第107話 男友達
その週は、ずっと聖君は私のことを車で迎えに来てくれた。金曜は校門に、人だかりができるほど、集まってしまったが、蘭と菜摘がけちらしてくれた。
お店はまだまだ、女の子たちがやってきていて、連日列を作っているらしい。それも、女の子とは言えないくらいの年代の女性も、多くやってくるということだった。
週末はさらに、人が増えるかもっていうことで、手伝いに来れる人を呼んだらしいけど、しばらくは、予約制にでもするかって話も、聖君とお父さんがしたほど、大勢の人が来てしまったらしい。
翌週、私は松葉杖がなくても、歩けるほど回復をして、聖君にはお迎えはもういいよって断った。聖君はその分早めに家に帰り、店の手伝いをしたらしい。
キッチンに入っていても、
「バイトの男の子はいないんですか?」
と客に聞かれ、朱実ちゃんや、お母さんが、聖君を呼んでしまうので、聖君はキッチンとホールを行ったりきたりで、大変だったんだと嘆いていた。
これがいつまで続くんだろうか。聖君、大丈夫なのかな~。心配。
でも、お店に顔を出しに行くほど、足が回復をしてるわけではなく、私はメールで聖君とやりとりをするだけで、聖君を元気付けに行くことも、お店の手伝いをしに行くこともできずにいた。
>ごめんね。足が治っていたら、駆けつけたのに。
そうメールを送ると、
>朱実ちゃんも、多めにシフト入れてくれてるし、杏樹や、他にも手伝いに来てくれる人がいるから、ほんと、大丈夫だよ。
>ほんと?
>うん。サークルの人までが、手伝いに来てくれてるから。
>木暮さんとか?
>いやいや、男じゃなくって、女の人ね。男が来ても、図体ばかり大きくて、あまり役に立ちそうにないし。
え?女の人?
>副部長さんとか?
>うん。菊田さんも来てくれるし、麦ちゃんもこの前の土日、昼間からずっと手伝ってくれた。ランチをおごるくらいで、お給料を払うわけでもないのに、ほんと助かるよね。
えええ~!麦さんも?
う、なんか不安だ。いや、大丈夫、こんなことで、不安になったりしたら、また、聖君に呆れられちゃう。
次の週には、朝も母に車で送ってもらわなくても、全然大丈夫になるくらいまで、回復した。
駅で菜摘と待ち合わせをして、学校に行くようになり、またもや、穂高さんと鉢合わせをするはめになった。
「あ、桃子ちゃん、もう足治ったの?」
わ、話しかけてきた。菜摘は、私と穂高さんの間に入ってくれて、
「もう治ったから、大丈夫ですよ。心配しなくても」
と代わりに答えてくれた。
「そんなに警戒しないでくれないかな。別にどうこうしようなんて、もう思ってないんだからさ」
「じゃ、どういうつもりで、桃子に話しかけてくるんですか?先週まで、私一人だったときには、話しかけてこなかったじゃないですか?」
「どうしてって、そりゃ…」
穂高さんは黙り込んだ。
「友達だからかな」
そう穂高さんはしばらく、黙ったあと、ぽつりと言った。
「友達?」
菜摘が驚いて、聞き返した。
「うん。駄目かな?友達なら別に、話してもいいと思わない?君もいるでしょ?男の友達」
「いないですよ」
「え?あ、そうか。女子校だもんね。でも俺はいるよ、大学にも」
「じゃ、その人たちと仲良くしたらいいじゃないですか」
菜摘は同じ方向に歩いていく穂高さんに、ちょっときつめの感じで話をしていた。
「菜摘ちゃんだっけ?君、桃子ちゃんの何?」
「友達です」
「でも、なんか今はまるで、ボデイガードみたいだね」
「そうですよ、桃子のこと守ってるんです。兄貴からも頼まれてるし」
「ふうん、彼氏の代わりをしてるわけだ」
穂高さんは、意地悪そうにそう言った。
「でも、桃子ちゃんが誰かと仲良くなるのを、君が邪魔したり、間に入るのは、やりすぎだって、俺は思うけどね」
「え?」
菜摘の顔がひきつった。
