第104話 彼の弱点
翌日、朝は母にまた送ってもらった。
学校に着き、教室に行こうとすると、いろんな人から、
「昨日の帰りのあの人、彼なの?」
「迎えに来た人、椎野さんの彼氏なの?」
と聞かれてしまった。
「う、うん…」
うそを言うのも気が引けるので、うなづくと、みんなから、
「かっこいい!羨ましい!」
といっせいに言われてしまった。
「どこで知り合ったの?」
「大学生なの?」
「どこの大学?」
「名前は?」
質問攻めだ。
「桃子、かばん持ってあげる」
菜摘がダッシュでやってきて、私のカバンを持ってくれ、
「さ、教室まで行こうか」
と元気よく言い、周りの人をけちらしてくれた。
「あ、ありがとう。どうしようかと思った」
「松葉杖だし、走れないもんね、桃子。ごめんね、私がもっと早くに来てたら良かったんだけど、駅でつかまっちゃったんだ」
「誰に?」
「穂高だっけ、名前」
「え?穂高さん?」
「なんかさ、いつもより早くに駅に来てて、私を待ってたみたい」
「菜摘を?どうして?」
「昨日のあいつは、本当に桃子ちゃんの彼氏なのかって」
「え?!」
「なんかしつこいよね。本当に付き合ってて、私の兄貴でもあるから、もう桃子にはちょっかいださないでくださいって、はっきりと言っておいたから」
「ありがとう」
「でもな~~。そのあとも、ぶつぶつ言ってたからな~~」
「ぶつぶつ?」
「君のお兄さんのことを悪く言うつもりはないけど、もしかして遊ばれてたりしてないかって」
「はあ?」
「あんなにかっこいいんじゃ、きっともてるだろうし、桃子ちゃんとは似合わないし、あとで、泣かされたりしないかってさ」
「そんなことを?」
「ばっかじゃないかって感じでしょ?すんごく頭に来て、兄貴はああ見えて、桃子以外の女の人は苦手で、桃子一筋なんですって、きっぱりはっきりと言ってきたよ」
菜摘は鼻息を荒くした。
「あ~~~。もう~~~。みんなさあ、兄貴をなんだと思ってるんだって感じだよね、さっきも校門で去年同じクラスだった子が、昨日の帰りの光景を見ていたらしく、あれは絶対に椎野さん、弄ばれてる。気をつけるように言っておいたほうがいいよ、ってさ」
「へ?聖君のことだよね?」
「そうだよ!あれは私の兄貴だからって言ったら、すごくびっくりして、謝ってきたけどさ!」
そ、そうなんだ。前に聖君が、店に来る女の子にも、ああいうタイプは女慣れしてるとか、そんなこと言われるって言ってたけど、本当にそんなふうに思っちゃう人がいるんだ。
「誤解もいいとこだよ。兄貴、まったくそんなところないのにさ」
「うん。でも高校では硬派だったし、そんなふうには思われてなかったみたいだよね」
「もし、ちょっとでも女の子と仲良くしてたら、言われてたかもね。硬派で通して正解だったかも」
「うん」
教室に入ると、また、
「あ!椎野さん、昨日の人、彼氏なの?」
と聞かれてしまい、
「え?椎野さん、彼氏いるの?」
「どんな人?」
「今日も来るの?」
と質問攻めにあってしまった。
「桃子!カバン席に置いといた。早く桃子も座りなよ。チャイムなっちゃうよ!」
また菜摘がそう大声で言ってくれて、周りの子達も自分の席に移動した。
ああ、しばらくこんなことの、繰り返しになるんだろうか。
もし、私が聖君と同じ高校で、付き合ってるのがみんなに知れたら、えらいことになったんじゃないかな。違う高校でよかったかもしれない。
それにしても、かっこいいと大変だな。さわがれたり、影でとんでもないことを言われたり。聖君が女嫌いになるのも、分かる気がする。
休み時間も、菜摘が席に来て私と話をしたり、蘭や、花ちゃんまで来て、私の周りにいたから、他の子が寄れなくなり、質問攻めにあうこともなかった。
どうやら、菜摘が蘭にメールで、「休み時間桃子を守って」と、送っていたらしく、蘭が花ちゃんを引き連れ、来てくれたようだった。
