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第121話 命を守る

 看護師さんから説明を受け、会計を済まし、3人で駐車場に向かった。そして、車に乗り込み、聖君が車を出すと、母がいきなり聖君に話しかけた。

「聖君、なんだか様子おかしくない?」

「え?俺がですか?」

「産婦人科はさすがに、居づらかったの?それとも何か、嫌なことでも?」

「いえ、あの…」


 ああ、さっきから聖君、男の先生だったことを気にして、暗かったもんな~。

「産婦人科ってあんな若い、男の先生もいるんだなって思って、ちょっと」

 聖君は、言葉を濁した。

「私ね、お母さん、他の病院がいいな」

 私は、聖君の気持ちもわかるから、母に相談するつもりで話しかけた。


「なんで?」

 母は私に聞いてきた。

「ああいう、男の先生、ちょっと嫌かも。抵抗ある。テレビで前に見たんだけど、助産院ってあるでしょ?助産師さんがいるところ、ああいうところがいいな」

「助産院?」

「うん、このへんにないかな」


「お母さんは、今日の病院の方が設備が整ってて、いいと思うわよ?」

 母は、ちょっと身を乗り出して、そう言ってきた。

「設備?設備って必要?」

 私が聞くと、

「そりゃ、あなたの場合、何かあったらすぐに対処できるところの方が安心だと思うし」


「すぐに対処って…?」

 聖君が真剣な顔で、バックミラーに映る母を見た。

「桃子はまだ、完全に大人になりきっていないというか、成長段階だし、低血圧や貧血もあるし、何が起きるかわからないでしょ?」

「…」

 聖君は黙った。


「リスクを負うよりも、安心で安全な出産をしてほしいのよね」

 母がそう言うと、聖君は私をちらりと見て、

「それは、俺もそう思います」

とまじめな顔で、そう言った。


「聖君も、男の先生でちょっと嫌かもしれないけど、でも、出産のときってだいたいが男の先生よ。桃子も、ひまわりも、男の先生が取りあげたのよ。でもね、産まれるときなんて、男の先生か、女の先生かなんて、そんなこともう関係なくなってるのよね」

「……」

 聖君はまた、バックミラーに映る母を見た。


「無事に産まれてきてくれたら、それだけで十分」

 母がそう言うと、聖君は、少し口元をゆるませた。

「…そうっすよね。やっぱ、赤ちゃんのことが1番ですよね」

 聖君がそう言うと、母はさらに身を乗り出し、

「聖君、そうじゃないの。赤ちゃんもだけど、桃子もなのよ?」

と力強く言った。


「私?」

「そうよ。出産って母親の命だってかかわってくるんだから」

 母にそう言われ、聖君の口元は一気に引き締まった。

 それからは、聖君は無言で運転した。母も後部座席のシートに深く腰掛け、ずっと外を見ていた。


 家に着き、

「聖君、お昼用意するから食べていってね。お腹すいたでしょ?」

と母が聖君に聞いた。

「はい。じゃ、ごちそうになります」

 聖君はそう言って、家にあがった。


「桃子はどうする?」

 母はキッチンに向かいながら私に聞いた。

「私、あまりお腹すいてないから、あとでいいよ」

「そう?クラクラしてたのはどう?おさまったの?」

「うん、もう大丈夫」

「診察で緊張してたのかもしれないわね?」

 母はそう言うと、キッチンに行った。


「ふう…」

 ため息をつきながら、リビングのソファーに座ると、聖君が横に座ってきて、

「大丈夫?疲れちゃった?」

と聞いてきた。

「うん。ちょっとね」

 そう言うと、聖君は私の肩を抱いて、

「俺に寄りかかって、休んでいいよ?」

と優しく言った。


 私は聖君に寄りかかり、目を閉じた。ふわ…。すごい安堵感だ。思い切り優しいオーラに包まれる。

「桃子ちゃん」

 聖君は私の手を握りながら、

「ごめん。俺、なんか小さかったよね」

とぽつりと言った。


「え?」

「若い男の先生だからって、気にしたりしてさ。お母さんが言ってたの、本当にそうだよね。赤ちゃんと桃子ちゃんのことを何よりも、考えなきゃいけないのにさ」

「ううん。私だって、嫌だったんだもん」

「…だよね。桃子ちゃんが1番緊張して、嫌な思いしたんだよね。でもさ」

 聖君はぎゅって私の手を強く握り締め、

「でも、赤ちゃんがちゃんと桃子ちゃんのお腹にいるってわかったんだから、喜ぶことだよね?」

とそう言ってきた。


「え?」

「先生もおめでとうって言ってたじゃん。看護師さんも言ってた。これから体気をつけて、無事、元気な赤ちゃんを産むってことだけを、考えよう。ね?」

「うん」

 聖君は黙って、私の手を握っていてくれた。私は聖君のあったかい腕の中で、目を閉じていた。


 赤ちゃん…、来年の春には生まれてくる。私、母親になるんだ。

 ドキドキ。なれるのかな、こんな私で。若い男の先生だったっていうだけで、あんなに落ち込むような、こんな私で大丈夫なのかな。


 一つの命がすでに、私の中にいるんだよ。私はその命を、大事に守っていかないとならないんだ。ううん、生まれてからだってそうだよ。ずっとこの命を、大事に守っていくんだよ?できる?


