第103話 ドジも可愛い
家に着き、聖君は家の前に車を止めた。それから聖君の腕に掴まりながら、私は車を降りた。聖君は私を抱えながら、門を開け、階段も上ってくれた。
「お姫様だっこのほうが良かった?」
「い、いいってば」
もう~。何かっていうとそればっかり。冗談ばっかりなんだから。
「おんぶでもいいか」
「私、重いよ」
「あはは。それは絶対にないって。桃子ちゃん、まじで細いしさ。着痩せしてるのかとも思ったけど、脱いだら、やっぱり細かった」
「聖君!」
もう~~。どこで誰が聞いてるかわからないし、こんなところで、そんなこと言わないで~~。
私が真っ赤になってると、
「ごめん、でも、体重そんなにないでしょ?40キロある?」
「あるよ。軽く40キロなんてオーバーしてるから」
「そうなの?」
私は鍵を出して、玄関を開けた。玄関にはお客さんの靴があった。
「あ、やっぱり来てるんだ」
「じゃ、静かにしないとね」
聖君は、静かな声で、
「お邪魔します」
と言って、私を玄関に座らせた。
靴を脱ぐと私のことをまた、聖君が抱えてくれた。
「リビング?それともダイニングに行く?」
「ソファでいいよ」
「オッケー」
聖君は私を、ソファーまで連れていってくれた。
「ごめんね。ずっと抱えてて腕疲れたでしょ?」
「全然。桃子ちゃん軽いから、全然平気」
私のこと、気遣ってそう言ってくれてるんだろうな。
「ちょっと、水飲ませて。いいかな、勝手にキッチンにいっても」
「うん、もちろん」
聖君はグラスを取り、水を汲み、ぐびって飲んでいた。
「あ、桃子ちゃんも何か飲む?」
「ううん。学食でジュース飲んだし、大丈夫」
「そっか」
「聖君、松葉杖持ってきてくれる?」
「あ、そうだった。忘れてた。待ってて」
聖君は、車から松葉杖を持ってきてくれた。
「はい」
「ありがとう」
松葉杖をソファーの横に立てかけると、聖君もソファーに座った。そして軽く私にキスをした。
「ここじゃ、あれだよね?思い切りキスできないよね?」
「ええ?!」
「お母さん、いつここに来るかわかんないもんね」
「う、うん」
「当分、おあずけか」
「え?」
「なんでもない」
聖君は、ぼりって頭を掻いた。
う、そうか。そういうことか。そういえば、6月、聖君の家にもいってないし、しばらく聖君に抱かれていないんだな。
「ごめんね」
「え?」
「怪我したから」
「謝ることないよ。俺だって先月捻挫してたし。それに今、大変なのは桃子ちゃんでしょ?」
「うん。でも、聖君が迎えに来てくれるの、すごく嬉しい」
「あ、今日すごかったね。毎回あんなふうになっちゃうかな、もしかして」
「そうかも」
「桃子ちゃん、前に車で迎えに行こうかって言ったら、いいって断ったけど、あんなふうになるってわかってたの?」
「多分、すごい騒ぎになるだろうなって思ってたよ」
「そっか」
「それに聖君、かっこいいから、みんなから羨ましがられるだろうなって」
「へ?」
「ほら、文化祭来たあとも、大変だったし」
「ああ、それ、前にも聞いたっけ」
「すごい質問攻めにもあって。ああ、明日もそうかも」
そうだった。学校行くのがちょっと怖いかも。
「おかえり、桃子」
母がエステで使ったタオルや、手を洗いに客間を出てきたようだ。
「あ、お邪魔しています」
「聖君、送ってくれたんでしょ?わざわざ遠いのに車で来てくれるなんて、ありがとうね」
「いえ、けっこう車だと、すぐなんです」
「免許取れたのね、おめでとう」
「ありがとうございます」
「あ、待っててね。これ、洗っちゃって、もう一回顔を拭いたり、マッサージをして終わるから。そうしたら、お茶淹れるからね」
「おかまいなく。俺、何か飲みたくなったら、自分でしますし、お客さんいるんですよね?俺なら、ほんと、大丈夫ですから」
「そう?じゃあね、冷蔵庫にロールケーキがあるの。それ、二人で食べて。飲みものも、紅茶でもコーヒーでも好きなもの淹れて、飲んでくれてかまわないから」
「はい。いただきます」
「じゃ、悪いけど、桃子の分もよろしくね」
「はい」
母はそう言ってから、バスルームに行った。聖君は言われたとおりに、冷蔵庫からロールケーキを出し、紅茶を二人分淹れてくれた。
それを聖君は、リビングに持ってきてくれた。
「お待たせしました。ロールケーキと紅茶のお客様」
「え?はい」
いきなりそんなことを言われ、びっくりすると、聖君は真面目な顔で、ケーキと紅茶をテーブルに置き、極上の笑顔で、
「ごゆっくりどうぞ」
と私に言うと、ぺこりとお辞儀をして、お盆を返しにキッチンに戻っていった。
本当に、極上の笑顔だった…。あれ、いっつもれいんどろっぷすでもしてるの?
