第16話 新しい友達
私は、コーチの言うように、どんどんと泳げるようになり、息継ぎもできるようになり、クロールで25メートル泳げるようになった。
小松さんも、根本さんも泳げるようになり、3人揃って、平泳ぎを練習をすることになった。
これまた、腕の使い方、足の動かし方が難しく、何回言われてもできなくて、でもコーチは呆れることも、あきらめることもなく、根気良く教えてくれた。
聖君は、5月の終わりから6月初め、風邪をひいちゃったらしく、プールに行くのはおあずけになった。夜、涼しいのに、布団もかけずに寝ていたからかな~~と、メールが来た。
>俺、寝相悪いみたい。イルカ抱いて寝るんだけど、朝起きると、すんごい遠いとところにすっ飛んでるんだよね。
どんな寝姿なんだろうか。まず、イルカを抱いて寝ているのを想像すると、あ~~、可愛いんだろうな~~と思い、それからイルカをすっ飛ばしてまで、寝相の悪い聖君を想像してもまた、可愛いだろうなって思う。
どんな聖君も可愛いな~~。あ、でも風邪、大丈夫なのかな~~。
梅雨に入り、雨が続いた。髪型がいまいち決まらず、また私は、ポニーテールにするようになった。
6月になってから席替えをしたら、隣の子とだんだんと仲良くなった。鈴木花恵ちゃん。「花ちゃん」と呼んでいる。花ちゃんも、私のことをちゃんづけで、桃ちゃんと呼んでくれる。
花ちゃんは私と、なんとなく似ている。背も同じくらいだし、くせっけで、三つ編みにしている。大人しくて、絵を描くのが好きで、可愛いイラストをノートのはしっこに、よく描いている。そこには、ちょっと可愛い男の子も登場する。
「もしかして、彼氏?」
と聞いたら、
「違う!彼氏なんていないもん。これは、○○くん」
と、芸能人の名前を言われた。ああ、最近ブレイクした、可愛い男の子。
「桃ちゃんは誰が好き?」
「え?私?」
「芸能人で誰のファン?」
「いないかな」
「え?そうなの?男の子興味ないの?」
「ううん。好きな人ならいるよ」
「え?誰?どこの誰?どこで知り合ったの?」
かなり花ちゃんは、驚いた様子でそう聞いてきた。
「この女子校じゃ、なかなか知り合えないよね」
「うん。えっとね、あ、いつもお昼を食べに来てる、菜摘のお兄さんなの」
「そうなんだ~~~。へ~~。どんな人?かっこいい?」
「めっちゃ、かっこいい!!!!」
思い切り、力を入れて言ってしまった。
花ちゃんは、1年生の時から、同じクラスだった子とお弁当を食べていた。やっぱり、大人しそうな子で、その子はマンガやアニメに興味があるらしい。二人でいつも、お昼を食べ終わると、ノートにイラストを描いて、楽しそうにしていた。
私は菜摘に、仲のいい子ができたし、その子にお弁当食べようって誘ってみると言ったら、菜摘は、いいよって言ってくれて、そのうえ、良かったねって喜んでくれた。
そして、私は花ちゃんに、お弁当一緒に食べてもいいか聞いてみた。花ちゃんは、いいよって快くOKしてくれて、花ちゃんの友達の桧垣さんも、OKしてくれた。桧垣さんは、ヒガちゃんと呼ばれていた。
「はなちゃん、ひがちゃん、ももちゃんか~~。なんかいいね~~」
と、花ちゃんはそう言うと、お昼を食べ終わってから、ノートのはしっこに私のイラストを描いてくれた。
「これが、桃ちゃんね」
ポニーテールにした、すごく可愛い女の子だった。
「桃ちゃんの好きな人って、どんな感じ?」
「えっと…。日に焼けてて、髪は黒くてサラサラヘアー。鼻は高くて、目は二重で、いつもはきりっとしてるけど、笑うとすごく可愛いんだ」
花ちゃんは、それを聞きながら、スラスラと男の子の絵を描き出した。
「髪型は?」
「前髪も横も、ちょっとざんぎりっぽい。耳は少し見える。眉毛は隠れるくらい前髪は長めで、ちょっと横分けかな」
