第102話 車でお迎え
月曜日、放課後まで待ち遠しかった。そして、放課後になり、菜摘に荷物を持ってもらい、松葉杖をつきながら、学食に行った。
「ごめんね、今日ずっと菜摘にいろいろと、やってもらっちゃって」
「いいよ~。捻挫してるんだもん。桃子は絶対に無理はしちゃ駄目なんだから」
「ありがとう」
菜摘もだけど、他のクラスの子もいろいろと手伝ってくれたり、先生にも迷惑をかけた。申し訳ないな。
学食で、ジュースを飲みながら、菜摘といろんな話をしていた。車でどこにドライブに行ったとか、バーベキューの時の話とか。
「兄貴にあのあと、麦さんと話をしてるの?って聞いたら、まだ会ってないんだってね。びっくりしちゃった」
「ああ。聖君、早くに免許取るために、サークルには行ってなかったって言ってたな」
「サークル行かないと、会わないんだね」
「学部違うから、会わないよって言ってた」
「そうなんだね~~。ちょっとほっとした?桃子」
「え?」
「だって、あの人、絶対に兄貴に気があったじゃん」
「う、うん」
「もてすぎる彼を持つと、大変だ。その点、葉君は安心だ」
「会社にはいないの?女の人」
「30代の人が一人と、あと40代なんだって。部署が違うと若い子もいるみたいだけど、ほとんど話さないって言ってた」
「そうなんだ。じゃ、安心だね」
「うん」
「メールだよ」
聖君の着ボイスだ。
「あ、あと10分くらいで着くって」
「じゃあ、校門行く?」
「うん」
「前にね、先輩で大学生の人が車で迎えに来てるのを見て、めっちゃ羨ましかったんだ」
菜摘が、校門まで歩く間に、そんな話をした。
「そんなことあったの?」
「去年ね。知らない?何回か迎えに来てたよ」
「知らなかった」
「みんな羨ましがってたよ。蘭も来てもらえばいいのにって言ったけど、家は近くても大学は遠いらしいね。でも、大学生の方が夏休み長いし、その間は迎えに来てもらう予定だって言ってた」
「へ~~」
「へ~~、じゃないよ。兄貴にも夏休み、来てもらえばいいじゃん」
「お店のバイトあるから」
「水曜は定休日でしょ?」
「あ、そっか」
校門に近づくと、
「あ!良かった。桃子ちゃん」
という声がして、手を振ってる人がいた。
「げ。あの人はもしや」
菜摘の顔が引きつった。私もめちゃくちゃ、びっくりした。なんと穂高さんがいる。
「穂高さん…、何してるんですか?!」
「大学の帰りに寄ったんだ。やっぱり、松葉杖ついて、学校来たんだ。朝は会わなかったから、もしかしたら休みかとも思ったんだけど」
ええ?まさかとは思うけど、
「今まで待ってたんですか?」
と聞くと、うんとうなづき、
「20分くらいね。あと10分待って来なかったら、帰るつもりでいたけど、良かったよ。会えて」
と穂高さんは、微笑んだ。
「え?」
20分もここで?
「送っていくよ。車だから」
送る?
