第101話 私のドジ
6月終わりの週に、聖君から、
>受かった!免許取れたよ!
というメールが来た。
>おめでとう~~!
とすぐに返信をした。
>これで、桃子ちゃんのこと送っていけるよ(^^)
そうか~~。二人でドライブができるんだ!
>俺、父さんから運転のセンスあるって言われているし、心配しないでいいからね。
>心配してないよ。聖君、運動神経あるし、絶対に上手だろうなって思ってた。
>まじで?
>うん。
>今度、デートしようね。ドライブデート!
>うん!
>お泊りで。
>え?!
>冗談です。
もう~~。でも、実はちょっと喜んじゃった。
菜摘に、登校しながら、聖君が免許を取れたという話をした。
「良かったね。やっぱりね、車があると断然違うよ。今までと行動範囲が変わってくる」
「そうなんだ」
「楽しみだね」
「うん」
ああ、どこにデート行こうかな。
その日の帰り、委員会があり、菜摘とは別々に帰った。ぼ~~としながら、電車に乗り、ぼ~~っとしながら外を見ていると、いきなり肩をたたかれた。
「?」
誰だろうと振り返ると、穂高さんだった。
わ~~~。会ってしまった!それも一人でいる時に。
「すごい久しぶりだね。朝、全然会わなくなったけど、早くに行ってるの?」
「あ、はい」
ひえ~~~。どど、どうしよう。聖君からしかとしてねって言われてたのに、今、返事しちゃったし。
「友達は?」
「先に帰りました。私、委員会で」
「ああ、そうなんだ。じゃ、いつもはもっと早い時間なんだ」
「はい…」
わ~~~。
早く駅に着いて!そうしたら、さっさと用事があるって言って、帰るから。
「委員会って何委員?」
「保健です」
「へえ。そんな感じもするけど、でも、人の怪我見たりすることあるんでしょ?そういうの平気なの?」
「え?はい。全然」
「そうなんだ」
どうしよう。話をしたくなくても、質問されたら答えてしまう。
「桃子ちゃんは、看護婦になりたいとか?」
「は?」
「白衣の天使ってやつ。似合いそうだよね」
くるくる首を横に振った。
「違った?じゃ、将来何になりたいのかな」
「何って…。料理が好きだから、そっち方面の仕事」
「コック?」
「っていうか、えっと、カフェをするとか」
「へえ!そうなんだ」
ああ、なんでこんな話してるの。
「料理が得意?いいね。そういう女の子、俺好きだな」
ああ、そうですか。と心の中で、ものすごくしらけている私がいる。
あ!駅に着いた!急いで降りようとすると、
「今度は、小田急?」
と聞いてきた。
「いえ、歩きです」
「うそ、ここから?俺もだよ」
え?!
「どこ?」
「あの…」
家まで教えたくない。
「あ!時間ないんです。すみません。じゃあ!」
私は小走りに改札を出た。それからあたふたと走り出すと、人にぶつかった。
「あ、すみません」
よろけた瞬間に、定期を落とした。
「あ…」
しゃがんで取ろうとすると、人がぶつかってきた。それで思わず、私は転がってしまった。
「いたっ!」
足、今、ぐぎってなった…。
「大丈夫?」
穂高さんが定期を拾い、私にも手を差し伸べてくれた。でも、定期だけを受け取り、立ち上がった。
「慌てない方がいいよ?」
「はい」
「君、なんかそそっかしそうだね。気をつけないとね」
「はい」
グサ~~。なんだか、傷ついた。いや、親切で言ってくれたんだろうけど。
歩こうとして足を一歩出すと、足が猛烈に痛んだ。
「痛い!」
「大丈夫?怪我した?」
「大丈夫です」
うそだ。大丈夫じゃない。変なひねり方をした。まさか、今度は私が捻挫?
「送ろうか?」
「いえ、大丈夫」
と言いながら、足をまた一歩出すと、
「いっ!!」
と激痛が走る。
「もしかして、ひねった?捻挫?」
「う…。そうみたいです」
「おんぶしようか?」
「大丈夫です」
「家まで近いの?タクシー乗る?」
「大丈夫です。そんなお金もないし」
「いいよ、送っていくから」
「本当に大丈夫」
「大丈夫じゃないでしょ?どう見ても。どうやって帰る気なの?」
「母に電話して、迎えに来てもらいます」
「……お母さん、家にいるの?」
「えっと。どうかな」
確か、今日おばあちゃんの家に行くって言ってたな。でもこの時間なら、いるかも。
「あのさ、そんなに遠慮しなくていいよ。送っていくから」
穂高さんは、私の腰に手を回し、歩き出した。
「だだだだ、大丈夫です!ケンケンして一人で歩けます」
「駄目だって」
駄目じゃない!こっちの方が駄目だよ~~~。聖君!!!!