「もっと、自由にさせてあげたら?誰と友達になるかは、本人が決めたらいいことだ」
それを聞き、ますます菜摘の顔が、ひきつった。
「私、男の人って苦手だし、友達にもあまり、なりたくないし」
私は、穂高さんにそう言った。
「え?苦手なの?でも彼氏いるよね」
「聖君は特別だから。だから、ごめんなさい」
私は早口でそう言うと、その場をさっさと離れ、別のドアから電車に乗った。
「桃子、よく言った」
菜摘が小声で、私に言った。
「なんか、頭にきちゃって」
「え?」
「いつ私、穂高さんと友達になったんだろうって思っちゃって。ずいぶんと勝手なこと言われちゃったから、頭にきた」
「そうか、桃子でも頭にくるのか」
「だって、菜摘のこともあんなふうに言うし」
「そうか、桃子は人のことになると、強くなるんだっけね。兄貴がそう言ってたっけ」
「うん」
学校に行く間も、なんだか釈然としなかった。そりゃ、私が誰と仲良くなろうが、私の勝手だし、私が決めることだ。でも、そういうことはちゃんと、私の意志でもう決めている。
たとえば、私はなんと言われようとも、いまだに桐太とは仲がいい。会うことは減ったけど、たまにメールでやりとりもしている。
店に行ったとき、聖君とこんな会話をしたとか、捻挫のこともメールした。聖君が車で来てくれてるってメールしたら、すげえよかったじゃんって、一緒に喜んでくれた。
桐太とは、友達でずっといると思うし、それは誰が決めるのでもなく、私が決めることだ。
そして、なんだかんだ言いながらも、菜摘も聖君も、そんな私の気持ちは無視したりしない。ちゃんと尊重してくれる。
なんだか、ますます腹がたってきた。何も知らないくせに~~って感じだ。
帰り、なんだか、蘭と菜摘と学食に寄るのが習慣づいてしまい、その日も3人でお茶をしてから帰った。
お茶を飲みながら、私は朝の出来事を蘭に話し、頭にきたってことも二人に話をした。
「そうだよね。兄貴のことだって勝手に、決めつけて、桃子ちゃんは遊ばれてるとか言っちゃってたしさ」
菜摘も、口を尖らせそう言った。
「桃子にも、変に親しげに話しかけるんだよね。なんなの、あれ」
「桃子がおとなしいだけの子に見えるんだよ、きっと」
蘭がそう言った。
「え?」
「自分の思い通りになりそうに見えるんじゃないの」
「なんでそう思うの?」
菜摘が聞いた。
「彼のお姉さん、大人しくって、つい彼の言うこときいちゃうような、そんな人なんだよね。それで、なんでも言うとおりになるって、前の彼氏に思われてたらしくって、そういうところが嫌になって別れたらしいんだ」
「桃子みたいな感じなの?」
また菜摘が聞いた。
「うん、なんとなく似てるかな。自分の意見や、言いたいことがなかなか言えなくて、蘭ちゃんが羨ましいって言われたことがあるんだよね」
「ふうん」
「でもさ、そんな自分の思い通りにしたいだけの男なんて、別れて正解だと思わない?」
蘭はちょっと興奮して、そう言った。
「彼も言ってた。姉貴は別れてよかったって。見てて、彼氏のいいように扱われ、振り回されてたから、さっさと別れたらいいのにって思ってたし、助言もしてたみたい」
「蘭の彼は違うんだ」
「そりゃそうだよ。もしそんな男なら、私と付き合ってないって」
蘭がそう言って、笑った。
「兄貴は、桃子のことそんなふうには、思ってないよねえ」
「うん」
私はうなづいた。
「それに聖君はいつも、私が何を思ってるか、本音を聞いてくれるから」
「兄貴が?」
「うん。本音言うまで、しつこく聞いてくるくらいだから」
「へ~。そうなんだ」
蘭がちょっと驚いていた。
「聖君、何か押し付けたりしたこともないし」
「なんだか、そのままの桃子が好きって、そんな感じだもんね」
菜摘に言われた。
「うん」
私はうなづいた。
「あ」
「え?」
私が、思い出して、つい声に出したら、二人とも、聞き返してきた。