ああ、本当にみんな素敵な友達だ。私は友達に恵まれてるって、本当にそう思う。それを言うと、
「そうだよね。それに彼氏にも恵まれてるし、桃子って幸せ者だよね」
と、蘭に言われてしまった。おや?まさか、今の大学生とうまくいってないのかな。そんなことを言うなんて。
「兄貴は、俺って幸せ者だよなって、言ってるけどね」
「え?」
「桃子ちゃんみたいな彼女と、私みたいな妹がいて、幸せも者だよって、そんなこと前に言ってたよ」
「え~~?菜摘のことまで?」
「何よ、蘭。何が言いたいのよ?」
「ああ、ごめん、ごめん。それもそうだよね、はじめは菜摘のことが好きだったんだもんね、聖君」
蘭がそう言うと、花ちゃんが、
「あ、そうだったんだっけ。でも今は、妹としてみてるんだよね。なんだか不思議」
と相槌をうった。
「兄貴、今は桃子一筋どころか、俺のタイプは桃子ちゃんだって、はっきりと言うもん」
「へえ~~。そうなの?」
蘭が、驚いていた。私はどうリアクションをとっていいかわからず、下を向いて聞いていた。
「そういえばね、この前ネットで、聖君の写真が載ってたんだ」
「え?」
花ちゃんの話に、みんながいっせいにくいついた。
「どういうこと?」
蘭が聞いた。
「誰かのブログだけど、聖君がカフェでバイトしてるところ、写ってた。隠し撮りだろうけど、しっかりと聖君だってわかったよ。イケメンがいるカフェで、お茶をしてきましたって書いてあった」
「へ~~~!!!」
菜摘と蘭が同時に、声をあげた。私は驚いて、何も言えなかった。
イケメンがいるカフェ。イケメンカフェってやつ?もしや。
「それが昨日の夜、更新して載ってたやつだから、今日あたり、めちゃ混んでるかも。江ノ島のれいんどろっぷすって名前を載せてたし、外観も写真載ってたし」
「げ!大変じゃない」
菜摘がそう言って、
「女の子だらけになってるんじゃない?今日迎えに来れるのかな」
と、私に聞いた。
「え?でも、大学から直接来るから、大変になるのはきっと、帰ってからかな」
「あ、そうか。うひゃあ。兄貴、たたでさえ、女の子苦手なのに、どうするんだろう」
「だよね~」
蘭と、花ちゃんがうんうんってうなづいた。
どうするんだろう、本当に。今までも、誰かがお店をブログに載せてくれたり、そういうことがあって、口コミでお客が減ることはなかったようだけど、一気にあふれかえっちゃうんじゃないかな。
れいんどろっぷすは、あまり大きくない。席も4人席が3つと、カウンターが4人かけられるだけで、たまに休みの日のランチ時は、外でお客さんが待ってることもあるくらいだ。
ウッドデッキにベンチがあり、そこで待ってるお客さんがいるんだよね。気をきかせ、夏はアイスティーを、冬はあったかい紅茶を、待ってるお客さんに聖君は、持って行くことがある。それに冬の寒い日は、フリースのひざ掛けまで、持っていってあげたりしてるし。
本当に人が集まりすぎたら、どうするんだろうか。
放課後、蘭と菜摘が残ってくれて、学食で3人でお茶をしていた。蘭は、
「私も彼氏が夏休みになったら、迎えに来てもらっちゃうんだ」
と、自慢げに言った。あ、なんだ。彼氏とちゃんとうまくいってるんだな。
「あ、もう着くみたい」
聖君から、もうすぐ着くよってメールが来た。
「じゃ、校門まで行こうか」
菜摘がカバンを持ってくれた。蘭は、私が歩きやすいように、椅子をどけてくれたり、ドアを開けてくれたりした。
「蘭、進路決めた?」
いきなり、歩きながら、菜摘が蘭に聞いた。
「まだ。短大にも行く気ないし、専門学校か、それか仕事しようかな、私。菜摘は?」
「うん。専門学校に行くつもりだったんだけどね」
「あれ?行かないの?」
「迷ってる」
二人とも、進路、迷ってるんだな。
「桃子は、料理の専門学校でしょ?」
「うん。来月、説明会があって、行って来るつもりなんだ」
