第33話 夏の思い出
聖君と杏樹ちゃんとひまわりは、朝食が終わるとクロの散歩に行った。私も誘われたが、聖君のお母さんがスコーンを焼くというので、そっちを手伝うことにした。
スコーンを作りながら、聖君のお母さんが聞いてきた。
「聖のどこに見惚れてたの?」
「え?」
ドキ!あ、そうか。さっきの、ぼ~~ってしていた時のことか。
「あの…、笑顔とか…」
「笑顔?」
「はい。去年海の家で、働いてる聖君の笑顔と同じで、爽やかだなって思ってました」
「聖の笑顔に一目惚れしちゃったの?」
「はい」
「ふうん」
聖君のお母さんはそう言うと、スコーンを型にはめだした。
「じゃあ、笑顔以外でどんな聖が好き?」
「え?」
ドキ~~~ッ!また、そんなこと聞いてきた!
「えっと。どんなって、全部なんですけど」
「全部?」
「はい。今日も朝から、ずっと見惚れてました」
「朝から?笑顔にだけじゃなくて?」
「はい。顔洗ってるところも、歯を磨いてるところも、寝癖やあくびも」
「一緒だわ~~」
「え?」
一緒?
「わかるわよ、それ。私もね、2階のバルコニーにベンチがあるでしょ」
「はい」
「あそこから、洗面所が見えるのよ。ガラス張りだから。あのベンチに座っていつも、爽太が顔洗ったり、歯を磨いてるところ見てたのよね」
「いつですか?」
「結婚したころかな。ぼ~っていつも眺めてた。どんな爽太も可愛くって」
へえ~~。そうなんだ。
「爽太にね、どうしていつも、そうやって見てるの?って聞かれたことがあるの。でも、別に、ぼ~~ってしてただけって、そう答えたわ。だって、歯磨きしたり顔を洗ってる姿が、可愛くてなんて言えないでしょ?そんなこと言ったら、ドン引きされるかもって思って、言えなかったのよね」
「え?」
「あら、桃子ちゃんは聖に言ったの?」
「…。はい。色っぽいなって思ってたって」
「あら~~~!聖、なんて?」
「びっくりしてました。でも、赤くなって照れてた」
「そう。ふふふ、そうなんだ」
と、聖君のお母さんが笑うと、キッチンの外から、
「ふうん、そうなんだ。あれ、可愛いなって思って見てたんだ」
という、聖君のお父さんの声が聞こえてきた。
「爽太?」
「別にドン引きなんてしないのに。教えてくれりゃ良かったのに」
キッチンに入ってきて、聖君のお母さんの後ろから抱きしめながら、聖君のお父さんはそう言った。
「ちょ、何してるの?ほら、桃子ちゃんが驚いてる」
「見惚れていたなら、桃子ちゃんみたいに素直に言えばいいじゃん」
「もう~~。何年も前の話じゃないよ!」
聖君のお母さんは顔を赤くしていた。わあ。照れてるんだ。
「うそ。今でもたまにあるよ。ぼけっと俺のこと見てる時」
うわ~~。今でも昔と変わらず、仲がいいって言ってたけどほんとだ。目のやり場に困るし、ここで聞いてていいのかな、この会話。
「爽太。スコーン焼くの邪魔しないで。キッチンから出ててちょうだい」
「ちぇ」
聖君のお父さんはそう言うと、しぶしぶキッチンから出て行き、
「俺は今でも、くるみに見惚れちゃうことあるのにな」
と、つぶやいていた。うひゃ~~~~。こっちが照れちゃう。
聖君のお母さんはしばらく、黙って作業に没頭していた。でも、しばらくすると、少し口元をゆるませ、
「ああいうこと、平気で言ってくれちゃうから、可愛いのよね」
と私にそっと教えてくれた。
ああ、いいな。結婚して何年たっても、こんなふうに仲がいいのって。
聖君たちが帰ってきた。クロはめちゃくちゃ、しっぽを振りながらお店に入ってきた。すぐに杏樹ちゃんが、タオルでクロの足を拭いてあげると、クロはそのまま家の中に行き、どうやら、お父さんのところへと行ったようだ。
