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第108話 ドライブ

 毎日、梅雨空が続き、雨の日も多くなった。聖君とまた、しばらく会えなくなっていたけど、少しお店も落ち着き始め、土曜日、ドライブに行くことになった。

 

 聖君が家の前まで車で来てくれて、それから二人でどこに行こうかって話をした。

 聖君とだったら、ただ車を走らせてるだけでも嬉しい、なんてぽつりと言うと、また聖君は、

「もう、桃子ちゃんってば」

と笑っていた。


「そうだ。雨だし、プラネタリウムってのはどう?」

「うん!行きたい」

 聖君の提案に賛成すると、聖君は車を走らせた。

 聖君は、音楽をかけた。時々それにあわせて鼻歌を歌う。ああ、今日もご機嫌なんだ。


「この前ね、いきなり桐太君が来たよ」

「ああ、桃子に会ったって言ってた」

「じゃ、あのあとお店に行ったの?」

「うん。しょっちゅう来てるから、あいつ」


「ふうん。なんか、朱実さんのこと気に入ってた」

「そうかもね、よく話してるし」

「そうなんだ」

「俺、この前さ」

「うん」


「傷つけるようなこと、言っちゃったかもしれない」

「誰に?」

「桐太」

「え?なんて言っちゃったの?」

「彼女作らないの?って」


「そうしたら、桐太、なんて?」

「なんか、俺のことちょっとにらんで」

「うん」

「黙ってた」

「……」


「傷つけたかな」

「う~ん、もしかするとすねたかもね」

「すねた?」

「うん」

「なんで?」

「だって、桐太君は、聖君のこと」


「そ、そうだけどさ」

 聖君は運転しながら、ちょっと戸惑っていた。

「だから、それには答えられないし、彼女作ったほうがあいつにもいいんじゃないかなって思ったんだよ」

 聖君は少し、あせった口調でそう言うと、

「やっぱ、それっておせっかいかな」

と、ちらりと私を見ながら言った。


「うん、そうかも」

 聖君は、私がうなづくと黙り込んでしまった。

 しばらく、黙ったまま運転してると、またぽつりと話し出した。

「そういう話、あいつとする?」

「え?そういうって?」

「たとえば、女の子の話をあいつがするとか」


「恋愛話?」

「そう」

「しないかな」

「じゃ、何話してるの?」

「聖君の話がほとんど」


「俺の?」

「多分、私の話を聞いてもらって、それに答えてくれてるか、じゃなきゃ、聖が今、こんなだよって教えてくれてるか」

「げ!俺のこと、あいつなんか言ってるの?」

「お店が忙しそうとか、そういうことだけ」


「ほんと?二人で悪口言ってたりしてない?」

「ないない!捻挫したときも、聖君に毎日迎えに来てもらってるって言ったら、よかったね、桃子って喜んでくれて、そんな感じ」

「は?何それ。なんか女友達の会話みたい」

「そう、そんな感じ」


「……。じゃ、本当に友達なんだ」

「うん!」

「……。じゃ、俺、妬いたりしなくていいんだ」

「え?」

「桐太に、ちょっとさ。桃子ちゃんと仲いいから、嫉妬したりしてたんだけど」

「え~~!菜摘や蘭と話すのと同じだから、嫉妬なんてしなくてもいいよ」

「そっか」

 聖君は、ちょっとほっとした顔になった。ずっともしかして、気にしてたのかな。


 プラネタリウムに着いて、車を駐車場に停めた。それから聖君が、

「傘、一本でいいね」

と自分の傘を持ち、私を入れてくれた。

「プラネタリウム、俺、初めてだな」

「え?そうなの?」

「桃子ちゃん、来たことある?」

「うん。小さい頃、お父さんに連れて来て貰ったよ」


「桃子ちゃん、なんだかんだ言ってもさ、けっこうお父さんといろんなところ行ってるじゃん」

「幼稚園とか、小学校低学年の頃までだよ。だんだんと、どこにも行ってくれなくなったから。動物園もよく行ってたけど、いきなりお父さん、仕事忙しくなっちゃったんだよね」