「こんな感じ?」
「わ!そうそう~~。笑った感じが似てるかも。こんなふうに、目が細くなるの!」
「体つきは?」
「手足がすらっと長くて、背が高くて、でも痩せすぎず、筋肉もありすぎず、なさずぎず」
「こんな感じ?」
ちょっと、可愛いイラストチックな男の子が完成した。服はTシャツとジーンズにしてもらった。
「聖君だ~~~!」
と、その絵を見て、目をハートにしてると、
「聖君っていうの?」
と、花ちゃんが聞いてきた。
「桃ちゃんの好きな人?芸能人?」
ヒガちゃんも聞いてきた。
「ううん。お友達のお兄さんで、めっちゃかっこいいんだって」
と、花ちゃんがそう答えた。
「へ~~。今いくつ?」
「一個上」
「へ~~。好きな人いるんだ~~」
ヒガちゃんはそう言うと、聖君のイラストをまじまじと見た。
「かっこよさそうだね」
「うん!」
私は、思い切りうなづいた。
「いいね~~。私の周りにはいないっていうか、出会いがない。だから、アニメの世界の男の子に興味持つしかないんだよね」
ヒガちゃんがそう言った。
「私は芸能人。でも、近くにすんごくかっこいい人がいたら別かな。あ、でも私の場合は、かっこいいより、可愛い感じがいいかな」
花ちゃんがそう言った。そうなんだ、そうだよね。中学、高校女子校じゃ、なかなか出会いがないよね。
私は、あんなにかっこいい聖君と出会えて、ラッキーだったんだな。ラッキーって言うよりも、幸せもんかな~~。
思い切りにやけながら、その日は家に帰った。すると、久しぶりに、幹男君が来ていた。
「あれ?久しぶり」
と、私が言うと、
「桃ちゃん、お帰り。バイト初めてさ、なかなか来れなくなっちゃった。今日は大学も早くに終わったし、バイトもないから、遊びに来たよ」
と、リビングのソファから、顔だけこっちを向いて、そう言った。
幹男君はひまわりに、どうやら勉強を教えてあげていたようだ。
「バイトって、何の?」
と私が聞くと、
「家庭教師」
と、幹男君は答えた。
「あれ?じゃ、ひまわりの家庭教師も、これからやってあげたりするの?」
「ああ。これは無料奉仕。桃ちゃんのも見てあげるよ?」
「ありがとう。でも今は、あまり勉強で大変なことはないかな」
「優秀だね」
「そうじゃなくって。受験とかしないし」
「あれ?大学行かないの?短大とかさ」
幹男君は、私が洗面所に行き、手を洗ったり、口をゆすいでいると、私の方に来ながらそう聞いてきた。
「うん。行かないよ。専門学校行こうかなって思ってるの」
「どんな?」
私がキッチンに行き、冷蔵庫を開けて、冷たいお茶をコップに入れると、
「あ、俺にもちょうだい」
と、言って、勝手に食器棚からコップを持ってきた。
二人でコップを持って、ダイニングの椅子に座ると、ひまわりが、
「勉強終わりなの?」
とリビングから、聞いてきた。
「あ、ちょっと休憩しよう」
幹男君がそう答えると、ひまわりはやったって喜び、テレビゲームを始めてしまった。
「で、どんな専門学校?」
「料理とか、ケーキ作りとか」
「へ~~。将来はパテシエとか?」
「う~~ん。カフェとかできたらいいなって思ってるんだ」
「カフェ?へ~~、すごいじゃん。でも、なかなか難しいんじゃないの?」
「専門学校?」
「いや、カフェの方」
「そうかな。だけど、聖君のお母さん、やってるよ。江ノ島で」
「カフェを?自分で?」
「うん」
「へ~~。すごいね」
「たまにお店に遊びに行くの。この前は一緒にケーキを焼いた。スコーンもすごく美味しいの。それを見てて、いいなって思ったんだ」
「なるほどね」
ダイニングテーブルの上にあった、お菓子を食べながら二人でそんな話をしていると、母が奥の部屋から顔を出した。