「そっか。いいね、やりたいことが決まってるって」
蘭にそう言われた。
「専門学校だとしたら、どこに行きたいの?」
菜摘が聞いた。
「それもあやふや。菜摘は?」
「私はスポーツの方かな」
「そっか~~」
ちょっと二人して黙り込むと、
「やっぱり、メイクの学校行っておこうかな」
と蘭が言った。
「メイク?」
「ヘアメイク、ちょっとやってみたいなって思ってるんだ」
「いいじゃない?すごく!」
菜摘が目を輝かせた。
「うん、そういうのは興味あるんだよね」
「蘭、メイクやおしゃれ好きだもんね」
「うん」
本当だ。蘭にぴったりかもしれない。
「私はさ、何かインストラクターになりたいなって思ってるの。そういう専門学校ってあるみたいで、ちょっと行ってみたいんだよね」
「似合うよ。菜摘にぴったりなんじゃない?」
蘭が今度は目を輝かせた。私も大きくうなづいた。
「なんだ。結局みんな、自分の合いそうなところに進みたいって、思ってるわけだ」
蘭はそう言うと、あははって笑っていた。
「菜摘!桃子ちゃん」
校門にはもう、聖君が待っていた。
「あれ?蘭ちゃんも久しぶり」
聖君が、門の外から顔を出したと同時に、わらわらと校舎から、女の子たちが現れた。
「きゃ~。あの人でしょ?椎野先輩の彼って。本当だ、かっこいい~~」
「かっこいいよね~~」
どうやら、昨日のことが噂になり、みんなひそかに隠れて、待っていたようだ。
わらわらと現れた女の子たちを見て、聖君は焦って、また校門の外に隠れてしまった。
「あ、見えなくなった」
「え~~~!見たかったのに」
そんな女の子たちの声を尻目に、私はちょっと焦って、早足で歩き出した。
とはいえ、松葉杖だから、全然早く歩けないんだけど。
校門まで着くと、聖君はもう車に乗っていて、エンジンをかけて待っていた。すぐに発進する気、満々だ。
「私も駅まで乗せて」
と蘭が言って、菜摘と後ろに乗り込み、私は助手席に乗った。そして聖君は、本当にすぐに車を発進させた。
「なんか、昨日より、女の子たち増えてなかった?」
聖君が聞いた。
「ああ、そうだよね。みんな噂を聞いて、この時間まで帰らないで待ってたみたい」
菜摘がそう答えると、
「明日、まさかもっと増えたりしない?」
と、聖君がこわごわ聞いた。
「そのうちに飽きるよ、みんな」
と蘭は、クールに聖君に言った。
「それにしても、聖君、運転上手だよね。最近でしょ?免許取れたの」
蘭が、そう言うと、聖君は、
「うん、ついこの前」
と、ちょっと自慢げに答えた。
「聖君って何でも完璧。ねえ、苦手なことや、できないことって何かないの?」
蘭がそう聞くと、
「俺?女の子、苦手」
と聖君は、真面目な顔をして答えた。
「え~~?それ以外には?これはできないとか、下手だってこと」
「ああ、そうだな。絵かな」
「絵?!」
蘭が聞きかえした。
「兄貴、独創的な絵を描くもんね」
菜摘がそう言った。
「そうなの?聖君の描く絵、見たことない」
私が言うと、
「ああ、菜摘には、お父さんのバースデイカードにあげる絵を描けって、描かされたんだよな」
と、聖君は、バックミラーを見ながらそう言った。
「独創的ってどんなの?」
蘭が聞くと、
「どんなのって、なんていうか、何を描いてるのかがわからないっていうか」
菜摘がそう言った。
「ひでえ!あれは箱を開けたら、プレゼントが飛び出したっていう、そういう絵だよ」
「そうは見えない。まじで、何がどうなってるか、わからない絵だったよ」
菜摘がそう、表情を変えずに答えた。
「俺、昔から美術の点は悪いんだ。先生にもわかってもらえなくてさ」
「へえ」
私はちょっと、びっくりしていた。聖君でも、苦手なものってあるんだ。
「俺的には、俺って天才って思ってるし、父さんも母さんも、画家になれるって褒めまくってくれるんだけど、先生にはいつも不評なの」
「どんな絵なの?」
