第24話 恋の悩み
翌日、朝早くに菜摘からメールが来た。
>昨日、電話待ってたのに!今日は桃子、暇?会えない?
あ~~~!菜摘に電話するの、忘れてた~~!
>ごめんね!今日暇。空いてるよ!
>良かった。話を聞いてもらってもいい?今日お母さん出かけるから、家にいないんだ。うちに来ない?
>わかった。行くね。
お昼に一緒に食べようと思い、スコーンを焼いた。電話をし忘れたお詫びもかねて。スコーンを袋に入れて、母に菜摘の家に行ってくると言い残し、家を出た。
外は思い切り暑かった。ジージーと蝉の鳴き声がうるさかった。
話はきっと、葉君のことだよな~~。自転車のカゴにスコーンを入れた袋を入れ、帽子をかぶり、菜摘の家に向かった。菜摘の家まで、自転車で15分かかる。駅をはさんで、向こう側に菜摘は住んでいる。
ピンポーン。チャイムを押すとすぐに菜摘が、
「待ってたよ!入って~~」
とドアを開けた。菜摘は元気そうだったから、ほっとした。
中に入り、二人でスコーンや、菜摘が用意していたパンを食べた。
「スコーン、美味しい!」
「聖君のお母さんから、スコーンの焼き方教わったんだ」
「へ~~。すごいな~~。桃子は」
「そ、そんなことないよ。誰にでも出来るよ」
「そうかな~~。これはもう、特技だと思うけどな」
菜摘はそう言ってから、ちょっと黙り込んで、ふうってため息をした。
「桃子、すごく変なこと聞いてもいい?」
「うん」
な、なんだろう。
「兄貴って、キスする時に…」
「え?」
「言いにくいんだけど」
「う、うん」
「胸とか触ってきたりする?」
「ま、まさか!ないよ!!!!」
思わず、大きな声で否定して私は真っ赤になった。
「そうか~~」
え?え?え?まさか、葉君。
「ほんとに、ちょっとだけなんだ。胸の辺りに葉君の手がきて、びっくりしちゃって」
「そ、それで?」
「でも、そのまま我慢してたんだけど」
え~~~~?!
「蘭に、昨日の夜メールで聞いてみたら、そんなの付き合ってたらあるよって軽く言われてしまって」
「う、うん」
「今、クラスで仲のいい子にもメールで聞いたら、やっぱり半年付き合ってる彼がいて、そういうこともあるって」
半年で……?
うわ。私と聖君だって、もう半年以上たってる。
「兄貴とは、そういうこと」
「ないない!」
「キスだけ」
「うん!」
私は真っ赤になってうなづいた。
「そっか。そうだよね。相手が桃子じゃ」
え?相手が私だからなの?他の子と付き合ってたら、聖君もわからないの?っていうか、やっぱり私が子供だから?幼いから?幼児体型だから~~?
私の頭の中はぐるぐるして、クラクラしてきていた。
「葉君、キスが終わって、何も言わなかったんだけど、私もどうしていいかわからなくって、そのあとずっと、黙ってたの」
「うん、菜摘、昨日の帰り静かだったもんね」
「どうしたらよかったのかな。やめてって言えばよかったかな」
「……」
菜摘は顔を曇らせた。そしてまた、ため息をつく。
「でも、嫌だって言って、嫌われるのも嫌だし」
う、なんかそういうのもわかる気がする。
「だけど、葉君が、なんだか怖くなっちゃって」
そういうのも、わかる気がする。
「ファーストキスだったんだけどな。なんで、いきなり…」
そ、そうだよね。それは驚くし、傷つくよね。
「兄貴は、キスしてもそれ以上は何も?」
「うん。あ、昨日そっと、抱きしめてくれたけど」
「そっと?」
「うん。いつもそっと…」
「そっか~~。まあ、相手が桃子なら」
何度も菜摘は、相手が桃子ならって言うけど、どうしてかな。
「あ、相手が私だとどうして?」
どうしても、気になり聞いてみると、
「壊れちゃいそうだもんね。そっと大事にしないとって、なんかそういう気にさせるもの、桃子」
壊れちゃいそう?
