第106話 二人の夢
聖君は布団をかけると、腕枕をしてくれた。聖君の腕の中は、本当にあったかい。ものすごく安心する。
「足、痛くなかった?大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「なんかさ…」
聖君は言いかけてから、どこかを見つめ、ちょっと黙り込んだ。そしてため息をつく。
「何?」
どうしたんだろう。ちょっと落ち込んでるみたいだけど。
「俺って、桃子ちゃんが怪我してるのに、求めちゃったりして、相当なスケベ野郎だなって思ってさ、今、ちょっとへこんでる」
「は?」
「ごめんね。まじで昨日、疲れちゃってさ、体がって言うより精神的にまいっちゃったんだ」
「うん」
「それで、桃子ちゃんのぬくもりがほしくなった」
「今は?癒された?」
「めちゃくちゃ。でも、そんなで桃子ちゃんのこと求めていいのかなって」
「いいのに」
「え?」
「全然いいのに。聖君が癒されるなら、私、嬉しいよ?」
「嬉しいの?」
「うん」
聖君は、ぎゅって私を抱きしめ、髪にキスをすると、
「俺ってわがままだよね。ほんと、桃子ちゃん、もっと俺に甘えていいのに、俺ばっかり甘えてる」
と、びっくりすることを言った。
「今、甘えてるのは私だよ?毎日迎えに来てもらってるし、聖君、忙しいのに」
「ううん、俺、桃子ちゃんに会えるだけで、パワーもらえるから。逆に毎日会えて、元気になれるよ。今日だってさ…」
聖君は、また黙り込み、私をぎゅうって抱きしめてくる。
「桃子ちゃんの匂いとか、ぬくもりとか、そういうの全部に、俺、癒されるんだ」
聖君は、抱きしめながら耳元でそう言った。
「同じだ。私も聖君の腕の中って、どうしてこんなに安らぐんだろうって、さっき思ってたの」
「…ほんと?」
「うん…」
「……。もしかしてさ」
「え?」
「もう一緒に住んじゃってもいいくらいかもね」
「え?!」
「なんだっけ?えっと、ああ、幹男」
「幹男君?」
いきなり幹男君の名前が出てきた。どうしてかな。
「同棲してるんだっけ?」
「うん」
「いいよな」
「え?」
「俺も、桃子ちゃんと暮らしたいな」
「え?」
突然、そんなことを言われ、頭が真っ白だ。
「来年、高校卒業しても、暮らせないよね?」
「う、うん」
「あ~~あ。沖縄行くって思ってたときにはさ、桃子ちゃんと暮らす気でいたし」
「……」
前にも聖君、そんなこと言ってたっけ。
「ずっといられたら、いいのにな」
「うん…」
聖君はまた、ぎゅって強く抱きしめてきた。
「まじで、桃子ちゃんがれいんどろっぷすにいたらいいのに」
「え?お店に?」
「そう。で、俺の奥さんなんだって言ったらさ、女の子たちも俺目当てで来ることもなくなって、うちの店のファンだけが残ってくれる」
「…ファン?」
「店の雰囲気や、母さんの作ったケーキや料理が好きで来るお客さん、けっこういるからさ」
「美味しいもんね」
「……」
聖君はまた、天井を見つめて、何かを考えてから、
「1年は料理の学校行くじゃん?」
と、私に言ってきた。
「うん」
「それさ、うちの店で働きながらってどう?」
「え?どういうこと?」
「たとえば、土日だけ、うちの店に出るとか、平日も夜、キッチンに入ってくれるとか」
「学校行きながら?」
「忙しくなるか。桃子ちゃんの時間がなくなっちゃうね」
「家が近かったら、絶対にそうしたい。あ、それともどこか、江ノ島のアパート借りようかな」
「え?だったら、うちに来たらいいじゃん。部屋なら、あるよ」
「聖君の家に?!」
「客間、結婚前は母さんが使ってた」
「そうなの?」
「今は畳になってるけど、前は違ってたんだ。また、洋間に変えたらいいし」
え~~?ちょっと待って。それ、私が望んでいたことで、どうして私が夢見ていたことを、聖君が知ってるの?
