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第118話 子供の名前

 聖君が布団を持って、部屋に来た。そしてベッドの横に、るんるんしながら敷いていた。

「お父さんとお母さん、まだお酒飲んでるんだよね?」

「うん。なんかすごい上機嫌」

「ふ、不思議だ」

「なんで?」


「あまり二人でお酒を飲むことないから」

「そうなの?」

「お父さん、忙しくていないことも多いし、いても一人でお酒飲んでるよ」

「そうなんだ」


 聖君は、私の横に座るとドライヤーを片手に、私の髪を鼻歌まじりで乾かしだした。

「ねえ、聖君ってすごいよね」

 私がいきなりそう言うと、聖君はドライヤーをいったん止め、

「なんで?」

と顔を覗き込み聞いてきた。


「だって、うちの家族がみんな、聖君がいると仲良くなっちゃって、上機嫌になっちゃうから」

「あはは。俺がいるとじゃないんじゃないの?」

「え?」

「桃子ちゃんが幸せになることだから、二人とも嬉しいんだよ、きっと」

「……」

 そんなふうに思う聖君は、やっぱりすごいと思うよ。心の中で私は言っていた。


 聖君はまた、ドライヤーのスイッチを入れた。

「熱かったら言ってね?」

「うん」

 私の髪を触る聖君の手が、すごく優しい。


「桃子ちゃん」

「え?」

「これからもさ、お腹に赤ちゃんいると、大変になることあると思うけど、遠慮なく、こうしてああしてって、俺に言ってね」

「うん」


「あ、俺だけじゃなく、俺の家族にもどんどん言っていいから」

「うん」

 優しい。なんでこんなに優しいんだろう。じわ…。涙が出そうになった。でも聖君は、私の顔を見ていなかったから、泣きそうなのは気がついていなかった。気づいたらきっと、泣くの我慢してる?って聞いてきて、笑うんだろうな。