「兄貴、きっとすんごく桃子のこと、大事にしてると思うんだよね」
「え?」
う、それもわかる気がする。すんごく優しいし。
「あ~~~~!!!今度会ったらどうしたらいいんだ~~!」
いきなり、菜摘はうなった。
「で、でも、やっぱりそういうのって、ちゃんと葉君に話したほうがいいと思う」
「嫌だって?」
「怖いって…」
「…。葉君のことが怖いなんて言って、傷つけないかな」
「だけど、それが菜摘の本心なら、言った方がいいかもしれない。葉君だって、菜摘のこと大事に思ってるだろうし、わかってくれるよ」
「うん。そうだよね。言った方がいいんだよね、素直に、正直に」
「うん」
「……わかった。あとでメールして、明日会ってって言ってみる」
「うん」
「電話で話したほうがいいかな?それかメールで」
「わかんない。菜摘が1番これならっていう方法でいいと思うよ?」
「そうだよね。じゃ、会って話したいかな。メールだと変なふうに受け取られても嫌だし、電話で話すような内容でもない気もするし」
「うん」
「私、手もつないでくれないし、キスもしてくれないなんて、そんなこと思ってたのに、いざ、こういうことがあると怖くなるなんて、どうしようもないよね」
「そんなことないよ。こういうことって経験してないことだし、その時にならなくちゃ、わからないもん」
「だよね…。あ~~。キスはね、嬉しかったんだ。でも、そのあと、葉君も男の人なんだって思ったら、いきなり怖くなっちゃった。ほら、周りにいる男性って父親や、兄貴も怖いって感じじゃないし、女子校育ちだしね」
「そうだよね」
それは私もだ。父は思い切り優しいし、幹男君だって実のお兄さんがいたらこんな感じかなって、そんな雰囲気だし、聖君だって…。
そうだ。私一回も、聖君が怖いと思ったことないな。キスもいつも、まるで風が吹いたみたいに、そっと触れるだけだし、手もつないでくれるけど、すごく優しいぬくもりだし…。
そうか。大事にされてるからか。
それ、私が幼いから、そんな気が起きないとか、子供だと思ってるからとか、そういう理由じゃないよね。
って、いきなり不安も押し寄せてきた。だって、もし、聖君の周りに、女っぽくって、ドキドキしちゃうような人が現れたら?
ず~~~~ん。やばい。気持ちが沈んだ。
「桃子、兄貴に大事にされてていいな」
私が沈んでるのにも気づかず、菜摘がそう言った。
「え?」
「羨ましいな」
「葉君だって、菜摘のことすごく大事に思ってるよ」
「だといいな~~。あ、このこと兄貴には絶対に内緒ね!」
「うん、もちろん」
胸を触ったなんてこと、言えるわけないもん。
私は菜摘と、洋服でも見に行こうかって、暑い中、駅の近くまで繰り出した。菜摘はどうやら、洋服も選べないほど頭の中はいっぱいだったみたいで、洋服を眺めては、ため息をつき、洋服を手にしては、ため息をついていた。
頭の中はきっと、葉君にどう言おうか、考えてるんだろうな。
好きな人が出来て、両思いになって、付き合って、それでもまた、新たな問題や悩みが出てくる。恋をするって、きっと素敵なことなんだろうけど、大変でもあるよね。そんなことを菜摘と別れる前に、話した。
でもこれは全部、恋をしないとできなかった体験で、ただ片思いして、付き合ったらどうなのかなって妄想していただけじゃ、絶対にわからなかったことだ。だから、もしかすると、どんな体験もやっぱり、貴重な体験なのかもしれない。切ない想いも、苦しい想いも、喜びも、ときめきも。
翌日の昼頃、
>これから葉君と、会ってくる!