「あ、もしかして馬鹿なこと言ってるって、今思ってる?」
「私?」
「なんか、顔が呆けてた」
「違うよ。それ、私も夢見てたことだから、聖君、どうして私が夢見ていたことを知ってるのかなって、びっくりして」
「え?桃子ちゃんの夢?」
「うん。れいんどろっぷすで働けたらいいな~とか、一緒に暮らせたらいいな~~とか」
「そうなんだ。桃子ちゃんも思ってたんだ。なんだよ、じゃ、言ってくれたらよかったのに」
「だって、そんな夢、私の自分勝手な夢だし」
「なんで?桃子ちゃんってさ、俺とずっと一緒にいたいとか、思ってないの?」
「思ってるよ。だから、そういう夢もみていたし」
「じゃ、結婚は?」
「え?」
「結婚したいとか、思ってたりする?」
「……。う、うん」
「なんで間があるの?」
「ずうずうしいかなって思って」
「はあ?どうして?」
「どうしてって言われても…。欲張りな夢かなって」
「……」
あ、聖君の顔が呆れた。
「じゃ、その、ずうずうしいかなとか、欲張りかなとか、そういうのはどっかにおいといてさ。ただ、俺と結婚したいかどうかって言ったら、どう?」
「したい」
「まじで?」
「でででも、やっぱり恐れ多い?」
「なんで?」
「聖君、もてるし」
「それとどう関係あるの?」
「だって、聖君と結婚したり、一緒にいたいって思う人、いっぱいいるだろうし」
「だけど、俺が一緒にいたいって思ってるのは、桃子ちゃんだけだって言ったら?」
「嬉しい。でも」
「でも?」
「まだ、どっかで信じられないって言うか」
「なんで?!」
あ、聖君、怒り出した?
「私で、本当に、いいの?」
「絶対に、桃子ちゃんじゃなきゃ、嫌だって言ったら?」
「え?!」
絶対に私でないと?
「……」
「なんで、そこでまた、桃子ちゃん、黙るかな。じゃ、逆に聞くけど、本当に俺でいいの?」
「も、もちろん!」
「なんで、俺?」
「だって、聖君のことが大好きだし、聖君以外の人なんて、考えられないし」
「だから、一緒だってば。俺もそうだから」
「……」
聖君の胸に顔をうずめた。
「ん?」
「夢見てるみたいだなって思って」
「なんで?」
「だって」
「だって?」
「……」
涙が出てきた。
「あれ?泣いてる?」
「嬉し泣きだから」
「あはは。もう、どうして桃子ちゃんはこうも、可愛いわけ?」
「え?」
「やっぱり、俺決めた」
「何を?」
「高校卒業したら、うちに来てね」
「え?」
「毎日、一緒にいたいから」
「…うん。私も」
「ほんと?」
「うん。一緒にいたいよ」
聖君がまた、ぎゅって抱きしめて、
「やばい~~。俺、すげえ幸せ~~!!!」
とすごく嬉しそうにそう、叫んだ。
聖君はそのあと、ずっと機嫌がよかった。キッチンでご飯を作ってるときも、ずっと鼻歌を歌い、時々私のほうを見て、にっこりと笑う。
私はぼ~~っとそれを見ていた。なんだかもう、一緒に暮らしているような、そんな感覚になってしまい、思い切り幸せをかみしめていた。
夕飯ができ、食卓にそれを運んだ頃、チャイムがなり、ひまわりが帰ってきた。
聖君が玄関のドアを開けにいった。
「おかえり~~」
聖君が元気にドアを開けると、ひまわりは思い切り驚いたようだ。
「なんで、聖君?」
「お母さん、おばあちゃんの家に行ってるって。あ、どうも、こんばんは」
「こんばんは」
かんちゃんの声だ。ちょっとびっくりしてる感じだ。
「聖君、お姉ちゃんのこと迎えにいって、それからずっとうちにいたの?」
「うん。夕飯も作ったよ。あ、たくさん作ったから、君も食べてく?」
かんちゃんを誘ってるようだ。
「い、いえ。僕は帰ります」
「そう?」
「かんちゃん、送ってくれてありがとう」
ひまわりがそう言った。そしてドアを閉める音がした。
ひまわりは聖君のあとにくっついて、ダイニングに来ると、
「わ~~~!すごい。中華なんだね。美味しそう~~」
と叫んだ。
「ちょうど今、できたところ。今、ひまわりちゃんのご飯もよそうから、手、洗ってきたら?」
「うん!」
ひまわりはわくわくしながら、戻ってきた。そして、みんなで食卓につき、いただきますと言って、食べ始めた。
「美味しい~~。ね、お姉ちゃん」
「うん、美味しい。聖君、すごいよ。ほんと、なんでもできちゃう」
