだろうな~~。恋の話っていいよね。私、断然応援しちゃう。
聖君からは、なかなかメールが来なかった。どうしたのかな。
寝る前になり、聖君から電話が来た。
「昨日は、疲れてたの?すぐに寝ちゃった?」
「え?なんで?」
「メール来なかったから。もしかして寝てたら悪いしって、電話もメールもしなかったんだ。で、週末どう?」
「あれ?私返信したよ?」
「え?来てないよ。ちゃんと送信したの?」
「え?!」
私は慌てて、昨日のメールを見てみた。すると、とんでもないことをしていたことに、その時、気がついた。
「大変!聖君。聖君あてのメールを、コーチにしちゃった!!!」
「こ、コーチってスイミングの?」
「うん」
「なんで、そのスイミングのコーチと桃子ちゃん、メール交換してるのかな?」
聖君の声は、すごく冷静なんだけど、すごく低い声になっていた。うわ~~~、怒ってる~~?
なんだか、とんでもない方向へと進んでいきそうだ。
聖君はしばらく黙って、私が話すのを待っているようだった。私は頭が真っ白になっていて、何も話せないでいた。
「桃子ちゃん、もう一回聞いていい?なんで、花ちゃんとじゃなくって、桃子ちゃんがコーチとメールのやりとりをしてるのかな?」
う…。聖君の声がやけに冷静で、返って怖い。
「あの、あのね…。私と花ちゃんとコーチの3人で、メール交換をしたの」
「なんで、桃子ちゃんも?」
「なりゆきで」
「なりゆき?」
聖君の声は、若干、大きくなった。
「はじめは、私がダイビングのライセンス取りたいって知ってたから、コーチが私にこれからも、アドバイスをするので、連絡先を教えてくださいって聞いてきて」
「ふうん」
あ、この「ふうん」っていうの、けっこう聖君、怒ってる時に言うんだよね…。
「そ、それで、私だけ教えるのも花ちゃんにも悪いし、聖君も怒るかなって思って、花ちゃんの連絡先も一緒に教えることにして」
「で、桃子ちゃんのメールアドレスも教えたんだ」
「怒ってる?よね」
「いや、別に」
わ~~~。この「いや、別に」っていうのは初めて聞く。すんごくクールな声だから、返って怖いよ。怒ってる声だよ~。
「で、どうして、桃子ちゃんにメールが来てるの?」
「花ちゃんはちゃんと昨日、お礼にってプレゼントを渡したの。私は何もしないで、とっとと帰ろうとしたから、コーチがもしかして、私に失礼なことばかりして、私が怒ってるんじゃないかって思ったらしくって」
「ふうん」
う、また「ふうん」?
「で?」
「それで、えっと。それをメールで聞いてきたの」
「そんなことをわざわざ?」
「…。それで、ダイビングの本や、パンフレットを渡したいからって、時間作れませんかって」
「会うの?!」
今まで冷静な声だった聖君の声が、裏返った。
「花ちゃんも一緒だよ。だって、花ちゃんにとっては、ラッキーでしょ?」
「そうだけど。でも、コーチは桃子ちゃんと会おうって言ってきたんでしょ?」
「うん」
「それって、桃子ちゃんに会いたいからでしょ?」
「ち、違うよ。本を渡しそびれてて、それでだよ」
「そんなの、口実に決まってるじゃん」
「え?」
「もし、どうでもいい子だったら、本なんて渡せなかったな~、で終わるって」
「…そ、そうなの?」
「あのね、桃子ちゃん。もし、どうでもいい子なら、自分が嫌われていようがそんなのも、どうでもいいことだよ。わざわざ、そんなことメールして聞いたりしない。それよりも何よりもまず、連絡先を聞いたりもしない」
「それは私が、ダイビング…」
「そんなのも、ほっぽらかしておくもんだよ」
「そうなのかな。だけど、もしかしたら、すごく熱いコーチで、夢を持ってる人をただ、応援したいだけかも」
「……。桃子ちゃん」
「え?」
「俺だったら、応援はするかもしれないけど、そんなわざわざ、会ってまでしないって」
「え?」
「興味のない子だったら、頑張ってください、で終わるって」
「そうなの?」
「それとも、俺にもそんなふうにして欲しい?」
「え?」
「俺の回りで夢を持ってる子がいて、その子のために俺がわざわざメールして会って、いろいろと相談に乗ったらどう?」
「い、嫌かも」
「だよね。コーチでいるうちの話だったら、わかる。だけど、もう他の店に移動でしょ?ってことは、桃子ちゃんのコーチじゃなくなるんでしょ?そのタイミングで、こんなふうに言って来るのは、そんなの下心見え見えじゃんか」
「そ、そんな…」
「桃子ちゃん。俺に送るメールを間違って送ったって言ったよね?どんなメールだったの?」
「あ…。えっと、今送ってもいい?」
私はそのメールの画面を呼び出し、それをそのままコピーして、聖君に送った。すぐに聖君はまた、電話をくれた。
「これ、送っちゃったの?」
聖君の声は、呆れたっていう声だった。
「う、うん」
「こんなの送ったら、思い切り勘違いするよ?」
「え?」
「だって、すごく会えるのを喜んでるみたいな文章じゃん。楽しみにしてますとか書いてあるし!」
「う…」
そうだよ。どうしよう、やばい~~~!!