「タクシー乗り場までだから」
穂高さんにそう言われたけど、周りの人はじろじろ見るし、中には、同じ高校の子もいるし、もし知ってる人に見られたら…。
「桃子?」
ほら。見つかった。いや、これは天の助けの声だ。
「お母さん~~~~!」
「どうしたの、あなた。この人は誰?」
「駅で転んで足、くじいた」
「え?今度はあなたが?」
「痛いよ~~」
「すみません、桃子ちゃんのお母さんですか?僕は穂高って言って、この先の大学に行ってるもので、偶然電車で桃子ちゃんに会って。タクシーで今、家まで送ろうとしていたんですが」
穂高さんがそう母に、挨拶をした。
「あ、あら、そうだったの?それはご迷惑をかけました。でも、ここからは私が桃子を病院に連れて行くから、大丈夫ですよ」
「ああ、そうですよね。病院にいった方がいいですよね」
「この先に、確か接骨院があったはずよ。桃子行きましょう」
「うん」
母が肩を貸してくれて、どうにか痛めた足を使わずに私は歩いた。
「病院まで、送りましょうか?」
穂高さんがその様子を見て、そう言ってくれたが、母が、
「大丈夫ですよ。お世話になりました。それじゃあ」
と頭を下げて、また歩き出した。
「じゃあ、カバン持ちますよ」
穂高さんは私のカバンを持って、後ろからついてきた。
「まったく。ドジなんだから、あなたは」
母に言われた。
「すみません。僕も注意してあげたらよかったんです」
後ろから穂高さんは言った。
「いいえ。桃子の不注意ですから。そそっかしいし、おっちょこちょいだから、この子は」
グサグサ~~~。
足の痛みと、その言葉と、穂高さんに迷惑をかけたので、私は消えたい気持ちになっていた。
病院に着くと、母が、穂高さんに、
「カバンありがとうございました。もう大丈夫ですから」
と言って、私を病院の中に連れて入った。
穂高さんは、
「桃子ちゃん、お大事にね」
とそうドアが閉まる寸前に言った。でも、それに対して何も答えることができなかった。
はあ。私は深いため息をついた。それから、母と一緒に受付を済ませ、やっとこ椅子に座り、一息ついた。足はさっきよりもさらに、ズキズキと痛んでいた。
「びっくりしたわよ、知らない人に腰に手を回されながら歩いてるんだもの。遠くから見て、聖君かとも思ったんだけどね」
「……」
「桃子の歩き方が変だから、怪我してるってすぐにわかったけど、誰だか知らない人といるから、ほんとびっくりした」
「ごめんなさい」
「謝ることないけど、大学生ってどこで知り合ったのよ?」
「駅。前に声をかけられて。それから会わないように、時間ずらしてたんだけど、今日委員会で遅くなったら、同じ電車になっちゃったみたい」
「それで?」
「それで急いで帰ろうとして、転んで、足くじいて」
「ドジね~~」
グサ。
「でも、軟派なの?そんな悪い人には見えなかったわね。真面目そうだったし」
「悪い人じゃないかもしれないけど、もう話すのはやめようって思ってたんだ」
「彼氏いるんですって、断ったらいいじゃない」
「断るも何も、別にお付き合いを申し込まれたわけじゃないし」
「あら、そう」
「……」
「椎野さん、どうぞ」
名前を呼ばれ、母の肩に掴まり、診察室に入った。やはり、検査の結果は捻挫。ああ、聖君に続き私もだ。
治療を終え、会計も済ませ、松葉杖をつき、タクシー乗り場に行った。タクシーが待っていたので、すぐに乗って帰ることができた。
家に着き、やっとこ私はソファに座り、ほっとすることができた。
「今日金曜日でよかったわね。月曜は学校休む?」
「どうしようかな、松葉杖があるから、行けないこともないけど」
「じゃあ、車で送ってあげるわよ。朝は、送れるわよ。ただ、帰りよね。エステの予約が入っているのよね」
「大丈夫。松葉杖ついて、帰ってくる。菜摘にカバン持ってもらうし」
「そう?」
母は、キッチンに行き、夕飯の準備に取り掛かった。私はぼ~~っとリビングで、テレビを観ていた。内容は入ってこなかったけど。