「でも、私が高校卒業したら、こうしてねって、この前、言われたんだっけ」
「何?何をしてねって言ったの?兄貴」
「れいんどろっぷすに来てね、うちに来てねって」
「え?一緒に住むってこと?」
「うん、もう俺、決めたって断言までしてた」
「ひゃ~~~。プロポーズ?」
蘭が驚いた。
「違う!結婚してってわけじゃなくって、ただ」
「うん」
「あれ?」
「え?」
私が首をかしげたら、二人がまた聞き返してきた。
「あれれ?まさか結婚して、一緒に住もうって言ったんじゃないとは思うんだけど」
私がそんなことを言うと、二人して、目を丸くして驚いた。
「何それ!もしかしたら、兄貴、プロポーズのつもりだったらどうするのよ、桃子」
「え?」
「なんて答えたの?そのとき」
「私も、一緒にいたいって」
「うわ!うわわわ!」
蘭が大きな口をあけて、驚いたあとに、
「それはもう、プロポーズだって」
と、目を輝かせた。
「……」
私は目が点になっていた。それからそのときの会話を、必死に思い出そうとしたけど、頭は真っ白になり、働こうとしない。
「ま、兄貴は前から桃子と結婚する気満々だったし、今さらプロポーズしたってわけでもないかもしれないからさ」
菜摘はそう言うと、私の肩をぽんぽんとたたいた。
私が真っ白になって、放心状態なのを察して、そう言ってくれたようだ。蘭だけは、
「ひゃ~~、すごい。ひゃ~~、もう結婚の話、しちゃうんだ。わ~~~」
と一人で、さわいでいた。
蘭と菜摘と、一緒に駅まで帰った。そして別れた後、一人で家まで歩いていると、後ろから肩をぽんとたたかれた。
まさか、また穂高さん?と思いながら、振り向くと、桐太だった。
「あれ?どうしたの~~?」
「今日は店の定休日。で、家に帰ったんだけど、ひさびさ桃子に会いたくなってさ」
とにっこりと笑い、横に並び歩き出した。
「制服で、寄れないんだよね?」
「うん」
「じゃ、着替えてからどこか行くか、桃子の家に寄らせてもらうか」
「うち、いいよ。お母さんいるだろうけど」
「お母さん、俺のこと嫌がる?」
「ううん、そんなことないよ、きっと」
そう言うと、桐太はほっとした。
「足、もう大丈夫なのか?」
「うん、このとおり。まだ走ったり、運動は無理だけどね」
「聖、毎日車で迎えに行ってたんだよな、えらいよな」
「うん」
「店も忙しかっただろうにさ、あ、そういえば、何?あの女」
「え?誰?」
「麦とか、粟とかいう名前の」
「麦さん?」
「あ、麦であってた?」
「お店に手伝いに来てくれてるって、聖君言ってたけど、何かあった?」
「そこの公園のベンチに座んない?やっぱ、お母さんがいるところで、話ずらいや」
「え?うん」
公園のベンチに二人で座った。今にも雨が降り出しそうだったけど、どうにか持ちこたえそうな天気だ。
「土曜の夜、店閉めてから急いで、ご飯食いに行ったんだよ」
「れいんどろっぷすに?」
「うん。閉まるちょっと前でさ、お客もまばらだったわけ」
「うん」
「それで、聖が俺のところに来て、注文聞いたりして、客も減ったし、横でご飯一緒に食べちゃえばって、お母さんが聖の分と、あの女の分も、カウンターに運んできて」
「うん」
「俺が聖に話しかけてるのに、横からやたらと首はつっこんでくるし、話を一気に変えるしさ」
「麦さんが?」
「聖も、ちょっと困ってた。でも、そういうのも気がついてなかったみたい」
「そうなんだ」
「だけど、店を手伝いに来てくれてるからか、聖もさ、いつもみたいな、つっけんどんな言い方もしないし、そっけなくもしないしさ、見ててなんだか、腹がたってきたっていうか」
「誰に?聖君に?」
「両方だよ。あの女もそれをいいことに、聖にやたらとかまいに来てて、最後には駅まで送って~~なんて、甘えててさ」
え?そうなの?甘える女の子、嫌いなんじゃなかったっけ?
