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第31話 苛立ち

 夜、7時になり、聖君のお母さんが、リビングにみんなの夕飯を運んできた。聖君もさっとお店に行き、トレイに乗せてどんどん、運んできた。

 パートさんが、6時半からキッチンに入ってくれるので、この時間は聖君のお母さんはリビングで一休みができるそうだ。ホールは、桜さんがいてくれるらしい。


 リビングにあるテーブルに、もう一つテーブルを出してきて、それをくっつけて、聖君の家族と、私とひまわりで座った。

「いただきま~~す」

と、元気に杏樹ちゃんが言うと、ひまわりも負けないくらい大きな声で、

「いただきます!」

と、言って食べだした。

「いいね、若い子がいるっていうのは」

と、聖君のお父さんが言うと、

「父さん、じじくさ!」

と聖君が笑った。


 聖君と私も、いただきますと言って、ご飯を食べだした。夕飯は和風のハンバーグとサラダ、それにお味噌汁や、お漬物が並んていた。

「美味しい~~」

 ひまわりがうなった。私も、

「美味しいです」

と喜んで食べた。


「ありがとう。ご飯おかわりもあるからね。それから、あとで、デザートにスイカも切ってくるわね」

と、聖君のお母さんが言った。

「わ~~い、嬉しい」

と、ひまわりが喜んだ。

「夕飯食べたら、花火しようか」

と、聖君のお父さんが言い出した。

「あ、いいね」

と、聖君も賛成した。

「わ~~い!」

 ひまわりはさらに、喜んだ。


 ひまわりは、食べながらも杏樹ちゃんと、きゃっきゃっきゃっきゃしていた。すっかり意気投合して、仲良くなったようだ。

 ご飯も食べ終わり、私も食器を運ぶ手伝いをしたり、スイカを運んだりした。お店もお客さんが一組しかいなくって、今のうちにご飯食べてと、桜さんにお母さんがご飯を用意していた。


 桜さんはカウンターでご飯を食べた。たまに、食器を片付けたりしている聖君に、桜さんは話しかけていた。

 私はそれを横目で見ながら、リビングに戻った。

「はあ」

と、座りながらため息を思わずすると、聖君のお父さんに、

「どうした?」

と聞かれてしまった。


「あ!いいえ。なんでもないです」

「疲れた?」

「いえ、それなら、さっき、私昼寝しちゃったらから大丈夫です」

「ああ、リビングで寝てたね」

「え?知ってるんですか?」

「うん。飲み物取りに下に来たら、桃子ちゃんは寝てて、その横に聖がいて」

「わ~~。全然気がつかなかった」


「聖に、し~~って言われて、そ~~っと音も立てないように歩いてたし」

「そんな、気を使ってくれたんですか?」

「気持ちよさそうに寝ていたから、起こしちゃ悪いしね。それにしてもあの時の聖は、眠り姫を守る王子様みたいだったよ」

「え?!」

 何、それ~~?

「隣で、静かにただ、座ってた。ずっと、桃子ちゃんを見守りながら」

「……」

 思い切り、恥ずかしくなった。本当に変な寝顔してなかったんだろうか。


「で、なんでため息?」

 聖君のお父さんはまた、それを聞いてきた。

「いえ、あの…。お店で桜さんと、聖君が仲良く話をしてて」

「やきもちやいちゃった?」

「はい。なんか、お似合いだなって思って」

「あはは!お似合い?俺から見たら、聖と桃子ちゃんの方がずっと、初々しくて、可愛いカップルに見えるけど?」

「え?」

 初々しい?