「なんちゃって~~~」
聖君がにへらって笑いながら、リビングに戻ってきた。
「聖君、今のいつもお店でしてるの?」
「うん、そう。ウェイターバージョンの俺」
「今の笑顔もするの?」
「笑顔?ああ、いつもあんな感じだよ」
「じゃあ、お客さん、みんな聖君に惚れちゃう」
「はあ?また、面白いこと言ってるね、桃子ちゃんは。そんなこと、まじでないから」
「そんなこと、絶対にあるよ。私だったら惚れてるよ?」
「うん、そうでしょ?海の家で俺の笑顔に惚れたんだもんね?」
「そ、そう。そうだった」
「でも、みんながみんな、桃子ちゃんみたいに惚れたりしないから、安心して」
「……」
「本当だよ?この前だってさ」
「え?」
聖君は、ソファに深く座って、話し出した。
「注文を取りにいって、キッチンに向かう途中に後ろから、客に言われたんだよね。多分、女子大生か、女子高生だと思うんだけど」
「なんて?」
すごく気になる。
「ああいうタイプは、絶対に女にもてるから、遊んでる。女慣れしてそうで、一番嫌いなタイプ」
「え?!」
一番嫌いなタイプ?
「たまに言われる、俺。それとか、もう絶対に彼女がいるから、無理だよとか、外見いいと、絶対に中身がともなわないんだよね、とか」
ひどい。聖君の中身を知ったら、絶対に好きになるのに。
待てよ。中身を知ったら、みんな惚れちゃうから、そう思われてるのはラッキーなこと?
「だから、安心して。桃子ちゃんみたいに、俺の笑顔でいちころになる子、そうそういないから」
「え?!」
私は思い切り、赤くなってしまった。
「あはは。赤くなってるし」
そして、笑われてるし。
「ところでさ、気になってることがあるんだけど」
聖君が、改まって話を変えた。あ、そういう時、たいてい、いろいろとつっこんで聞いてくる時だ。
「な、なあに?」
察しはついた。穂高さんのことだ。
「あの軟派野郎、もしかして桃子ちゃんが怪我したこと、知ってて高校に来てた?」
「う、うん」
「なんで知ってたのかな」
「あのね!この前ちゃんと話そうと思ったんだ。でも、その辺、はしおって話しちゃったの。ごめんなさい!」
私は怒られる前に、思い切り頭を下げた。
「そうきたか」
聖君は、ぼそってつぶやいた。
「え?」
「素直に謝ってきても、俺、しつこく聞いてもいい?」
「え…?」
しつこく…?い、嫌かも。
「なんで知ってたの?もしかして一緒にいた?」
「お母さんからも、桃子のドジって散々言われて」
「桃子ちゃん、話があっちこっち飛んでる」
「う、うん」
「目も泳いでるけど。なんかかなり、言いにくいこと?」
「ううん!そんなことない。金曜日委員会があって、いつもより遅くに一人で電車に乗ったら、後ろから穂高さんに声をかけられて」
「すごい早口だね。ま、いいや。それで?」
「それで…、私駅に着いたら、ダッシュで帰ろうと思ってたの。急いでますからって言って、さっさと。だけど…」
「うん」
「……、人にぶつかったり、定期落としたりして、それで転んで、足ひねって」
「……」
聖君が黙り込んだ。あ、呆れてるんだ、きっと。
「送っていくって言われたけど、必死で断って。そこにお母さんが、本当に偶然通りかかったの。天の助けだって思ったよ」
「そっか。そうなんだ。それで、お母さんと帰ってきたんだ」
「すぐにそのまま、接骨院に行ったよ」
「あ、そっか。そっちの方がいいもんね」
「うん」
「その時、あいつは?」
「カバンを持ってくれたけど、病院の前で帰って行った」
「ふうん」
「ごめんね」
「え?」
「言おうと思ったの。ちゃんと今日、言おうって」
「うん」
怒ってるの?言葉数、少なすぎるよ。
聖君は、黙って下を向いてから、こっちを見た。
「くす」
あ、笑った?なんで?