「ねえ、桃子ちゃん」

 髪が乾き、聖君はドライヤーを止め、今度はブラシで髪をとかしながら、話しかけてきた。

「赤ちゃんの名前、どうしようか」

「え?!」

 あまりにも、突然そんなことを言うから、びっくりしてしまった。


「聖君、気が早い」

「え?そう?でもさ、今から考えてもいいと思わない?」

「うん、そうだけど」

「何がいいかな。春生まれだよね。男の子だったら…」


 聖君は手を止めて、宙を見つめながら考え込んだ。口元はさっきから、ずっとにやけている。

「考えられないや」

 聖君はぼそって、そう言って、また髪をとかし始めた。

 ああ、その手も優しい。とろけちゃいそうだ。


「桃子ちゃんは、何かいい名前浮かんだ?」

「え?」

 ドキ!今、とろけそうになっていて、何も考えてなかった。

「そう、そうだな。春にこだわらなくても、聖君が好きな海に関する名前でもいいと思うし」

 今、とっさに浮かんだことを言ってみた。


「ああ、なるほどね、そうだよね。さすが、桃子ちゃん」

 う、今とっさに浮かんだことを、言っただけなのに…。

「海か~。女の子なら、マリンってのどう?アクアなんてのもあるけど」

「うん。でもなんだか外国人の名前みたいだよね」


「う、そうか~~。じゃあね~、そうだな~」

 聖君は、ブラシを置くと、私の横にぴったりと座り、私の腰に手を回し、もう片方の手をあごにあて、考え込んだ。

 腰にある手が、気になってしまい、私は集中して考えられなくなっていた。


「ねえ、榎本って苗字ってさ、どんな名前にもあうよね。そう思わない?」

と、突然聖君が言い出した。

「榎本マリン。榎本アクア」

「いいじゃん、いいじゃん。もう海外で活躍するって決めて、そういう名前つけちゃおうか」

「ええ?」

 面白いな~、聖君の発想。


 聖君は、腰に回していた手をそのまま、すべらせて、私の手をにぎってきた。そしてその手を私のお腹に当てた。

「聞いてるかな、今、お腹の中でさ」

「え?」

「あ、まだ耳もできてないか」

「うん」


「でもきっと、なんとなくパパとママが自分の名前を考えてるってわかるんじゃない?」

「そうかもね」

 聖君はそのまま、私の手を握っている。すごく接近しちゃってるから、ドキドキしてるけど、でも、やっぱり安心する。


「凪ってどうかな」

「凪?」

「榎本凪。合うかな?」

「うん、悪くないと思うけど。女の子の名前?」

「ううん、男でも女でも、どっちでもいいと思わない?」


「うん、そうだね。その名前は今思いついたの?」

「うん、そう」

「女の子なら凪ちゃんか~~。可愛いね。男の子なら、凪君。かっこいいかも。でも凪ってどう意味があるの?」

「風がやんで、波がね、穏やかになってる状態のことを言うんだ」

「へえ。穏やかで、波風がない状態なんだね、すごくいいかも」

「でしょ?」

 聖君は自慢げにそう言った。


「あ、なんだ。もう決まっちゃったね。お腹の赤ちゃん、凪ちゃんだからね?」

 聖君はそう私のお腹に向かって言った。

「大きくなってきたら、動いたりするんだよね」

「うん、そういうの聞いたことある」

「すげえ、楽しみだね」

「うん」


 聖君の顔を見ると、目を細めて笑っている。

「聖君って、子供好きなの?」

「え?」

「赤ちゃんとか…」

「うん、だってすげえ、可愛いじゃん」

「そうだよね」

 聖君、本当に嬉しそうだ。


「もう寝る?桃子ちゃん。今日具合悪いのに、江ノ島まで来て疲れたでしょ?」

「うん。実は眠くなってたところなの」

「じゃ、電気消すね」

 聖君はそう言うと、電気を消して、敷いた布団の上に寝転がった。


「着替えは?お母さんに言えば、お父さんのパジャマ貸してくれるかも」

「いいよ、いっつも家でもTシャツとパンツで寝てるし」

「え?」

 聖君はそう言うと、もそもそとジーンズを脱ぎだして、ぽいってそのへんに投げた。

 これ、いつもしてるのかな~~。なんだか、可愛いな~~。


 エアコンをタイマーにして、

「おやすみなさい、聖君」

と言うと、聖君は、

「うん、おやすみ、桃子ちゃん」

ともそって、上半身を起こし、私にキスをして、また布団に寝転がった。


 そしてタオルケットをお腹にかけると、黙り込んだ。

 し~~んとする中、時計の音だけが響いていた。なんだか目が冴えてきて、眠れない。

「桃子ちゃん、まだ起きてる?」

「うん」

「桃子ちゃん、そのイルカ」

「え?ぬいぐるみの?」


「それって、抱き枕にしてる?」

「ううん、横に置いてるだけ」

「じゃ、貸してもらってもいい?」

「うん」

 私は聖君に、イルカを渡した。すると聖君はそれを、ぎゅって抱きしめ、

「あ、これで眠れそう」

とにこりと笑った。


「可愛い、聖君」

 あ、いけない。声に出てた。

「可愛い?俺?」

「う、うん。ごめん、あまり可愛いって言われても、嬉しくないか」

「う~~~ん。そんなことない、桃子ちゃんから言われるなら、嬉しいかも」


 え?そうなの?

「おやすみ。桃子ちゃん」

「うん、おやすみなさい」

 私は聖君の方に顔を向け、聖君のことを見ていた。聖君はイルカを抱きしめ、目をつむっていた。

 やっぱり、思い切り可愛い。


 そのうちに聖君から寝息が聞こえた。そうなんだよね、たいてい聖君の方が寝つきがいいよね。そして朝も起きるのは、聖君の方が早い。ほんと、健康的だよね。

 そんなことを思いながら、聖君をずっと見ていた。

 不思議だな。ここにこうして、聖君が寝てるのがすごく不思議だ。


 私は上を向いて、天井を見た。横からは聖君の、すうすうっていう寝息が聞こえてくる。それはすごく正確な、一定のリズムだからなのか、聞いてると、私もどんどん夢の中へと、入り込んでいくそんな寝息だ。

 凪ちゃんか…。お腹に手を当て、さすりながら、そう心の中でつぶやき、そっと、

「凪ちゃん」

と小さな声で声をかけてみた。


 もちろん、反応することはない。でも、お腹がほっこりとあったかくなったような気がした。

 そして私は、隣にいる聖君の寝息を聞きながら、ものすごい安心感の中、いつの間にか眠っていた。


 朝、カーテンの隙間から入ってくる光で目が覚めた。

「スウ…」

 寝息が聞こえて隣を見ると、気持ちよさそうに寝ている聖君がいた。

 わ。今日は聖君よりも早くに目が覚めた。


 イルカのぬいぐるみは、聖君の足元に転がっている。そして聖君は枕を抱きしめて、眠っている。

 可愛い!