「聖、桃子ちゃんといるとね、すんごい優しい表情になる。あんな聖、そうそう見れない。杏樹にも優しいけど、でも、桃子ちゃんといる時は格別だね」

「格別?」

「気づかない?すごい優しい聖」

「……はい。気づいています。すごく優しいから、一緒にいると安心できます」

「でしょ?あんな表情は、桃子ちゃんにしか見せないよ。だから、他の子のことなんて気にすることないって」

 聖君のお父さんは、そう言って優しく笑った。


「聖君は、お父さんと癖や、話し方が似ていますね」

「そう?」

「笑い方も」

「そうかな。やっぱり、ずっと一緒にいるから、似ちゃうのかな?」

「そうですね。お父さんも、お母さんと今でもラブラブなんですか?」

「え?」

「聖君が、いちゃついてるって言ってた」

「ああ!あはは。あれね。そう、今でも仲いいよ。っていうか、まったく変ってないかな。付き合い出した頃からのままかも」

「すごいな」

「そう?」


「聖君のお母さんって、優しいし、奇麗だし、なんでもできちゃうし、すごいですね」

「なんでもできる?」

「お料理も、お裁縫も、なんでも」

「ああ。得意な方じゃなかったよ。でも、できるようになったのかな」

「そうなんですか?」

「うん」

「きっと、器用なんですね」

「どうかな~~。くるみ曰く、桃子ちゃんはすごくお料理もお菓子作りも上手で、編み物も出来て、女の子らしくって、可愛くって、器用で、聖にはもったいないくらいって言ってるけどね」

「ええ?!」


「あ、そんなに驚かなくても。くるみは、どっちかって言うと、虚勢張って生きてきてたし、男に負けまいとして生きていたから、桃子ちゃんはくるみにとって、自分と正反対の女の子なんだよ」

「え?」

「信じられないくらいの、女の子だってさ。こんな女の子らしい女の子もいるのねって、いつも言ってる」

「…私がですか?」

「うん。私も男なら、絶対に惚れてるってこの前言ってた」

「ええ?!」

「だけど、聖が、桃子ちゃんの中身はけっこう、男っぽいよって言ってた。強いから、もしかすると、母さんよりも男っぽいかもって。そうなの?」

「……」

 わ、私が?


「泳げるようになっちゃったんだよね」

「はい」

「それも、大変なコーチだったのに、いろいろ言われて、ちきしょうって思っちゃったんだって?」

「それ、聖君が言ったんですか?」

「うん、聞いちゃった。聖が、笑いながら、桃子ちゃん、強いんだ、ああ見えてもって」

 そんな話しちゃうんだ。

「あ、俺、けっこう聖とはいろんなこと話すんだ。なんか、友達だね、親子って言うより」

「そうなんですね」

 知らなかったな。仲良そうって思ってたけど、そんなにいろいろと話をしてるんだ。


「父さん、花火どこに閉まったっけ?」

 聖君が、リビングのドアを開けて聞いてきた。

「ああ、玄関のクローゼットに入ってない?」

「ないよ」

「じゃ、外の物置かな」

 聖君のお父さんは立ち上がり、玄関から外に出た。私と聖君もあとをついて行った。外に出ると、お店の前の方から、杏樹ちゃんとひまわりの声がした。ウッドデッキのベンチに座り、二人でクロを交えて、話をしているようだった。


「花火あったよ。海岸でしようか、風もないし」

「うん!」

 聖君のお父さんも交えて、みんなで海岸に移動した。そして、花火を始めた。クロもついてきたが、花火は苦手なようで、近くには寄ってこなかった。

「奇麗~~」

 花火に火がつくと、杏樹ちゃんもひまわりも喜んだ。聖君は、

「ドラゴン、やろうよ、ドラゴン!」

と、聖君のお父さんを誘い、浜辺の真ん中辺りに行き、ドラゴン花火を打ち上げた。


 ヒュ~~~~~~~~!