「桃子ちゃん…」
聖君の声は、ますます、どうしようもないなって、そんな声だった。
「訂正する。間違って送ったって謝る。それに、花ちゃんのことも言う」
「花ちゃんがコーチを好きだって?」
「うん」
「そんなの、桃子ちゃんが言ったら花ちゃんどう思う?」
「…。嫌だよね。勝手なことしたって怒るよね」
「うん」
「どうしよう~~。聖君、どうしよう~~~」
「いつ会うの?土曜に行くの?」
「ううん。さっきメールが来て、金曜に新百合に来るって」
「新百合に来るの?」
「でも、花ちゃんも行くことになってて…。あ!」
「え?!」
私の「あ!」っていう声が大きくて、聖君は驚いていた。
「花ちゃんも一緒に行っていいかってメールは、送信されてなかったんだ。だから、コーチ、花ちゃんが来るって知らないんだ」
「そう…。でも、花ちゃんには、一緒に行こうって言ったんだよね?」
「うん」
わ~~。もう私、泣きそうだ。
「じゃ、すぐにコーチに花ちゃんも一緒でいいか、メールで聞かなくっちゃ駄目だよね?」
「そ、そうだよね!わかった。今、すぐにメールする」
「桃子ちゃん!」
「え?」
電話を切ろうとしたら、聖君が慌てて、私の名前を呼んだ。
「何?」
「その…。なんていうのかな。あまり、そのコーチとは連絡取り合ったり、会ったりしないで欲しいって言うか」
「……うん。ごめんね」
「花ちゃんのためだからっていう、桃子ちゃんの気持ちはわかるけど、花ちゃんに任せちゃってもいいんじゃないかなって思う」
「え?」
「花ちゃんも、メールアドレス知ってるんでしょ?コーチの」
「うん」
「花ちゃんからも、メールしてもらったらいいんじゃないかな」
「……花ちゃんから?」
「そう。花ちゃんもコーチが好きなら、勇気出してさ、メールするっていうのもいいと思うよ?」
「そうか。そうだよね。わかった。えっと…、えっと…」
わかったと言いつつ、頭が回転しない。こんな経験は初めてで、真っ白けだ。
「大丈夫?落ち着いて。また間違ってメールしたりしないようにね」
「え?」
「まずは、花ちゃんが一緒でいいかどうか、メールするんだよね?」
「そう、それ!」
「それから、花ちゃんからも、コーチにメールしてもらったらどうかな?」
「そ、そうか!!」
「金曜、俺行く?」
「ううん。聖君、塾でしょ?」
「うん。でも、すんげえ心配になってきた」
「なんで?」
「なんていうか、その…。そのコーチにいきなり、告白されてたりしないよね?」
「私が?!」
「そう」
「だ、大丈夫。花ちゃんもいるんだもん。そんなことにはきっと、ならないはず」
「大丈夫かな~~」
聖君の声は、本当に心配だって声だった。実は私も、心細くなってはいた。だけど、聖君に迷惑もかけられない。
「大丈夫。花ちゃんのためにも、変なふうにはならないようにするから」
変なふうってどんな?っていうか、もう思い切り、変なふうにさせてるのは誰よ…って自分で自分に心の中でつぶやいていたけど、聖君には、そう強がって見せた。