第2話 不安
ショックで、ご飯も喉を通らなかった。帰りの電車では、聖君は基樹君や葉君と話をしていて、何も話をすることもなく新百合ヶ丘に着いた。
「眠い~~。帰ったら獏睡しそう」
蘭がそう言って、菜摘が笑った。
「じゃ、気をつけてね」
聖君がにっこりと微笑み、葉君や基樹君も笑って手を振ってくれた。
聖君たちと別れて、改札口を抜け3人で歩き出した。すると、すぐに蘭も菜摘も、
「桃子、大丈夫?」
と聞いてきた。
「…え?」
「もしかして、兄貴、沖縄に行く話、桃子にしてなかったんじゃないの?」
「……」
二人とも私がショックを受けてること、気にしててくれたんだ。
「まったく、1番に相談しなきゃならない相手に」
と、蘭が言うと、
「兄貴、桃子がいるからずっと、沖縄の大学行くかどうか、悩んでたんだよ」
と、菜摘が声を低くしてそう言った。
「え?」
「ごめん、桃子には私から言うの、控えてたんだ。兄貴はもう前から、沖縄の大学に行きたいって夢があったみたいなの。でも、桃子と付き合いだして、迷い出したみたい」
「そ、そうだったんだ…」
その夢は聞いたことがなかった。ただ、大学行ったら、いろんな海に潜りに行きたいって話は聞いていた。聖君、本当に海が好きなんだなって…。
「そっか~~。聖君も悩んで出した結果なんだ」
蘭がそう言うと、菜摘は、
「…桃子にはちゃんと話したほうがいいんじゃないって、この前も言ったんだけど、言い出しにくかったのかな~」
って、下を向いたまま、独り言のようにそう言った。
「……」
私は何も言えなかった。
家に着いた。
「おかえり。どうだった?お参り、人すごかったんじゃない?」
「…。あまり寝てないから、もう一回寝るね」
母に、話しかけられたけど、話しをする余裕もなく、私はさっさと自分の部屋にいった。
帰りに、菜摘と蘭が、
「大丈夫?」
と、もう一回聞いてくれたけど、私はきっと、ひきつりながら笑って「大丈夫」と答えていたと思う。だって、全然、大丈夫じゃないから…。
聖君が、話してくれなかったのもショックだし、そんな遠くに行っちゃうのも、ショックだ。
ベッドに横になると、涙がどっと溢れてきた。
離れちゃうのが、悲しいし、怖い。
それに、私がいるから迷ってたって言ってたけど、やっぱり、沖縄を選んじゃったんだよね。
でも、それが聖君の夢だったんだもんね…。
悲しくても、聖君が決めたことを、受け入れるしかない。だけど、離れたら、それで終わりになっちゃう気がする。
頭の中を、いろんな考えがぐるぐるとめぐり、寝ることなんて出来なかった。
その日、父、母、妹は近くの神社にお参りに行った。私は家で、テレビを観ていた。だけど、内容なんて入ってこなかった。
夜は、祖母の家に行き、親戚で集まった。母には双子の姉がいて、今、旦那さんの仕事の都合で、神戸にいる。だけど、正月だけは、祖母の家に家族揃って顔を出す。
母の双子のお姉さんは、実果おばさん。ちなみに母の名前は、結花。花が結び、果実になるという、なんとも素敵な語呂合わせの名前だ。
その実果おばさんには、幹男君という一人息子がいる。私よりも3歳年上で、私が小学生の頃は、うちのすぐ近くに住んでいた。私がいじめられて泣いていると、幹男君がすぐに飛んできて、周りの子達を怒り飛ばしてくれた。
そしていつも、優しく私を慰めてくれた。そんな頼りになる従兄弟だった。
神戸に越してから、正月にしか会わなくなってしまったけど、会うとやっぱり、可愛がってくれる。今年も幹男君は祖母の家にやってきて、私に、
「桃ちゃん、久しぶり」
と、優しい笑顔を向けてくれた。
「久しぶり。幹男君」
「桃ちゃん、4月からこっち戻ってくるから、よろしくね」
「え?」
「俺、どうにか今年は大学入るからさ」
そうだった。幹男君は、今、浪人してるんだっけ。
「今年はどこでもいいから、入れるところに入ってよ、幹男」
実果おばさんがそう言うと、幹男君は、
「わかってるって。さすがにこれ以上は甘えられないしさ」
と、苦笑いをした。
「そうだ。幹男君、聞いて聞いて。桃子彼氏が出来たのよ」
母がいきなり、そう言った。お酒を飲んで酔ってるようだ。
「お、お母さん!」
私が止めたけど、遅かった。母は、べらべらとしゃべり出してしまった。
「へ~~。そんなにかっこいいやつなんだ~」
幹男君が驚いていた。
「まだまだ、子供だと思ってたけど、彼氏が出来る年になっちゃったか~~」
幹男君が笑って、そう言った。
私は複雑だった。今は、聖君のことを考えるだけでも、胸が痛い。彼女でいられるのも、あとわずかかもしれないのに…。そんな暗いことを考えてしまった。
ひまわりは、年が同じの女の子の従兄弟がいて、二人で話し込んでいた。母は、祖母や実果おばさんと、お酒を飲みながら、話していた。父は、祖父と囲碁をしていた。
私は、しばらく一人でテレビを観ていたけど、横に幹男君がやってきて、話しかけてきた。
「桃ちゃんの彼、会ってみたいな」
「え?」
突然、何?