「いえ、私、大丈夫です」
慌てて首を横に振った。
「タクシーでも呼んだの?」
「私の兄貴が車で来るから」
菜摘が横からそう言ってくれた。
「お兄さん?ああ、そっか。そうなんだ」
穂高さんは、ちょっとがっかりした顔をした。
「だあれ?その人」
後ろから、同じクラスの子が私たちに聞いてきた。
「うそ。まさか、車で彼氏がお迎え?椎野さんの?」
「違う、違う」
私はその子に、慌てて否定した。
すると、今度は去年一緒のクラスの子が、二人やってきた。ああ、この時間ならいないかと思っていたら、けっこういるじゃないか。委員会なのか、部活が早くに終わるのか。
「あれ?椎野さん、怪我したの?」
「うん、捻挫」
「大丈夫?あ、もしかしてお迎え?」
「ううん、違うの」
あわわ。みんなに間違われてるよ。
そこに、車がす~~と止まり、軽くクラクションが鳴った。
「あ!兄貴だ、桃子」
本当だ。聖君のお父さんの車だ。
車の窓が開き、
「桃子ちゃん!菜摘!」
と、聖君が顔を出した。
「きゃ~~。誰?かっこいい!今、菜摘、兄貴って言った?」
同じクラスの子がそう叫んだ。
「うん。兄貴なんだ。じゃね、バイバイ」
と、菜摘はその子に手を振り、私のカバンを持って、歩き出した。
聖君は、そのまま車に乗っていた。私は松葉杖をつきながら、歩き出した。すると、穂高さんが私に近寄り、
「車まで、肩貸そうか?」
と聞いてきた。
「いえ、松葉杖あるし、大丈夫です」
と断ると、バタン!と車の勢いよく閉まる音がして、すごい速さで聖君が走ってやってきた。
「桃子ちゃん、肩貸す!」
そう聖君は言うと、ぎろっと穂高さんを睨んだ。
うわ。怖い。聖君…。
「うん。ありがとう」
聖君は松葉杖を片手で持ち、もう片方の手で私のことを支えた。
「それとも、お姫様だっこしていこうか?」
聖君がいきなり、そんなことを言った。
「い、いいよ~~」
私は思い切り、首を横に振った。
「きゃ~~。なんかすんごいかっこいいんだけど!誰?」
「萩原さんのお兄さんなんだって」
後ろで、去年同じクラスの子が、そこに来ていた他のクラスの子に教えてあげていた。
わわ。やっぱり、聖君、みんながかっこいいと認めちゃうんだね。
「椎野さんが怪我したから、迎えにきてあげたんだ。羨ましい」
「え~~。それで、肩まで貸してあげてるの?っていうか、思い切り腰に手まで回してる」
そんな声が後ろから聞こえる。
車に着くと、菜摘がすぐにドアを開けてくれた。
「桃子は、助手席だよね」
「うん、悪い。菜摘、これ後ろに乗せておいて」
聖君が松葉杖を菜摘に渡した。
私はそのまま、助手席に乗り込んだ。
「足、気をつけてね、桃子ちゃん」
「うん、ありがとう」
聖君の言葉に、お礼を言った時、視線に気がつき、車の外を見た。あ、穂高さんだ。
「あの…」
どうしたものか。20分も待っててくれたんだもんな~。
「すみませんでした。でも、これからも大丈夫なので、心配しないでください」
私がそう言うと、穂高さんが私の方に来て、
「メアド、教えてくれたら、誰も迎えのないときとか、俺、来るけど?」
とそう言った。
「あのさ」
聖君は、運転席に一回乗りこもうとしていたのをやめて、車から降り、穂高さんに話しかけた。
「え?」
穂高さんが、聖君の方を見ると、
「桃子ちゃんの彼氏は俺なの。俺以外のやつに迎えに来てもらわなくても、大丈夫だから。俺が毎日迎えにくる。だから、金輪際、桃子ちゃんの周り、うろつかないでくれる?」
聖君の声は低く、威圧感があった。
「彼氏?うそだろ」
穂高さんは驚いていた。
「うそじゃないよ」
聖君は逆に、表情をまったく変えずにそう言った。
「だって、菜摘ちゃんのお兄さんだって」
「そう、菜摘の兄だけど、桃子ちゃんの彼氏でもあるわけ!」
聖君は、少し大きな声ではっきりとそう言った。その声を聞き、車の近くまで来ていた、同じクラスの子や、去年同じクラスだった子達が、
