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第23話 花火大会

 花火が始まる1時間前、聖君のお母さんが夕飯を用意してくれた。自家製のパンと、良く煮込んだビーフシチュー。

「お、美味しそう~~」

 菜摘も私も、大喜びだった。

「でも、帯がきつくて、あまり食べられないかも!」

 そう言うと、聖君が隣で、あははって笑った。


 クロはずっといなかったのに、いつの間にか聖君の足元に来ていた。聖君は、

「おお、クロ~~」

と、クロの頭をなでたり、ぎゅって抱きしめたりしていた。

「可愛いよな~~、お前」

と、言いながら。クロも喜んで聖君の顔をぺろぺろなめていた。

「くすぐったいって」

 そう言う聖君の笑顔が、たまらなく可愛い。ああ、いいな、クロ。あんなふうに抱きしめてもらって。あれがもし、私だったら…、と想像して私はそれだけで真っ赤になった。


「ただいま。わ!いい匂い」

 杏樹ちゃんが帰ってきた。

「あら、杏樹、夕飯は?」

「食べてないよ。だって、今朝お母さん、ビーフシチュー作ってたから」

「そう、良かった。杏樹の分もとってあるから」


 杏樹ちゃんも席につき、いただきますと元気に食べだした。

「これから、花火見に行くんでしょ?お兄ちゃん」

「うん。お前は?友達と行かないの?」

「さすがに人も多いし、友達はみんな、親と行くって」

 そう杏樹ちゃんが言うと、

「杏樹もだよ。俺とくるみと3人で行くんだからね」

と、聖君のお父さんが言った。


「ええ~~?私お兄ちゃんたちと行きたい」

「駄目駄目!お前はまだ、お父さんとお母さんと!」

 聖君のお父さんがそう言うと、杏樹ちゃんはちょっと口を尖らせた。

「それに、邪魔になっちゃうじゃない?カップルで行くんだから、ね?聖」

と、今度は聖君のお母さんが言ってきた。


「え?あ、ああ。っていうか、俺とても杏樹のお守りは無理だ。桃子ちゃんだけで精一杯」

と、聖君が笑った。

「ええ?」

 お守り~~?

「桃子、去年はぐれたもんね~~」

と菜摘も、笑ってそう言った。

「あら、それは大変。今年はさらに人手が多そうだから、迷子にならないよう、ちゃんと聖、桃子ちゃんのこと見てあげるのよ!」


 聖君のお母さんの言葉に、私ってもしかして、子ども扱いされてるのかなって思ってしまった。ああ、さっき、大人になったって言ってくれたばかりなのに、聖君…。


 4人で、れいんどろっぷすを出て、海岸まで歩いた。聖君と葉君は、私と菜摘の歩く速度にあわせながら、私と菜摘のそばをつかず離れずしながらも、二人で話して歩いていた。

 内容は、いろいろだった。先生や学校のこと、共通の友達のこと、本や、映画のこと。聞いてて、私はいつも、聖君って、男友達を大事にしてるよなって、そう思った。


 前に葉君が、菜摘に言ってたって菜摘から聞いたっけな。聖君は友達といる時、友達をほっておいて、彼女とばかりいちゃついたりしないって。

 そんな聖君だから、男友達を大事にする聖君だから、学校では硬派な聖君だから、私は安心している。だけど、たまに、私と話をしてくれてもいいのになって、そんな欲も出てしまう。

 菜摘は私と話したり、たまに二人が話している内容に入っていって、笑ったりしてる。私はこういう時いつも、聞いてるだけだ。


 海岸に着いた。聖君がいきなり私のすぐそばに来て、私の手をすっと握った。

「はぐれないでね」

 耳元でそう、ささやきながら。私の心臓はドキって、いきなり高く鳴った。葉君を見ると、菜摘のすぐそばに行ってて、菜摘は葉君とすぐに腕を組んでいた。

 あ~。菜摘、そういえば、腕を組むのとかは、大丈夫なんだって言ってたっけ。私なんてさっき、腕を組んだだけで、あがりまくっちゃったからな~。


 ヒュ~~~~!

 いきなりの音、花火だ。

 ドン!!!!