と、菜摘からメールが来た。葉君のバイトの時間の前に、話をして来るんだそうだ。
私はその日、プールだった。花ちゃんと待ち合わせをして、一緒にスイミングスクールに行った。
「サマースクールどうだった?」
花ちゃんとは、しばらく会っていなかったから、聞いてみた。
「コーチと帰りに、ラウンジで話が出来たんだ」
「本当?すごい!やったじゃん」
「うん。サマースクールの最後の日に、頑張ったからってジュースをおごってくれた」
「へ~~~!」
そうなんだ。なんだか、コーチ、花ちゃんのこと特別に思ってくれてたりして。
「コーチをしている時と、雰囲気変ってた。いっぱい話して、いっぱい笑ってくれた」
「へ~~~~!」
「一歩、近づけたかな。サマースクール行って、本当に良かったよ」
そう言う花ちゃんの顔は、きらきらしてて輝いていた。ああ。恋って、女の子を奇麗にするって本当だよね。
今は片思いの花ちゃん。付き合っている菜摘。そして、私。みんなそれぞれが、恋して悩んだり、喜んだりしてる。女の子同士でこんな話をするみたいに、男の子もするのかな。恋の話。
プールサイドに行くと、コーチがすでにいて、
「こんばんは」
と挨拶をしてきた。花ちゃんはすごく嬉しそうに挨拶を返した。私もこんばんはと言うと、
「椎野さんはなんだか、久しぶりの気がしますね」
と言われてしまった。サマースクールの間は、通常のクラスは休みだったから、2週間ぶりだったんだよね、コーチに会うの。
「逆に、鈴木さんとは、毎日会ってる気もしますね」
「はい」
「ああ。実際、毎日来てましたもんね。一週間。鈴木さんの上達はすごいですよ。椎野さん、おいてかれちゃいましたよ」
「え?!」
コーチはそう言うと、少しだけ笑みを浮かべ、
「だから、椎野さん、頑張ってくださいね」
と言ってきた。
「はい」
コーチの印象も変ったけど、態度も明らかに変ったと思う。もっと棘があったし、きびしかったし、無表情だったし。何がこんなにまで、コーチを変えたんだろうか…。
……。花ちゃんだったりして。
早速、花ちゃんは平泳ぎで、25メートルを泳いで見せた。本当に奇麗な泳ぎ方になっていて、すいすい泳いでしまった。あ~~~。差をつけられた~~。
私は、そのあとに続いて泳いだが、25メートル行くまでの間に、息継ぎで鼻に水が入り、途中でむせてしまって、立ち上がってしまった。
「は、鼻、痛い…」
コーチに怒られるかと思い、ちらりとコーチの方を向くと、
「大丈夫ですか?しばらくプールから出て、休んでもいいですよ」
と、いきなりの優しい言葉をかけてきた。
ひえ?!逆に優しすぎて私は、怖くなってしまった。
プールから上がり、まだ鼻が痛いのを、つらがっていると、コーチは花ちゃんに、指導をし始めていた。
あんなに奇麗なフォームになったのに、どこをどう指導することがあるんだか。なんて思って、私は見ていた。
花ちゃんは、ずっと顔を赤らめて、はい、はいって聞いていた。可愛いな~~。あれじゃ、花ちゃんがコーチを好きなの、ばればれなんじゃないかな。
あ。聖君のことを見て、真っ赤になってた私みたいだ。そうか~~。私も周りにばればれなの、当たり前か~~。丸わかりだったんだろうな~~。
「椎野さん、落ち着きましたか?」
「はい」
「じゃ、練習再開しますよ」
「はい」
私もプールに入り、コーチからあれこれ指導を受け、今度は頑張って、25メートル泳いだ。コーチは、だいぶよくなりましたねって褒めてくれた。
時間が来て、コーチに挨拶をして、ロッカールームに花ちゃんと行った。
「花ちゃん、すごく上達してた」
「うん、頑張ったもん」
「そっか~」
