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第35話 父にハグ

 下に下りていくと、リビングから父と母の話し声が聞こえた。

「桃子には、桃子の人生があるのよ。私たちが縛る権利なんかないでしょう」

と、母がすごく落ち着いて話していた。だが、父は、

「桃子はまだまだ、子供なんだ。親が守らないとならないくらいまだ…」

と、言っていた。

「だからといって、叩いたりしていいの?それも桃子は女の子なのよ。まさか、あなたが手をあげるとは思ってなかったわ」

 母の言う言葉に、父は何も答えなかった。


「それにね、桃子の言うとおり、忙しいからって、あの子たちのことほっぽらかしすぎだわ」

「それはお前もだろう。仕事だからって休みの日も、桃子をおばあちゃんに預けっぱなしでいただろう」

「そうよ。だから、反省して、ひまわりの時には、仕事を減らして家にいるようにしていたわよ」

「……。お前の仕事はそういうことができても、俺は会社務めだ。休むわけにもいかないんだよ」

「じゃ、無理な口約束はやめたらよかったのに。どこかに連れて行ってあげると言った時にどれだけ、桃子やひまわりは喜んでいたと思う?それなのに、約束をやぶって、あの子達今じゃきっと、あなたは約束を守ってくれない人って、そう思ってるわよ」


「…。仕事が急に入るんだから、仕方ないだろう」

「それは大人の勝手な都合で」

「大人のお前がわかってるなら、お前も子供たちにフォローすればいいんだよ」

「私が?」

「そうだ」

「……。なんでも人に押し付けて、自分じゃ何もしないのね。桃子がああ言うのも無理ないんじゃない?」

「何が」

「あなたよりも、聖君の方が誠実」

「それは!」


 父の声が変わった。あ、やばい。これ、夫婦喧嘩になる!私はリビングのドアを開けた。

「桃子、もう大丈夫なの?」

 母がすぐに気がつき、聞いてきた。

「……」

 私は黙って、父の方に歩いていった。父は黙っていた。

「お父さん」

 何て言ったらいいのか、わからないが、父を呼んでみた。父は何も言わなかった。ただ、私を見て、ちょっと顔がゆがんだ。辛そうな表情だった。


「顔、赤みは取れてきたけど、紫色になってない?」

 母が私の顔を覗きこみ、そう言った。父はそれを聞き、また、顔をしかめた。

「桃子…。さっきは…」

と、話しかけてきたが、また、しばらく黙り込んでしまった。

「ほっぺ、痛いけど、私、聖君のこと悪く言われた方が悔しくて、そっちの痛みの方が大きかったよ」

と、正直に話した。父は、何も答えなかった。


 母は、私を心配そうに見ていた。私が父に近づくのも警戒しているようだ。また、父が怒り、私を叩いたりしないか、そんなことを心配しているようにも見えた。

「だけど、ちゃんと私の思ってること、話したほうがいいと思って…」

 そう言うと、父は私のことを見た。母も黙って見ていた。


「さっきは、大嫌いって言って、ごめんなさい」

 私は頭を下げて謝った。父は、

「え?」

と、ちょっと驚いた様子で聞き返した。

「私、お父さんのこと嫌いじゃないよ。お父さん、優しいし、私大好きだったよ。ずっと」

 素直にそう言ってみた。さすがに、ハグまではできないけど。


「桃子?」

 びっくりして聞いてきたのは、母だった。かなり驚いたようで、目をまん丸にしていた。私がそんなことを言い出すとは、思っても見なかったようだ。

 父は、私を見たまま、微動だに動かなくなった。言葉も失っているようだ。

「それに、お父さんのこと悪く言って、ごめんなさい」

 もう一回、私は頭を下げた。


「も、桃子。謝りにきたのか…」

 父がようやく、言葉を発した。

「うん…。今、電話で話してて」

「え?誰と?」

 母が聞いた。

「聖君と…。心配して電話してくれたんだ」

 私がそう言うと、二人とも、ああって顔をした。


「聖君、何か言ってた?」

 また、母が聞いた。父は黙っていた。

「叩かれたって言ったら、すごく心配してくれたけど…。私がお父さんが聖君のことを悪く言って、すごく悔しくて泣いてるって言ったら、俺は別にどう思われてもいいよって」

「どういう意味だ?それは」

 父が低い声で聞いてきた。


「私、お父さんに大嫌いって言ったって話もしたの。そうしたら、俺はどう思われてもかまわない。これからちゃんと真正面から向き合って、自分のことを知っていってもらうって。だけど、お父さんはきっと、桃子ちゃんに大嫌いって言われて、ショックを受けてるよって」