「暑かった~~~!」
と聖君は言うと、水を飲み、それから、
「もうちょっとしたら水族館行こうね。それまで、店手伝おうか?」
と、聖君のお母さんに聞いた。
「うん、お願い」
お母さんからそう言われ、聖君はホールのテーブルのセッティングを始めだした。
杏樹ちゃんも手伝いだして、ひまわりも、
「私も何か手伝う」
と言い出した。聖君が、
「じゃ、テーブルクロスかけたところに、杏樹が用意している花を置いていってくれる?」
と、ひまわりに優しく指示していた。
杏樹ちゃんは、カウンターで、水の入った小さな花瓶に花をいけていた。それをひまわりが、各テーブルへと運んだ。
私は、キッチンの手伝いをした。カフェの手伝いは楽しかった。いつか、私もこんなふうにカフェがしたいな。その時には、横で聖君が手伝ってくれてたらいいな。そんなことを思いながら、サラダを洗ったり、切ったりした。
「包丁の使い方、上手ね」
と、聖君のお母さんに言われた。
「え?そうですか?」
「料理の学校に行きたいの?」
「はい」
聖君に聞いたのかな。
「いいわね。いつか一緒にカフェでお料理作れたら素敵よね」
聖君のお母さんにそう言われ、嬉しくなった。
「でも、その前にあれね、聖のこと追って沖縄行っちゃうんでしょ?」
「え?」
「あら、違うの?」
「い、いいえ」
私はきっと、真っ赤になっていたと思う。
「でも、ご両親は反対するかしらね。沖縄じゃ遠すぎる」
「うちのお母さんは大賛成です」
ひまわりがその話を聞いていて、横から口を挟んできた。
「あら~~、そうなの?」
「はい。だって、結婚して、息子になってもらいたいって言ってるくらいだし」
わ~~~~!そんなことばらすな~~~!
「まあ~~。そう?聖、そんなに気に入られちゃってるの?あなた」
「え?ああ、うん。まあ。お母さんにはね…」
「ああ、問題はお父さんなのね」
「お父さんが反対しても、私とお母さんが賛成してるから、大丈夫です」
ひまわりが思い切り、強くそう断言した。
「まあ、頼もしい助っ人がいるのね、聖。良かったわね」
「あはは、まあね」
聖君は笑いながら、そう言った。
10時近くになり、
「あ、水族館が開く時間だね。行こうか」
と聖君が言った。
「桜さんも、あと30分もしたら来ると思うし、いいわよ。みんなで行ってきて。桃子ちゃん、ひまわりちゃん、お手伝いありがとうね」
聖君のお母さんにそう言われ、私たちは、お店を出て、水族館に向かった。
「嬉しい。江ノ島水族館、行ったことないから」
と、ひまわりははしゃいでいた。
「でも、多摩動物園には行くんでしょ?」
と聖君が聞くと、
「私が小学生までは行ってたかな」
と、ひまわりは答えた。
水族館に着くと、もうチケット売り場には人がずらりと並んでいた。さすが、お盆の時期だけあって、家族連れがいっぱいいる。
チケットを買って、中に入った。ひまわりは、チケット売り場に並んでいる時から、テンションが上がっていた。
ひまわりは杏樹ちゃんと、先を急ごうとして、聖君に、
「杏樹、ひまわりちゃん、人が多いんだから、離れるとはぐれちゃうよ!」
と、怒られていた。
杏樹ちゃんは、さっさと聖君のもとに戻ってきて、聖君の腕にしがみついた。それを見て、ひまわりが羨ましそうにした。
「手でもつないどく?」
と、聖君に言われて、ひまわりは思い切り喜んで、
「うん!」
と、満面の笑みを浮かべ、聖君と手をつないだ。
え~~~~~~~…。わ、私は?
