第21話 それぞれの良さ
菜摘と葉君のところに行くと、菜摘が、
「兄貴!何、海でいちゃついてるの!」
と、いきなり茶化してきた。
「え?なんのこと?」
聖君が、そっけなくそう聞くと、
「見えてたよ!沖のほうで、二人でいちゃついてるの」
と、菜摘が聖君をからかった。
「え?見えてた?うそ。こっから見えるわけないじゃん。海から浜辺見たけど、よく見えなかったよ」
「え~~?良く見えてたよね?葉君」
「え?そう?」
葉君は、なんだか、興味のない感じでそう言った。
「なんだ。見えてないんじゃんか。適当なこと言うなよ」
「見えてたよ。兄貴が桃子にキスしたのも」
「えっ?!!!!!」
聖君が、すんごいびっくりして、それから、
「まじで?!」
と、かなり慌てて、聞いていた。
「うそ!ほんとにキスしてたの?」
「お前、かまかけたの?!」
「本当にしてたんだ~~!きゃ~~、桃子ってば、進展!ええ?これってファーストキス?」
「菜摘!なんでそうやっていつも、俺をからかうんだよ!お兄ちゃんをからかうものじゃ、ありません!」
「ぶっ!いきなりお兄ちゃんぶっても遅いよ。もう~~、海のど真ん中で何をしてるのよ~~。あ、詳しくあとで、聞かせてね。桃子!」
「桃子ちゃん、なんにも菜摘になんて、話さなくてもいいから」
「うるさいな。女の子どおしの話をするんだから、兄貴はひっこんどいて。ガールズトークをするんだから、ね?桃子」
「!!!」
聖君は、口をあけてパクパクした。私に向かって、どうやら、何も話すなよって言ってるみたいだった。そんな聖君に軽く私は、目でうなづいた。すると、聖君はやっとこ、ほっとした表情を見せた。
葉君はというと、その間もずっと、顔が暗かった。菜摘は、聖君の前では、すごく明るくさわいでいるけど、葉君とはあまり、話をしていない様子だった。
どうしたのかな。なんだか、変だな。
海の家に行き、私たちはお昼を食べることにした。その間も、菜摘は聖君に話しかけ、聖君は、頭をこついたり、ゲラゲラ笑ったりしていた。はたから見たら、二人が恋人どうしで、私と葉君は、その付き添いって感じに見えたかもしれない。何気に、葉君を見ると、たまに小さくため息をつく。それに、考え事もしてるようだった。
「兄貴は桃子と二人でいる時は、こんなバカやってないんでしょ?」
「バカってなんだよ。兄貴に向かって!お前だって、俺のことばっかりからかって、葉一といる時は違うんだろ?」
「桃子!ね、どうなの?二人でいる時の兄貴…」
「だ~~!答えなくていいから。っていうか、こんなだよね?いつも」
「え~~?本当に?」
「いや、うそうそ、実はもっと、クール」
いきなり、聖君がそんなことを言うから、笑いそうになると、
「お兄ちゃんが、クールなわけないじゃん~~~」
と、後ろから聖君の背中を思い切り、バチンとたたいたあとに、抱きついてきた子がいた。
杏樹ちゃんだ。
「いって~~~!!!お前、地肌思い切りぶつなよ。見ろ!お前の手形がついた!で、なんで杏樹がここにいるんだよ?」
「友達と泳ぎに来た~~」
「ええ?女の子だけで?」
「友達のお母さんも来てるよ」
「そう、ならいいけど」
杏樹ちゃんは、まだ聖君の首に手を回して、抱きついていた。そして、
「桃子ちゃん、こんにちは~~」
と、明るく挨拶をする。なんとも無邪気に。
「こんにちは」
私も挨拶をすると、杏樹ちゃんの後ろから、
「あ!杏樹のお兄さんだ!」
と、きゃ~って、二人の女の子が寄ってきた。
「あ、こんにちは」
そっちを軽く見て、聖君は挨拶をしたけど、まだ、杏樹ちゃんが聖君に抱きついてて、
「お前、暑い。それに、重い。いい加減離れて」
と、杏樹ちゃんに聖君が言った。
「お兄さん、今日もかっこいい。いいな~~、杏樹、こんなかっこいいお兄さんがいて。それもそんなに抱きつけたりして、羨ましい」
杏樹ちゃんのお友達が、本当に羨ましそうにそう言った。私だって羨ましい。なんの抵抗もなく、抱きつけて。って、兄妹なんだから、当たり前か。