「え?」

 父も、母も驚いた顔をした。

「桃子ちゃんも、お父さんのことは大好きなんでしょ?ちゃんとそれを言ってきたら?って」

「…。聖君に言われて、謝りにきたのか?」


「うん。聖君と話していたら、悔しいっていう気持ちも消えたから」

「消えた?」

「なんか、すっきりしたっていうか」

「……」

「聖君、お父さんの気持ちもなんか、わかるって」

「……」

「いきなり、知らないやつが現れて、大事な娘を沖縄に連れて行くなんて言ったら、そりゃ、怒るのも無理もないって」

「ふん、そんなこと…」

 父は、苦笑いをした。


「それから、聖君もお父さんに叩かれたことがあって、その時、お父さんが謝りに来て、叩いた父さんもすごく、落ち込んで、叩いたことを後悔したり反省したりしてたって言ってた。だから、桃子ちゃんのお父さんもきっと、すごく落ち込んでるよって」

「お、落ち込んでる?お父さんがか?」

「うん。そのうえ、桃子ちゃんに大嫌いなんて言われて、きっと今頃、立ち直れないくらいだよって」

「まあ、聖君がそんなこと」

 母は目を丸くして、驚いたが、そのあとちょっと、口元が笑っていた。


「それで、その…」

 聖君の「ハグしたら」って言葉を思い出し、私は躊躇していた。父は、私のことを見ないで、違うほうを見て、すごく複雑な表情をしていた。私は意を決して、父に近づき、抱きついてみた。

「桃子?」

 父と母が同時に、驚いていた。

「私、お父さんのこと、本当に大好きなの。だけど…」

 少しだけ、間をおいた。息を吸い込み、勇気を出した。

「聖君のことも大好きなの。だから、私は聖君のそばにいたいから、沖縄に行く」

「え?」

 父はすごく小さな声で、聞き返した。


「沖縄に、高校卒業したら行く」

 それだけ言って、父から離れた。父は冷静に私の話を聞いていた。

「私、子供かもしれない。だけど、将来のことは考えてる。ちゃんと自分の足で、歩いていかないとならないってことも、考えてる」

「桃子…」

 母のほうが、驚いた顔をした。

「ただ、将来のことも、自分のことも、考えるようになったのは聖君がいたから。私、自分でも最近、聖君がそばにいると、強い私になれるって、そう思ってるんだ」


 母は、それを聞いてうなづいていた。

「こんな私じゃ駄目だって思わないで、自分のことも好きになって、それで、一緒に前を向いて歩いていこうって、そう思えるんだ」

「聖君と会って、そう思えるようになったのか?」

 父がぽつりとそう聞いてきた。

「うん、だんだんと」

 私はうなづいた。


「……。そうか」

 父は、それだけ言うと、しばらく黙り込んだ。それから、長いため息をして、和らいだ表情をした。

「聖君ってのは、いったいなんなんだ」

「え?」

「今日も話していて感じた。妙に大人で、どこか、どっしりしている。何が起きても、ちょとやそっとのことじゃ、動じないような…。そのくせ、すごく柔軟で、ピュアなところも持っている」


「きっと、ご両親の育て方じゃない?」

 母がそう言った。

「うん。すごく素敵なお父さんと、お母さんなんだ。それに、聖君も去年、いろいろとあって、大変な思いをしたみたいだけど、それを家族で乗り越えたりして、大きくなったんじゃないかな」

 私がそう言うと、父は、

「大変なことっていうのは、なんだ?」

と聞いてきた。


「聖君、お父さんとは血がつながってないの。お母さんがお父さんと知り合う前に、付き合ってた人との間にできた子なんだって。それを去年、聖君が知っちゃったの」

「それで?」

「聖君は、お父さんとすごく仲良かったし、大好きだったから、ショックを受けて…。でも、お父さんが血のつながりがなかろうが、なんだろうが、丸ごと自分を愛してくれてるってわかったから、自分のコンプレックスも消えたし、このままの自分でいいんだって思えたって言ってた」