 私、そういえば、生まれてすぐに保育器に入ってたんだっけ。それに体も弱かったんだよね。母と父は、どれだけ私の命のことで、心配したり、つらい思いをしたんだろうか。

 私という命をここまで、守り育ててくれたんだ。それって、ものすごく感謝することなんだな。


 なのに、忙しくてどこへも連れて行ってくれなかったとか、私は不平不満ばかり…。ちゃんとこうやって、育って今、ここでこうやって暮らしているのは、父が仕事をしてくれてるからなのにな。


「聖君…」

「ん?何?」

 聖君は優しく、私に耳を傾けてくれた。

「私、こうやって生きてるのは、みんなに支えられてるからなんだよね」

「え?」

「お父さんとお母さん、それにおじいちゃんや、おばあちゃん」


「うん」

「それだけじゃない。生まれたときには、取りあげてくれた先生や、お母さんのお腹にいるときには、きっと今日みたいに診察してくれた先生がいて…」

「うん」

「私が元気にお腹の中で育っているのを、きっと先生たちも喜んでくれたんだね」

「うん」


「今日みたいに、お母さんが病院に行ったら、先生や看護師さんは、おめでとうって言ってくれたのかもね」

「そうだね」

「私の命が宿ったことに、おめでとうって、きっと…」

「うん」


「一つの命が誕生するのにも、多くの人の支えがいるんだよね」

「うん」

「先生や看護師さん、他にもたくさんの」

「……。桃子ちゃん?泣いてるの?」

「なんか、感動しちゃって」

「あはは。感動の涙?」


「聖君が生まれたときも、そうだったんだね」

「うん。そうだね。母さんも父さんも、じいちゃんやばあちゃん、他にも多くの人が、喜んだんだろうな。病院にもいっぱい、産まれたばかりの俺を見に来たらしいしさ」

「…一人で、生きてるわけじゃないんだね」

「みんなね」

「うん」


「桃子ちゃんのお腹にいる子も、すでにいろんな人に喜ばれちゃってるしね」

「え?」

「すでにいろんな人が、もう守ろうとしてくれてるし。ありがたいよね、まじでさ」

「うん」

「あ~~~。なんか、こうじわじわと感動が湧いてきたよ、俺も」

 聖君はそう言って、私の肩を、さらに力強く抱きしめた。


「桃子ちゃんのこと、もっと大事にする。もっともっと愛しちゃう、俺」

「え?」

「もちろん、お腹の子も」

「うん」


「やべ~~~」

「え?」

「今、なんかさ、父さんの気持ちが分かったって言うか」

「お父さんの?」

「うん。母さんが妊娠してるとき、きっとお腹にいる俺も含めて、同じように思ってくれたんだろうなって」


「もっと大事にしようって?」

「うん。きっとそんときから、俺のことめっちゃ愛してくれたんだろうな」

「うん、そうだね」

「なんかそう思ったらさ、すげえ今、嬉しくなっちゃって。やべ。まじで泣きそう」

「…。こういうのって、自分が親の立場になってわかることなんだね?」

「うん」

 聖君は本当に感動しちゃったらしく、目を潤ませていた。


「すごいわね~~、あなたたちは」

 いつの間にかリビングの近くに、母が来ていた。今の私たちの会話も聞いていたようだ。

「お母さんは、桃子を妊娠したってわかったとき、そんなこと考えなかったわよ。まあ、おばあちゃんには反対されたし、感謝の気持ちなんて全然湧かなかったわね」

 母はそう言ってから、目頭を押さえ、

「でも、桃子にそう言ってもらえて、すごく嬉しい。きっと聖君のご両親も今の話を聞いたら、泣いちゃうわよ。あ、桃子、お父さんもよ。さっきの話、そのまましてあげたら?」