「お兄ちゃんの彼女だよ!前に会ったことあるよね」
いきなり、杏樹ちゃんが、私のことを紹介した。
「彼女だなんて、もっと羨ましい~~~!!」
二人の女の子は、もっと羨ましそうに私のことを見た。ええ?そ、そうなの?そうか。羨ましがられる立場なのか。そりゃ、そうか…。
「それから、菜摘ちゃんっていって、お兄ちゃんの妹」
杏樹ちゃんは、菜摘のことも紹介した。菜摘が、何かを言おうとする前に、
「え?じゃ、杏樹のお姉さん?でもお姉さんなんていた?」
と、友達が不思議がった。
「う~~ん、説明面倒くさいから、あとで説明する~~」
と杏樹ちゃんはそう言って、また聖君の首に両腕をからませ、
「お兄ちゃん、カキ氷が食べたいよ」
と、ちょっと甘えた声を出した。
「え?今日俺、あまり金持ってないよ。お友達の分までないから駄目だよ」
「いいです!私たちはお母さんからもらってくるから」
と、杏樹ちゃんのお友達はそう言うと、パッと走って行ってしまった。
「ほれ、これだけあれば、足りる?」
聖君は、お財布から小銭をじゃらって出した。
「小銭だけ?」
「文句言うなら、あげない」
「うそうそ、ありがとう、十分足りる」
杏樹ちゃんは、サンキューってもう一回言って、カキ氷を買いに行ってしまった。
「お前って、杏樹ちゃん甘えさせてない?」
葉君がぼそってそう言った。
「え?そうかな」
聖君が、そう聞くと、
「可愛い妹なんだから、いいじゃんね?」
と、菜摘が笑ってそう言った。
「うん…。っていうかさ、菜摘も可愛い妹と思ってますから、俺」
と聖君は、にっこりと笑って、菜摘にそう言った。
「え~~?じゃ、私にもカキ氷おごって!」
菜摘がちょっと、甘えた声でそう言うと、
「彼氏ができたら、そういうのは、彼氏に買ってもらうもんです。杏樹だって、彼氏ができたら、もうほっておくよ」
聖君は、そんなことを言ってから、
「なあ?葉一。カキ氷食いたいんだってさ」
と、今度は葉君に向かって、話しかけた。
「え?ああ…。何がいい?シロップ。買ってくるけど…」
「い、いいよ。冗談だって。自分で買ってくるよ~~」
菜摘は、そう言うと、お財布を持って立ち上がった。
「いいよ、そのくらい俺が出す」
葉君は、そう言うと、菜摘よりも早くに、スタスタと歩き出した。菜摘は葉君のあとをおっていったけど、すぐに戻ってきて静かに椅子に座った。
「なんで、葉一には遠慮するの?」
菜摘に、聖君が聞いた。
「だって、葉君、バイトとかのお金も、学費や家のために使ってるし、なんだか悪くって」
「ああ、そっか。そういうこと」
聖君は、納得したようにうなづくと、
「でもさ、男のプライドみたいなのあるし、出してくれるって言った時には、ありがとうって、出してもらうのもいいんじゃないの?」
と、菜摘にそう言った。
「でもな~~。なんだか、甘えられない」
「どうして?俺には、けっこう甘えてるじゃん」
聖君の言葉に、菜摘は少し顔をかしげてから、
「兄貴はだって、兄貴だもん。それに、甘えさせてくれる」
と、ぼそってそう言った。
「え?」
聖君が聞き返すと、
「甘えさせるのが、上手なんだ、きっと。杏樹ちゃんが、兄貴に甘えるのも自然だったけど、兄貴には、そんな器の広さみたいなのがあるよ」
菜摘の言うこと、わかる気がする。私もきっと、聖君に甘えてるもの。
そこへ、葉君が戻ってきた。
「はい、シロップはカルピスでいいんだっけ?」
葉君は、カキ氷をテーブルにおきながらそう言った。
「わ。またカルピス~~?」
聖君がそう菜摘に言って、からかうと、
「いいじゃない。好きなんだから。兄貴もカキ氷にコーラかけてもらえば!」
と、言い返してきた。
「コーラのカキ氷なんてね~~もん!」
聖君がそう、口を尖らせて言うと、
「わかってるよ、そのくらい。でも、店員に頼み込めば、作ってくれるかもよ!」
と、菜摘も負けずに、口を尖らせてそう言った。
隣の席で、お友達とカキ氷を食べていた杏樹ちゃんが、
「あははは。兄妹喧嘩してる~~」
と大笑いをした。