「まるごと?」

 母が聞いてきた。


「うん。どんな聖君も愛してくれてるんだって。それで、お父さんとの絆が深まったんじゃないかな。今もすごく仲がいいよ。それに…」

「それに?」

 母が、私の次に言う言葉を、早く聞きたいという感じで、聞いてきた。

「それに、聖君は、私にも、どんな私でもいいって言ってくれて、だから、コンプレックスなんて持つことないよって」

「え?」

「聖君といると、すごく安心できるし、このままの私でいいんだって思えるの。いっぱいあったコンプレックスが消えていくの」


 父も母も黙った。だが、母が、

「聖君の器の大きさは、そんなお父さんがいるからなのね」

とぽつりと言った。

「桃子のことも、大事に思ってくれてるのよね」

とも、母は言った。それを聞いていた父が、またため息をした。そして、

「桃子、叩いたことを謝るよ。自分でも、まさか手をあげるとは、思っても見なかったことで、動揺していた」

と、私を見て、柔らかい表情でそう言った。


「聖君の言うとおりだ。手をあげてしまったことを、すごく後悔していたし、桃子がお父さんのことを嫌いになるのも無理はないかと、正直、落ちていたのも事実だ」

「お父さん」

「それを素直には言えないでいたけどな…。聖君には言い当てられた」

「……」

「まったく、高校生とは思えないな。だが…」

「?」

 しばらく父が黙って、下を向いていたので、私も母も何を言い出すのかと、黙って父の言葉を待っていた。


「だが、桃子の好きになったやつなんだな。桃子の目に狂いはないわけだ」

と、父はそんなことを言い出した。

「そうよ。自分の娘が選んだ人よ。もっと信じなきゃ」

「そうだな。受け入れたくないところもあったが、信じないとな。いつかは、俺たちではなく、桃子と生涯を共にするやつが現れるんだ。そいつが今度は、桃子を守っていくんだ。もっとそいつを信じて、桃子のことをたくさないとならないんだな」

 父は静かにそう言った。


「違う」

 私が思わずそう言うと、父はまた驚いた顔をした。

「違うって?」

 母が聞いた。

「私は守られたりするんじゃない。守ってもらおうとも思ってない」

「え?」

 父が聞いてきた。

「私は、聖君と一緒に、歩いていきたいの。守られることもあるかもしれないけど、私も聖君を守りたいし、ううん。やっぱり、一緒に生きていきたいの。それだけ」

「……」

 父と母が、目を合わせた。そして、母がくすって笑った。


「すごいわね。驚いたわ。いつも誰かの陰に隠れて、守られてたばかりの桃子が」

と、母が言った。

「ね?お父さん、すごいと思わない?桃子」

 母が父に向かってそう聞くと、

「…。ああ、驚いているよ」

と、父がそう言った。

「いつの間に、そんな強くなっていたんだか」

 そう父がぽつりと言った。


「ハグね…。聖君がしたらって言ってくれたんだ」

と、私が言うと、

「え?」

と、また父が驚いていた。

「聖君のお父さん、よく聖君にハグしてるの。頭をくしゃってして、お前、可愛いやつって言って、ハグしてるの見たことある。聖君、やめろよって言うんだけど、ちょっと嬉しそうなんだ」

「へ~~。そうなの」

 母がそれを聞いて、嬉しそうにしていた。

「お父さんに、ハグしたら?ってさっき電話で聖君が言ったの。私、それはできないって思ったんだけど」

「でも、したわよ、桃子、お父さんに」


「うん。思い切って、勇気出してみた。ハグしたら、なんだか、もっとお父さんが好きだって思えたよ」

と、私が言うと、父が目を潤ませていた。

「お父さんも、もっと聖君を受け入れてね」

と私が言うと、父は黙ってうなづいた。


「ちょっと、釣りで疲れたよ。向こうで休んでくる」

と、父は寝室に入って行った。

「桃子、良かったわね」

 母が私の肩を抱きながら、そう言った。

「え?」

「お父さん、わかってくれたみたいで、良かったわね」

「うん」

「それにしても、ほんと、聖君は大物だわ」

「うん」


 母は笑いながら、

「さ、おやつでも食べない?アイスクリーム買ってあるから、食べましょうよ」

と、キッチンの方に行った。私はダイニングの椅子に座った。

「桃子、大丈夫よ」

 母がアイスクリームを持って、ダイニングの椅子に腰掛け、そう言った。

「何が?」

「聖君とね、1年離れても、あなたたちなら、絶対に大丈夫」

と、母は力強い目でそう言うと、

「さ、アイス溶けないうちに食べましょう」

と笑った。


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