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第120話 診察

 11時になる前に、聖君が車で家まで送ってくれて、そのまま聖君は自分の家に帰っていった。

 祖父は母と、念入りに打ち合わせをして、それから学校に行くと決めたようだ。

 

 聖君はまた、明日、産婦人科に行くのについてきてくれる。時々、聖君のタフさに、脱帽することがある。どうして、ああも軽やかに動けるんだろうかって。


 菜摘からメールが来たのは、その日の夕方だった。

>ご両親に話した?

>うん、昨日聖君から、話してくれたよ。

>どうだった?めちゃくちゃ、怒られた?

>ううん、生むことも、結婚も賛成してくれた。


>ええ?お父さんも?

>うん。お父さんの方が、すぐに賛成してくれた。

>ひゃ~~~、さすが、兄貴だ。

>高校に、おじいちゃんとお母さんとで、退学にならないよう、頼みに行ってくれるって。


>じゃあ、おじいさんも、妊娠したこと知ってるの?

>今日の午前中、聖君と母とおじいちゃんの家に行ってきたの。あ、ひまわりも。

>それで話したの?

>そう。それでお願いしてきたんだ。

>おじいさんも賛成してくれたの?

>うん。


>すごいな~。じゃあ、桃子、大丈夫だね?

>え?何が?

>もし、反対されて落ち込んでたら、励ましに行こうと思ってたの。葉君も気にしてた。何か力になれることがあったら、俺たち、協力しようねって昨日も話してたんだ。

>本当?すごく嬉しいよ!


>高校やめないですむかもしれないの?

>わからない、それは。

>退学にならないですんだらいいね。

>うん。でも、もし退学にならなくても、お腹大きいのに学校行ったら、目立っちゃうね。みんな、驚くよね。


>そうだね。でも、私と蘭がいるし、もし、誰かに何か言われるようなことがあっても、守るから安心してね。

>ありがとう。

 菜摘だったら、そう言ってくれるって思ってた。でも、私もただ、甘えるだけじゃなく、もう、お腹には子供の命があるんだもん。強くなるって決めてるんだ。


 誰かに何を言われても、私は聖君との赤ちゃんをちゃんと産む。この子を守っていく。

 不思議と、お腹に赤ちゃんがいると思うだけで、私は力が湧いてきていた。

 ああ、そっか。前に聖君に言われたっけ。桃子ちゃんは、誰かのことになると、強くなるねって。そうか。この子のためだからか。


 それって、視点を変えたら、私を強くさせてくれる存在ってことだよね。すごいな。まだきっと、小さな細胞でしかないだろうに、それでも大きな大きな存在なんだね。

 私はベッドに寝転がり、お腹をさすった。ありがとう。そう言いながら。


 翌朝、10時過ぎ、聖君が来た。ドアを開けると、いきなり、

「おはよう、桃子ちゃん、体調はどう?」

と聖君は聞いてきた。

「うん。ちょっと気持ち悪いけど、でも、大丈夫」

「食べれてるの?」

「うん。昨日の夜は、サラダとおかずも食べられたの。今朝はフルーツとパン食べたよ」


「そう、じゃあ、大丈夫だね。母さんも妊娠してたとき、つわりあったらしくって、食べられるものを食べたらいいって言ってたよ」

「お母さんが?」

 聖君とリビングに移動して、ソファーに座りながら、私たちは話を続けた。


「うん。昨日夜、父さんと母さんから、桃子ちゃんの家で、どうだったかって、しつこく聞かれてさ。大変だったよ」

「心配してたのかな」

「それは、ほら、電話で大丈夫だって言ってあったから、心配してなかったみたいだけどさ」

「そっか」


「どんな会話をして、どんなことを話したかを知りたかったみたい。お父さんが俺が息子になるってことを、すごく喜んでくれたとか、おじいちゃんも、すぐに賛成してくれたとか言ったら、父さんも母さんも、すごく喜んでた」

「……」

 なんか、その光景が目に浮かぶ。


「ああ、そうだ。一番、はっちゃけてたのは杏樹だ。ひまわりちゃんと同じで、桃子ちゃんがお姉ちゃんになるってことと、ひまわりちゃんとも姉妹になれるって、めっちゃ喜んでさ。お兄ちゃんでかしたって言われたときは、俺、さすがにこけたよ」

