第3話 彼の本音
翌日、待ち合わせの場所に5分前に着いた。すると、もう聖君が来ていて、下を向き、携帯を操作していた。それから、顔をあげてどこかを見つめ、なんとなくぼ~~ってしている。
ダウンジャケットのポケットに携帯をつっこみ、もう片方のポケットから、私のあげた手袋を出し、はめだした。それから、なぜだか、しばらくその手袋をじ~~って見ている。あ、まさか、どっかもう穴でも開いちゃったとか?
そして、ふうってため息をついた。あ、あれ?どうして?
私はちょっと離れたところから、そんな聖君を見ていた。ああ、こうやって離れてみても、かっこいいな。
聖君の横を通る高校生くらいの女の子二人が、ちらちらと聖君を見て、こそこそと話をしている。顔をちょっと赤くしてた。かっこいいねとか、話してるんだろうか…。
聖君が、髪をかきあげた。それから、またどこかを見つめ、ぼ~~ってしている。そして、やっと私のことに気がついた。
「あ!」
聖君は、にっこりと微笑んで、こっちに歩いてきた。私も聖君の方に、近づいていった。
「聖君、早かったんだね」
「うん。乗るはずだった電車よりも、一本前の電車に余裕で乗れちゃってさ」
「ごめんね、待ったんじゃない?」
「いや、そうでもないよ」
さっき聖君を見て、顔を赤くしてた女の子たちが、まだこっちを見ていた。そして、なにやらまた、こそこそと話している。あ、彼女いたんだとか、そんな話?それか、彼女たいしたことないねとか、そんな話?
「さて、どこ行こうか?」
「聖君、お昼は?」
「まだ。桃子ちゃんは?」
「私もまだ…」
「じゃ、昼飯食いに行こうか」
「うん」
ぶらぶらと歩き出し、ファミレスに入った。聖君は、お昼ご飯を食べながら、伊豆でのことを楽しそうに話してくれた。私も、実果おばさんや、幹男君のこと、それから、父方の従兄弟の赤ちゃんのことを話した。
「へえ、お母さんって双子なんだ。じゃ、その従兄弟の幹男君って、桃子ちゃんに似てる?」
「ええ?似てないよ。全然!だって私、おばあちゃん似だし、幹男君はお父さん似みたいだし」
「ああ。桃子ばあちゃんだっけね」
「もう、それやめてね」
「あはは!可愛いじゃん、桃子ばあちゃんって呼び方」
「え~~~」
なんかほんと、たまに聖君はこうやって、からかってくるよな~。
「……」
聖君は、笑っていたと思ったら、いきなり黙り込み、またどっかをぼ~~って眺めた。
どうしたのかな…。今日はなんだか、ぼ~~ってしてる時が多いな。
「疲れてるの?」
「え?俺?」
「昨日、伊豆から帰ってきたばかりでしょ?」
「うん。でも、そんなに疲れてないよ。昨日早くに寝たし」
「そう?」
「そう見えた?」
「うん…。なんか、ぼ~~ってしるかなって」
「そう?」
「うん」
「……」
聖君は、黙り込み、下を向いていた。どうしたんだろう?
「一昨日の夜、菜摘ちゃんから電話が来て」
「え?」
伊豆に泊まってた日?
「兄貴は、桃子にちゃんと琉球大学行くか迷ってるって話さなかったのかって、怒られた」
「え?」
お、怒られた?