私の立場はいったい…。どんよりしながら、ひまわりを恨めしく思いながら、私は3人のあとをとぼとぼと歩いた。でも、そんな寂しい思いをしている時間は、ほんの一瞬だった。
大きな水槽の前に来て、魚を見た途端、杏樹ちゃんもひまわりも、聖君をほっぽらかしにして、水槽に釘付けになり、きゃっきゃと喜んでいたからだ。
「お兄ちゃん、私ひまわりちゃんと回るよ。イルカの時間には、ステージのところに行くから、別行動してもいい?」
「ああ、いいけど。何かあったら携帯で電話しろよ。それから、ひまわりちゃんとは絶対に離れるなよ」
「わかった!じゃあね!ひまわりちゃん、行こう」
杏樹ちゃんにそう言われ、ひまわりも喜んで杏樹ちゃんと手をつなぎ、走り出した。
「走るな!危ないぞ!」
聖君にまた注意をされて、杏樹ちゃんは、
「は~~い」
と、後ろを向いて答えると、早歩きで二人して、先を急いでいた。
「やれやれ。開放された」
聖君がため息混じりにそう言うと、私の肩に手を回してきた。
ドキ!っと固まると、
「やっぱり、桃子ちゃんと二人でゆっくりと見るのが、1番いいや」
聖君は、顔を思い切り近づけてそう言うと、ゆっくりと歩き出した。
前にも来たっけ、水族館。いつも混んでて手をつないで歩いた。でも今日は、肩に手なんて回しちゃうんだ。
顔が近いから、聖君が何か話すと、息がかかる。その度にドキってする。
やばい~~。心臓が早くなってくる。きっと顔も赤いはず。私はそのあとも、ドキドキしながら、水族館を回って歩いた。
そして、イルカのショーの時間になり、ステージに行くと、杏樹ちゃんが、
「お兄ちゃんたちの席も取ってあるよ!」
と、手を振っていた。
その席に聖君と行き、4人で並んでイルカのショーを見た。やっぱりひまわりは、大喜びでさわいでいた。
ショーが終わり、私たちは水族館を出た。
「昼はどうしようか。店戻る?」
「うん」
4人で、れいんどろっぷすに向かって歩いた。ひまわりも杏樹ちゃんも、楽しそうに笑いながら、歩いていた。その後ろを、優しい表情で、二人を眺めながら、聖君は歩いていた。
優しい表情をするんだな。なんて思っていると、聖君がこっちを向いて、
「なんかさ~~、いいね、こういうのって」
といきなりぽつりと言った。
「え?」
「家族が増えたみたいで、いいな~~。もう一人妹が出来たみたいだ。そうすると、俺、3人妹がいることになるのか」
「杏樹ちゃん、菜摘、それとひまわり?」
「そう」
「……」
「いつか、俺はひまわりちゃんの、義理のお兄さんってやつになるのか」
「え?!」
ドキ!それって…。
「……。なんつって」
聖君を見ると、頭をボリって掻いて、にやけていた。
れいんどろっぷすに戻り、またカウンターに4人並んでお昼ごはんを食べ、それから、私とひまわりは荷物をまとめて、家に帰る支度を始めた。
「楽しかったね、お姉ちゃん」
ひまわりは、2階の和室で、荷物をつめながら、そうつぶやいた。
「うん」
「また来たいな。聖君の家族ってみんな、優しいし楽しいよね」
「ほんとだね」
「私、やっぱり聖君みたいなお兄ちゃん、いいな~~。杏樹ちゃんが羨ましいよ」
「そうだね。私も羨ましい」
「え?何それ~~。お姉ちゃんなんて、聖君の彼女のくせに」
「だよね」
そう言うと、ひまわりは笑った。
お店は混んできていたから、聖君のお母さんには簡単に挨拶をした。聖君のお父さんは、今日はいろいろと忙しいらしく、いなかった。
杏樹ちゃんと聖君が私たちを駅まで送ってくれた。お店を出る時、桜さんが、
「あら、帰るの?」
と聞いてきて、はいと答えると、
「寂しくなるわね、聖君」
と、聖君の背中をつっついていた。
「桜さん、仕事して、仕事」
と聖君はそう言って、さっさとお店を出てきてしまった。
駅に着くと、なんだかひまわりは寂しげだった。
「ひまわりちゃん、またね」
と杏樹ちゃんに言われ、さらに寂しそうにした。