 あ、でもパンツが丸見えだ。って当たり前か。なにしろTシャツとパンツで寝てるんだもん。

 いつもはパンツを見るのも悪いような、恥ずかしいような気がして、見ないようにしてるんだけど、どうどうとこんな風に寝られると、恥ずかしいっていう思いも吹っ飛ぶよね。


 あれれ?待てよ。一緒に暮らすようになったら、聖君のパンツを見るどころか、洗濯することにもなっちゃうんじゃないの?

 きゃ~~~~~。

 ああ、馬鹿だ。私。朝から何を考えて、真っ赤になっているのやら。今、聖君が起きていなくって良かったよ。


「ん?」

 聖君、起きた?

 聖君は、寝返りをうち、またすやすや寝てしまった。

 起こしたほうがいいのかな。


 時計を見ると、7時ちょっと過ぎ。まだいいかな、寝ててもらっても。こんなによく寝てると、起こすのも悪いよな。それにしても、背中を向けちゃったけど、後ろの髪がはねてて可愛い。まだ、寝姿を見ていたい気もする。


 トントン。2階にあがってくる足音がした。誰かな。

「桃子、聖君、起きてる?もう7時よ」

 母だ。

「う~~ん」

 聖君が、大きな伸びをした。

「……」

 目を開けてぼんやりしている。


「起きてるの?」

 母がまだドアの外から話しかけている。

「起きてるよ」

 私が答えると、

「着替えて顔洗ってね。おじいちゃんのところに、9時前には着きたいから」

と母が言った。

「わかった」

 私が答えると、母が階段を下りていく音がした。


「桃子ちゃん」

「おはよう。目、覚めた?」

 聖君がまだぼ~~っとした顔で、私を見てる。

「あ、桃子ちゃんの部屋か~~」

 まだ、ぼんやりしてる。もしかして寝ぼけてる?


「ピンクピンクしてるから、俺、どこにいるんだろうって、今一瞬、びっくりしちゃった」

 ああ、部屋の色か。カーテンもじゅうたんも、ピンクだからな~~。

「ふわ~~~、よく寝た」

 聖君は起き上がり、思い切り伸びをした。それから、おもむろにジーンズを履くと、

「顔洗ってくるね~~」

と部屋を出て行ってしまった。


 すごい。聖君って、目が覚めると、すぐに行動できちゃうんだな。

 私はほんの少しベッドで、のんびりとしてからでないと、動けない。ああ、低血圧だからかな。

 それから私も、服を着替えて、一階に下りていった。すると聖君は母と、なにやら楽しそうに話をしていた。


「桃子も顔洗ってきて。ご飯は?食べられる?」

「無理そう」

「じゃあ、サラダとフルーツは?」

「フルーツ、すっぱいの食べれるかも」

「グレープフルーツあるわよ」

「うん、じゃ、それ食べる」

 

 私はそう言うと、聖君と一緒にバスルームに向かった。

「やっぱりあれなんだ。妊娠してるとすっぱいものが食べたくなるんだ」

 聖君がそう言ってきた。

「ううん、すっぱいものが食べたいんじゃなくって、それしか食べれないって感じ」

「ああ、なるほどね」


 聖君は多分、昨日母に出してもらっただろう歯ブラシに、歯磨き粉をぐにって出して歯を磨きだした。

 鏡を見ながら、歯を磨いているけど、ちらりと私の方を見ると、

「顔、先に洗う?」

と聞いてきた。

「うん」

 私は石鹸を泡立てて、顔を洗った。聖君は私にタオルを渡してくれた。


 それから聖君も、口をゆすぐと、顔を洗い出した。けっこう豪快に洗っている。それから水がしたたり落ちてるまま、顔をあげると、少しぬれた前髪を手でかきあげた。

 あわわ。それだ。それがめちゃ、セクシーだ。その姿をぼけっと見てると、

「桃子ちゃん?」

とこっちを見て、聞いてきた。


「え?え?何?」

「またもしかして、俺に」

 私は聖君が先を言う前に、コクコクと思い切りうなづいた。

「見惚れてた?」

「うんうん」


「あ、その辺、思い切り自分でも認めちゃうわけね」

「もちろん」

 聖君はタオルで顔をごしごしって拭くと、

「あ~~、さっぱりした。飯食いに行こう」

と、さっさとバスルームを出て行ってしまった。


 はあ。と私はため息をついてから、歯を磨きだした。

 鏡を見ながら、ああ、なんて聖君はかっこいいんだろうって思っていた。でも、髪は飛び跳ねてた。そこがまた、可愛い…。

 ああ、やっぱり私は重症だ。


 ダイニングに行くと、ひまわりがすでに聖君の横に座っていた。あれ?いつの間に起きてた?