「で、でかした?」

「そう、赤ちゃん作って、でかしたって。あいつは何を考えてるんだか」

「……」

 さすが、杏樹ちゃん、言うことが違う。


「そのうえ、全部、計算どおりなんでしょうって言われた」

「計算?」

「俺が、桃子ちゃんと早くに結婚できるようにってさ。お兄ちゃん、桃子ちゃんと一緒に住みたいとか、結婚したいとか言ってたもんねって…」

「え?杏樹ちゃんにそんなこと言ってたの?」

「いや、言った覚えないんだけどな。俺、まさかぶつぶつ独り言でも、言ってたのかな」

「え?!」

「なんてね」

 聖君は、にかって笑っておどけて見せた。


「え?」

「店混みだして大変だった頃、ちょっと愚痴ってたことがあって」

「聖君が?」

「うん。桃子ちゃんと結婚して、一緒に住んでたら、こんなに女の子押しかけてこないよな~~、ああ、早くに結婚してえ~~!って。それを聞いてたんだよ、杏樹」

 早くに結婚してえ~~~って、さわいでたの?うわ。びっくり!


「あ、それだけが理由じゃないからね。まじで、そばにいつもいてくれたら、俺、いっつもパワフルでいられるのにって、そんなことも考えてたし」

「パワフル?」

「うん。桃子ちゃん、俺のパワーの源だから」

「それ、一緒だ」

「俺が桃子ちゃんの力の源?」

「うん」


「だよね。やっぱり、早くに結婚して正解。あ、それで思い出した。今日ね、検査行って結果が出たら、うちの両親が、挨拶に行くって。そんで、結婚のことをちゃんと、話し合いましょうってさ」

「え?話し合う?」

「あ、話し合うって言ってもさ、学校をやめるかどうかも決まらないと、なんとも言えないんだけどさ。たとえば、退学にならないとすると、うちから高校通うの大変じゃん?だから、卒業までは、桃子ちゃんの家に桃子ちゃんは住んで、ここから通うとか」


「聖君は?」

「俺?俺は、店の手伝いがあるから、今の家にいるかな」

 が~~~~ん。ショックだ。それって、卒業するまで、一緒に住めないってこと?