夕飯が終わる頃、バイトから帰ってきたひまわりが、松葉杖に気がつき、
「今度はお姉ちゃん?」
と聞いてきた。
「そう、今度は私」
私はもう、半分開き直っていた。
それから二階にあがろうとして、悪戦苦闘した。なんで聖君はあんなにも軽やかに、上っていけたんだろうか。手すりにつかまり、片足で上がるんだけど、なかなか難しい。
「怪我治るまで、一階の客間に寝たら?」
その様子を見て、母にそう言われた。
「そうする」
私は半分泣きそうになりながら、答えた。
2階に行くのをあきらめ、客間に布団を敷いてもらった。ひまわりと母に、私のパジャマや、勉強道具を持ってきてもらった。
この前聖君が寝ていた布団に転がった。
「にゃ~~」
茶太郎としっぽがのこのこ、私を見つけてやってきたが、母が、
「駄目駄目。桃子の捻挫した足に飛び乗ったりしたら大変。あんたたちは、寝室に行ってなさい」
と、追い出した。
そしてばしっと、襖を閉めてくれた。私はすぐに、携帯で聖君に電話した。
「もしもし、桃子ちゃん?」
聖君がすごく明るい声で、電話に出た。
「もしもし」
私はつい、暗い声になってしまった。
「あれ?なんか暗くない?何かあった?」
さすがだ。わかるんだな。
「捻挫した」
「誰が?」
「私」
「え?今度は桃子ちゃんが?!」
「うん」
「だ、大丈夫?足?」
「うん。駅で、転んで」
「駅で?どうやって帰ってきたの?」
「えっと。お母さんが偶然にも通りかかって。ほんと、偶然にも」
「今は?家?」
「うん。今日は一階の客間で寝る」
「明日明後日が休みでよかったね。ゆっくりするんだよ」
「うん。ありがとう」
聖君の声、本当に優しいなあ。じ~~~ん。
「学校は月曜休むの?」
「ううん。お母さんが朝、車で送ってくれるって」
「帰りは?」
「松葉杖で帰ってくる」
「ええ?大変だよ。経験してるからわかるけど、電車乗ったり降りたりするのだけでも、大変なんだよ?」
「そうなの?」
「腕の力があったから、俺行けたけど、桃子ちゃんじゃ、絶対に大変だって」
「それで、2階にも上れないのか」
「ああ、あれね。うち、階段狭いから、手すりに掴まりやすいし、それにいつも腕の力で、3段抜かしとかしながら、2階に上がってたし。なんてことはなかったんだけど」
そ、そうなんだ…。
「帰り、何時になる?」
「いつも3時過ぎ」
「4時まで待てる?俺、車で大学行って、そのまま、そっちに行くよ」
「ええ?でも、免許取ったばかり」
「ああ、全然平気。今日も車で行ってきちゃった。道すいてたら、車の方が断然早いんだよね」
さ、さすがだ。聖君。ほんと、なんでもできちゃうんだから。
「学校まで迎えに来てくれるの?」
「うん、行くよ」
じ~~ん。嬉しすぎる。
「じゃあ、学食で時間つぶす。もしかすると、菜摘も付き合ってくれるかもしれないし」
「わかった。じゃ、月曜ね。でももし、足が痛むようなら、無理しないで学校休むんだよ?いい?」
「うん」
泣きそうになった。聖君、すごく優しい。
「私、ドジだよね。さんざん、お母さんにそう言われた」
「まじで?じゃ、家の中で捻挫してる俺なんて、大ドジじゃん」
「そっか」
「そっかって、あのね。フォローしてよ、桃子ちゃん」
「ごめん」
「あははは。まあ、いいけどね。似たもの同士かな、俺ら」
そんなことない。聖君の方が全然、しっかりしてるよ。と心の中でつぶやいた。
「じゃね、今日はもう寝なね。痛み止めもらった?」
「うん」
「それ、飲んだほうがいいよ。けっこう寝るときになって、ズキズキ痛むから」
「うん、そうする」
「おやすみ、桃子ちゃん」
「おやすみなさい」
そうか、聖君も経験してるし、わかるんだね。それにしても、聖君の声、めっちゃ優しい。
「お姉ちゃん、電話終わった?」
襖の外から、ひまわりが聞いてきた。あ、もしかして遠慮して、今まで待ってた?