 花火大会の花火よりは音も小さかったが、ドラゴンもなかなかの迫力。ちょっと、私たち女の子3人は、遠くからそれを眺めた。

「ネズミ花火もあるじゃん。あ。杏樹、こっちに来るなよ」

「行かないよ」

「お前、去年、近寄って危なかったじゃんか、そこで、桃子ちゃんたちといろよ」

「わかってるよ~~」


 去年もしたんだ。仲いいんだな、本当に。

「つけるよ、父さん」

「おお!」

 ネズミ花火にも火をつけた。花火がくるくると回りながら、移動した。

「わ~~~。こっちに来た」

と、聖君のお父さんが走って逃げた。それを見て、聖君がゲラゲラ笑った。


 そして、残ったのは線香花火。

「これ、好きだな~~」

とぽつりと言うと、

「やっぱり?桃子ちゃん、こういうの似合ってるよね」

と聖君に言われてしまった。

「地味だから?」

「可愛いから」

 聖君が、私の頭をぽんっぽんってしながら、そう言った。


 線香花火をしゃがみながら見ていた。すぐ横で聖君も、線香花火を見ていた。

「やばいね」

 聖君がそう、つぶやいた。

「え?何が?」

「幸せで」

「え?」

「桃子ちゃんとこうやってるの、なんだか、すごく幸せだなって思ってさ」

 聖君の目は、すごく優しかった。

「うん」

 私は、胸がいっぱいで、うなづくことしかできなかった。


 聖君の家に帰ると、もうれいんどろっぷすは閉まっていた。玄関から入ると、リビングで、桜さんと聖君のお母さんが笑って話しているのが聞こえた。

「ただいま」

 聖君のお父さんがリビングに最初に入った。

「あれ?ビール飲んでるの?いいね」

「爽太も飲む?」

「うん」


 聖君のお母さんはくるみさんで、お父さんは爽太さんなんだ。

「桜さん、もう出来上がってる?」

と、聖君のお父さんが聞くと、

「え~~。そんなことないです、そんな酔ってません」

と、桜さんは笑って答えた。

「そうかな。顔真っ赤じゃん」

 聖君がそう言うと、

「えへへ、そう?帰れるかな。聖君、いつもみたいに送っていってね」

 桜さんは、ソファーに座ったまま、横に立っていた聖君の、腰の辺りをぽんぽんとたたきながらそう言った。


 いつもみたいに?送っていってるの?いつも?そうだ。飲むといつも、絡まれるって言ってたっけ。

 う~~~。腰とか触ってるし、なんかすごく嫌だな~~。

「しょうがないな。でも、それ以上はもう飲まないでね。桜さん、酒癖悪いんだもん」

「何よ~~。怒らせてるのはいつも、聖君じゃない」

「怒らせてないって」

 聖君はやれやれって顔をした。

「いいから、ここに座って、聖君も」

と桜さんは言い出したが、

「お兄ちゃん、2階でトランプしようよ」

と杏樹ちゃんが、聖君の腕を引っ張った。


「え?トランプ?」

 聖君が聞くと、

「ひまわりちゃんと、桃子ちゃんと4人で!ね?」

と、杏樹ちゃんが、甘えた声を出した。

「ああ、しょうがねえな」

と、聖君はそう言うと、杏樹ちゃんに腕をぐいぐい引っ張られながら、2階に上がって行き、

「父さん、悪い。酒飲む前に、なんか飲み物頼んでいい?」

と聞いた。

「ああ、4人分持っていってやるから。先上がってろ」

とお父さんは、そう言うと、お店の方に歩いていった。


 私とひまわりも2階に行こうとすると、後ろから、

「あ~~あ。大変、聖君は子供のお守りばっかりね、今日」

と、そんなことを桜さんがつぶやいた。

 カチ~~~~ン。今の一言はかなり、私の堪忍袋を刺激してくれた。う~~、と何か言葉が出そうになる前に、2階から杏樹ちゃんが、

「酒飲みの相手よりもましだよ。桜さん、いっつもお兄ちゃんに絡んでて、お兄ちゃんかわいそう。それに、お兄ちゃんは、桃子ちゃんといる方がいいってさ!」