「うっせ~よ、杏樹は!」
と、聖君は杏樹ちゃんの方を見て、そう言った。くすくすって杏樹ちゃんのお友達が笑っていた。
葉君がいきなり、
「桃子ちゃんはいいの?カキ氷…」
と聞いてきた。
「私?うん、もうお腹いっぱい」
「え?」
葉君は、ちょっと大きな声で、聞き返してきた。あ、私の声、小さかったかな。
「お腹いっぱいだから、いい」
さっきよりも声を大きくして言ったけど、杏樹ちゃんと、お友達がわいわい話しているのと、菜摘が聖君のことをからかって笑う声に負けて、また葉君に聞き返された。
「桃子ちゃんさ、いっつも俺思うんだけど、声小さいよね。そんなじゃ他の誰にも、何言ってるか伝わんないんじゃない?」
葉君は、私に向かって、ちょっと声を大きくして言ってきた。その言葉で、菜摘がいきなり、黙り込み、葉君と私とを、交互に見た。聖君は、菜摘のカキ氷をもらって、食べようとしているところだった。
「桃子ちゃんってさ、なんだか、いつも何かしてもらってるだけだよね。自分からもっと、何かをしたり、声だって、もっと大きな声で話そうとしたり、自分から変っていこうとしなくちゃ、みんなにいつまでたっても、近づかないよ」
グサ…。今のは思い切り、胸にささった。きっと、私が抱えてるコンプレックスなんだ、それ。
…いつまでも、近づかない…。見てるだけ、何もしない自分。駄目な自分、何もできない自分。
私は何も言い返せなくて、黙って下を向いた。それから、聖君も葉君の言うとおりだなって、うなづいていたらどうしようって、私はこわごわ聖君をちらりと見た。すると、聖君は、カキ氷を一口食べて、それを菜摘に返してから、
「葉一ってさ…」
と、無表情に話し出した。
「え?」
葉君も、無表情のまま、聞き返した。
「桃子ちゃんになんでいつも、そう口出しするの?彼氏でもないくせして」
聖君の声は、ちょっと怒ってる感じだった。顔つきは、無表情なんだけど。
「俺は、感じたことをそのまま言ってるだけだよ」
葉君のほうが、むっとした顔をした。
「思ってても、口に出していいことと悪いことがあるじゃん」
「悪いことかな?桃子ちゃんだって、ちゃんと言ってあげないとわかんないじゃん」
「ちゃんと言ってあげないとって何?桃子ちゃんの何が悪いわけ?どこが悪いんだよ!」
聖君の声は大きくなってきていて、顔つきも変ってきていた。
「お前、甘やかしすぎなんだよ。杏樹ちゃんだって、桃子ちゃんだって」
「甘やかしすぎって何?俺がなんか悪いことしてる?それにお前に迷惑でもかけてる?」
「ああ!見ててイライラするよ」
「なんでお前がイライラするんだよ?」
すっかり二人は喧嘩モードになっていた。今にもくってかかりそうな勢いだ。ど、どうしよう。菜摘を見たら、菜摘もおろおろしているだけだった。
隣の席では、杏樹ちゃんのお友達も、顔を引きつらせて見ていた。でも、杏樹ちゃんだけは、冷静にカキ氷を食べ続けていた。
「いつも桃子ちゃんは、あきらめてる。自分から行動したらいいのに、何もしないでいる。相手が何かしてくれるのを待ってる。声だってそうだ。聞いてくれると思ってるけど、自分から話しかけたり、もっと大きな声出せばいいんだよ!」
「お前、桃子ちゃんのこと、わかってないじゃん。それなのに勝手にそんなこと言ってるなよ!」
聖君は、ものすごく怒っていた。私のことで、そんなに怒り出して、本当にどうしたらいいんだろうって、私は頭の中がぐるぐるしていた。
「はたから見てたら、わかるんだよ!」
葉君も負けていなかった。
「わかってね~~よ!小さな声がなんだって言うんだよ。それでも一生懸命、伝えようとしてるんだよ。それに、桃子ちゃんはすんげえ素直なんだよ。それこそ、見ててわかんない?桃子ちゃん見てたら、わかるだろ?いつも一生懸命だよ。いじらしいし、健気だよ。そんなところに俺は惚れたの。もっとこうしろ、ああしろなんて、そんな勝手な押し付けがましいこと俺は思ってないよ」
私はそれを聞いて、びっくりした。聖君、そんなふうに思っててくれてたの?