「桃子ちゃん、相当ショックだった?菜摘ちゃんがさ、桃子が思い切り、沈んでたって言っててさ」
「……」
「蘭ちゃんと菜摘ちゃんとで、心配してたみたいだね。ほんと、桃子ちゃん、あの二人に大事に思われてるよね」
「え?」
「桃子のこと、泣かせたら承知しないとまで、菜摘ちゃんに言われた」
「ええ?」
「…。泣いちゃった?」
「ううん」
あ、家に帰ってから、泣いたっけ…。
「ごめん。言おうと思ったんだ。思ったけどさ…」
「……」
「沖縄に行くのは、ずっと前から考えてた。大学、沖縄にして、4年間沖縄やその周辺の海、潜ったりしたいなって」
「……」
「それが夢でもあったから、なんか、言いづらかった」
「え?」
「まじで、悩んだんだ。桃子ちゃんと付き合うようになって、離れ離れになるくらいなら、こっちにも海洋学勉強できる大学あるし」
「海洋学?」
「うん。海洋学、勉強したいんだよね」
「そうなんだ」
「……。こっちの大学にして、夏休み利用して、沖縄に行くってのもできるかなとか、大学卒業してからだって、行けるよな…とかさ」
「……。でも、聖君の夢だったんでしょ?」
「……。ね?桃子ちゃん、きっとそう言うと思って」
「え?」
「もし、俺が桃子ちゃんのことで、夢をあきらめたりしたら、きっと桃子ちゃん、嫌がるでしょ?」
「……」
「自分責めたりするでしょ?」
「うん」
「俺に、沖縄行けとか、夢を叶えてとか、言うでしょ?」
「……。うん」
そりゃそうだ。私のことで、自分の夢をあきらめてほしくない。
「そう言うだろうなって思って、言えなかった」
「……」
「逆の立場だとしても、俺、やっぱり桃子ちゃんに夢をあきらめてほしくないって思いそうだし」
「……」
「ごめん。だから、ちゃんと俺の中で、気持ちが整理ついたら言おうと思ってた」
「……。それで、決まったんだね?」
「うん」
そうか。そうだったんだ…。
「行かないで、ほしい?」
「え?!」
「離れるの、嫌?」
「……」
嫌だよ。行かないで欲しいよ。でも、そんなの私のわがまま…。
「……。俺、決めたとか言って、こんなこと聞いて、情けないね」
「ううん」
それで、なんだか、ぼ~ってしてたの?
……。嫌だって言ったら、やめてくれるのかな。
でも、それで夢をあきらめたりしたら、きっと後悔しそうだ。私も、聖君だって。
行かないで欲しい。喉まで出かかった。でも、言えなかった。
「…。あと、1年も先の話だけどね。それまでは、こっちにいるし…」
「だけど、受験だし、忙しくなるよね?」
「う~~ん。まあね。塾行こうって思ってるし。今までよりも会う回数は減るかな~」
「……」
そうだよね。やっぱり…。
ああ、幹男君の言葉を思い出す。環境が変わると、駄目になるって…。
「なんか、暗いね。俺ら…。もっと明るくさ、考えることも出来るよね?」
「え?」
「伊豆にいる間に、じいちゃんと話をしてさ。大学のことも話したんだ。桃子ちゃんと離れるってことも。そしたら、そんな数年のこと、人生で考えたらあっという間だって」
「……」
「じいちゃん、伊豆に引っ越す前、2年間くらい、それまでの仕事であれこれ、忙しかったらしくって、先にばあちゃんと春香さんだけで、伊豆に行っちゃったんだって。だから、2年近く、単身赴任してたみたいだったって言ってた」
「ふうん」
「それまで、ず~~っと一緒にいたから、そんなにばあちゃんと離れたことなかったらしい。でも、新鮮だったって言ってた」
「新鮮?」
「うん。でもさ、離れたとしても、なんの不安もなかったなって。でもそんなの、当たり前だと思わない?」
「え?」
「だって、夫婦だもん」
「うん、そうだよね」
単身赴任してる旦那さんなんて、きっと日本にいくらでもいる。
「で、言われた。夫婦だと大丈夫で、なんで恋人だと駄目になるんだって」
こ、恋人?うわ。なんだか、違和感のある響きだ。私と聖君、そうか、恋人なんだ。
「それもそうだけど…」
「……」
「どう思う?桃子ちゃん」
「え?!」
いきなり、聞かれても…。
「夫婦なんて紙切れ1枚の問題であって、恋人とさほど、変わりないよって、じいちゃんは言うんだけどさ。どう思う?」
「わ、わかんない…」
「だよね、まだ、高校生の俺らじゃさ」
「うん」
「夫婦って、どっか、安心感がある、離れててもつながってるっていうそんな安心感あるよね」
「うん」
「……。確かに、紙切れ1枚のことなのかもしれないけどさ」
「うん」
「……」
聖君は、黙り込んだ。そして、うつむいた。
「あ~~。やめよ。先のことばかり話すの。今っていう時間がもったいないや」
「…うん」
「さ、これからどこ行く?外寒いし、ゲーセンでも行く?」
「うん」
ゲームセンターでは、やっぱり聖君は何をやっても高得点。私は悲惨な結果に終わった。
「あはは…!駄目だ。腹いて…」
私の運動神経のなさをいつもこうやって、お腹を抱えて聖君は笑う。笑い上戸だし、失礼だとも思う。
「これって、一つの才能だよね。ここまで、鈍いってのも」
ひ、ひどい~。
「……。桃子ちゃんて、ほんと可愛い」
「え?!」
こういうのを、可愛いって言う方が変だよ。絶対。
「UFOキャッチャーしようか。何か欲しいのある?」
「じゃ、あのくまのぬいぐるみ」
「オッケー」
聖君はなんと、2回だけでくまのぬいぐるみをゲットしてしまった。
「はい」
「あ、ありがとう」
なんでこうも、聖君は、器用なのかな。
「あはは!」
「え?」
何?なんで笑われたの?私?