「わ~~~」

 すごい歓声。私もしっかりと聖君の手をにぎったまま、上を向いた。

「でかいね、今の花火!」

 聖君は私のすぐ横で、空を見上げながらそう言った。

「うん」


 今年もまた、聖君が隣にいて花火を見ている。それもこんなに近くにいて…。

 ヒュ~~~~!ドン!!!!

 次々とあがる花火を見ながら、聖君は去年と同様、目をきらきらと輝かせている。私は花火と、聖君の顔を交互に見ていた。すると途中で聖君が、ぷってふきだした。

「え?」

「桃子ちゃん、俺の顔はいいから、花火見てよ、花火!」

と、聖君は笑ってそう言った。


「ご、ごめん。でも、聖君、目を輝かせてみてるから、つい」

 その顔が大好きなんだ。っていうのは言えない。

「あはは!そうなの?俺、目、輝かせてるの?」

「うん、去年もそうだった」

「だから、俺の顔見ちゃうの?」

「う、うん」

「あはは!そっか~~」

 聖君は、私のことをちらりと見ると、

「あ、本当だ。目がハートになってた」

と言って、私の鼻をむぎゅってつまんだ。


「な、何?」

「だって、すげえ可愛いんだもん、桃子ちゃん」

 ……。それ、子どもみたいって思ってるの?なんか、時々聖君の扱い方が、私って子供?犬?っていう扱い方になる。

 ヒュ~~~!

「あ、あがったよ、花火見ようよ、花火!」

 聖君が私の手をぎゅって握ってそう言った。

「うん」

 ドン!!!!すごく大きな花火。

「わ、これもでっけ~~~!」

 隣ではしゃぐ聖君。


 つないだ手に、時々力を入れる聖君。すぐ横で、はしゃぐ声を出す聖君。その時間もその場所も、すべてが愛しくなる。たくさんの人がいるのに、まるで、二人っきりでいるみたいに。空を見上げると、ただ、大きな花火があがる。


 最後の花火があがり、周りの人がぞろぞろと歩き出した。それでもまだ、聖君は余韻に浸っているのか、その場を離れなかった。

「聖!そろそろ店に戻る?」

「え?ああ。うん」

 5分位して、周りの人がだいぶ移動して、その辺りの人がまばらになった頃、葉君がそう言ってきた。


「なんかさ、気持ちいいし、浜辺散歩したい気分なんだよね」

 聖君がぽつりと言った。

「ああ、いいね。でも帰るのが遅くならない?桃子ちゃんと菜摘ちゃん」

 葉君がそう言うと、

「うちの父さんが、車で送ってくってさ」

と聖君が言った。


「え?悪いよ、そんなの」

 私も菜摘も、そう言って断ろうとしたが、

「父さんが送っていきたいみたいだから、乗っていってあげて」

と、聖君が目を細めて笑いながら、そう言った。


 それから、4人で少し浜辺を歩いていた。もう、人はあまりいなくって、ちょっと涼しい風も吹き、さっきまでの賑やかさが、嘘のようだった。

「気持ちいいよね」

 風を受けながら、聖君は目を閉じた。まだ、聖君は私の手を握っていた。

「うん」

 私も風を感じてみた。


 横を歩いていたはずの葉君と菜摘は、いつの間にか石段の方へと向かっていて、見ているとそこで腰を下ろして、二人で話をし始めていた。

 聖君はまた、ゆっくりと歩き出した。どんどん暗い浜辺を歩き、後ろを向くともう、石段に座っている菜摘たちが暗くて見えないくらい、離れたところまで来ていた。


「桃子ちゃん」

「え?」

 いきなり、名前を呼ばれて、聖君の方を見ると、聖君が顔を近づけていた。

「!」

 キス?わ~~。私はまた、パニック。目をギュって閉じて、体は硬直。

 ふわ…。すごく優しく風がふいたみたいに、聖君は私の唇に触れた。これ、いつもだ。聖君は本当にそっと、私の唇に触れる。


「……」

 黙って、恥ずかしくて下を向いた。聖君も黙っていた。黙ったまま、つないだ手を離して、それから両手で私のことを、そっと抱きしめてきた。

 え?え?私の頭の中は混乱していた。どうしよう。体がさらに、硬直していく。

 聖君はまだ、黙っていた。私は聖君の胸に顔をうずめるくらい、聖君に接近している。手の置き所がわからない。小さくにぎりこぶしを作り、聖君の胸にもあたらないよう、私の胸の前で、腕を曲げて固まっていた。