「わかんねえよ!俺はお前みたいに、心が広くないんだよ!」
葉君が、いきなりそんなことを言い出した。私も、そして菜摘も、驚いて目を丸くして聞いていた。
「俺みたいにってなんだよ?」
聖君はさらに、低い声になった。
「お前は、なんだって持ってる。誰からも好かれて、誰でも受け止めて。お前が父親と血がつながってないってわかった時も、すぐにそれを乗り越えた。そんな強さもお前は持ってる」
「え?」
聖君は、眉をひそめて、聞き返した。
「菜摘ちゃんが好きで、すごく悩んで苦しんでたくせに、もうそうやって、仲のいい兄妹になってる。そういう現実だって、しっかりと受け止めてる」
聖君は、冷静な顔で聞いていた。
「俺はいくらお前みたいになろうとしても、なれないんだよ!ずっと昔から、俺はお前には敵わないんだ」
葉君はそう言うと、ものすごく悔しそうな顔をして、ぎゅって握りこぶしを作った。
「ああ、なれないんじゃない?一生」
聖君は、すごく冷めた口調でそう言った。それを聞いて、私も菜摘も驚いて、菜摘は、
「兄貴、なんでそんなこと言うの」
と、思わず口をはさんだ。
葉君は、握ったこぶしをブルブルと震わせ、聖君を睨みつけた。
「だって、そうだろ?お前はお前なんだから。俺になんてならなくたっていいんだからさ。っていうか、なんで俺になろうとするの?お前にはお前しかない良さがあるじゃん」
聖君は、睨みつけてる葉君の目をしっかりと見ながら、そう言った。
「え?」
葉君は、握っていたこぶしを少しゆるめて、そう聞き返した。
「俺が、どうして早くに立ち直れたと思う?お前がいたからだろ?それは菜摘だってそうだよ。お前がそばにいたから菜摘も立ち直れた」
それを横で聞いてた菜摘は、こくんとうなづいた。
「葉一には、葉一にしか持ってないもんがあるんだよ。それは俺には敵わない。お前になろうとしても、俺には無理なんだ」
「俺にしか持ってないもん?」
葉君は、聞き返した。
「そうだよ。お前の良さだよ」
「そんなのあるのかよ」
「はあ?何言ってんの?お前の良さに惹かれたから、俺だってずっと親友してるし、菜摘だって、お前と付き合ってるんだろ?」
「菜摘ちゃんは、ほんとに俺のこと好きなの?まだ、聖のこと好きなんじゃないの?」
「え?」
菜摘が驚いて聞き返した。
「俺といるよりも、ずっと聖といたほうが楽しそうじゃん」
「……」
菜摘の顔が急に曇った。聖君はその様子を見て、
「葉一が好きじゃなかったら、どうして付き合ったりするんだよ」
と、葉君に冷静に聞いた。
「俺のどこがいいか、わかんねえよ。本当に好きになって付き合ってくれてるのか、ずっと気になってた」
葉君は、力なくそう言うと、少しうつむいた。
「本音、やっと出た」
聖君がそんなことを言い出した。
「え?」
葉君は目だけ聖君の方を向いて、聞き返した。
「なんか変だって思ってたけどさ。お前、自分の気持ちあまり、言わないからさ」
「……」
葉君はまた、黙って下を向いた。
「菜摘、気にしてたよ。お前がなんだか、最近変だって。一緒にいても、ため息つくし、嫌われたのかなって」
「兄貴!それ、葉君には言わないでって言ってたのに」
「でも、気になってたんだろ?だったら、直接聞いたらいいんだ」
「でも…」