「あ、ごめん。笑ったら駄目だよね。でも、相当桃子ちゃん、慌てたんだろうなって思って。今、慌ててるところが目に浮かんじゃって」
「う…」
なんで、そんなこと思い浮かべてるの?もう~~。
「すげえ、可愛い」
ぎゅう。聖君が抱きしめてきた。
「可愛い?どこが?」
「全部。必死で言い訳してるところも、早口になってるところも、俺が怒ってるって思って、びびってるところも」
「え?」
「今、びびってたでしょ?」
「わかった?」
「うん、顔、青ざめてた」
「あ、青ざめて?」
「あはは…」
「なんで笑うの?」
「だって、人にぶつかるわ、定期落とすわ、転ぶわ、捻挫するわ…。相当な慌てぶりだったんだろうなってさ」
だから、なんでそこで笑うのよ~~。
「ごめん。でも、やっぱり桃子ちゃん、面白い」
「面白くない」
「あ、じゃあ、可愛い」
「可愛くない。穂高さんには、そそっかしいから、気をつけた方がいいって言われた」
「そうなの?」
「うん」
「そうだね。気をつけないとね。もうそんなに慌てちゃ駄目だよ」
「……」
だって、聖君がしかとしてって言うから、必死で穂高さんから、逃げようとしたのに。
ぎゅう。さらに強く聖君は、抱きしめてきた。
「でも、俺、そんなドジな桃子ちゃんも、めっちゃ可愛いや」
「へ?」
「あ、人のこと、言えないね。俺も階段おっこって、捻挫したんだから」
「そんな聖君も、大好きだよ?私」
「……。へへ…」
へへ?
「俺ら、やっぱりバカップル」
「う、そうだね」
「いつも、ありがとうございます」
いきなり、母が客間の襖を開けた。
「わ!」
聖君も私も、慌てて離れて、そっぽを向いた。
「お茶でも飲んでいく?リビングはごめんなさいね。うちの娘が昨日捻挫したから、リビングで今、休んでいて」
「いいわ、今日は帰るわ」
お客さんは常連の人だった。
「桃子ちゃん、捻挫したの?大丈夫?って、あら、もしかして彼氏?」
「え?」
私は思わず、返事に困ってしまった。
「そうなのよ、桃子にも彼氏ができて。榎本聖君っていうの。今、大学1年生」
母がそう言って、紹介した。
「あ、ど、どうも。榎本聖です」
聖君は立ち上がり、お辞儀をした。
「まあ、すんごいイケメンじゃないの。桃子ちゃん、どこで知り合ったのよ?」
「え?あの」
こ、困った。このお客さん、けっこうあれこれ聞いてくるから、苦手なんだよね。
「五木さん、お茶淹れたから、ダイニングで飲まない?美味しいケーキもあるのよ」
「あら、じゃあ、いただこうかしら」
良かった。ダイニングに行ってくれた。
聖君も、やれやれって顔でソファーに座った。
「桃子ちゃんのことも、知ってるんだね」
「常連さんなの。もう、7~8年来てるかな」
「へえ」
「聖君、時間平気?お店の手伝い」
「あ、そうだった。もう帰らなくっちゃ」
聖君は、立ち上がるとダイニングの方を向き、母に話しかけた。
「店の手伝いがあるから、帰ります。また、明日桃子ちゃん迎えに学校行きますから」
「明日も?私が行けるわよ。明日は予約はいってないし」
「いえ。俺も講義、そんなに遅くならないし、大丈夫です」
「そう?悪いわね~。忙しいのに」
「いえ、そんなに忙しくないし、大丈夫です」
「じゃ、よろしくね」
「はい。あ、お邪魔しました。ご馳走様でした」
聖君は、ぺこってお辞儀をして、それから、
「じゃね、桃子ちゃん、また明日ね」
と私に極上の笑顔を見せてくれて、リビングを出て行った。
「ほんと、すごいかっこいい。それに感じもいいし、桃子ちゃんの学校まで、迎えに来てくれるなんて、やっさしいわね~」
「そうでしょ?五木さんもそう思うでしょ?桃子にはもったいないくらいよ」
「あら、桃子ちゃんも可愛いから、お似合いよ。うちの息子が知ったら、思い切りショックを受けるわね」
「五木さんのお子さんって、今、大学4年?」
「そうよ。来年は社会人よ。一回、桃子ちゃんに会ったのよね。ほら、ここまで車で送ってくれたことあったでしょう」
「はいはい。あったわね」
「桃子ちゃんは、確か高校2年になったばかりで。すごく可愛い子がいるねって、うちの息子、言ってたのよね。あの時、息子が頑張ってアタックしていたら、彼氏になれてたのかしら。でも、今はもう無理ね~」
「高校2年の春、去年の春よね。あ、もう聖君とは付き合ってたわ」
「え?そんなに前から?そうだったの、桃子ちゃん」
「はい」
「じゃあ、長いお付き合いなんだ」
「はい」
「へ~~。それでまだ、ラブラブなんて、いいわね~」
「え?」
ラブラブ?