「あ~~~。うざかった。あの女」
あの女呼ばわりなんだな、桐太ってば。
「桃子も、腹が立たない?」
「うん、ちょっとね」
「朱実は知ってる?」
「うん、お店でバイトしてる人」
「あいつはさっぱりしてて、俺は気に入ってるんだ」
「へえ」
「聖には彼女がいるって知って、すっきりぱっきり、あきらめたらしいしさ。でもれいんどろっぷすにいるのは、店が気に入ってるからだって言ってたし、それは本当のことみたいだし」
「桐太君が気に入るの、めずらしくない?」
「俺?そうかな。ああいうさっぱりした男らしい女は、俺好きだよ。あ、桃子もだけど」
「私が?男らしい?」
「そりゃ、そうだろ、じゃなきゃ、俺のことグーで殴らないだろ?」
「う…」
それはもう、忘れたい過去だったりするんだけど。
「いつもはいじいじ暗いよ、私」
「そう?それ、自分で思ってるほどじゃないと思うよ。桃子、いさぎよいところあるじゃん、けっこう」
「私が?」
どこがだ?
「そのへんは、聖も気づいてるだろ?ただ、たまに自信をなくすところがあるからさ、その辺だよな」
「私のこと?」
「そう」
「うん、だよね。それは自分でも自覚してる」
「自覚してるんだ」
「うん。もっと自信を持たないとって、思ってはいるんだけど」
「ま、いっか。あんまり自分に自信持ちすぎて、勘違いする女より、ましだよ」
「それ、誰?」
「だから、麦とか粟とかいう女」
「麦さんだよ」
「どっちでもいいよ、米でも、ひえでもいいや」
「……」
「自信があるのは羨ましいよ」
「あの女のことが?」
「うん」
「でもさ、聖が選んだのは、桃子だろ?」
「え?うん」
「じゃ、いいんだよ、あんな穀物、羨ましがらなくても」
「穀物?」
「麦って穀物じゃなかったっけ?あ、だったら、桃子は果物か」
「……」
なんだ、そりゃあ、だったら桐太は、って、まあいいか。
「朱実さんみたいに、彼女がいてすっぱりあきらめる人と、麦さんみたいに、まったく気にせず、聖君のこと好きでいる人との差って何かな?」
「しつこいかどうかだろ?」
「もし私だったらね」
「うん」
「しつこそう。でも、そばにも寄れず、遠くからうじうじと見てると思う」
「片思いだったらだろ?そうじゃないんだから、どうどうとしていたら?」
「う、そうか」
「ま、そういうところが、聖に言わせると、可愛いところなのかもしれないけどさ」
「え?」
「聖と桃子の話になると、絶対にのろけになるんだ。それもあいつは自覚してない。のろけ話をしてるって、自覚がないからな」
「そうなの?」
のろけたりするの?聖君が?
「俺が桃子のことを認めてて、二人の味方だって言ったからかもしれないけどさ。ほんと、平気でのろけるよ、あいつ」
「そうなんだ。もっとシャイで、そんなことあまり人には言わないのかなって思ってた」
「ああ、シャイはシャイ。のろけてることに気がつくと、めちゃ照れてる。面白いよな、あれ」
「へ~~、そうなんだ」
「ああ、そうそう。言ったあとに頭を掻くしぐさ、あれ、照れてるんだろ?」
「そう、そうなの」
「よく、桃子の話を盛り上がってしたあとに、やってるよ。たまに、下向いて、にやけてるときもある」
「そう、よくにやけてて。え?桐太君の前でも、にやけるの?」
「下向いてね。隠してるつもりらしいけど、丸わかりだね」
「そうなんだ~~」
なんだか、笑ってしまった。
「あ、やべ、雨じゃない?今、ぽつりときたよ」
「傘、持ってるの?」
「持ってない、桃子は?」
「折りたたみ、あるけど」
「じゃ、それさして帰りなね。俺、このまま駅まで走っていくから」
「うちに来ないの?傘貸すよ」
「いいや。こっからなら、駅の方が近いし。引き止めて悪かったな」
「ううん、話せてよかったよ」
「じゃ、足が完全に治ったら、俺のバイト先にも顔出しに来いよな」
「うん、ありがとう、行くね」
「じゃあな!あんな穀物に負けるなよ」
「え?うん」
桐太はそう言ってから、走って駅のほうに行ってしまった。
負けるなよって言われても、どうしていいんだか…。
私は傘をさし、歩き出した。
麦さんは、やっぱりまだ、聖君が好きなんだよね。だから、接近してるんだよね。それも自信があるんだよね。
自信、どうしたら持てるかな。私は聖君の彼女なんです!って、思いっきり大きな声で叫べるくらいになりたいな。
とぼとぼと歩きながら、そんなことを考えていた。