「結花おばさんがあんなに気にいってたなんて、相当かっこいいやつなんだろうな~」
「…お、お母さんはおおげさだから」
「はは…。俺が東京出てきたら、会えるかな?」
「……」
その頃まで、付き合ってるかどうか…。う、また暗い、私。
「幹男君は、彼女は?」
「いないよ」
「え?そうなの?」
「浪人生にね、彼女なんかいないの」
「去年いたよね?」
「…。高校生の頃はね。その子大学受かって、俺が浪人生になって、環境が変わったら、すぐに別れることになっちゃったよ」
「…そうなの?」
「彼女とも別れちゃったしさ、それで東京の大学受けようと思ったわけさ」
「……。環境変わると、駄目になるのかな」
「そうだね」
「もし、まだ彼女と付き合ってたら、こっちの大学には来ない?」
「かもね」
「…。遠くなったら、続かないかな」
「遠距離恋愛?俺には無理だな」
「無理?」
「浪人して、やっぱり、彼女と会う時間も減ったら、お互いが冷めちゃったんだよね」
「え?」
「あっちには、大学でも出会いがあるし、サークルに入って、楽しくやってたみたい。そういう話、あまり聞きたくないしね、だからだんだんと、話も合わなくなっていったし」
「…。そんなもの?」
「そんなもんだよ」
「……」
「桃ちゃんの彼、今いくつ?」
「高2」
「今度3年か~~。じゃ、あまりデートも出来なくなるね」
「うん」
「桃ちゃん、女子校だから、相手は他校の生徒か…。男子校?」
「共学」
「そうか…」
「…。受験だと、あまり会えなくなるかな」
「かもね…。家近いの?」
「江ノ島」
「え?やたら遠くない?どこで会ったのさ?」
「江ノ島の海」
「ナンパされた?」
「ううん。違う」
「だよね~。桃ちゃん、そういうの苦手そうだもんね~」
「うん」
「…。何か、悩みがあったり、辛いことあったら聞くよ。っていっても、俺がこっち来てからかな」
「うん…。その前に試験あるもんね」
「今年はまじで、がんばらにゃ~~」
「頑張ってね」
「うん」
それから、私は父とひまわりと家に帰ってきた。母は、かなり飲んでいたし、話も弾んでいたから、今日は祖母の家に泊まってくるだろう。
家に帰ってお風呂に入り、部屋に行き、ベッドに寝転がると、早起きしたせいか、私はすぐに寝てしまった。
翌日、今度は父方の親戚の家に遊びに行った。父は、3男で、兄弟が年が離れているからか、従兄弟はみんな、働いている年齢だ。なかにはもう、結婚していて、子供もいる従兄弟もいる。子供はまだ、1歳半で、よちよち歩き。すんごく可愛い。
私はなぜか、赤ちゃんや小さい子、それに動物に好かれて、まとわりつかれることが多い。今日もまた、1歳半のその子に、ひっつかれたまま、離れてくれなかった。可愛いから、嬉しいんだけど…。
その子の笑顔を見てると、すごく癒された。昨日から電話もメールも、聖君がくれなくて、私からも出来なくて、へこんでいたからありがたかった。
可愛いな…。いつか、私も結婚して、赤ちゃんを産むのかな。
そういえば、クリスマスイブに聖君が、私はいいお嫁さんになれるって言ってたな。それに、俺だったらいいなって、つぶやいてた。あれ、結婚する相手が、俺だったらってことかなって思ってた。それで私、少し浮かれてた。
あれ、ついこの間のことだ。
私、やっと聖君の彼女なんだって、そう思えてきたところなのに…。やっと…。
ああ…。やばい。せっかく癒されたのに、また、落ち込んできた。
その日は、母が昨日飲みすぎていたし、早めに帰宅してきた。そして母は、すぐに寝室に行き、寝てしまった。
私は部屋に行き、しばらくぼ~~ってしていた。すると、いきなり携帯から聖君の声がしてきた。
「電話だよ!早く出て!」
あ!!!聖君!
慌てて電話に出ると、聖君が、
「ただいま!」
と、いきなり元気に言った。
「た、ただいま?」
「そ。今帰ってきた」
「おかえり…」
どこからかな?
「あ~~~、疲れた。桃子ちゃんも正月は、親戚の家に行ってたんだよね?」
「え?うん」
そうだ。年末、そんな話をしたっけ。確か聖君も、親戚の家…。
「あ、あれ?聖君は、伊豆に行ってたの?」
「そうだよ。言ったよね?俺」
「……」
そういえば、おばあちゃん、おじいちゃんの家に行くって。あ、そっか。それって伊豆になるのか。すっかり私、忘れてた。
「今、帰ったの?」
「うん。昨日1泊してきた。明日は店の準備があるし、今日のうちに、みんなで帰ってきたんだ」
「昨日、初詣から帰って、伊豆に行ったの?」
「うん。電車の中で、獏睡した」
そ、そっか。それで電話もメールも、なかったのか。
「楽しかった?」
「うん。桃子ちゃんは?」
「わ、私も」
「明日会う?」
「え?」
「俺、冬休み、店の手伝いしないとならなくて。空いてるの明日くらいなんだ。桃子ちゃんは空いてる?」
「うん。明日は別に、用事ないし、大丈夫」
「じゃ、会おう」
「うん…」
それから、待ち合わせの時間と場所を決めて、おやすみって聖君は電話を切った。聖君はいつもと同じで、優しい声だった。
沖縄に行くことなんて、もしかして夢だったのかと思うくらい、聖君がいつもと変わらなかったから、少し嬉しくなった。
ううん…。きっと、私は聖君の声が聞けただけで、嬉しいんだ。
遠く離れると駄目になるのかな。会わないと、駄目になるのかな。幹男君の言葉が、しばらく頭の中をめぐってたけど、明日の用意をし始めたら、明日は何を着ていこうかとか、どこに行こうかとか、そんなことでわくわくしてきて、やっとこ、落ち込みから私は少し、抜け出すことが出来た。