とそんなことを言った。


「お父さんに?」

「そうよ」

「…うん。ちゃんと話せるかはわからないけど、ありがとうは伝えたいな」

 私がそう言うと、母はまた目頭を押さえ、

「さ、お昼できたから、聖君食べちゃってね」

とにこりと笑った。


「あ、はい。じゃ、桃子ちゃんはここで休んでる?」

「うん。もう少しここにいる」

 聖君はリビングからダイニングに移った。私はソファーにもたれかかり、目を閉じた。

 そして、しばらくは聖君と母の楽しそうな会話が聞こえていたが、それもどんどん遠くに聞こえるようになり、いつの間にか眠ってしまったようだ。


 気がつくと、また聖君が横にいた。私のお腹にはタオルケットがかかっていて、聖君は私に、

「起きた?」

と優しく聞いてきた。

「エアコンかかってるし、お腹冷やさないようにって、お母さんがタオルケット持ってきたんだ」

「そっか。私寝ちゃってたんだ」


「疲れてたんだよ、きっと。あとお母さんが言ってた。自分も妊婦のとき、やたらと眠たかったって。だけど、眠いときには無理せず、寝たほうがいいってさ」

「そうか。お母さんもそうだったんだ」

「やたらと眠いの?」

「うん、なんだかすぐに寝ちゃうの」

「そっか」


「ごめんね、ずっと私寄りかかってた?」

「いや、俺が桃子ちゃんのこと、俺にもたれかけさせたの。そうしててほしくて」

「え?」

「なんとなく、そうしてくれてると、嬉しいって言うか」

「疲れないの?重たくなかった?」

「全然」

 聖君はにっこりと優しく微笑んだ。


「さっき、お母さんと話してたんだ。桃子ちゃんが赤ちゃん産んで落ち着くまで、俺がここに暮らしてもいいよねって」

「え?」

「そっちの方が、桃子ちゃんも安心するだろうし、俺も、桃子ちゃんのそばにいた方が、心配しなくてもすむし、いいんじゃないかってさ」


「…。大学遠くなるよ?」

「そうでもないよ。ほんの10分か、15分かの違いだって」

「でも、お店の手伝いは?いちいち行くの大変だよ?」

「大丈夫だって。それに、夜のバイトの人を増やそうかって話も出てるしさ」


「みんなに迷惑かけちゃうね」

「あれ?さっき言ってたばかりじゃんか。一つの命のために、多くの人が支えてくれるんだよ。ここはね、甘えちゃっていいと俺は思うけどな」

「甘えちゃうの?」

「そう。みんな、桃子ちゃんと赤ちゃんのこと、守りたいんだからさ、甘えていいんだよ。俺も、守りたいの。そのくらいしかできないんだから、そうさせて?」


「え?」

「俺が代わりに産むこともできないし、産むときって痛いんでしょ?その痛みを代わってあげることもできないし、今のつわりだって、桃子ちゃんだけが苦しむことになっちゃうんだしさ。俺なんて、赤ちゃん生まれてくるまで、なんの役にも立てないんだから、守るくらいのことはさせて?」

「役に立ってるよ。思い切り聖君の存在は大きいんだから」


「近くにいたら、桃子ちゃんの力の源になるんでしょ?」

「そう!」

「だから、近くにいさせてね?」

「…。う、うん」

 聖君はにこってまた笑うと、私の肩を抱いた。


 う、今、私泣きそうだ。聖君があったかくって、優しくって、思い切り泣いてしまいそうだ。

「う…」

 私が声を詰まらせて、そう言うと、

「う?」

と聖君が聞き返してきた。

「嬉しい」

 どうにかそう言うと、聖君は、

「あはは。うれし泣きしてるの?もしかして」

と笑いながら聞いてきた。


「だって、めちゃくちゃ、嬉しい」

「あはは。面白いな、桃子ちゃんは。桃子ちゃんは俺のお嫁さんになるんだから、もっと甘えてもいいくらいなのにさ」

 そう言われて、私はくるくると首を横に振った。


「え?俺のお嫁さんにならないの?」

「そうじゃなくって、これ以上甘えたりしたら、バチがあたりそうで」

「はあ?何それ」

 聖君はちょっと呆れてそう言うと、また、あははって笑っていた。そして、

「どんなに俺に甘えても、絶対にバチは当たらないから安心して。だって、それ、俺が望んでることだよ?俺の思いを叶えてくれることになるんだから、人助けだよ。なのにバチが当たるわけないじゃん。ね?」

と、優しい声でそう言ってくれた。


 ああ、そんな考え方をする聖君が好きだ。尊敬もしちゃう。やっぱり私は聖君が大好きで、大好きで、大好きだ。

 聖君の胸に顔をうずめた。そして、

「聖君、大好き」

と小さくそうささやいた。

「俺も」

 聖君も小さい声でそう、優しく言ってくれた。


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