 ちょっとだけ、聖君が腕の力を込めてきた。それから、小さな声で、話をし出した。聖君が話すたびに、耳に息がかかる。それだけでも、私は心臓が早くなる。

「奇麗だったね、花火」

「う、うん」

「来年も見れるかな。俺、その頃は江ノ島に帰ってくるから」

「……」

 胸がぎゅうってした。来年、そうか。聖君は、沖縄なんだね。


 聖君の胸にちょっとだけ、顔をつけた。このぬくもりも、遠くになるんだ。いきなり、寂しさが突き上げてくる。今は、目の前にいるのに。

「……。葉一たちのいるところに、戻る?そろそろ帰らないと本当に遅くなっちゃうね」

 聖君は、私に回していた腕を離すと、私の手を握って、歩き出した。

 きゅ~~~…。胸が痛くなる。なんでだろう。もっと、聖君の腕の中にいたかったって思う。聖君の優しさに触れていたかったって思う。


 石段に向かって行くと、

「聖!そろそろ戻るぞ!」

と葉君が手をあげて、呼んでいた。

「おお!」

 聖君も、手をあげてそれに答えた。そして4人で、れいんどろっぷすに向かってとぼとぼと歩き出した。


 菜摘は、なぜかずっと黙っていた。れいんどろっぷすに着くまでの間も、着いてからも、そして聖君のお父さんが車を出してくれても。

「菜摘ちゃんの家から行くか?聖」

「うん」

 聖君は、助手席に乗っていた。それから、カーナビを操作して、聖君のお父さんにあれこれ、道を説明していた。


 菜摘は、外を見たり、たまに下を向いたり、たまにちらって私を見たりして、どうも落ち着きがなかった。

「桃子、家に着いたら電話くれる?」

 菜摘が小声でそう言ってきた。

「え?うん、いいよ」

 そう言うと、ちょっとほっとした表情になり、それからまた、下を向いてしまった。どうしたのかな?何かあったのかな?悩み事?いや、そういう表情じゃない。どっちかって言うと、心ここにあらず。


 あ!そうか!さっき、浜辺で葉君と二人きりの時に、何かあったんだ。それからだもん、変なの。

 も、もしかして、ファーストキス~~?って、そんなこと考えたら、こっちの方が恥ずかしくなってきた。そして私まで、顔が熱くなり、下を向いてしまった。

 って、人のことで、恥ずかしがらなくっても。あ。私だって、キスしたんだっけ。あ~~。その時のことまで、思い出し、ますます顔がほてる。


「疲れたの?後ろの二人、静かだね」

 聖君がそう言ってきた。わ!ど、どうしよう。顔が赤いかもしれないから、振り向かないでほしい。

「寝ていいよ。着いたら起こすから。ね?」

 聖君のお父さんが、バックミラー越しに私たちを見て、そう優しく言ってくれた。


 聖君と聖君のお父さんは、血が繋がっていない。でも、雰囲気も癖も、とても似ている。優しく話すところも、かもし出す空気までもが似ている。すぐ近くにいると、似てくるのかな。あ、でも私なんて、母にも父にも似ていないと思うけど。よく、おばあちゃんの仕草に似てると言われることはあっても。あ、そうか。よく小さい頃は、おばあちゃんに遊んでもらってたからかな。


 私も、菜摘も、本当にだんだんと眠くなってきて、二人ともいつの間にか寝ていたようだ。

「菜摘ちゃん、着いたよ」

という、聖君のお父さんの声で、目が覚めた。

「え?」

 菜摘も今目が覚めたらしく、しばらくぼけってしてから、

「あ!すみません。ありがとうございました」

と荷物を手にして、車のドアを開けた。


「お母さんやお父さんに、挨拶した方がいいかな?」

「あ、じゃ、俺が行ってくるから、父さん待ってて」

「いや、ここは俺が行ってくるよ。あんまりにも遅くなったし、ちゃんと挨拶しないとね」

 聖君のお父さんは、シートベルトをするって外して、エンジンを切ると、ドアを開けて出て行った。


「…。桃子ちゃん、大丈夫?」

「え?」

「寝てたけど、疲れてない?」

「うん」

 ドキ!寝顔見られたかな。

 聖君は助手席を降りて、後ろの席のドアを開け、私の横に座ってきた。


 そして、ちょっとにやけながら、

「寝顔、初めて見ちゃった」

と、ぼそって言った。わ~~。やっぱり?