「大丈夫だよ。江ノ島なんてすぐに来れるから、また遊びにおいで」
聖君がそう、優しく言った。
「いいの?」
とひまわりが言うと、
「いいよ。俺ももう一人妹が増えたみたいで楽しいし」
と、聖君は笑った。
「じゃあ、もうお兄ちゃんって思うことにしようかな」
ひまわりがそう言った。
「じゃ、私は桃子ちゃんがお姉ちゃんだって、思うことにする!」
杏樹ちゃんも、そんなことを言い出した。
「あはは。いいけど。俺は全然かわまないけど」
聖君はそう、優しく笑いながら言った。
二人に見送られ、改札口を抜けると、電車がもうすでに来ていて、私たちは乗り込んだ。
なんとなく、ひまわりが口にした言葉がきっかけで、聖君の家に泊まることになったが、二人してものすごくいっぱいの思い出を作った、二日間になったと思う。
帰りの電車で、ゆられながら、ひまわりは、
「トランプ、楽しかったな」
「花火も楽しかったな」
「今日の水族館も楽しかった」
「海も楽しかったね」
と、話し出した。そして、
「全部が楽しかったね。お姉ちゃん」
と、満足そうに微笑むと、私の肩にもたれかかり、すやすやと寝てしまった。
その日の夜、母が聖君の家に電話をして、お母さんにお礼を言っていた。
「いろいろとありがとうございました。ひまわりまでお邪魔しちゃって。ひまわりは、ものすごく楽しかったって家に帰って来てから、いろいろと話してくれて」
母がそう言うと、どうやら、聖君のお母さんは、自分はたいしたことをしていない、聖と杏樹が、楽しく一緒にいろんなところを行っていただけだと言ったらしい。
「聖君も受験生なのに、申し訳ないです。ひまわりは本当のお兄ちゃんが出来たみたいだって、喜んじゃって。それに、パジャマ、ありがとうございます。これまた、喜んじゃって」
母は、それから、延々と30分話していた。大丈夫かな、今の時間って、お店の片づけをする時間だと思うんだけど…。
やっとこ電話を切ったと思ったら、そこへ、父が帰ってきた。
「おかえりなさい!」
ひまわりは、今まで延々と母に、聖君の家での出来事を話していたのを、もう一回父に向かって、ベラベラとしゃべりまくった。
嬉しそうなひまわりを見て、父は、
「聖君のご両親に、何かお礼をしないとならないな~~。うちでやってあげられないような夏休みを、思い切り聖君の家でしてもらったんだもんな~~」
と、そんなことを言った。
「ほんとよね。一回、お店に何か持って、お邪魔しに行く?」
「そうだな~~」
……。なんだか、すごい展開になっていきそうだけど、とりあえず、父も聖君のことを認めてくれようとしてるのかな。
「聖君が楽しくて、優しくて、杏樹ちゃんとすんごい仲のいい兄妹なの。羨ましいったらないの!あんなお兄ちゃん欲しいって思ったよ」
と、興奮してひまわりは言った。
「そうか、そんなに仲がいいのか。でもお前にだって、お姉ちゃんがいるじゃないか」
と父が言うと、
「杏樹ちゃんは、お姉ちゃんみたいなお姉ちゃんが欲しいって言ってた」
と、ひまわりは言った。
「ははは、ないものねだりだな」
私はドキドキしながら聞いていた。いつ、ひまわりがとんでもないことを言い出すか、ひやひやものだった。
「聖君の家族はみんな、優しいし、面白いし、あったかいんだ。ね?お姉ちゃん。それに、聖君ってさ~~、お母さんに優しいんだ。それにお父さんとすごく仲がいいんだ。それに犬を飼ってて、すごく可愛がってるんだ。それに、私にもすごく優しくて、妹みたいに扱ってくれたんだ」
「そうか。すっかりひまわりは、聖君のことが気に入ったんだな~~。でもな~~、聖君は桃子の彼氏だからな」
父は、何を思ったのかそんなことを言った。あ、ひまわりが聖君のこと、好きになったのかと勘違いしたのか。
「うん、わかってるよ。だから、お姉ちゃんには絶対に聖君と、別れて欲しくない」
「え?」
ドキ~~。ひまわり、そ、そんなことをお父さんがいる前で言う?