菜摘は、ちょっと困った顔をした。それどころか、泣きそうにもなっていた。
「俺が、菜摘ちゃんのこと嫌いになったって、思ってたの?」
「…だって、最近一緒にいても、つまらなさそうだったから」
菜摘は、泣くのをこらえているみたいだった。
「嫌ってなんていないよ。それどころか、俺の方が、菜摘ちゃんと付き合っててもいいのかって思ってたほどだから」
「な、なんで、そんなこと思うの?」
「そりゃ、菜摘ちゃんに好かれてないんじゃないかって思ってたから。俺なんかのどこがいいんだって、聖のことを菜摘ちゃんはまだ、好きなんじゃないかって、ずっと」
「私、兄貴のことはもう、ちゃんと兄妹だって、思ってるよ」
菜摘はそう言うと、ボロッと涙を流した。それを見て、そうとう葉君は動揺したようだ。
「な、菜摘ちゃん。え?泣いてるの?なんで?」
慌てふためいて、そう言ってる。
「あ~~。なんかわかった。葉一、自分に自信がないんだ」
「え?」
「そういうところが、桃子ちゃんに似ているや」
「……」
葉君は黙って、私を見た。
「そうかもな。だから、桃子ちゃん見てて、イライラしたのかも。まるで、俺のこと見てるみたいに思えたから」
「そっか」
聖君はそう言うと、ふっとため息をして、そして、
「桃子ちゃんも、お前も、もっと自信持ったらいいのに。だって、すごいいいところいっぱいあって、俺なんか太刀打ちできないようなもの、いっぱい持ってるんだから」
と、穏やかな声でそう言った。
「葉一、お前ちゃんと菜摘の気持ち、聞いてあげなきゃ。菜摘、すごいお前のこと好きだよ。それにすごく頼りにしてて、お前といると、心があったかくなるって言ってるよ」
「え?」
葉君は、驚いて、菜摘を見た。
「菜摘は、俺にじゃなくって、こういうこと直接葉一に、言わなくっちゃね」
聖君はそう、菜摘に優しく言った。
菜摘は、まだ泣いていた。
「桃子ちゃん、俺、泳ぎ疲れて、シートの上でねっころがりたい気分。あっちに行こうよ」
聖君は立ち上がると、私の手を握ってきた。
「え?うん」
私は、泣いてる菜摘のことをほっぽっていいのかどうか、ちょっと気になりながら、席を立った。
「葉一、菜摘のことはお前に任せた。ほんじゃな」
聖君はそう言うと、私の手をにぎったまま、てくてく歩き出した。私もそのあとをついていった。
「雨降って地固まる」
「え?」
突然、聖君がそう言ったから、聞き返すと、
「桃子ちゃんは、葉一が言ったこと、気にしなくていいからね。俺はまじで、そのままの桃子ちゃんが好きだから」
と、まったく違うことを聖君は言ってきた。
「うん」
私は少し照れてしまい、下を向いた。
「そういうところ、可愛いっていつも思ってるよ」
と、聖君は、下を向いた私に言ってきた。
「葉一には葉一の、菜摘には菜摘の、桃子ちゃんには桃子ちゃんの、それぞれ良さがあるんだ。みんな違ってていいし、誰かになろうとなんかしなくたっていいんだ。そのまんまで、もう最高なんだと俺は思うけどな。ね?」
聖君の言葉に、私は黙ってうなづいた。そして、そんなことを言える聖君は、やっぱりすごいと思った。ああ、私ってば、すごい人を好きになってるんだな~~って。
ちょっと前を歩く聖君の後姿が、やけに大きく見えて、また聖君に惚れちゃってる私がいることに気がついた。