「でも、車なら、そんなに時間もかからないし、ここから大学も車なら、通えないこともないし、俺が桃子ちゃんの家に住むとか」


「え?え?そんなこともできるの?」

「うん。できるよ?あ、ただ、桃子ちゃんの家族が賛成してくれたらの話」

「それは絶対に賛成すると思う!」

 私は思い切り、力を入れて返事をした。

「あはは。やっぱ、そう思う?俺もそう思う」

 聖君はにっこりと笑ってそう言った。


「ひまわりなんて、それ聞いたら絶叫するかも」

「杏樹はがっかりするだろうな。でも、あいつも今年受験生だし、勉強に専念するためにはいいことかな」

「卒業したら、聖君の家に住めるの?私」

「うん。それでもいいし、赤ちゃん生まれてからでもいいし、それはどっちでも」

「どっちでも?」

「母さんが言ってたけど、赤ちゃん生まれてから一か月ぐらいは大変だから、実家にいたほうが、桃子ちゃんの気持ちが楽なようなら、それでもいいって」

「…そうだね。どっちがいいのかな。私にもまだ、ぴんとこない」


「聖君、桃子、お待たせ」

 ちょうどそのとき、母が客間から、リビングにやってきてそう言った。

「ごめんね。聖君、待たせちゃって。ちょっと今、お客さんから電話があって、次の予約のこととか、いろいろと打ち合わせしてたら、遅くなっちゃった。さ、行きましょうか」

「はい」


 聖君はジーンズのポッケから、車のキーを出し、玄関に向かった。

「お店のバイトは?今日は平気なの?」

 母が聞くと、

「はい。大学のサークル仲間が、今日は手伝いに来てくれてるから、大丈夫です」

と聖君は、にこりと答えた。


「まあ、そんな仲間がいてくれるの?聖君の交友関係はすごいのね」

「え?ああ、まあ。でも、どうも、もともと、カフェが好きみたいで、それで手伝いに来てくれるようで」

「男の人でカフェが好きなの?」

「女性です」


「え?そうなの?」

「はい。サークルの副部長さんで、料理もけっこうできるんですよ。母もキッチンを手伝ってもらえるって、喜んでます」

「綺麗な人?」

「は?」

 母にそんなことを聞かれ、聖君は車のドアを開けようとして動きが止まった。


「いえ、別に気になってるわけじゃないんだけど、ひまわりが、聖君は硬派で女の子と話もしないって言ってたから」

「ああ」

 聖君はぼりって頭を掻くと、

「そうですね。そんなに話すほうじゃないんですけど、でも、サークルのこととか、話すこともあるかな」

と、考え考え、答えていた。


 車に私たちは乗り込んだ。私は、助手席に乗った。

 聖君が車を発進させると、まだ、母はさっきの話をしつこく聞きだした。

「その副部長さんって、もしかしたら、聖君が好きで手伝いに来てたりしてない?」

「はあ?」

 聖君がバックミラー越しに、目を点にしながら、母を見た。


「カフェが好きなんじゃなくて、聖君のことを、とか」

「ああ、ないです。それ」

「あら、わからないじゃない」

「副部長さんは、部長さんの彼女だから」

「え?そうなの?」

 私はびっくりして、思わず聞いてしまった。


「知らなかった?」

 聖君が私に聞いてきた。

「知らなかったよ」

「そう?でも、仲良かったでしょ?」

「え?そ、そうかな。気づかなかった」

 なにしろ、私は麦さんのことばかりを気にしてたしな~。


「そう。良かったわね、桃子、安心ね」

 母が後部座席から、そう言った。

「え?私の心配してた?」

「そりゃそうよ。聖君、もてるから、桃子のライバルはたっくさんいるんでしょう?大変よね」

「……」

 聖君が横で、苦笑していた。でも、何も言わなかった。


「あ、あそこに看板が出てる。あの産婦人科でいいんですよね?」

 聖君はそう言うと、ウインカーを出し、そしてすうっとその産婦人科の前に車を停めた。

「裏に駐車場あるみたいですね。ここで降りてもらってもいいですか?俺、車停めてから、行きます」

「わかったわ。聖君ありがとうね。じゃ、桃子、先に入りましょう」

「う、うん」

 わあ。いきなり、緊張してきた。今までずっと聖君と話をしていたせいか、全然緊張もしなかったのに。


 ドアを開けると、いきなり待合室があり、何人かの妊婦さんが座っていた。お腹の大きい人もいれば、まだ目立たないくらいの人もいる。それから小さな子供を連れた人も。その子供に絵本を読んであげている。


 ドキドキ。私みたいな若い子はさすがにいないな。

 そんなことを思いながら、その妊婦さんの前を通り、受付に母と行った。

「すみません、初診なんですが」

 母はそう言うと、保険証を出した。

「はい、ではこちらの用紙に記入して、出してください」

 受付の人に言われ、私と母は空いている席に座った。


 ちょうど二人分しか、席は空いていなかった。あ、聖君の座る場所がないなって思っていたら、一人の妊婦さんが呼ばれて、診察室に入っていった。


 今の人、お腹ぱんぱんだった。もうすぐ生まれるんだろうか。私も、あんなにお腹ぱんぱんになっちゃうのかな。

 あ、なんか、クラクラしてきた。それに、ちょっと気持ち悪い。用紙には、母が全部書き込んでくれて、それを受付に出しに行って、母はまた隣に座った。


 ガチャ…。病院のドアが開き、聖君がそっと顔を出した。そしてすぐに私を見つけ、私のそばにやってきた。

「聖君、ここ座って」

 母はそう言うと、私の横を立って、向かいの空いてる椅子に腰掛けた。


 聖君は、そうっと椅子に座ると、すごく小さな声で、

「気分はどう?」

と聞いてきた。

「うん、ちょっと気持ち悪い」

「よりかかっててもいいからね?」

「うん」


 優しい!!!思わず、周りの妊婦さんに、私の彼はこんなに優しいんです~~と、叫びたい衝動にかられた。

 ん?彼?いや、もうすぐ「私の夫は」って言うんだな。

 わ~~~。きゃ~~~~。夫って響き、すんごいドキドキする~~~!!!

 じゃ、私は、妻?!!!


「大丈夫?桃子ちゃん、顔が赤くなってるけど」

「え?」

「暑いの?」

「ち、違う」

 私は両手で、思わず、顔をあおいだ。


 それにしても、さっきから妊婦さんたちが、聖君のことをちらちらと見ている。気になっているんだろうな。そりゃそうか。こんなにかっこいい若い子が、産婦人科にいるのは、どう考えても不思議…。あ、かっこいいは関係ないか。

 

 それから、10分過ぎただろうか。聖君は、ずっと黙って私の隣に座っていた。どこを見るわけでもなく、床の一点を見つめている。かなり緊張しているようだ。それは私もだった。