「すげ、可愛かった」

 え~~~~?恥ずかしい!よだれとか、垂れなかったよね。口とか、開いてなかったよね?


 聖君はそっと、私の手を握ってきて、

「なんか、今日は最高に得した気分」

とぼそってつぶやいた。

「得?」

「うん。いろんな桃子ちゃん見れたし」

 い、いろんなってどんな?

「キスも2回もしちゃったし」

 え~~~?そ、そんなこと言わないで。思い切り、恥ずかしくて真っ赤になる!


 その時、運転席のドアが開いた。聖君は慌てて、手をひっこめた。

「あれ?お前後ろ行くの?」

 聖君のお父さんは、聖君が後部座席にいるので、そう聞いてきた。

「うん。父さんのナビは、もういらないでしょ?」

「まあな。ここから桃子ちゃんちまでの道なら、簡単だしわかるからな」

 そう言って、聖君のお父さんはシートベルトを締めて、キーを回すと、

「遠回りでもしていくか?聖」

と、バックミラー越しに、聞いてきた。


「い、いいって。もう遅いんだから、ちゃんと送ってあげて」

 聖君は、頭をボリって掻きながらそう言った。

「あはは!まだまだ一緒にいたいって、顔には書いてあるのにな。素直じゃないね」

「うっせ~~よ」

 聖君は口を尖らせ、そう言った。

「あはは。桃子ちゃん、こいつ、大変でしょ?素直じゃなくって」

「え?」

 聖君のお父さんの言葉に、思わず私は聞き返した。

「それ以上何か言ったら、俺、まじで怒るから」

と、聖君は、お父さんに向かってそう言うと、

「桃子ちゃんも、聞かなくていいから」

と、私の方を向いてちょっと、顔を赤らめた。


 聖君のお父さんは声をあげて笑いながら、運転をしていた。そして、

「あ~~あ。いいね、青春って感じで。俺もくるみとデートした時のこと、思い出すよ。そうだ、浜辺!歩いたっけな。そこで、俺、告白したんだよな」

と、いきなり言い出した。


「父さんからしたんだっけ?」

「そう。もう片思いで、絶対にくるみには思われていないだろうと確信しながら」

「それでもしたの?なんで?」

「なんでって、思いを告げたかったからかな?いや、やっぱり少しは思って欲しかったからかな」

 聖君のお父さんはそう言うと、

「ま、そういうふうになってたんだよ。きっと」

とそんな不思議なことを言った。


「父さんがよく言う、なるようになってたってやつ?」

「そ。必然だった。あれがなかったら、お前、ここにいなかったかもしれないしな」

「生まれてなかったかもしれないってこと?」

「そうだな。お前の場合はそうかもな」

「じゃ、父さんに感謝しなきゃ、その時コクってくれたおかげで、俺が生まれたんだから」

「そうそう。そういうこと!お前が生まれなかったら、お前と桃子ちゃんの出会いもなかった」

 ああ…。そうか。生まれてきてくれなかったら、私、聖君とこうやって出会ってなかったんだ。


「……。そうだね」

 聖君はぽつりとそう言うと、下を向いた。私も、下を向いた。でも、その時に大粒の涙がこぼれてしまった。

「え?!」

 聖君は私の手に、ぽつって涙がこぼれ落ちたのに気がついて、隣で驚いていた。

「桃子ちゃん、泣いてるの?」

 聖君は私の顔を覗きこんだ。


「だ、だって」

 私の目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。

「な、なんで?え?どうして?」

 聖君が、慌てていた。

「聖、なんで気づかないの?お前。桃子ちゃんは、あれだよな~~。聖が生まれてきてくれてよかったとか、出会えてよかったとか、そんなこと思っちゃったんだろ?」


 すごい。聖君のお父さんって、なんでわかっちゃうの?