着替えている間も、花ちゃんはサマースクールでコーチはこんなだったとか、こんなこと言ってもらえて嬉しかったとか、頬を赤らめて教えてくれた。
二人で受付に行くと、コーチがいて、
「お疲れ様でした。あ、それと、これ、9月からの日程表です」
と、早々と9月のスケジュールをくれた。でも、どうせ、火曜日のこの時間だよねって思っていると、
「二人とも上達が早いですから、もう一つ上のクラスにしたらどうですか?」
とコーチに勧められた。
「そのクラスは、やっぱり森山コーチが担当ですか?」
花ちゃんが、コーチにそう聞くと、
「いいえ。僕ではないです」
と、コーチは無表情にそう答えた。
「私、森山コーチの指導のおかげで、上達できたから、これからも森山コーチのクラスのほうが」
花ちゃんが顔を赤くして、そう話し出すと、コーチは最後まで聞かずに、
「9月から、僕は他店に移動になりますから、どっちにしろ担当することはできなくなります」
と、淡々と言って来た。
「え?」
花ちゃんは、顔を引きつらせ、大きな声で聞き返した。
「すみません。今月いっぱいしか、ここにはいられないので、できるだけ上達できるよう指導します。なので、9月から、もう一つ上のクラスに移ってみたらどうかと、思ったんです」
コーチは、まだ淡々と話していた。花ちゃんの顔は、青ざめていた。
「他店って、どこ?」
花ちゃんが、小さな声でそう聞くと、コーチは、
「○○店です」
と、教えてくれた。そこは、いったいどの辺りにあるの?っていうくらい、聞いたこともない駅の名前だった。
「それって、ここから遠いですか?」
私がそう聞くと、
「そうですね。電車だったら、1時間近くかかりますね」
と、コーチがまた、無表情のまま答えた。
「そんな遠くに?」
今度は花ちゃんが聞いた。
「はい。あ、でも僕の家からだと、車で20分もかからないので、ありがたいんですが」
「そ、そうなんですか」
花ちゃんは、そう言うと、下を向いて黙りこくった。
「まだまだ、お二人のことは指導していきたかったんですが、申し訳ないです。僕も楽しみだったんですけどね」
「え?」
「二人は頑張りやだから、どこまで伸びるかって、楽しみだったんですよ」
コーチが少しだけ、口元に笑みを浮かべた。それを見て、花ちゃんは、さらに暗い表情になった。
「まあ、今月いっぱいはいますので、よろしくお願いします。びしばし鍛えていきますから」
と、コーチはもっと顔に笑みを浮かべて、そう言った。
「はい」
私はそう返事をして、お辞儀をしたが、花ちゃんは黙ったままだった。
帰り道、花ちゃんは今にも泣き出しそうな声で、
「私どうしたらいいのかな」
と聞いてきた。
「コーチのこと?」
「うん」
「いなくなる前に、告白するとかは?」
「告白?」
「だって、もう会えなくなっちゃうんだよ?」
私の言葉で、それまで我慢してた何かが、プツって切れたみたいに、花ちゃんはポロポロと泣き出した。
「そうだよね。もう会えなくなっちゃうんだよね。まさか、そのスクールに通えるわけないし」
花ちゃんはさらに、ポロポロと涙を流して、
「き、気持ちを伝えた方がいいよね。もし、断られても、言わないでいるよりいいよね」
と、少ししゃくりあげながら、そう言った。
「うん。言わないでいたら、きっと後悔すると思うよ」
経験者は語る…だ。私も中学3年の時、何もすることも出来ず、終わった恋があったから。
「ありがとう。告白してみる」
花ちゃんはそう言うと、ハンカチをかばんから出し、涙を拭いた。
「うん、応援してるよ」
花ちゃんは、私の顔を見て、こくってうなづいた。きっと、決心したんだね。告白するって。
その決心は、花ちゃんのことをさらに、奇麗に輝かせた気がした。