 母をちらりと見ると、余裕で椅子の横にあったラックから雑誌を取り、読んでいる。


「椎野桃子さん」

と私の名前を、診察室から出てきた看護師さんに呼ばれた。

「はい」

と返事をして、立とうとすると、

「これにお小水、入れてきて、トイレの中の小窓のところに出してください」

と、紙コップを渡された。


「はい」

 私はそれを持って、聖君の顔も見ず、さっさとトイレに行った。

 なんだか、聖君にはそういう会話、聞かれたくなかったな。

 いや、でも、これから赤ちゃんを産むまでは、いろんな検査もあるし、もしかしたら、聖君はまた、こうやってついてきてくれるかもしれないんだし。こういうことにも慣れてもわらないとならないんだ。


 それだけじゃない。もしかして、立会いとかしたら。立会い…。

 クラ!考えただけでも、恥ずかしくてクラクラする。よく、旦那さんに立ち会ってもらって産む人いるみたいだけど、恥ずかしくないんだろうか。

 あれ?それにしても、診察ってどうやって診察するの?診察って…。診察って?


 私はトイレから出て、また椅子に座った。聖君の方はまったく見なかった。聖君はちらりと私を見たけど、また床の一点を見て、黙っていた。

「椎野さん」

 診察室から、看護師さんが現れ、

「こちらにどうぞ」

と呼ばれた。


「い、行ってくるね」

 私が聖君にそう言うと、聖君は、

「一人で大丈夫?」

と聞いてきた。


「桃子、お母さんも行くわよ」

 母が席を立ち、私の横に来た。

「聖君は、待っててくれる?」

「え?はい」

 聖君はそう言うと、私を見て、なにやら力強く、うなづいていた。きっと、大丈夫だよ、と伝えたかったんだろうな。


 母と診察室に入った。

「椎野桃子さんですね?どうぞ、こちらの診察台にあがってください」

 私だけ、カーテンの中に入った。

「スカートはいいんだけど、下着は取ってね」

 看護師さんにそう言われた。

 やっぱり、やっぱり、診察って、そうだよね。そこを調べるんだもんね。


 診察台にあがった。先生の顔は小さなカーテンがあり、見えなかった。でも、看護師さんに指示を出してる声でわかった。男の先生だ!うわ~~!!