「そのくま!似てる。桃子ちゃんにそっくり。双子だ、双子!」
「もう~~~。さっきからひどいよ~~!」
「え?なんで?すんげえ可愛いじゃん。そのくま」
「でも、でもくまと双子って」
「なんで?すんげえ可愛いじゃん」
「う~~~」
なんか、釈然としない。
ベンチがあり、そこに腰掛け、二人で缶コーヒーを飲んだ。
「あのね」
私が話しかけると、聖君は、
「うん?」
って、耳を思い切り傾けてきた。あ、私の声が小さいからか…。
「聖君って私のこと、からかってばかりいるから、本当は好きなんじゃなくて、面白がってるのかなって思うことがある」
すんごい正直に言ってみた。
「へ?」
聖君は、一瞬固まると、そのあと、
「あははははは!」
と、大笑いをした。
「それ、桃子ちゃんのジョーク?」
「ち、違うよ。ほんとに、たまにそう思うことがあって」
「あははは」
まだ、笑ってる…。そんな笑うようなこと、言ってないと思うんだけどな。
「駄目だ。今日俺、笑いすぎて、絶対腹が筋肉痛になる」
だから、そんなに笑うことじゃないと思うんだけど…。
「桃子ちゃんって、やっぱ、面白い」
「……」
やっぱり、面白がってる。
私がすねて、下を向いていると、聖君は笑うのをやめて、顔を覗きこんできた。
「え?!」
びっくりすると、
「あ、良かった。泣いちゃったかと思った」
と、ちょっとほっとした表情を見せた。
「泣いてないよ」
前だったら、泣いてたかもしれないけど、さすがに免疫がついたみたいだ。私…。
そう言っても、まだ、聖君はじいっと私の顔を見ていた。あ、またくまのぬいぐるみに似ているとか、ポメラニアンに似ているとか、思ってるのかもしれない。
「……。俺、この前、すんごい恥ずかしいこと言ったよね?」
「え?」
「まさか、忘れちゃった?」
「……」
いつのことかな…。
「メールでだけど、桃子ちゃんのこと好きだから、もっと、自信もってって」
「あ…」
あの時。カラオケにみんなで行った日だったかな。
「それからさ、一つだけ、桃子ちゃんには内緒にしてたことがある」
「え?」
何?!
「俺がね、大笑いをしたり、桃子ちゃんのことからかってる時は…」
何?何?何?
しばらく聖君は黙って下を向いてしまった。でも、またこっちを上目遣いで見ると、
「照れ隠しなんだ」
と、恥ずかしそうに言った。ちょっと、顔が赤くなってたかもしれない。
「え?」
「だからさ、そういう時はたいてい、めっちゃ桃子ちゃんのこと、可愛いなって思ってたり、めろめろになってる時でって、あ~~~~~。何で俺、ここまでばらしてんの!!今の忘れていいから!」
そう言うと、聖君はすくって立ち上がり、ゴミ箱に空き缶を入れ、後ろを向いてしまった。そして、頭をぼりぼりって掻くと、
「あ~~~。やべ~~~。顔熱い」
と、独り言を言った。
「……」
私は、しばらく呆けてしまった。め、めろめろ…?
めろめろ?めろめろ?そこだけが木霊のように、頭の中で繰り返して…。
「めろめろ?」
思わず、声にも出してしまった。すると、聖君はぐるりとこっちを向いて、
「だから!それは忘れていいから!」
と、真っ赤になってそう言った。
わ~~~~。聖君が、真っ赤になってる。か、可愛い~~。
私の方こそ、もうずっと、会った時からめろめろなのに…。と、声に出して言いたかったけど、聖君がまた、後ろを向いてしまったから、言えなかった。