「あら、勉強終わったの?」
「今、休憩中!」
と、ひまわりが言った。
「そうなの?そうだわ、桃子も幹男君に勉強見てもらったらどう?」
「ああ、今、そんな話をしていたんです」
幹男君が、母にそう言うと、
「見てもらえるの?なんなら、家庭教師代出すけど?」
と母がそう言った。
「桃ちゃんは、専門学校行くらしいから、勉強を見てあげなくてもいいみたいですよ」
「専門学校?何の?」
「あれ?お母さんには話してないの?」
「うん。だって、最近思ったことだから」
「何の専門学校?あなた、やりたいことなんてあったの?」
「料理とか、ケーキ作りとか」
「それで最近、家で料理するようになったの?」
「うん」
母は、納得したような顔をして、
「いいんじゃない?桃子、お料理上手だし、極めてみても。手に職を持つっていいことだと思うわよ。お母さんだって、それでこうやって、ずっと仕事してきてるしね」
と、言ってくれた。
「おばさん、すごいですよね。ずっとエステの仕事続けているんですもんね。うちの母は、専業主婦だから、おばさんってすごいなって俺、思っちゃいますよ」
幹男君はそんなことを言った。
「姉さんは、バリバリのキャリアウーマンしてたんだけどね。お義兄さんと結婚したら、あっさりとやめちゃったのよね~~。でも、いいんじゃない?そんな選択も」
「桃ちゃんは、専業主婦に向いてると俺は思ったんですけど」
「そう?でも、わからないものよね。何が花開いて、どんな人生になるかなんて。私の方が、若い頃はちゃらちゃらして、将来どうなるのかって、親に心配された。姉さんはしっかりしていたし。それが、今じゃ、私は仕事を続けてて、姉さんは家庭におさまっちゃったしね」
母もダイニングの椅子に座り、お菓子を食べながら話し出した。私は母にあったかいお茶を淹れて、持っていった。
「ありがとう、桃子。こういう気遣いが昔からあるのよね、この子は。だから、接客業、それもカフェとかいいと思うわよ?そういえば、聖君のお母さんも、カフェしてたっけね」
「うん。家がカフェになってるの」
「いいわね、今度遊びに行こうかしら」
「あ、聖君のお母さん、喜ぶかも」
「そう?」
「聖君のお母さん、すごく優しいんだ。ほら、洋服もプレゼントしてくれたし、ケーキも一緒に作ったりしたし」
「へえ。そんなに桃ちゃん、気に入られてるんだ」
幹男君がそう聞いてきた。
「女の子と、買い物に行ったり、ケーキ焼いたりするのが夢だったんだって」
「へえ。もうあれじゃん、いつお嫁に行っても大丈夫なんじゃないの?その家に」
幹男君の言うことに私はびっくりして、目を丸くした。
「お、お嫁?!」
「いいわね~~~。賛成。大賛成!」
と、母も喜んだ。
「聖君みたいな息子ができるの、最高だわ。カフェを聖君のお母さんとやったらいいじゃない?いいアイデアでしょ?」
「でも、その前に、沖縄行っちゃうから、その辺でどうするかだよね」
幹男君がそう言うと、母がびっくりして、
「沖縄?誰が?」
と、幹男君に聞いた。
「あれ?それも知らなかったんですか?彼氏、沖縄の大学、受ける予定らしいですよ」
幹男君が、ばらしてくれた。
「し、知らないわよ。そうなの?ちょっと、どうするの?桃子」
「え?」
「え?じゃないわよ。遠距離恋愛するつもり?」
「うん」
「大丈夫なの?」
「な、何が?」
「そんなに離れちゃって…」
「う、うん」
私は、言葉に詰まってしまった。
「やっぱり、おばさんも遠距離はやばいって思う?」
幹男君がそう聞くと、
「そりゃどうかしらね。お母さんだって、遠距離してたしね」
と母は、答えた。
「お母さんが?」
私はびっくりしてそう聞くと、母はうんとうなづいて、