「うん」
そう言うと、ひまわりが入ってきて、
「はい」
とイルカのぬいぐるみを渡してくれた。
「怪我したり病気の時には、こういうのがあると、寝やすいよ。それか、私が横に寝てあげようか?トイレ行く時とか、肩貸すよ?」
じ~~~~ん。また泣きそうになった。ひまわりも優しい。
「ありがとう、でも松葉杖あるし、大丈夫」
「そう?じゃあ、おやすみなさい」
ひまわりはそう言って、静かに客間を出て行った。
そっか。怪我したりすると、人の優しさが身にしみるんだな~。
聖君には、穂高さんのことは言えなかった。
「開けるわよ」
母がそう言ってから、襖を開けた。痛み止めの薬と水を、持ってきてくれてから、
「横に布団敷くわね」
と母が、布団を敷きだした。
「誰が寝るの?」
「お母さんよ。一人じゃ不安でしょ?」
実はひまわりにはああ言ったものの、誰かにいてほしいなっていう気にもなっていた。だけど、妹に甘えるのもって、つい大人ぶってしまった。
「寝室からいちいち起きて、様子を見に来るのもお母さん大変だし、横に寝るわよ」
「ありがとう」
う、嬉しい。ありがたいよ~。またじ~~んってなってる、私。
母は布団を敷きながら、
「聖君に報告したの?」
と聞いてきた。
「うん。月曜、帰り車で迎えに来てくれるって」
「まあ!本当に優しいわよね」
「うん」
「じゃ、免許」
「うん、取れたって。今日、大学車で行ったんだって」
「そう。すごいわね~。それで、なんだっけ?名前忘れたけど、あの大学生のことは聖君、なんて言ってた?」
「え?」
「あら。まさか、声かけられたのも全部、内緒にしてるの?」
「ううん。菜摘にばらされたけど、でも今日のことは言ってない」
「なんで?」
「怒られそう。あ、でも、やっぱり言うべきだったかな。内緒にしてるほうがいつも、怒られるんだよね」
「聖君が怒るの?想像つかない」
「怒るって言っても、なんかこう、声のトーンが下がって、ちょっと怖くなるって言うか。それだけなんだけどね」
「そう」
「……」
会った時に、ちゃんと言ったほうがいいよね。
「じゃ、お母さんお風呂、入ってくるから寝ていなさいね」
「うん」
母は部屋を出て行った。
あ~。私、本当に怪我することで、みんなに迷惑かけてるな。穂高さんにだって。
きっと悪い人じゃない。逆に優しい人かもしれない。だけど、申し訳なかったとは思うけど、もう会いたくないなって思ってしまう。
関わってほしくない。聖君がいたら、それでいい。
「メールだよ」
聖君の着ボイスだ。携帯を見ると、
>痛まない?平気?
と書かれていた。
>うん。大丈夫。痛み止めも飲んだから。ありがとう。
>そう、良かった。ごめん、もう寝るよね?
>うん。今日はね、お母さんが横に寝てくれるって。
>そう、良かった。じゃ、安心だ。
>さっき、ひまわりも来て、優しい言葉をかけてくれたの。怪我してる時、人の優しさが身にしみるよね。聖君もそうだった?
>うん。家族みんながいろいろと、世話やいてくれたから。嬉しいよね。桃子ちゃんの優しさも、嬉しかったよ。
>え?私何かしたかな。あまり聖君の役には立てなかったよ?
>ちゃんと俺が痛くないよう、配慮してくれたじゃん。あの時。
……。あ!あ~~~。そっか~~。きゃ~~~。なんだか、いきなり恥ずかしくなってきた。
>じゃあね、おやすみ、桃子ちゃん、愛してるよ。
きゃ~~~~。嬉しい。
>私も。
それから急いで、携帯を閉めた。マナーモードに変えて、聖君の着ボイスも聞こえないようにした。だって、母が驚いちゃうもんね。
ああ、月曜は聖君が、学校に迎えに来てくれるんだ。わくわくして足の痛みも消えていく。いや、これはやっぱり痛み止めのおかげか。
薬を飲んだからか、頭がぼ~~っとして、私はすぐに寝付いてしまった。