蘭が聞いた。
「だから、独創的なんだって」
聖君がそう言った。
「でも、あれは芸術だと思えば、芸術なんだ」
とも聖君は、鼻を膨らませて言った。面白いな、聖君って。
「他にはないの?苦手なこと」
「俺?あ!歯医者嫌い」
「え?」
「あのキーーンって音、どうにかならないかなっていつも思うよ」
「それはきっと、みんな嫌いだよ。あ、もしや注射も?」
菜摘が聞いた。
「うん、嫌い。病院自体が大嫌い」
「それは、私も大嫌いだからな~~」
蘭がそうつぶやいた。
「他にないの?え?!そんなことができないの?って驚くようなもの」
「え?そうだな~~」
聖君は、本当に悩んでしまった。黙ったまま、運転をしているうちに、駅に到着した。車を停めてから、
「ああ、あった」
と聖君は、いきなりぽんと手をたたいた。
「俺、楽器まるで駄目なんだ。だから、文化祭でいつも、歌だけ歌ってたんだよね」
「え?」
「ギターも、キーボードも駄目だった。あ、ドラムも」
「でも歌、めっちゃうまいじゃない。だったら、楽器できなくても、まったく問題ないよ」
蘭はそう言うと、ため息をつき、
「なんだ~~、結局弱点がみつからないままか。さて、送ってくれてありがとうね。じゃ、桃子、気をつけて、また明日、みんなから守りに行くからね」
と、私に言うと、車を降りた。
「私もここで降りるね。ここからは歩いていくから。じゃあね、兄貴、桃子」
菜摘もそう言うと、降りてしまった。
「ああ、うん。また明日な」
聖君はそう言って、車を発進させた。
聖君は音楽をかけた。
「本当に聖君には、ないんだね」
「何が?」
「できないことや、苦手なこと」
「あるよ。だからさっきも言ったじゃん」
「そんなの、私なんて楽器もできなけりゃ、歌だって下手だし、絵だって、上手じゃないし、独創的でもないし」
「そうなの?」
「うん、それに運動神経もないし、勉強も苦手。きっと運転もしないほうがいいだろうし」
「そうだね、それは俺もそう思う」
「……」
なんだ~。そんなことないよって言ってくれないの?もう~~。
「俺さ」
聖君が、何かを言いかけて、やめた。
「何?気になる」
「うん、俺」
「?」
「実はさっき、病院嫌いだって言ったけどさ」
「うん」
「半端ないんだ。俺の場合」
「え?」
「歯医者もだけど、普通の病院も苦手。耳鼻科も一回行って、鼻に何かつっこまれたのがめちゃくちゃ痛くて、2度と何があっても行かないって決めてるし」
「え?」
「小さな頃、大変だったらしい。注射も泣きわめいたらしいし。あまりの怖さで、俺、医者の手にかみついたこともあるんだってさ」
ええ~~?!
「血も苦手なんだ。だから、捻挫で病院いったのも、かなり勇気のいることで、何年ぶりに行ったのかな、病院。とにかく人一倍、嫌いなんだよね」
「知らなかった」
「俺、元気だし、あまり風邪引かないし、引いても、家で寝てりゃ治っちゃうから、ほんと、病院なんか、いかないんだけどさ。多分、相当注射が嫌だったんだろうな。いまだに白衣を見ただけで、鳥肌が立つ」
「へ~~~~~」
「桃子ちゃんは、注射大丈夫?」
「小さな頃から、泣いたことないよ」
「そうなんだ、強いね」
「そうかな?」
「じゃ、血は…」
「全然、今、保健委員だし、怪我した子がいたら、私が手当てしてあげてるし」
「そ、そうなんだ。強いね。俺が何かあったとき、桃子ちゃんに手当てしてもらうよ」
「うん」
そうか。そうなんだ。これはもしかして、すごいことを知ったかも。なんでも大丈夫な聖君の、弱点なんだ。
「あ~~、ばらしちゃった、俺」
聖君はそう言って、ちょっと眉をひそめ、
「がっかりした?」
と聞いてきた。
「ううん、意外な一面が知れて、嬉しいよ」
と私が言うと、聖君は運転しながら、ちらりとこっちを見て、
「桃子ちゃん、やっぱり俺に惚れすぎだね」
と照れながら笑った。