 今すぐに、診察台からおりたい。


 診察が終わり、

「用意ができたら、こちらに来てくださいね」

と、カーテンの外から看護師さんが声をかけてきた。

「はい」

 ものすごく小さな声で答えた。


 ああ、なんだかクラクラするよ~~。聖君~~。

 そんなことを心で叫びながら、カーテンの外に出た。母はもう、先生の前に座っていた。

「椎野桃子さん、どうぞ、これから先生からの説明があるので、ここにお座りください」

 母の横においてある椅子に座って、先生の方を見た。


「ええっと、結論から言いますと…」

 先生がカルテを見てから顔を上げた。

 げ!!!!わ、若い先生だ~~~!!きゃ~~~。

「今、妊娠2ヶ月ですね。妊娠検査薬でも、陽性の反応が出たんですよね?」

「……」

 私が黙っていると、母が代わりに、

「はい」

と答えた。私は若い男の先生で、ものすごいショックを受けていた。


 聖君以外の男性に、ああ~~~~。どっぷりと落ち込んでしまっている。でも、妊娠したら、赤ちゃんができたら、こんなこともちゃんと受け止めていかないとならないんだ。

 でも、やっぱりショックだ。それに、こんな若い男の先生だって知ったら、聖君、どうするかな…。


「今、17歳。高校3年生?」

「はい」

 私はがっくりと落ち込んでいて、うつむいていた。先生の質問には母が答えていた。

「そうですか」

 先生は黙り込んだ。


「えっと。お母様ですよね?」

「え?はい」

 母は、自分に話しかけられ、ちょっと驚いたようだった。

「あの、聞きにくいことですが、赤ちゃんのお父さんというのは、その…」

「え?」

 母が聞き返した。


「誰かはわかっているんでしょうか?」

「は?ええ、それは、もう…」

「あ、そうですか」

 先生は、ほっとため息をもらした。

「2ヶ月で、今、赤ちゃんは元気なんですね?」

 母が先生に聞いた。


「え?はい。とはいえ、まだ不安定な時期ですが」

「娘が、どうやら、つわりがあるみたいで、大丈夫ですかね?それにこの子、貧血とか、低血圧なので、そのへんが心配で」

「え?そうですね。これから、血圧など、定期的に調べていきますし、毎回検査をするので、大丈夫だと思いますよ」

 先生はそう言ってから私に向かって、

「つわりは、かなりきついですか?」

と聞いてきた。


「はい。匂いをかぐと、気持ちが悪くて」

「食べ物の?」

「はい」

「そうですか。まあ、4ヶ月ごろにはおさまると思いますが、あまりにもひどいと、入院する場合もありますね。妊娠悪阻といって」

「知ってます。私もこの子を妊娠してたときは、妊娠悪阻一歩手前でしたから」


「え?そうだったの?」

 母にそう聞くと、

「そうよ。水の匂いも気持ち悪くなって、トイレも顔洗うのもつらかったわよ」

と私に母がそう言った。

「そ、そうだったんだ」

 なんだか、私のせいのような気がして、申し訳なくなってしまった。


「あの…」

 突然、先生が話かけてきた。

「はい?」

 母が聞き返すと、

「ということは、赤ちゃんは産むっていうことで、いいんですよね?」

と、先生がはっきりとした口調で確認してきた。


「はい、もちろんです」

 母がそう答えた。

「そうですか。それは、娘さんも同じ気持ちでいるんですよね?」

 今度は私に確認してきた。

「はい」

 私はまだ、先生の顔が見れず、違うところを見ながらうなづいた。


「先ほどから、娘さんは、なんだかショックを受けてるというか、暗い表情ですが、お母様とはちゃんと話をされたんですか?」

「え?」

 私が思わず、聞き返すと、

「そうよ、桃子。なんだか暗いけど、具合が悪くなったの?大丈夫なの?トイレ行く?」

と母が横から聞いてきた。


「ああ、つわりでですか?」

 先生も聞いてきた。

「いえ、あの。大丈夫です。ちょっとクラクラしてて、軽いめまいはありますけど」

「めまい?貧血ですか?大丈夫ですか?立ち上がるときとか、気をつけたほうがいいですよ。なにしろ、お腹には赤ちゃんがいますし、倒れたりしたら大変です」


「そ、そうよね!本当だわ。桃子、ちょっと待ってて、聖君も、呼んでくるから」

 母はそう言うと、慌てて診察室を出て行った。

「え?え?」

 待って!聖君をここに呼ぶの?そうしたら、若い男の先生だって、ばれちゃう~~~。


 診察室のドアをノックすると同時くらいにすぐにドアを開け、母が入ってきて、その後ろから聖君も入ってきた。

「桃子ちゃん、大丈夫?クラクラするって聞いたけど」

 聖君がものすごく心配そうな顔で聞いてきた。


「あの?どなたですか?」

 先生が聖君と母に向かって聞いた。部外者は困るって感じの表情だが、

「もしかして、赤ちゃんのお父さん?」

とすぐに、ぴんときたのか、聞いてきた。


「はい。そうです」

 聖君は私の横にぴたりとついて、そう答えた。

「あ、そうなんですか」

 先生はちょっとまたため息をついた。どうやら、ほっとしているようだ。


「ええっと。どこまで話しましたっけ?とにかくですね、もしもっと具合が悪くなるようでしたら、言ってください。それから、今2ヶ月で、予定日ですけれども…」

 先生がそんなことを言いながら、ペンを走らせていると、

「この先生が診察したの?」

と聖君が小声で、私に聞いてきた。


 うわ。うわわわ。私は、小さく聖君の顔を見ないで、うなづいた。すると、聖君は、すごく小さな声で、「うそ」とつぶやいた。


 先生は予定日や、この次は、いつ来てくださいとか、注意事項を言ってくれて、あとは外で看護師からいろいろと説明を受けてくださいと言った。

「ありがとうございました」

と母と私は同時に頭を下げた。すると、先生は、すごく柔らかい口調で、

「おめでとうございます。今が大事な時期なので、無理なさらないよう、気をつけてください」

と言ってくれた。


 聖君もぺこりとお辞儀をして、私の背中を支え、一緒に診察室を出た。すると中から、看護師さんの、

「若いかっこいいお父さんですね~~。イケメンだったな~~!」

と言う、高い声が聞こえた。


 待合室のソファーにまた座ると、聖君はすごく機嫌の悪い表情をしていた。あ、絶対に若い男の先生だからだ。

「そっか。男の先生もいるのか」

 聖君はぼそって言った。

「それもあんなに若い」

 そう言うと、聖君はしばらく、下を向いてしまった。


「桃子ちゃん」

「え?」

 下を向いたまま、すごく小さな声で、聖君は、

「他の病院にかえない?女の先生しかいないところ」

とぼそってそう言った。

「で、でも」

「うそ、冗談です。でも、でもな~~~~」


 聖君はそのまま、頭を抱えてしまった。その気持ちかわるよ。それに私も男の先生嫌だよ。そう思いながらも、聖君の横で私も、もんもんとするばかりだった。

 向かいの席に座っている母の方を見ると、じっと私たちのことを見て、ちょっと顔をしかめていた。





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