「そうなのよ。すんごく仲がいいのよ」
「お、お母さん」
私は聞いてて、恥ずかしくなった。
「旦那さんは、気が気じゃないわね。会ったことあるの?」
「二人でこの前も釣りに行ったわよ。息子ができたみたいだって、旦那は大喜び」
「あらまあ!あの旦那さんが?桃子ちゃんのこと目に入れても、痛くないくらいなのに、彼氏ができても平気なの?」
「聖君がいい子だからね~~」
「かっこいいし、いい子だなんて、申し分ないわね。それじゃどうやっても、うちの子、勝ち目ないわ」
「五木さんのところの息子さんだって、かっこいいわよ」
「やあね。全然よ。彼女もずっといないのよ~~~」
それから、延々とおばさんトークは続いてしまった。やれやれ。私は、テレビを小さな音でつけて、ぼんやりと見ていた。
かっこよくて、いい子で、申し分ない…か。ほんとだよね。それに優しいし、可愛いの。それから、家族思いで、スポーツも運転も、歌も上手。泳ぐ姿なんて、本当に綺麗なんだから。
はて?欠点なんてあるんだろうか。料理もできて、頭もいい。どっから見ても、かっこいいところばかりだ。
それから、寝顔も可愛い。寝息も可愛い。あ、俺、寝相が悪いって言ってたけど、私と寝ても、まったく寝返りもうたないくらい、寝相が悪かったことがないな。
それから、笑い上戸のところも、可愛い。
あれれ?本当に嫌いなところが見つからない。
もっと言うと、指も手も好き。背中も好きだし、つむじまでが可愛い。あ、おへそも可愛かった!耳の後ろのほくろも、耳たぶも可愛かった。
だ~~~~~~。私はきっと、重症だ。相当なおバカに違いない。子どもの全部が可愛くて、目に入れても痛くないって、親ばかって言うけど、私はなんだ。恋人ばかかな。
ほんと、聖君が言うように、バカップルだよね。
なんてそんなことを思っていると、五木さんは、お邪魔しましたと帰っていった。
「さて、片付けてから、夕飯作るわね」
「うん、ごめんね。何も手伝えなくて」
「いいわよ、いつもやってくれてたんだから。それより、足捻挫してても、勉強はできるでしょ?テレビ消して、やっちゃいなさいよ」
「うん、わかった」
「じゃ、片付けてくるわね」
私は母が客間に行ってる間に、聖君にメールをうった。
>今日はありがとう。本当にありがとう。
聖君から返信が来たのは、それから10分してからだった。
>今、家に着いたよ。明日も迎えに行くけど、もしあいつが来たら、彼氏が来るからって追い返してね。
穂高さんか。来ることはないと思うけど。
>わかった。
>じゃあね。
これからバイトだよね。聖君、へとへとにならないかな。大丈夫かな。
だけど、明日も会えるって思うと、つい嬉しくなってしまう私がいる。ごめんね、聖君。捻挫が治るまで、わがままな私でいてもいいかな。
ソファにねっころがり、携帯を見て、にやけてるうちに私は寝ていたようだ。しばらく夢の中で、聖君とデートを楽しんでいた。だが、
「桃子!こんなところで寝てないで、勉強しなさい!」
という母の声に飛び起きて、聖君との楽しいデートの夢は、無残にも一瞬にして消えてしまった。
ああああ~~。いいところだったのに。聖君が優しく笑いかけ、大好きだよって言ってくれてたのに~~。
会えるのは嬉しいけど、なかなか二人きりになれないな。それがちょっと悲しいかな。
明日は、もうちょっと二人の時間が持てたらいいな。そんなことを期待する私がいた。