「部署が移動したとか?」

「課長になってからだって、お母さんが言ってた」


「ああ、昇進したからか~。でも、それはしょうがないよね」

「うん…。今ならそう思えるけど、子供の頃は、いきなり家にいる時間も減ったし、休日もいないこともあって、何かあったのかって心配しちゃった」

「何かって?」

「お母さんと離婚するかもとか、私が嫌われたのかも、とか」


「子供だから、そんなふうに思っちゃってもしょうがないよね」

「うん」

「だったら、せめて桃子ちゃんのことを愛してるよって、そう示してくれたら、不安にもならなかっただろうね」

「あ、それでか」


 私たちは、二人で並んで席に着き、まだまだ明るい会場で、話をしながら暗くなるのを待っていた。でも、いつの間にか、聖君は私の話に夢中になり、体を私の方に向け、話を聞いていた。

「それでって何?」

「私、言葉で言ってくれると安心するけど、そうじゃないとだんだん、不安になってきちゃうの」

「お父さんのこと?」


「…聖君のこと」

「え?俺?」

「うん」

「……」

 聖君はしばらく黙って私を見て、

「俺が桃子ちゃんのこと、嫌いになったんじゃないかとか、そういう不安?」

と聞いてきた。


「うん」

「それはありえないって言うか…。あ、そうか。でも、ちゃんと口で伝えたほうが、安心するんだね?」

「うん。あ、でもね、聖君、ちゃんと言ってくれるし、だから大丈夫だよ」

「俺、言ってる?伝わってる?」

「うん」

「ふうん」

 ふうん?今の「ふうん」は何?聖君の「ふうん」は納得いかないときに言うんだよね。何か納得いかないことでもあるのかな。

 

 会場が暗くなり、場内アナウンスが流れた。天井一面に星が現れ、私も聖君も釘付けになった。

「すげえ」

 聖君の顔を見ると、目がきらきらしていた。

「すごいね、桃子ちゃん」

「うん、綺麗」


 しばらくは、ぽかんと口を開け、聖君は星を眺め、そのうちに、私の手を握ってきた。そして顔を近づけると、

「俺、まじでまじで、桃子ちゃんのこと、大事だから」

とぽつりとささやいた。


「え?」

 びっくりして聖君を見ると、私の方を見て、

「麦ちゃんのことも、気にしなくていいから」

とにっこりと微笑んだ。

 え?なんで麦さん?あ!もしかして桐太、何か言ったのかな。


 プラネタリウムの会場を出て、近くのファミレスに寄り、お昼ご飯を食べた。

「すごかったね、星」

 私が言うと、

「うん、綺麗だった」

と、聖君も目を細めてそう言った。


「さっき、どうしていきなり麦さんのことを言ったの?」

 やっぱり気になり、聞いてみると、

「ああ、桐太にこの前さ、桃子ちゃんが麦って子のこと気にしてたよって言われてさ」

「やっぱり桐太君から聞いたんだ」


「…そんな話をしたの?」

「桐太君から言い出したんだよ。あの麦って子は何?って」

「何って、なんだと思ってたの?あいつ」

「さあ、でも桐太君のほうが気にしてた。きっと私よりも気にしてたと思うけど」


「…そうなんだ。あ、でも思い当たると言えば、思い当たるかな」

「え?」

 何?思い当たるって、何?

「麦ちゃん、なんつうか」

「え?」

 何?