「え~~~!椎野さんの彼氏?」
と、騒ぎ出した。
「じゃあ、そういうことだから」
聖君は顔は無表情だが、かなりきつい口調でそう言うと、運転席に乗り込んだ。窓から穂高さんの方をちらりと見ると、ものすごいショックを受けた顔になっていた。
それに、その後ろでは、きゃ~~きゃ~~騒いでいる女の子たちが見えた。いつの間に、人数が増えていたんだか。車のお迎えだからって、校門に向かっていた子達みんなが、見に来ちゃったんだろうか。
いや、どうやら、校舎内にいた子も、慌てて見に来ていたようだ。
「かっこいい。え?誰の彼氏?」
「どこの大学?」
そんな声がいきかっている。
「じゃ、車出すよ」
聖君はそう言うと、車を発進させた。
「わ~~。すごい、校門にわらわらと群がってる。あんなに校舎に残っていたんだな」
菜摘が後ろを振り返りながら、そう言った。
「すごいね。もしかして、誰かが車で来たら、いつもああなるとか?」
聖君が菜摘に聞いた。
「そうなの。私もあの中にいた一人なんだけどね」
「え?」
「去年、先輩で大学生の彼が、車で迎えに来る人がいて、私何回かああやって、校門で見てたよ」
「そうなの?」
聖君は呆れたって声を出した。
「あ、それより、あれが軟派野郎?今日も桃子ちゃんのこと、ああやって待ってたとか?」
「そうなんだよ。来るかどうかもわからないのに、20分も校門で待ち伏せしてた」
と、代わりに菜摘が答えてくれた。
「まじで?ストーカーじゃん」
「待ち伏せじゃないと思う。ただ、送ってくれようとしてただけで」
私がそう言うと、聖君が一瞬、きっとこっちを睨んだ。
あわわ。
「桃子、あれはもう、ストーカーの部類だってば。だって、何の約束もしていないし、桃子が頼んだわけでもないのに、待ってたんだよ?」
菜摘に言われてしまった。
「そうだけど…」
「桃子ちゃん、もし俺が来なかったら、あいつの車に乗っていったの?」
次に、聖君にそう聞かれた。
「え?まさか!」
「ほんとに?待っててもらって悪かったとか、そんなこと思って乗っちゃうんじゃないの?」
「乗らないよ。そんな…」
聖君の言葉に、そう答えたが、聖君はちょっと私を疑った目で見ていた。
「そうかな~~。桃子、乗っていきそうだよ」
後部座席から菜摘がそう言った。その言葉に聖君は、前を向きながら大きくうなづいた。
う、そうか。そんなふうに思われてるのか。
「桃子ちゃん、押しに弱そうだから」
聖君が、運転しながらそう言ってきた。
「もしかして!兄貴も、押しが強くて、桃子も観念した…」
「菜摘!」
聖君が、菜摘が言い終わる前に、バックミラー越しに睨みながら、話を止めた。
「ごめん」
菜摘が謝った。私は真っ赤になってしまった。
聖君、いつも押しが強いわけじゃない。すんごく私のことを気遣って、気遣って、私が少しでも嫌がる素振りを見せると、やめてくれる。
私、そういうところにずっと甘えてきていた。そうか。聖君は、私が何を思っているかを、すごく気遣いながら、行動していてくれたんだ。
聖君といると、安心ですべてを任せられる。聖君といる時は、本当に気持ちが楽だ。もちろん、今でもドキドキはしてるんだけど。
聖君はいつも、大きな大きな手で、私のことを守ってくれて、包み込んでくれてるんだ。見えない大きな手で。
その優しさは本物だから、疑わなくてもすむ。ただただ、私は私のままで、聖君のとなりにいたらいい。いつもそうだから、つい、他の男の人とどう接していいか、わからなくなっちゃってた。
聖君の運転は、本当に上手だった。ついこの前免許が取れたとは思えないほどだ。
助手席で、ほわんと私はしていた。うっとりと、聖君の運転する手も見ていた。綺麗だな。
「朝は、お母さんの車で毎日行けるの?」
聖君が聞いてきた。
「え?」