「聖君、髪、はねてるよ」

 そうひまわりが言うと、

「ああ、これ?毎朝こうだよ」

 聖君は寝癖なんて、まったく気にもとめないって感じで、そう答えた。


「ひまわり、いつもなら10時くらいまで寝てるのに、どうしたの?」

 私がそう聞きながら席に着くと、

「だって、聖君がいるのに寝てたらもったいないもん」

と嬉しそうに答えた。


「6時半には目が覚めて、顔洗って部屋でマンガ読んでた」

「6時半?そんなに早くに目、覚めたの?」

 私が驚くと、

「聖君も早くに起きるかと思ったんだもん」

とひまわりが言った。


「ああ、俺も家だとそんくらいかな、いつも」

「そうなの?」

「大学まで結構時間かかるし、高校の時よりも早起きしてるよ。たまにクロにも起こされるんだ。散歩に行きたい日は、ドアを勝手に開けて、思い切り顔なめられて起こされる」


「犬に?」

 ひまわりが、羨ましそうな顔をした。

「うん、でもここにも猫がいるじゃん、いいよね」

「猫~?いつもお母さんの部屋にいて、2階にも来ないし、一緒に寝たこともないよ」

「そうなんだ。じゃ、俺この前、一緒に寝れてラッキーじゃん」


「うん。そうだよ、あんなの珍しいことだよ」

 ひまわりがそう言うと、聖君は嬉しそうな顔をした。

「あ、だけど夜、けっこう重かった。足元に2匹とも寝てたんだけど、足動かせなかったし」

「そうなの?」

「うん」

 そう言いながらも、やっぱり聖君は嬉しそうだ。


「今は?しっぽと茶太郎、どうしてるの?」

 私に聖君が聞いてきた。

「多分、外に散歩かな。夏は涼しいうちに起きて、散歩するみたい」

「勝手に散歩に行ってくれるから、楽だね」

「うん」


 聖君は出てきたトーストに、

「いただきます」

と元気に言い、バターをぬってかじりついた。

 ひまわりも元気に食べだし、私はグレープフルーツを食べた。


「おじいちゃんの家、まだ行かないよね?」

 ひまわりが聖君に聞いた。

「うん、まだだと思う」

 聖君が答えると、

「じゃ、テレビゲームしよう」

とひまわりが誘った。


「え?ひまわり、いくらなんでも…」

 私はとめようとした。でも聖君は、にっこりとして、

「いいよ」

と答えて、ひまわりはやった~とガッツポーズを作っていた。


 朝食が済み、聖君は髪をとかしに行き、ばっちりいつものかっこいい聖君になって、戻ってくると、リビングのソファーに腰掛け、ひまわりとテレビゲームを始めた。

「桃子、気分はどう?」

 母がキッチンの片づけを終え、私に聞いてきた。


「うん、今は平気」

「じゃ、おじいちゃんのところに行けそうね」

「お父さんは?」

「まだ寝てるわよ。昨日かなり飲んでいたし」

「でも、仕事でしょ?」


「10時に出て行けばいいんですって。さ、お父さんのことはほっておいて、洗濯物でも干そうかしらね」

 母はそう言うと、いそいそとバスルームに向かった。

「手伝おうか?」

 後ろから声をかけたが、

「重いもの持つのもよくないし、あなたはゆっくりしていなさい」

と言われてしまった。


 仕方なく、ソファーに腰掛け、聖君とひまわりのしているゲームを見ていた。ひまわりは、ものすごく嬉しそうだし、聖君もたまにげらげらと声をあげ、笑っている。

 聖君は、今日も元気だな~~。

 そんなことを思いながら聖君を見ていると、視線を感じたのか私の方を見て、それからにっこりと最高の笑顔を向けてくれた。


 クラ!なんて可愛い笑顔なんだ。

 あの笑顔、もうどれくらい見てるかな。でもいまだに、くらくらしちゃうんだよな~。

 そんなことを思いながら、また私はぼ~~っと聖君に見惚れていた。






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