「はい」

 私は素直に、うなづいた。

「え?」

 聖君は一回、目を丸くしてから、次に目を細めた。

「そう、そうなんだ。それで泣いちゃったんだ」

 聖君はちょっと、おでこに手を当てて、おでこを軽くこすると、

「あ~。照れる。わ、やべ、父さん前向いて運転して!バックミラーでこっち見んなよ!」

とそう言って、今度は頭をボリって掻いて、

「父さんがここにいなかったらな」

とぼそって言った。


「悪かったな!邪魔者がいて。でも、気にしないでいちゃついてもいいよ」

と聖君のお父さんがそう言うと、

「うっせ~~よ。誰が、父さんの前でなんて!」

と、聖君は軽く、前の席を足で蹴った。

「あはは!ほんとお前って、可愛いね。そのシャイなところ、めっちゃ可愛いって思わない?桃子ちゃん」

 聖君のお父さんはまた、バックミラーで私の方を見てそう言ってきた。


「え?えっと、私はまだ、あの…。聖君が照れ隠しでしてるのか、本当にそっけなかったりしてるのか、わからなくって、その」

 可愛いなんて思えるほどの、余裕がないというかなんというか…までは、口に出して言えなかった。でも、聖君は、

「そっけない態度の時は、たいてい、照れ隠しです。俺」

と、すごく小さい声で、耳元でささやいた。

 ボッ!私の顔がいきなり火がついたように、ほてってしまった。


「あはは!」

 聖君のお父さんは、その様子を見てまた、大笑いをして、聖君は、

「だから!前見て運転!っていうか、さっき曲がらなくていい道曲がってた!わざと遠回りしなくていいってば!」

と、お父さんに言っていた。すると、

「嘘!どこ曲がった?俺、まじで、道間違えたよ」

と、慌てて、車を横に止め、ナビを見て道を確認した。


「あ~~あ。これだから、もう」

 聖君はそう言うと、後部座席を降りて、助手席に移ると、この道をこういってああいってと、説明していた。どうやら、お父さんよりも方向に、強いようだった。

 そしてまた、車をお父さんは発進させた。

「ごめんね、桃子ちゃん、もうすぐに着くからね。ああ、桃子ちゃんのご両親に怒られちゃうかな」


 それから、本当にすぐに私の家に着いて、聖君とお父さんは一緒に、玄関まで来てくれた。私は、れいんどろっぷすを出る前に携帯で、お母さんには車で送ってもらうと言ってあった。

「あら!わざわざ送っていただいてすみません。遅いですけど、お茶でも飲んでいきませんか?」

 母は玄関のドアを開け、二人の姿を見ると、いきなりそう言ってきたが、

「いや、今日は遅いですから、また改めて伺います」

と、聖君のお父さんは丁寧にお辞儀をしてから、

「今度、江ノ島の方にも、ぜひいらしてください」

と母に、笑ってそう言った。母は、すごく嬉しそうにうなづいた。


「本当に遅くなって、申し訳ありませんでした。それでは、おやすみなさい」

 聖君も丁寧に、ぺこって頭を下げた。

「聖君もまた、遊びに来てね。あ、でも勉強があるわね。勉強頑張ってね」

 母がそう言うと、聖君はもう一回頭を下げて、それから私に、

「じゃ、またね、おやすみ」

とにっこりと微笑み、お父さんと二人で、車の方に向かって歩いていった。


 私も母も、車が出るまで見送った。そして、家に入ると同時に、

「は~~~」

とため息をついた。

「聖君のところは、お父さんも素敵ね~~。若いし」

 母のため息は、聖君のお父さんに向けたため息だった。私は思い切り、聖君に向けたため息だ。本当にもう、なんて素敵なんだか…。


 聖君が言ってた「今日は得した気分」、それは私もだ。今日という日は一生忘れない。海岸でのあのときめきも、全部。

 聖君が生まれてきてくれたことに思い切り、感謝した。聖君のお父さんにも、お母さんにも感謝した。そして、私が生まれてきたことも感謝した。生まれてこなかったら、出会えなかったから。

 ベッドの中で私は、なかなか眠れなかった。そして自分のことでいっぱいいっぱいで、菜摘に電話をすることを、すっかり忘れてしまっていた。


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