「桃子ちゃん、寝そうになってた?もしかして」
「ううん。大丈夫。ちょっとぼんやりしてたけど」
「だね。なんだか目がとろんとしてるもんね」
「そ、そう?」
とろんっていうか、うっとりだったんだけどな。
「朝、お母さん、ずっと車で送ってくれるの?」
もう一回聖君が聞いてきた。
「うん。朝は仕事ないから」
「ああ、エステの」
「10時過ぎないと、予約入れないし」
「そうなんだ」
聖君はまた、黙って運転をした。
「やっぱり、聖君、運転上手だよ」
「そう?」
「うん」
「そうかもね。後ろでぐーすか寝てるし」
「え?」
後ろを向くと、菜摘がしっかりと寝ていた。
「こいつ、何分で寝たかな。なんか車乗るといっつも寝てない?」
「うん、そうかも」
「あはは。お子様だよな。葉一の車でも寝てるのかな、こいつ」
聖君は、目を細めてまた、あはははって笑った。
「先に菜摘の家に寄るね。きっと桃子ちゃんの家に来ても、ぼ~~ってして、こいつ何の役にも立ちそうにないから」
「うん」
いつの間に、「こいつ」なんて言うようになったのかな。もう生まれた時から、兄妹みたいだ。
菜摘の家に着き、菜摘のことを聖君が起こした。
「あれ?うち?」
「うん、そう」
「桃子の家は?」
「このあと行く」
「私も行くよ。いろいろと手伝うことあるし」
「いいよ。お前寝ぼけてるし。俺だけで十分」
「え~~~~!」
「さ、降りて。さすがに玄関までは行けるだろ?」
「行けるよ。もう目、覚めたから」
「ほんと?気をつけろよ、階段とか」
「わかってるよ。じゃあね、桃子」
「うん、菜摘、ありがとうね」
菜摘は車を降りて、手を振っていた。聖君は菜摘に見送られながら、車を出した。
「桃子ちゃんち、誰かいるの?」
「お母さんがいるけど、エステでお客さんが来てるかもしれない」
「じゃ、家の中まで、俺が連れて行くから」
「え?」
「大変でしょ?門から玄関まで、階段もあるし」
「うん、ありがとう」
そうなんだよね。今日そこを降りるのすら、一苦労で、お父さんが私のことを半分抱えてくれたんだよね。
ああ、やっぱり聖君はすごいよ。そういうところも、気がつくんだもん。
「聖君、あのね」
「ん?」
「私はいつも、聖君に甘えてるね」
「そんなことないよ。前にも言ったけど、もっと甘えていいってば」
「ううん。いつも甘えてる。だって、聖君といるとすごく楽」
「楽って?」
「素のままでいられるから。例えばさっきの穂高さんだと、一緒にいても話すことも、対応もいちいち私、考えちゃうし」
「俺だとそういうことないの?」
「うん。あ、前はあったかもしれないけど、今はないよ」
「そう?だったら俺も、桃子ちゃんといると、素のままでいられるよ。それにすごく癒されるし」
「ほんと?」
「うん」
「私も、すごく安心できる。それにね、聖君はいつも、私が何を望んだり、何を思ってるか、気づいてくれる」
「え?そうかな。あまり、そういうこと考えて行動してないけど」
「そうなの?」
「もうしちゃってるって感じかな。あ、そっか。うん、そうかも」
「何?」
なんか一人で納得してるけど、何かな。
「他の子だと、気づいても冷たくしたり、ほっておいたり、まったく気づかないこともあったり。だけど、桃子ちゃんには、こうしよう、ああしようって思う前に、俺、動いてるかもしれない」
「そうなの?」
「くす」
あれ?なんで笑ったのかな。
「きっとあれだね。桃子ちゃんのこと大事に思ってるだけで、動くんだな。俺は」
「え?」
「すげえ、大事だから」
か~~~。一気に顔が熱くなった。
「わ、私も」
小さな声でそう言うと、聖君はちらりとこっちを見て、照れくさそうにうなづいた。
聖君、すごいな。なんだかね、最近ほしい言葉をいっぱいくれるよ。だから、また安心していられる。めちゃくちゃ、今、幸せだな。
車を運転する聖君の手を見ながら、私はまたうっとりとしていた。