「ははは、そうか。だったら、結婚までしちゃえば、義理のお兄さんになるな~~」
「?!」
父は、お酒を飲んでて酔っていた。それも上機嫌な酔い方だ。
「そういえば、昨日の夜、お前たちがいないのにふらっと、幹男君が寄っていったんだよ。まあ、一杯やらないかって誘って少しだけ、飲んでいったんだがな」
「え?幹男君が?」
ひゃ~~。何かどえらいこと言ってないよね?
「聖君のことを褒めてたな~~。男から見ても、気持ちのいいやつで、一緒にいつか酒を飲み交わせたら楽しそうですよって」
「え?!」
そうか。褒めてくれてたのか。
「幹男君がそんなことを言うのは、めずらしいね。まったく、ひまわりも、お母さんも、幹男君までが気に入る男ってのは、どんななんだろうね。何しろ、この前会った時には、少ししか話さなかったし、お父さんにはわからなかったな」
「じゃあ、今度、ゆっくりと話したらどう?」
母が父の隣に座り、お酒を注ぎながら、そう言った。
「そうだな~~。まだ、未成年だから酒は飲めないし。聖君はあれかな、釣りとか好きかな」
「釣り?」
私が、驚いて聞き返すと、
「お父さんの趣味に合わせるわけ?大変じゃない。泳ぐのはすんごい上手だけど、釣りはしないよね」
と、ひまわりが口を挟んだ。
「いいんじゃないの?釣りならゆっくりと話が出来るかもね」
母は、父の言うことに賛成した。
父は、仕事が忙しい。でも、昔から釣りだけは好きで、行っている。忙しいからたいていが、釣堀だ。我が家は誰もその趣味に付き合わないから、父はいつも一人で行っている。
本当は川で、ルーというのをたらして釣るのが好きらしい。森の中の小川で、魚を釣るのなんて最高なんだぞと、前に言っていたが、いつか連れて行ってやるという約束もまだ、忙しいから果たされていない。
「でも、聖君、勉強…」
「そうだな。だけど、半日くらい、いや、2時間でもいい。そんくらいの時間は取れるだろう?」
「うん、かもしれないけど」
「今度桃子から、言っておいてくれ」
父はそう言うと、またお酒を飲みだした。父の横に座ってた母は、私を見て、良かったわね、チャンスよと、口だけで言ってきた。
チャンス?ああ、父と聖君が仲良くなるチャンスってこと?
う、でも、その逆で、仲良くならなかったら?いや、あの聖君のことだ。きっと、父も気に入ってくれるよね?
私は、自分の部屋に行き、早速そのことを聖君にメールした。
するとすぐに聖君から、電話が来て、
「え?え?お父さんと俺、二人っきりで釣り?!」
と、驚いていた。
「いいんだ、断ってくれても。忙しいからとか、なんとかって言って。だって、ほんとに、勉強で忙しいもんね?」
聖君はしばらく黙っていた。それから、
「いいよ。俺、釣りってしてみたかったし」
と軽く言った。
「え?でも」
私の方が慌ててしまった。
「お父さんと仲良くなれるチャンスでしょ?いいよ」
聖君の声は優しかった。
ああ…。聖君ってすごい。いや、何がすごいかよく、わからないんだけど、多分、釣りでもなんでもやってのけそうだし、父とでも誰とでも仲良くなれそうで、そんな予感がなんとなくして、ただただ、私は聖君に脱帽していた。