と、叫んだ。


「こらこら、杏樹。部屋にもう入って」

と、聖君がそう言って、杏樹ちゃんを和室に押し込めていた。私とひまわりも中に入り、ドアを閉めた。すると、

「桜さん、私嫌い」

と、杏樹ちゃんが言い出した。

「うん、なんか感じ悪い」

と、ひまわりまでが言う。


「杏樹には、あまり話しかけたりしないもんな」

 聖君がぼそってそう言ってから、トランプをさっさと切り出した。

「話しかけても、なんか子ども扱いするの」

「ふうん」

 聖君は聞いてるのか、聞いてないのかわからないような返事をして、

「何するの?トランプ。ひまわりちゃんは、何知ってる?」

と、話を変えていた。


「なんでもわかるよ。でも、神経衰弱は嫌だ。頭使うし」

「あはは、俺も嫌かも。じゃ、オーソドックスにババ抜きでもする?」

「うん!」

 4人で輪になって座り、聖君は手馴れた手つきで、トランプを配り出した。

「家族でトランプするの?」

 私が聞くと、

「うん、たまにね。それに伊豆に行くと、じいちゃん、ばあちゃん、春香さんも交えて、やったりもするから、けっこう楽しいよ」

「へ~~~~」

 なんだか、いいな~~、そういう家族。


「さて、ババは誰かな」

と、言いながら、聖君はトランプを見た。私も配られたトランプを見た。すると、ジョーカーが入っていて、ああ!って顔をしてしまった。

「ぶ!」

と、隣で聖君がふきだした。

「ババ抜きは、桃子ちゃんには不向きだったね」

「なんで?」

「だって、全部顔に出るから」

 やっぱり、ばれてる。


 最後まで、私はジョーカーを持ったまま、終わってしまった。ガク…。だって、隣で私のカードを引く聖君は、私の顔色を見て、引くんだもん。ババが最後まで残っちゃうよ、そりゃ。

「お姉ちゃん、よわ~~い」

 ひまわりに言われてしまった。

「他のやる?」

「豚のしっぽがいい」

 杏樹ちゃんがそう言った。豚のしっぽ、知ってる、あれ。あれも不得意だ。どうも、みんなよりも一テンポ遅れてしまい、しっぺをされる羽目になるんだよね


「よっしゃ~~。それじゃ、ここにちょうど、ペットボトルがあるから、これを取ることにしようね」

と、聖君はさっき、お父さんが持ってきた、ペットボトルを3本だけ、真ん中に置いた。

 そして、ゲームを始めた。ひまわりはずっと、にやけていて、杏樹ちゃんは、冷静にしていた。聖君はというと、鼻歌を歌っていた。私だけが真剣そのもの。

「揃った!」

と、ひまわりがさっと、ペットボトルを取った。


「きゃ~~~!」

 杏樹ちゃんが叫んでボトルを取ろうとして、それを聖君がさっと拾い、私の方へと投げた。私がそれを拾うと、今度はもう一つのボトルを二人で、争奪していた。

「私の~~~!」

「俺の~~~!」

 本気で取り合っていた。私は、ひまわりと、唖然としてそれを見ていた。そのうちに、杏樹ちゃんは、聖君のわき腹をくすぐり、聖君が、

「やめて、そこは弱いから!あははは!」

と笑い転げ、その間にさっさと杏樹ちゃんは、ペットボトルを取って抱きしめた。


「お兄ちゃんの負け」

「ずるい、お前!」

「ずるいのはお兄ちゃんだよ~~。桃子ちゃんにはさっさとペットボトル渡しちゃって」

 杏樹ちゃんがそう言うと、

「あれは手がすべっただけ」

と聖君が言った。

「もう~~。いつもそうなんだから。伊豆では、おばあちゃんにはいって投げちゃうんだよ。それで、私とか、お父さんと争奪することになるの」

「へ~~」

 私は、また聖君の一面を知って、嬉しくなった。それに、わき腹、弱いんだ。くすぐったいんだ。

 