「まあ、お母さんの場合は、お父さんが転勤で大阪行っちゃったからなんだけどね。その頃お母さん、まだ、独立していなくて、エステのお店で働いていたのよ」
と、話し出した。
知らなかった。結婚する前の話か。
「1年、離れてみた。2ヶ月に一回、お父さんが東京に来たり、お母さんが行ったりしてた。でも、時間もお金も大変じゃない。だから、お母さんエステのお店をやめて、大阪に行っちゃったのよね。それで、出張エステっていうのを始めたの。相手のおうちにお邪魔してエステをする…。その頃から、独立して家でエステをしてもいいかなって思うようになって」
「結婚は?」
幹男君が聞いた。
「それから、2年して桃子を妊娠してるってわかって、籍を入れたのよね」
「じゃ、それまで、同棲?」
「そうよ」
母はあっさりとそう言うと、お茶を飲んで、
「だけど、お父さんが大阪に転勤になったおかげで、エステの店もやめられたし、自立の道を歩み出すきっかけにもなったし」
「え?」
「まあ、あれでよかったんだって思うわよ。いい機会に、いいことが起きたって。人生の転機が来たって感じだったから。だから、聖君が沖縄に行ったとしても、別れが来るとは限らないし」
母は、そう言うと、いきなり手をぽんとたたき、
「高校卒業したら、行っちゃえばいいじゃない。沖縄」
と言い出した。
「私がってこと?」
「そうよ。料理の専門学校、沖縄にもあるでしょう」
母がそんなことを言い出すとは思わなかった。
「おじさん、賛成しますか?」
幹男君がそう言うと、
「そこね、お父さんは桃子にべったりだからね。でも、今のうちから、聖君と仲良くさせちゃえばいいのよ」
母は、こういうことがけっこう好きかもしれない。目が輝いている。
「まあ、あと1年以上もあるんだし、それまで付き合ってたらの話ですよね?それに離れている1年の間にだって、何が起きるかわからないんだし」
幹男君は、すごく冷静にそう言った。その言葉にまた私は、心に隙間風が吹いた。だが母は、
「幹男君!確かにそうかもしれないけど、人生なんて自分で選択できるものだと思うわよ!この人って思ったら、ついていっちゃえばいいのよ。つなぎとめておくことなんて、いくらでもできるから。ね?桃子。そうしなさい。これから先、聖君以上の人が現れるとは思えないし」
「え?」
母の勢いに、幹男君も何も言えなくなった。私もだ。
「お母さんね、聖君、ほんとう~~~に気にいってるの」
母がそう力を入れて言うと、幹男君は呆れたように笑って、
「ああ、そういうことですか」
と言った。リビングでテレビゲームをしていたひまわりも、
「私も大賛成。お父さんが反対しても、絶対に味方になってあげる。あんなにかっこいいお兄さんができるなら、いくらでも応援する」
と、こっちを向いて大きな声で言ってきた。
「そんなに聖ってやつは、かっこいいやつなの?なんか、同じ男として妬けてくるな」
幹男君は、ちょっと苦笑いをしながらそう言った。
「今度、会わせてよ。桃ちゃん」
幹男君にそう言われたが、素直にうんとは言えなかった。なんでかな。幹男君があまりにも、遠距離になったら別れるって、断定しているからかな。
夕飯を食べ終わり、幹男君は帰って行った。父は接待があるとかで、遅かった。もし幹男君がいる間に帰ってきたら、幹男君は何を言い出すかわからないから、父が遅くてよかったってほっとした。
お風呂に入り、私はぼ~ってした。母も遠距離恋愛をしていたんだ。それに同棲もしてたなんて、驚きだ。
母が、あれだけ、聖君を気に入り、沖縄に行っちゃいなさいと言ってくれたのは、すごく嬉しかった。 ひまわりまで、応援してくれると言ってくれて、心強かった。
だけど、やっぱり、どこかで、幹男君の言葉も残っていて、私の心は穏やかではなかった。