「はは。実は、中華好きだから、俺、家でもよく作るんだよね。炒めるだけだし、簡単じゃん?」
「簡単じゃないよ。味付けとか難しいのに」
「う~~ん、俺ってもしかして、料理のセンスある?」
「思い切りある!」
ひまわりが、そう言って、ばくばくと食べ、
「聖君、天才」
と褒めていた。
あ~~。ほんと、聖君、すごいな。
「美味しかった。ご馳走様」
「おかわりはいいの?」
「うん、もうお腹いっぱい」
ひまわりはそう言って、お茶を飲んだ。
「ご馳走様。本当に美味しかった」
「桃子ちゃん、めずらしくたくさん食べてたね」
「だって、美味しいんだもん」
「ははは。俺が作るとたくさん食べるの?毎日作りに来ようか?」
「それ、嬉しい」
ひまわりが喜んだ。
「私、そうしたら太っちゃうかも」
私がそう言うと、
「桃子ちゃんは、もうちょっと太っても大丈夫だよ」
と聖君に言われてしまった。
「今、細すぎる?私」
「え?いや、今のままで桃子ちゃん、全然、いいけど」
そう言うと聖君は、頭をぼりって掻いた。
聖君は食器をキッチンに持っていき、洗い出した。
「いいよ、聖君、あとでやるから」
私がそう言うと、
「桃子ちゃん、その足じゃ大変でしょ?」
と言われてしまった。
「私、手伝う」
ひまわりは聖君の横に行った。
「じゃ、洗ったものを拭いてってくれる?」
「うん」
私はダイニングから、二人を見ていた。ひまわりは楽しそうにしゃべりながら、食器を拭いた。聖君は、手際よく食器を洗いながら、ひまわりの話に耳を傾け、時々大笑いをしていた。
いいな~~。なんだか、本当の兄妹みたいだ。
聖君の笑顔を見ながら、さっきの話を思い出した。もし、私が聖君の家に住むって言ったら、お父さんは反対するかな。
でも、あの笑顔をずっと見ていられるんだよね。
聖君とひまわりを見ながら、空想した。れいんどろっぷすのキッチンで、私と聖君が洗い物をしてる姿。
それに、朝は、起きたての聖君に挨拶をして、聖君と朝食を食べ、夜も一緒にいられて、寝る前におやすみを言って…。
は~~~~。めくるめく、二人の世界。あ、そっか。杏樹ちゃんや、聖君のお父さん、お母さんもいるんだよね。
でも、嬉しい。毎日、毎日、聖君のそばにいられるなんて!
聖君じゃないけど、そんなことを空想するだけで、胸がいっぱいになる。私ってば、めっちゃ幸せだ~~~って叫びたくなる。
聖君は、片づけを済ませると、
「じゃ、これで帰るね」
とにっこりと微笑んだ。
「いろいろとありがとうね、聖君」
そう言いながら、私はひまわりと玄関まで送りにいった。
「じゃ、また明日ね、桃子ちゃん」
「うん」
聖君は、玄関のドアを開け、私とひまわりににっこりと微笑むと、ドアを閉めた。
「明日も、迎えに来てくれるの?」
「そうみたい」
「聖君って、本当に優しいよね」
「うん」
ひまわりの言葉に、私は大きくうなづいた。
「お姉ちゃん、幸せ者だよね」
「うん!」
その言葉にも、思い切りうなづいた。
リビングのソファに腰をかけ、私は一人でにやけていた。妄想はどんどん膨らむ一方。でも、その妄想は現実に起こることになるかもしれないんだ。
そう思うと、さらに胸がわくわくして、顔がずっとにやけっぱなしだった。
聖君もかな?もしかして、にやけてるのかな。
「お姉ちゃん、またどっか行ってる」
「え?」
「今、なんか妄想してた?にやけてたよ」
ああ、ひまわりに見られてた。
「まあ、あんなに素敵な彼氏がいたら、私も顔がゆるみっぱなしになるかもな~」
「かんちゃんは?まだ付き合ってないの?」
「うん。言ってこないから、私から告ってみようかな」
「うん!がんばって!ひまわり」
「……。ふられたら、聖君になぐさめてもらっていい?」
「駄目」
「なんで~~?」
「お姉ちゃんがなぐさめてあげるから」
「ええ~~?聖君のほうがいい!」
「駄目だよ~~」
「独り占めにするの?ずるい」
「ずるくても、駄目」
今日は、なんだか聖君のことを、独り占めにしたい気分だ。
だけど、もしふられたら、聖君はひまわりをなぐさめるんだろうな。そのときは、しょうがない。ちょっとの間、貸してあげよう。なんて、今日の私はいつもより、強気かもしれない。