「これも、お兄ちゃん必ず、桃子ちゃんにペットボトルあげちゃいそうだから、おしまいにする」

と杏樹ちゃんが言った。

「だって、桃子ちゃん、絶対に取れないだろうなって思って」

と聖君が言うと、隣で思い切りひまわりがうなづいていた。

「休憩!のどかわいた。これ飲もうよ」

 聖君は、今まで争奪してたペットボトルのお茶を開けて、ぐびっと飲んだ。

「あ、なんかぬるくなってる」

「そりゃ、二人であれだけ、取り合ってたら…。ねえ?お姉ちゃん」

と、ひまわりは少し呆れたようにそう言った。


「ひまわりちゃん、あれでしょ?かなりのイメージダウン」

 聖君がそう言うと、

「うん、びっくり。こんなに子供っぽいんだ」

とひまわりが言った。

「お兄ちゃんのこと?そうだよ。こういうゲームすると、本気で私とやりあうもん。大人気ないと思わない?」

 杏樹ちゃんがそう言うと、

「ば~か。これでもな、手を抜いてやってるの。それに子供のお前に合わせてるんだよ!」

と、聖君が杏樹ちゃんの頭をこつき、そう言った。


「あ、でもいいな、そういうの」

と、ひまわりが言った。

「やっぱり、お兄ちゃんがいるの、羨ましい」

「そう?でも、お兄ちゃんになるよ」

「え?」

 杏樹ちゃんの一言に、私とひまわりが聞き返すと、

「だって、お兄ちゃんと桃子ちゃんが結婚したら、ひまわりちゃんのお兄ちゃんになるじゃない。それで、桃子ちゃんは、私のお姉ちゃんになるの。嬉しいな~~!」


 杏樹ちゃんは私に抱きつきながら、そう言うと、

「お姉ちゃん、欲しかったんだ。それも、優しくてお料理とか、お菓子作りとかできるお姉ちゃん!桃子ちゃん、大好きだから、嬉しい!」

 わ~~~~。杏樹ちゃんがすごく嬉しいことを言ってる。でも、恥ずかしくて、聖君の顔は見れない。どんな表情をしてるの?どんな反応をしてる?

 う~。やっぱり、気になり、ちらりと聖君を見ると、頭をポリポリと掻いていた。あ、照れてるの?

「いいね。いいね。絶対にそれ、いいよね!」

 ひまわりも、喜んだ。


「次は、七並べしよう」

と杏樹ちゃんが言った。ああ、それもまた、苦手なゲーム…。で、やっぱり負けてしまった。 

「そろそろ寝る?ひまわりちゃん、眠そうだよ」

「うん…」

 あ、ほんとだ。目がもう、くっつきそうだ。

「布団敷くね。ほら、杏樹手伝え!」

 聖君はそう言うと、押入れを開けて、さっさと布団を敷きだした。それに奇麗に杏樹ちゃんがシーツをかけていく。


「二人ともすごいね。杏樹ちゃんもなんでもお手伝い、出来るんだね」

 私がそう言うと、

「おばあちゃんたちが泊まる時、手伝っていたから」

と、はにかみながらそう答えた。

 聖君といい、杏樹ちゃんといい、すごいな~~。うちも母親が働いてはいるけど、ひまわりなんて、何も手伝わないよっていう私も、お料理くらいしかしていないか。


「じゃ、この部屋出た突き当たりに洗面所あるんだ。わかるよね?ガラス戸で、透けて見えるし」

「うん」

「そこで、顔洗ったり、歯、磨いてね。俺、きっとそろそろ桜さん、送らないとならない時間だろうから、ちょっくら行ってくる」

「すぐ戻ってきてね、お兄ちゃん。桃子ちゃん、寂しがっちゃうよ」

と、杏樹ちゃんが言うと、

「わかってるって!」

と、聖君はそう言って、階段を駆け下りていった。


「なんか、嫌だな。お兄ちゃん桜さんにいいように扱われてる気がする」

と、杏樹ちゃんが言った。

「え?」

「お兄ちゃんには、桃子ちゃんがいるのに」

 杏樹ちゃんは口を尖らせて、そう言った。そんなふうに言ってくれるのが嬉しいし、そんな杏樹ちゃんが可愛かった。


 洗面所で、杏樹ちゃんと顔を洗った。ひまわりがなかなか部屋から来ないなって思って、見に行くと、布団に転がってすでに、寝ていた。

「ひまわり!もう~~。せめて、着替えして寝てよ~~」

 私は、ひまわりの体を起こして、聖君のお母さんが作ってくれたパジャマに着せ替えた。

「お、重い」

「う~~ん、眠いよ」

 ひまわりは半分寝ぼけたまま、どうにか着替えて、そしてばったりとまた横になり、すぐにぐうすか寝てしまった。


 私は顔も洗ったし、歯も磨いたので、パジャマになり、ひまわりの隣でぼけっとしていた。杏樹ちゃんも自分の部屋に戻り、もう寝たかもしれない。

 10分、20分、そして、30分が経った。まだ、聖君は戻ってこない。

 もやもやして、私は水でも飲ませてもらおうと、一階に下りていった。すると、どうやら、聖君のお母さんとお父さんはお風呂に入ってるようだった。


 わ、二人で入ってるんだ。なんだか、こっちがドキドキしてしまった。廊下から静かにお店に行くと、キッチンでコップに水を入れ、それを飲んだ。それから、なんとなく部屋に戻る気にもなれず、リビングにいるのも気が引けて、お店のカウンターの椅子に座り、ぼんやりとしていた。

 聖君はいつ、戻るのかな。時計を見ると、もう1時間が経とうとしている。

 不安や、苛立ちや、寂しさの中、私は聖君を待っていた。


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