 私の顔を見て、聖君は一瞬黙り込み、

「すげ、興味津々じゃんか。桃子ちゃんも気になるくせに」

と意地悪そうな目つきで言った。

「そ、そりゃ、気になるよ」

と言うと、ふっと聖君は笑って、

「麦ちゃんが勝手に、話しかけてくるだけだから、まじで安心して」

とやわらかい口調でそう言った。


「でも今、思い当たるって」

「うん、だからさ、麦ちゃんがやたらと話しかけてくるんだよ。桐太と話してても割り込んできて、桐太、怒っていたから」

「麦さんに怒ったの?」

「うん、俺と聖が話してるんだから、割りこむなって」


「そうしたら麦さん、なんて?」

「一緒に楽しく話して、何が悪いのよって言い返してた」

「そ、そうなんだ」

「桐太、おされ気味って言うか、何も言い返せなくなってたけど」

 あの桐太が…。


「桃子ちゃんさ、夏休みのことなんだけど」

 聖君は、ご飯も食べ終わり、アイスコーヒーを飲み干すと、そう話し出した。

「うん」

「サークルで海、泊りがけで潜りに行く日程が決まったんだ」

「え?いつ?」


「7月の終わり」

「7月?」

「うん、だから多分、8月の花火大会は大丈夫だと思うよ」

「江ノ島の?」

「また海行ってから、夜は花火見ようね」

「うん」


 嬉しいな。でもそれと同時に、泊りがけで、麦さんと一緒にいるんだって思うと、胸がちくんと痛む。ああ、さっき気にしなくていいって言われたばかりなのにな。

「菜摘と葉一も誘おうな」

「うん」

「それから、伊豆にも父さんと潜りに行くと思うんだ」

「え?伊豆?」


「じいちゃんちに泊まってさ。杏樹や母さんも一緒に行くと思う」

「うん」

「桃子ちゃんも行く?」

「え?伊豆に?」

「うん、一緒においでよ。杏樹喜ぶよ。あ、なんだったらひまわりちゃんも」

「ひまわり、喜ぶ」

「うん。杏樹もめちゃ、喜ぶと思うよ」


 嬉しい。聖君と伊豆!他のみんなもいるけど、でも嬉しい。

「夏、待ち遠しいね」

「うん!」

 私が嬉しがってるのをわかったのか、聖君は目を細めて笑った。


 私って、一喜一憂してる。麦さんのことで不安になったり、また喜んだり。そのたびにきっと、顔にも出てるだろうな。そんな表情が。聖君は私の表情を読み取りながら、話をしてるような気がする。


「聖君」

「ん?」

「いつもありがとう」

「え?何が?」

「いつも優しいんだもん。きっといっぱい、気遣ってくれてるのかなって思って」

「俺が?」

「うん」


「自分じゃ、無意識だ。勝手にそうしてるだけだよ、きっと」

「そうなの?」

「うん。それに、桃子ちゃんだって、俺にいっぱい癒しをくれる。喜ぶ顔も、笑顔もさ」

「じゃ、私が沈んでたり、暗かったら?」

「ふ…」


 あれ?なんで笑ってるの?

「桃子ちゃん、だって、すぐに嬉しそうな顔に変わるんだもん」

「え?」

「さっきだってさ」

「……そんなに私、すぐに変わった?」


「うん、面白いくらい。嬉しい、幸せって顔を見たいから、俺、もしかして桃子ちゃんが喜ぶようなこと、言ってるのかも」

「え?」

「桃子ちゃんの笑顔や、幸せそうな顔見るの、好きなんだ、俺」

「……」


 それ、嬉しいな。

「あ、だからって無理することないからね」

「え?」

「無理に笑ったり、落ち込んでるのも隠して、嬉しそうに演技するのは無しだよ?」

「うん」


 そう言ってくれるから、いつもほっとする。

「聖君」

「うん?」

「大好きだからね?」

「俺も。あ、でも、こういうところでそういう会話は、めちゃ照れる。もう出ようか?」

「え?うん」

 ほんとだ。聖君、耳まで真っ赤だ。


 店から出て、手をつないで歩いた。それから車に乗りこみ、

「さて、今度はどこに行きたい?」

と聖君が聞いてきた。

「ただ、車を走らせてたら駄目?」

「いいよ。ベイブリッジでも渡る?」

「うん」


 聖君は車を発進させた。

 運転する聖君の横顔を見た。今日もめちゃかっこいい。なんだか急に嬉しくなり、私ははしゃぎだした。

 聖君も、あははって大きな声で笑いながら、軽快に運転している。


 雨が降っている中、ベイブリッジを渡った。ワイパーの動きも、フロントガラスに当たる雨の雫も、車内に流れるBGMの音にあわせてるかのように、軽快だ。

 不思議だな。聖君といるだけで、雨でもなんでも楽しくなる。

 この幸せがずっと続くといいな。そんなことを思いながら、私は運転している聖君をずっと見つめていた。


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